ジャパンカップ本番2
さぁて、今週の競馬は
岩田パパの技術が光ったイズジョーノキセキ
スピード競馬で絶対王者を寄せ付けぬゼノヴァース
薔薇の一族、その彩りは未だ色褪せずスタニングローズ
の3本です。
個人的なおすすめはスタニングローズです。(瑠星君、JRAGⅠ初制覇おめでとう!)
東京競馬場の脱鞍所ではシャルルマーニュ馬主のピエール・フォンティーヌ、オレリア・フォンティーヌ夫妻が帰って来た愛馬を出迎えていた。
『すみません先生、オーナー。私の判断ミスです。仕掛けをもっと早めていれば・・・』
ダニエル騎手がシャルから下馬するとすぐ謝罪と後悔の言葉を述べた。
『いや、君の騎乗にミスらしきミスはなかった。本来ならシャルの3馬身差の圧勝だったよ。ただ、怪物が1頭いただけだ。その怪物に欺かれたんだ』
そう評するのはシャルルマーニュの調教師、シルバン・バリエだった。
『高速馬場と呼ばれる東京競馬場とは言え、不良馬場2400mを2分23秒7で駆け抜ける馬がいるなんて誰が考える。大逃げするのはいい。道中10馬身差?それも有り得るだろう。しかし、それがそのまま垂れずにゴールするなんて道理が通らない。そんな存在、怪物としか言いようがない。
シャルの不運はロードケラウノスとヴェンデッタ。2頭の怪物と同じ時代に生まれてしまったことだよ』
そうバリエ調教師が締め括り、ダニエル騎手がピエールに一礼し検量室に向かった。それを見送りながらピエールはポツリと
『まさかシャルが届かないとはな』
と溢した。バリエ調教師には聞こえなかったようだが
『やはり悔しいですか?』
妻のオレリアには聞こえていたらしく、少し気遣うように聞いてきた。
『そうだな。悔しい・・・うん。悔しいな。でもシャルが負けたことが悔しい訳じゃない』
『え?』
『ヴェンデッタがシャルに勝つような強い馬だと見抜けなかった。勝手に期待して勝手に失望した。パドックの姿も今回が初めてではないのだろう。人気が落ちなかったのもその証拠だ。ヴェンデッタは恐らく全身全霊で2400mを駆け抜けた。妄想のようなものだがそう思わせる走りだったよ。
その走りに対し、真剣に向き合えなかったことが悔しいんだ』
個人的な美学とでも言うべきか。勝敗よりも優先するものが多く、ぶっちゃけ面倒くさい拗らせ方を起こしているピエールに
『では、お願いにいきましよう』
オレリアはあっけらかんとそう言った。
『お願い?』
『えぇ。ヴェンデッタのオーナーさんに“もう一度シャル君と走ってください”ってお願いするんです。ヴェンデッタが来年も走るのかはわかりませんが、走るのでしたらもう一度と。来年また日本に来てもいいですし、凱旋門賞に来てもらうのもいいかもしれませんね。フランス滞在はバリエさんの厩舎で受け入れてもらえばいいですし、もっと早くがいいなら3月にドバイでも競馬が行われるんでしょう?』
『しかし、いきなりそんなこと言って迷惑では?』
『ではシャル君が負けっぱなしで、貴方はそれでいいんですか?』
『それは嫌だ。・・・そうだな。どう思われるかはわからんが勝者を讃えに行く程でそれとなく伝えるか。
となると・・・先生!それと通訳君!』
『どうされました、オーナー?』
呼ばれたバリエ調教師とバリエ調教師付きの通訳がピエールの元へと駆けていった。
***
「やりましたよ先生、いぇーい!」
「おう!良くやったぞ崇!」
ジャパンカップ初制覇でハイになっているのか、いつもより砕けた口調で帰った来た崇を笠原は笑顔で出迎えた。
笠原と馬上で握手を交わした崇はフクオから下馬し鞍を外し始める。
「今までで一番の喜びようだな。ゴーグルはおろか、鞭まで投げて」
「嬉しさのあまりつい。それに一度やってみたかったんですよね」
崇は引き上げる際、身に付けていたゴーグルや鞭を観客席に投げ入れるパフォーマンスをしていた。
東京競馬場でウイニングランした後は観客席の前の出入り口から戻るため、そのタイミングで検量に影響の無いゴーグルや鞭を投げる場合がある。ファンサービスの一環だ。
「笠原先生、田中さん、そして横川騎手。本当に、本当にありがとうございました。皆さんのお陰です」
そう話しているとフクオの馬主である水嶋 穂高がやってきた。後ろにはご家族の姿もある。
「水嶋さん。おめでとうございます」
