有馬記念パドック
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第5回 中山競馬 8日目 第11レース
有馬記念(GⅠ)芝 2500m 天気:晴れ 馬場状態:良
今年もあとわずかとなった12月下旬。今日は世間では3大宗教の1つ、世界最大勢力宗教において神の子と呼ばれる祖の降誕祭である。
その降誕祭の日、他国の宗教だろうがなんだろうが受け入れ、自国に合った形にアレンジすることにかけては他の追随を許さない日本国。その日本国にある千葉県船橋市中山競馬場パドックでは、グランプリ有馬記念に出走する各馬が周回をしていた。
「中山競馬場なんてこれまで何度も来ているし、なんなら有馬記念当日に来たことだって何度もあるにもかかわらず、いざ当事者になると緊張感が段違いですね」
「フクオがうちに来るまで全く縁がなかったからな。俺自体、有馬記念は初めてだよ」
その中で二人引きで周回している内の1頭にヴェンデッタことフクオ陣営である、調教師の笠原 雅道と調教助手の田中 翔哉がいた。
普段のフクオなら二人も要らないのだが、パドックに入ってからずっと、フクオが落ち着かない様子でいたため、念のため二人引きで対応していた。
「にしても、フクオのこれはやはり後ろが気になってるんですかねぇ?」
「かもしれん。かもしれんが、宝塚記念の時も馬番は隣だったんだがなぁ?」
そう言いながら後ろに視線をやれば、日本の悲願、日本の夢を叶えた馬。日本が世界に誇るサラブレッド。ロードケラウノスがいた。
このレースがラストランであると発表されているが、毛並みや歩様から察するに、向こうの陣営は本気で仕上げてきている。天皇賞(秋)のフクオ並みか?しかし、向こうも二人引きだ。
加えてロードケラウノスのテンションが高いな。というか上機嫌だ。何がそんな嬉しいのだろう?
「こちらも出来うる限りの仕上げはしたんだ。欲を言えば枠順にも恵まれたかったが、こればっかりはしょうがない」
そう言いながらフクオに付けられている『15』のゼッケンを見ながら抽選会のことを思い出す。
『15』を引いた時の崇は引く前に出していた安堵から一辺、絶望感溢れる表情に変わっていた。我々の前の陣営が大外16番を引き当てており、大外枠が1つ埋まっていた事も絶望感に拍車をかけたのだろう。
「人間、あんな分かりやすく表情が変わるんですね。横川ジョッキーだけでなく、テキも大分アレな顔でしたけど」
「やかましい」
緊張感を紛らす為始めた軽口だが効果はあったようで、二人とも緊張が解れつつあった。それを感じ取ったか、フクオも大分落ち着いてきていた。
「フクオも大丈夫そうだが、一応今回はこのまま二人で行こう」
「わかりました」
***
「ケラウノス、落ち着きませんね」
「気合十分と入れ込みの丁度中間だな。新にはうまく返し馬で落ち着かせてもらわんと」
フクオの後方、ロードケラウノスをケラウノスの担当厩務員と調教助手が二人引きをし、そして調教師の矢坂 義人が一緒に歩きながら周回しているロードケラウノスの様子を見ていた。
「久しぶりの日本のレースに戸惑っているんでしょうか?」
「いや、これは前の馬が原因だろう」
「前ってヴェンデッタですか?ケラウノス、そんなにヴェンデッタに懐いてましたっけ?」
矢坂の言葉に疑問を投げつける厩務員。
「いや、懐くとかじゃなく獲物を見つけたハンターのあれだな。勝つための目印が目の前にいるんだ。やることが簡単になって喜んでいるんだろう」
「え、えぇ~?いやまさか。でも確かにケラウノスの目線は真っ直ぐ前のヴェンデッタに向けられていますけど・・・?」
「確証はないがな。だが、ケラウノスのこの目、明らかに懐いてる相手に向ける目じゃないだろう・・・
にしても、今回の枠順はやはり痛いな」
そう言いながら、パドックにある電光掲示板に目を向ける矢坂。そこには出走馬の馬番や馬体重、オッズ等が表示されていた。
1枠①番 クインレンゲ
1枠②番 ユーコン
2枠③番 ユメウタ
2枠④番 マインドタッチ
3枠⑤番 アクアメアリー
3枠⑥番 ドミナートル
