札幌滞在
新キャラ登場。思い付きで出したので本編に絡んでくるかは未定です。
「崇君、君本当に良かったのかい?」
「何がです?」
北海道シリーズ真っ只中。北海道滞在中の崇は騎乗依頼仲介人といた。
「札幌記念。ヴェンデッタの他にも騎乗依頼持ってきたでしょ。ルックリーゼルの騎乗依頼を。昨年の札幌2歳ステークスの勝ち馬。昨年の阪神JF5着、今年の桜花賞2着、オークス14着とGⅠこそ逃しているものの、血統的に2000mなら十分こなせるだろうし、負担重量52㎏は魅力だからね。52㎏なら崇君でも問題ないし、ヴェンデッタより勝率高そうなんだけどな」
騎乗依頼仲介人にそう言われた崇はノリノリで騎乗依頼を持ってこられた事を思い出した。
オークス14着という惨敗により乗り替わりで御鉢が回ってきた訳だが、既にフクオの騎乗依頼を受けていたため断っていた。
即答で断った為仲介人には驚かれたが、崇的にはなんで自分に回ってきたかが理解できなかった。
「なんでデビューから乗っているお手馬、それもGⅠ馬が出るのにルックリーゼルを選ぶと思われたのか。それこそ理解できないんですけど?」
「いやだって。ヴェンデッタに2000mは短いでしょう?ヴェンデッタのメイクデビューで騎乗依頼持ってきたのは俺だけど、今回はルックリーゼルの方が良かったと思うんだがなぁ。
崇君、今年重賞勝ててないしチャンスだと思ったんだけど」
仲介人の言う通り、今年の崇は重賞勝ちから遠ざかっていた。平場戦や重賞以外の特別競争は順調に勝ち星を積めているのだが。
「それを言われると痛いですけど、ヴェンデッタにだって勝ち目が無いわけではありません」
「んー、そうかなぁ?宝塚記念を見てると厳しい気もするけどね。前走、前々走を見る限り折り合いの面での不安が出てきているし、札幌記念は宝塚記念より200m短いからねぇ」
折り合いに関しては不安はない。あいつは頭が良いし基本素直なやつだ。万全の体調でコミュニケーションを怠らなければ折り合う等造作もない。
距離に関しても宝塚記念で最後の直線、失速したのはフクオの体調が最悪だったことが原因だ。体調さえまともで俺が変に抑えなければあいつは逃げ切っていただろう。それに阪神の重馬場はフクオに有利だったはず。
もっとも、敗因に関しては醜聞以外のなにものでもないので、関係者以外には秘密にした。そのため彼が勘違いしているのは無理もないのだが。訂正できないのがもどかしい。
「まぁ札幌記念は楽しみにしててください。ヴェンデッタが2000mでも走れることを証明しますから」
「その自信はなんかあるんだろうね。そこまで言うなら楽しみにしようじゃない」
そう言いながら仲介人は去っていった。
「そうだ。あいつは長距離だけの馬じゃない。原点に帰ってもう一度あいつで勝つんだ。秋にタイトルを獲る為にもそれを示さないと」
誰に聞かせるわけでもなく、崇は決意を新たにした。
***
及川牧場でファンとふれあって一月は経ったか。俺は札幌競馬場にいた。
休養後美浦には戻らず札幌に移動し調教を受けている。確かに札幌記念に出るのにわざわざ美浦に戻るより北海道に留まった方がいいってことだろう。
「よぉし、今日もやるぞフクオ」
俺の世話をするためか翔哉の兄ちゃんもこっちに来ていた。ちなみに今年から笠原のおっちゃんの厩舎に新人騎手“本田 愛河”が入った。夏は北海道で経験を積むらしい。
基本騎手は青いヘルメットをかぶるが、新人騎手は黄色のヘルメットをかぶる。そんなわけだから目立つこと目立つこと。
翔哉の兄ちゃんかいるからか俺に乗る事はないが、笠原厩舎の他の馬や他の厩舎に顔を出して調教で乗っているらしい。滞在競馬は美浦だけでなく、栗東の厩舎もいるから顔を売るのに最適なんだろう。
「愛河君、テキから聞いてると思うけど、今日はフクオとグリントの併せでやるから。グリントお願いね」
「わかりました!」
うっわ~、初々しい~。めっちゃフレッシュやん、これが若さか。
ちなみにグリントって馬は3歳の未勝利馬だ。正式名称はグリントフィールド。俺以降泣かず飛ばずの3歳世代の1頭だな。3歳未勝利も後1月で終わっちゃうから多分次がラストチャンス。
ラストチャンスを掴めれば良し。駄目なら地方へ転厩かな。今もダートで頑張ってるし、即処分ってことはないと思うんだけど。
改めて思うけど厳しい世界だよな。去年もいつの間にかいたはずの馬がいなくなってたりしたし。
さて、グリント君の未来も気になるが、今は調教に集中するか。
***
フクオが放牧から戻ってきてから、俺は札幌競馬場でフクオの世話をしている。勿論フクオだけでなく、他の北海道で走る馬もテキから任されている。
放牧から戻ってきたフクオだが身体がリフレッシュされたのは勿論、精神的にも回復というか余裕が生まれたとでも言おうか。放牧前とは比べ物にならない程心身ともに充実しているように思える。
ただ、宝塚記念の時フクオの体調を見抜けなかっただけに過信はしない。飼い葉の食い具合。動きに不自然なところがないか。ボロの具合等見るべきところは多くある。
それに加え、今年から笠原厩舎に入った新人騎手である本田 愛河君への指導もある。厩舎所属騎手は馬に乗ることは勿論だが、厩舎の仕事もこなす。
馬房の掃除や飼い葉の準備の手伝い、馬体確認などやるべきことは多い。更に愛河君は他厩舎への営業もして騎乗数の確保をしなければならないのだから大変だ。
今日の調教を終え、午後の作業を終えたところで愛河君が声をかけてきた。
「翔哉さん、自分ちょっと行ってきますね」
「いってらっしゃい。騎乗依頼貰えるといいね」
「ありがとうございます。いってきます」
そう言い厩舎を出ていく愛河君。滞在競馬である札幌には美浦だけでなく栗東の厩舎もいる。今後のためにも顔を繋いでおいて損はない。
「愛河君には頑張ってほしいよな。なぁフクオ」
名前を呼ばれて馬房から顔を出したフクオとじゃれあう。宝塚記念では入厩からずっと一緒だったフクオに信用されていないと感じ、割りと落ち込んだがもう一度フクオと向き合うことにした。
こうやってじゃれあうのもその一つ。やっていなかった訳じゃないが、回数を増やしフクオとふれあう。
「よしよし。及川牧場でファンの人と会ったとき貰った氷砂糖に味を占め、牧場のスタッフさんにせびっていると聞いたときはテキも俺も焦ったけどこのまま行けば勝ち負けだな。頼むから調子が悪くても隠すなよ~?流石に次同じ事をされたら真面目に担当替えになりかねないからな」
笑いながら冗談を交え話し掛けていたらフクオが急に動かなくなった。どうしたんだろう?
「まぁいいわ。そんじゃいい子にしてるんだぞ」
そうして翔哉は馬房から出ていく。それをジッと見つめるフクオが印象的だった。
今日は宝塚記念ですね。
私の夢はディープボンドです。