「水嶋オーナー。こちらこそありがとうございました。ずっとヴェンデッタに乗せていただけたお陰で結果を出すことが出来ました」
翔哉は会釈をするに留まったが、フクオに意識を割いている事は水嶋も理解しているため、特に問題はなかった。
それぞれと握手を交わし、検量に行く崇とフクオが翔哉に連れられ周回を始めに行くのを見送ったところで水嶋は声をかけられた。
「すみません、ジャパンカップを勝ったヴェンデッタのオーナー様でよろしいでしょうか?」
「はい、そうですが?」
「私・・・」
「あ!?さっきの人!」
男が名乗ろうとしたところで楓が声を上げた。良く見れば話しかけてきた男の後ろにパドックで楓と話をしていたシャルルマーニュの馬主(推定)がいた。一緒にいた奥さんやもう一人いるのはシャルルマーニュの調教師であるシルバン・バリエがいた。
『お嬢さんが言っていた馬がヴェンデッタだったとは。確かに、ヴェンデッタは強かったよ』
「なんて?」
「ヴェンデッタは強かった。と言っています」
名乗る前に会話が始まってしまったが、通訳の男性は本来の仕事をこなす。
『恐らくお気づきでしょうが、シャルルマーニュの馬主ピエール・フォンティーヌです。このたびはおめでとうございます』
「あぁ、やっぱり・・・」
「2着の馬のオーナーなのね!貴方の馬も強かったわ!」
予想通りの相手に何とも言えない風の穂高と素直な言葉を出す楓。
『それで、1つお願いにまいりました』
「お願い?」
『その前に、ヴェンデッタは今年で引退でしょうか?』
「え?いや、まだ来年も現役の予定ではあります」
なんかデジャヴを感じながら水嶋は答える。
『あぁ、よかった。お願いと言うのはもう一度うちの馬と走ってもらいたいというものでして。貴方の馬に対して言うのもどうかと思いますが、有り体に言えばリベンジです』
「おっとぉ・・・」
デジャヴは勘違いではなかった。あれはそう、菊花賞でロードケラウノスの馬主稲本さんとも似たようなことがあった。はっきりリベンジと言われはしなかったが。
『来年また日本に来てもいいですし、逆にそちらがロンシャンに来てくれるなら歓迎します。ヴェンデッタの滞在は私がお世話になっているバリエ厩舎に依頼されるといいでしょう。
ですが、もしもっと早くリベンジの機会がいただけるなら・・・来年の3月にドバイはいかがでしょう?』
3月のドバイと言えばドバイワールドカップデーの事だろう。
「ドバイですか、そうですね・・・ドバイゴールドカップ・・・とかですかね?」
『はっはっは、これがジャパニーズジョークですか?』
「はは、ですよねぇ?」
『ドバイターフですよ』
「フランスジョークですか?」
『いえ、割りと本気ですが』
途端に真顔になるのはやめて欲しい。
『貴方、ふざけてないで。こっちがお願いする側よ』
「お父さん、ドバイシーマクラシックが1番の公平なんじゃない?」
今まで黙っていたピエール氏の妻や雄大も声を挟んできた。まぁ、そうだよな。
「では、間を取ってドバイシーマクラシックですか。勿論、馬の体調次第ですが」
ドバイワールドカップは国際招待競走だ。しかし、2頭ともまず間違いなく選出される。そこは心配はしていない。
と言うか、シャルルマーニュならともかく、ヴェンデッタにドバイターフの招待は来ないだろう。
『そうですな。ではドバイで会いましょう。あぁ、最後に』
「?」
「ヴェンデッタ、優勝、おめでとう」
「メルシー ボクー」
ピエールは日本語でお祝いの言葉を口にし、それをフランス語で返した。楓が。ピエールはそれに一瞬驚いたような顔を見せたが、すぐ笑いそのまま去っていった。
「なんだ、フランス語のお礼知っていたのか」
「いいえ、さっき調べたの。あの人とレース後に会った時お礼を返せるようにしときたかったから」
どうやらピエール氏がフランス人とわかってからフランス語のお礼を調べてたらしい。というか、ヴェンデッタが勝つことを微塵も疑っていなかったのか。我が娘ながら凄いな。
「あ、しまった」
「どうしたの?」
「ピエール氏の連絡先、聞きそびれた」
なお、連絡先は同じく伝え忘れたピエールがJRAを通じて水嶋に伝えた為事なきを得た。
そういえばこの作品を投稿し始めて1年になります。
だからといって何をするでもありませんが、これからもよろしくお願いします。




