それぞれの今後
最近投稿時間が不定期ですね。
「やはりジャパンカップは難しいですか」
栗東トレセン矢坂厩舎ではロードケラウノス調教師、矢坂 義人とロードケラウノス馬主、稲本 匡がいた。
「ロンシャンでの2レースと輸送によるストレスが響いたのか、帰国後の検疫からコズミ(筋肉痛)が見られました。スクミ(コズミが更に悪化した状態)まではいかなかったものの、ストレスによる食欲の減衰による馬体重の減少も重なり、ジャパンカップまでに調子を立て直すのは厳しい現状です。ここはジャパンカップは見送り、有馬記念に照準を定めて調整していきたいと思います」
「そうですか・・・仕方ありません。その方向でお願いします。ラストランの有馬記念はよろしくお願いします」
「お任せください。引退式はご希望通り、有馬記念後を予定しております」
「結構です、ありがとうございます。しかし・・・そうなると参りましたな。約束を破ることになります」
「やむを得ないでしょう。よくあることです」
彼らが言っている約束とは凱旋門賞で優勝した直後、シャルルマーニュのオーナーが言ってきた宣戦布告だ。
負けた相手にリベンジを申し込むのは稲本も経験している。まさかその時と同じ展開になるとは思わなかった。それも逆の立場として。
「水嶋さんもこんな気持ちだったんでしょうね。宝塚記念の時は少し悪いことをしてしまいましたか」
「少し?」
「何か?」
「いいえ何も」
触れぬ神に祟りなし。と言っても危うく触れかけたがこの話題に関してはそれまでにし、これ以上の追求を防ぐことにした。
「ではケラウノスのラストランは変わらず有馬記念という事で。SNS上ではアーモンドアイの記録を抜いてから引退してほしい等の声もありますが、無茶を簡単に言ってくれるものですね」
「それだけケラウノスに夢を見てくれているということでしょう。ありがたいことです。だからと言って、引退を伸ばすなどはしませんが」
2人はケラウノスの今後を詰めるべく話し合いを続けていく。
***
『なんだと!?それは本当なのか!??』
『えぇ。日本のメディアのSNSでロードケラウノスがジャパンカップを回避するって報道がされたわ』
『なんて事だ』
『で、どうする?ロードケラウノスが出ないならわざわざ日本に行く意味は薄いと思うんだけど。香港にする?一応登録はしてあるし、恐らく招待も来るわ』
フランスでロードケラウノスのジャパンカップ回避の報を知り、目を剥いているのはシャルルマーニュの馬主、ピエール・フォンティーヌと、淡々と報告と次走への確認をしているピエールの姪でシャルルマーニュの厩務員であるマルグリットだ。
マルグリットとしてはわざわざシャルルマーニュを日本で走らせるより、来年のシーズンまで休養させるのがベストだと思っている。わざわざ日本や香港などに行く必要はないのだ。
賞金面こそ香港やドバイは魅力的だろうが、この叔父はそんな事を気にする人ではない。割りと愛国者というか、名誉を重んじる性格だ。純粋に凱旋門の名誉を他国。それも欧州他国ではなく日本が奪っていったときた。競馬を抜きにすれば親日家の部類に入る叔父としては愛憎相半ばとすると言ったところか。
『いや、予定は変えない。シャルの次走はジャパンカップだ。シャルの力を日本馬に見せるのも悪くはあるまい。それに、シャルは無敗ではなくなったが、ロードケラウノスも無敗でない。イーブンになっただけだ。そうだ、奴も無敗では・・・ん?』
『叔父さん?』
『そうだ。奴も無敗ではない。負けている。奴に勝った馬がいるんだ。その馬に勝てれば・・・』
『あ、嫌な予感』
『マリィ、ロードケラウノスの戦績、すぐ出せるか!?』
『えぇ。凱旋門賞前のなら・・・どうぞ』
『これだ。菊花賞というレースでロードケラウノスは2着に敗れている。勝った馬の名は・・・ヴェンデッタ。復讐とは穏やかじゃないな。ロードケラウノスが出なくてもこの馬に勝てば・・・』
明らかに変な方向に沸き上がる情念がロードケラウノスから他の馬に向けられるのをマリィは察した。察したが、どうすることも出来ないだろう。叔父はこういう人だ。
『可哀想に・・・』
これから理不尽な情念を向けられる事になる、名しか知らない競走馬相手にマリィは心から同情した。
***
「お?くしゃみかフクオ。なんか鼻に入ったか?」
んー?なんだろう?別に何か入った訳じゃなかったと思うけど。
歴史に残る天皇賞(秋)(当社比)から一晩明けた今日、天皇賞春秋連覇を果たし、名馬の仲間入りと相成った俺ことフクオさんは美浦トレセンにいた。流石に昨日の今日で即放牧って訳にも行かないからね。まだ美浦にいるが、天皇賞(秋)の次はレース間隔的に有馬記念だろう。
昨日はまだおっちゃんらが次走について話しているところを聞いていないので確定ではないが、水嶋一家があれだけ喜んでいたんだ。もう今年は後1走くらいで満足してくれるだろう。
となると、多分出てくるよなぁ有馬記念に。化け物が。凱旋門賞行ったんだろうけど、どうなったんだ?放牧から帰って来てからこっち、そこら辺の話題がまったく出てこねぇ。わざとか?わざとなんか?
あいつが負けるとは思えないが、前世の記憶にある日本馬の凱旋門賞の戦績を鑑みるに、2着に敗れるパターンかな?
