ジャパンカップパドック
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第5回東京8日目 第12レース
ジャパンカップ(GⅠ) 芝2400m 天気:雨 馬場状態:不良
「嘘だろ、全然止まねぇじゃねぇか・・・」
東京競馬場のパドック。そこでポツリと呟いたのは今日のメインレースであるジャパンカップに出走する、ヴェンデッタの調教師 笠原 雅道だ。
「今回の台風は速度が速いから午前中には東京も雨が止むんじゃないんかい。今更止んでも重にすらならんぞ」
笠原が言うように、昨日の天気予報では午前中には雨の止む予報だった。午前中に止めば水捌けのいい東京競馬場ならジャパンカップまでに稍重、雨が止んだ後の天気と止む時間によっては良まで回復する可能性も極めて低いがあった。しかし、予報に反し台風の速度が衰え雨が長引いたのだ。
「道悪は本来はフクオにプラスなんだがなぁ。今回は相手が・・・」
現在の日本馬は一瞬のキレ、瞬発力で勝負する馬が多く、基本的に道悪と相性が悪い。その点フクオはキレや瞬発力は皆無だが馬場不問の長く使える脚がある。馬場が渋るのは願ってもないことだった。本来なら。
今年のジャパンカップには3頭の欧州馬と1頭の米国馬が参戦している。2000年代前半までならともかく、改修と日本馬が強くなったこともあり今やここ東京競馬場では日本馬が外国馬に負けるなどそうそうないところまできている。
しかし今日のこの道悪は日本の芝よりパワーの要る洋芝で走っている欧州馬にとって追い風だ。
しかも、今年は先月の凱旋門賞でロードケラウノスに敗れ、リベンジに燃える欧州最強馬シャルルマーニュが出走する。
目の前でシャルルマーニュがパドックで歩く姿を見ているが、テレビでも思ったが欧州最強を名乗るのも納得の馬体だった。
東京競馬場内での検疫が可能になり、外国馬の輸送疲れのリスクが大きく減った為調整がスムーズに行えたのだろう。馬場が渋いことも加味されて堂々の1番人気だ。
(というか、この馬もロードケラウノスに負けたのかよ。日本ならともかくホームであるロンシャン競馬場で。マジで規格外だなあの馬)
と、内心感心と呆れの混ざった感想を思いながら、笠原はとある馬の方に視線を向ける。そこにはいつも通り今一つ気合いが乗っていない様子の管理馬の姿があった。
(フクオがパドックで気合いが乗っていないのはいつも通り。パドックで物見をするのもいつも通り。最近は出なかったのに今日は見事に悪癖全開だ。本当、なんで直んねぇのかなあの癖)
それでも勝ち負けに食い込むから不思議だ。今やパドック診断泣かせとまで呼ばれるようになったフクオに内心苦笑しつつ、今度は海外馬陣営の方に目を向ける。
(外国語は良くわからんが・・・言いたいことはわかるぞ。本当にあれが凱旋門賞馬に勝った馬なのかといった感じだろう。明らかにレースに集中してなさそうなのに2番人気にいるんだからわけわかんねぇんだろうなぁ。
それに、ケラウノスに勝ったっつっても地の理と奇策、それと運によるものだ。真っ向勝負で勝ち取った訳じゃない。
・・・なーんて言ったところで向こうは納得しないだろうがな)
『とまーれー』
等と考えていたら号令がかかり、騎手が騎乗する馬のもとへと駆け寄っていく。笠原もフクオのもとへと行く。
***
『あの馬が?本当にあの馬がヴェンデッタなのか?』
『そう書いてあるんでしょう?日本語は貴方の方が詳しいんだから』
フランス語で会話をするのはシャルルマーニュの馬主、ピエール・フォンティーヌと妻のオレリア夫妻だ。持ち馬であるシャルルマーニュのジャパンカップ参戦に合わせ来日していた。
勿論、息子に内緒なんてことはなく、然るべき対応をした上での来日だ。
『しかしあんな馬がロードケラウノスに勝った馬とはとても思えん』
『そんなに駄目なんですか?』
『見ての通りだ。気合いの足りない様子、それに加え辺りを見回し周回に集中できていない。歩様だけは相応だがとてもシャルの相手となる馬には見えんな』
『あらぁ。ではこのレース、シャル君が勝っちゃうんですか?』
『断言は出来んが、可能性は高まったと言えるだろう。ロードケラウノスに勝ったらしいが、大方そのレースでロードケラウノスに何かしらのアクシデントがあったんだろう。大出遅れとかな』
こちらにとって良い情報な筈なのに不機嫌そうなピエールをオレリアはニコニコと見ていた。