4枠⑦番 フトウフクツ
4枠⑧番 ダンシングウィナー
5枠⑨番 ラヴズフォーチュン
5枠⑩番 グランギニョル
6枠⑪番 ホープシーク
6枠⑫番 リゾルート
7枠⑬番 カノンディバティ
7枠⑭番 エリアントス
8枠⑮番 ヴェンデッタ
8枠⑯番 ロードケラウノス
「引いた新さんも大分困ってましたね」
「よりによってくじ引きの一番最初に大外引き当てちまったからな」
ロードケラウノスは有馬記念ファン投票で見事一位に輝き、抽選も一番最初に行われた。1/16を引き当ててしまった新は困った顔をしていたが、そこはレジェンド。コメントもそつなくこなし、泰然とした態度を終始装っていたが、枠順抽選会が終わった後ポロっと弱音も吐いていた。
「ここでいくら言っても仕方ない。俺らに出来ることはすべてやった。後はレジェンド自身に任せよう」
「そうですね」
***
「ご無沙汰しております。抽選会はお会いできずご挨拶遅れましたが、この度は凱旋門賞優勝、おめでとうございます」
「ありがとうございます。その日は仕事で抜けられなかったもので。そちらこそ、天皇賞春秋連覇、ジャパンカップ制覇おめでとうございます」
有馬記念パドックではロードケラウノス馬主、稲本 匡とヴェンデッタ馬主、水嶋 穂高が挨拶をしていた。
2歳のホープフルステークスから今回で6度目となる対決、ファンだけでなく、馬主共々楽しみにしていた。
「ロードケラウノスは有馬記念で引退ということですが、残念ですね。まだまだ走れるでしょうに」
「ケラウノスには次の使命がありますから。それに、引退と聞いてホッとしている馬主も多いでしょう。ねぇ、水嶋さん?」
「先程も言ったとおり、残念ですよ。ここから巻き返すつもりでしたのに」
ロードケラウノスとヴェンデッタの戦績はロードケラウノスの5戦4勝1敗。ヴェンデッタにとっては負け越している現状から、水嶋は今日勝って巻き返すつもりだったと宣言したのだ。
「ははは」
「ふふふ」
「お母さん、お父さんどうしたの?」
父穂高と稲本のやり取りを見ながら娘の楓が母に疑問を投げかけた。
「ヴェンデッタちゃんが大きいレースをいっぱい勝って、お父さんも今日勝てると自信があるんでしょうね。個人的にはもっと早くからヴェンデッタちゃんを信用しなさいよって、思うところはあるけど」
「それは仕方ないんじゃないかなぁ。競馬って親の血統がすごく重要視されてるから。ヴェンデッタの血統から期待しろって方が難しいよ。
でも、お父さんはヴェンデッタをずっと信用してるよ。あんな風に態度に出すのはロードケラウノスの馬主さんだからじゃない?」
母、美恵の回答に息子の雄大が訂正する。
「どういうこと?」
「あの稲本さんって人、クセが強いらしいから。言い返すくらいが丁度いいと考えているんじゃないかな?実際、勝つのはこっちだって言ったらそれ以上言ってこなかったし」
「勝つのはうちの子よ?当然じゃない、何言ってるの?」
「いや、お父さんが話している人の馬にヴェンデッタは4回負けてるんだけど・・・」
「だからどうしたのよ。今回は2500mでしょ?ダービーだっけ?2400mの。あれが数cm差で負けたならそれより100m長い今回ならあの子が勝つわ!」
「いやでも相手は去年のこのレースに勝っているんだけど・・・」
「去年のこのレースにあの子は出てないもの。なんの参考にもならないわ」
「う、うーん・・・」
「それもそうね!楓、貴女いいこと言うわ!」
「そうでしょう!」
「なのに志望校はギリギリなのよねぇ」
「それは言わないで・・・」
等と盛り上がっていたら父、穂高が戻ってきた。
「どうした?ずいぶんと盛り上がって。あまり声を大きくするなよ?馬がビックリするからな。では号令も出たし、ヴェンデッタを見送ったら我々も移動するぞ」
「「「はーい」」」
横川 崇が騎乗し、水嶋一家に一礼しながら本馬場へと向かっていくヴェンデッタを見送り、自身らも移動を開始する。
一年の総決算・有馬記念。会場の熱気は徐々に大きくなってきていた。
体調不良やらなんやらが重なり出力滞りまくりで申し訳ありませんでした。
次話、有馬記念発走です。