エルコンドルパサー、ナカヤマフェスタ、オルフェーヴルと惜しいとこまではいくけど勝てはしない的な。というか、凱旋門賞2着馬を2頭も産駒で出しているステイゴールドヤバイな。
「翔哉。水嶋さんがいらっしゃったぞ」
「昨日の今日で申し訳ありません田中さん。それで、レースから一晩経ちましたがヴェンデッタの様子はどうでしょう?」
やーやー、水嶋のおっちゃん。昨日ぶり。ようやくたらふく飯が食えるようになったわ。
「レース帰りの馬運車でもそうでしたが、草もモリモリ食べてましたし今日も飼い葉を残さず完食していたので、現状問題はありません。各部の発熱もないですし跛行も見られません」
「そうですか。それは何よりです。では笠原先生、先程伝えた通りのローテーションでお願いしたいのですが」
「わかりました。個人的には思うところもありますが、その通りにしましょう」
「あ、フk・・・ヴェンデッタの次走、決まったんですね」
お、そうかそうか。俺の次走が。やはり有馬記念?それか年末の香港行っちゃう?香港カップかヴァーズでもいいのよ?あ、やっぱりヴァーズの方がいいわ。2000mはもう勘弁。
でも登録しなきゃいけないよな。してるんかな?
「えぇ。ジャパンカップにしました」
ジャパンカップかぁ。俺の予想外れちまったわ。ちょっと意外。秋のGⅠ、天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念の秋古馬三冠の内、一番長い距離は有馬記念だ。だから次走は有馬記念だと思ってたんだけど。
まぁ、天皇賞(秋)より400m伸びるし、ダービーと同じ距離、同じ東京だものな。メンバーや枠、展開なんかの不確定要素はあるけど、どうにもならない相手ばっかりってことはないと思う。天皇賞(秋)に出てきたメンツが来たとしても2400なら確実に潰せる自信がある。ただし、化け物は除く。
これまでと大きく違うとすれば外国馬の参戦だけど、外国馬が日本の馬場を敬遠するようになったというのは、この世界でも同じようだし大した問題ではなさそうだ。
それに勝てなかったとしても同年天皇賞春秋連覇した時点で現役時代の実績は十分でしょう。確実に種牡馬入りだろう、勝ったな。ただ、宝塚記念のような惨敗はもう出来なくなったとも言えるが。
俺いつまで現役なんだろう?未だ引退についての話題が出ないとこを見ると来年も現役続行っぽい。
ジャパンカップ→ドバイor天皇賞(春)
もしくは
ジャパンカップ→大阪杯→天皇賞(春)
て感じかねぇ?天皇賞(春)は勝ちたいな。俺、現役最強ステイヤーと呼ばれてるらしいし?新旧菊花賞馬の対決とかカッコいいだろうし。今年の菊花賞馬知らんけど。そもそも天皇賞(春)出るかもわからんけど。
「では、水嶋さん。このへんで」
「あぁ、そうですね。全休日に申し訳ありませんでした。ではヴェンデッタ。元気でな」
そう言葉を残し、去っていくおっちゃんたち。養ってもらっている身として、出来る限りの恩は返さんとな。
その為にも!今は制限解除された草を思う存分いただく所存である!
***
「では水嶋さん、本日はありがとうございました」
「はい、ではジャパンカップと有馬記念、よろしくお願いします」
「・・・ふーっ」
水嶋が帰り、笠原は大きな溜め息をついた。昨日も溜め息をついたが今日はよりネガティブ寄りだ。
「まさか水嶋さんからこんな注文を受けるとはなぁ」
笠原は先程の会話を思い出した。
『笠原先生、ジャパンカップと有馬記念、両方出したいのですが』
『・・・え?』
『無謀というのことは承知していますが、どうしても見たくなりまして。近年、秋古馬三冠を皆勤する馬は本当に少なくなりました。キタサンブラックやキセキくらいでしょう。
昨日のヴェンデッタを見て私も夢を見たくなりまして』
「逃げ切るどころか差し返すような競馬をされてはそんな夢を見たくなるのはわかるし、叶えたいとも思うが、今回フクオを限界まで追い込んじまったからな」
秋古馬三冠を全レース出走する難しさは近年の傾向からより際立ってきている。3つのレースを全て出すのではなく、そのうち1つなり2つに照準を絞り万全の状態で出走する。
今回のフクオは正にそれだ。天皇賞(秋)に合わせピークに持っていった。それを3つ全て行う等不可能だ。相手は生き物。機械ではない。
ジャパンカップでの調子は今回よりも劣るだろうし、場合によっては有馬記念ではボロボロで出走することになる可能性を水嶋さんに伝えたが、水嶋さんの意思は変わらなかった。
『例え最下位になったとしても・・・いや、それはちょっと嫌ですね。
ですが、GⅠ馬の馬主になれるなんて今後二度とないでしょう。なら、馬主の我儘を通してやりたいことをやらせて貰います。例え、ヴェンデッタが嫌だと言ったとしても』
「気持ちはわからんでもないがどうなるかなぁ。ロードケラウノスがジャパンカップを回避して有馬記念に集中するとなれば、大分厳しいだろうな」
そもそもジャパンカップを勝つのも容易ではない。日本馬は今年のダービー馬ドミナートル、オールカマーを勝ったダンシングウィナー、京都大賞典を勝ったフトウフクツにジャパンカップをラストランとするスフィアライダー。
外国馬は現状欧州最強シャルルマーニュ、サンクルー大賞の勝ち馬アルディア、今年のアイルランドダービー馬ヴァンデン、更に今年のカナディアン国際ステークスを勝ったデザートフォースターと例年に比べてレベルの高いレースとなるだろう。
といっても今の府中で外国馬が日本馬に太刀打ちできるとは思えないが。
「土砂降りの不良馬場にでもなればまだわからんがな」
そう呟き、笠原は踵を返し事務所の方へ引き返していった。
18時に間に合わなかったからなんですけどね!
〆切とは破るものって馬路○んじ先生も言ってましたし。知らんけど。