他人にあまり言わないが、シャルルマーニュがレースで勝つ姿ではなく、苦難を乗り越え強敵に打ち勝つ姿を見たがっている夫だ。たからわざわざ欧州の馬には不利と言われている日本まで来たのにその相手が拍子抜けする程弱そうだった。そんな理由で一喜一憂する夫にオレリアは呆れるでもなく慈愛の目を向けていた。
(本当にしょうがない人。でもそれだけ本気で日本馬に期待してたってことね。なんだかんだ日本大好きなんだから)
『ん?あぁ、これが騎乗合図なのか。オレリア、これからシャルが馬場の方に行くぞ。我々もこの後向kおっと』
「あ、ごめんなさい」
本馬場への移動を妻に促すところで、ピエールは少女とぶつかってしまった。
「あー、大丈夫。わたしもごめんなさい」
恐らく出走馬の関係者なのだろう。オーナーの娘だろうか。日本人は総じて童顔に見えるから年齢はわかりづらいが恐らく10代前半から中盤だろう。
「わー、日本語出来るんですね」
「わたし、日本好き。勉強した」
「すごい!違う国の言葉を覚えるなんて努力家なんですね!私なんてこの間の英語のテストボロボロだったから羨ましいです。ところでどの国からいらしたの?」
「あー?」
『この女の子、早口すぎて良くわからないわねぇ』
日本語を勉強したといってもネイティブとは程遠い。日本で騎乗している外国人騎手の日本語技能が異常なのだ。オレリアの言うとおり、矢継ぎ早に言われても理解が追い付かない。
「楓」
と、困っていたら中年の男性が少女に話しかけてきた。恐らく少女の父親だろう。
「今日は海外の方も来ているから気を付けるように言っただろう」
「ごめんなさい」
『あー、娘が失礼した』
父親が英語で話しかけてきた。今回来日している外国馬は英語圏かそれに近い国の馬がほとんどだ。それか単純に世界共通語として英語を選んだと思われる。
『いえ、大丈夫です』
勿論ピエールも英語はある程度わかる。といっても英語も日本語よりマシレベルだが。こんなことなら見栄を張って通訳断るんじゃなかった。
「貴方の馬もジャパンカップに出るんでしょう?頑張って欲しいですね」
どうやらそこまで日本語が達者でないとわかってくれたのか、少女がゆっくりとした口調で言葉を投げ掛けてきた。
「はい、わたしの馬が1番なる楽しみ」
「あら。お父さんの馬が1番になるわ。あの子は強いだから」
自信満々に言う少女に自分がシャルルマーニュの馬主だと言ったらどんな反応をするのだろうと一瞬考えたが、流石に大人げなさすぎる。
『共に幸運があらんことを』
最後にフランス語で話し掛け、妻を連れてその場を後にする。父親の方は最後の言葉を聞いて察したらしい。
『貴方、少し楽しそうですね』
『そう見えるかい?正解だよ。子供の言葉とはいえあそこまではっきり自分の馬の勝利を口にしていた。あの少女にそう思わせる馬がシャルと争うんだ。そこは少し楽しみだよ』
機嫌が直ったピエールに内心苦笑しながら、オレリアはピエールの後について行った。
***
「お父さん、あの人最後に何て言ったの?」
「楓、あの人が誰なのか聞かなかったのか?」
「聞く前にお父さんが来ちゃったのよ。どこから来たかを聞いたけど、聞き取れなかったのか答えてもらえなかったし」
娘の回答に納得しながら水嶋 穂高は去っていった夫妻の方を見つめた。
「最後の言葉は多分幸運をみたいな感じだと思う。お父さんもよくわからなかったが」
「そういえばまったくわからない言葉だったわ」
「あれはフランス語だよ」
「フランス語かぁ。じゃああの人達フランス人だったのね」
あっけらかんと言う楓だが、今年のジャパンカップに出走する外国馬の内、フランス人馬主はシャルルマーニュの馬主だけだ。つまり、
「あの人がシャルルマーニュの馬主かぁ・・・」
うちの娘、割りととんでもないこと言ってしまってなかったか?欧州最強に向かってうちの馬が勝つと。
でもまぁ、問題はないか。見ての通り紳士的な方のようだし、子供の言ったことだ。パリ紳士の寛大さを信じよう。
「貴方、楓。ここにいたのね。ヴェンデッタちゃんはもう移動しましたよ。私たちも行かないと」
美恵と雄大も来たことだし、美恵の言う通り移動しよう。
「わかった。さぁ、楓。お父さん達も行こう」
依然降り止む気配の無い曇天の空模様だが、レースに向け出走馬の関係者も観客も次第にその熱気は大きくなっていくのであった。
今週末はスプリンターズステークスですね。
このあとがきを書いてある時点だとナムラクレアとメイケイエールに人気が集まってますね。
1番人気の呪いは秋も継続中なのか、注視していきましょう。




