鞍上と初顔合わせ
ハロウィンが。久々のハロウィンが襲いかかってくる
「おはようございます。先生ご無沙汰しております
横川 崇です。今回はヴェンデッタの騎乗依頼ありがとうございます」
「こちらこそほぼ付き合いのないうちからの騎乗依頼を受けてくれてありがとう。
お前さんが1年目の時、シャインバーダムで乗ってもらって以来だな。」
「はい、あの時は貴重な経験をさせてもらいました。ただ、ご期待に添えず申し訳ありませんでした」
「今更何年も前の事を蒸し返すつもりはねぇよ。それよりこれからの事を見ていこうぜ。もうすぐ翔哉がフクオの引き運動を終えて戻って、お、戻ってきたな」
ゲート試験を無事パスし、俺のメイクデビューも来週に迫った8月の朝、翔哉の兄ちゃんと引き運動から戻ってきたら笠原のおっちゃんと見覚えのない若い兄ちゃんがいた。
「テキ、ただいま戻りました。フクオに問題は見られません」
「おぉ、お疲れさん。紹介するわ。来週のフクオのメイクデビューに騎乗してもらう横川 崇騎手だ」
「おはようございます。はじめまして。今回笠原先生のとこのヴェンデッタに乗せていただきます横川 崇です。よろしくお願いします」
「おはようございます。フクオ、この人がお前とコンビを組む横川さんだぞ」
横川崇ってジョッキーなんて前世で聞いたことないな?似たような名前のジョッキー一族なら知っているが。
なんかこの世界、ライスシャワーが生きてたり、セイウンスカイに後継種牡馬がいたりと俺の前世の世界とは違うなぁとは思っていたけど美浦、栗東と言った地名やらレース名なんかは一緒。でもジョッキーの名前は微妙に違うんだよな。実害ないからいいけど。
「鹿毛に顔の流星。トウカイテイオーを彷彿させますね。トモの張りもいいですし、走ってくれそうな雰囲気ですね。
フクオって呼ばれているんですか?よろしくな、フクオ」
おうよろしくな。クンカクンカ。ほぅ、これが崇の臭いか、うむ覚えた。さて、歓迎の証に頭に顔乗せちゃう。
そうそう、ずっと言ってなかったけど、俺の顔の模様流星なんだわ。おじいちゃまのトウカイテイオーに似てるらしい。
それはそれとして、このジョッキー君なんかすげぇ好青年っぽいんだけど。俺が彼と同い年くらいだった頃の数倍人として出来ていらっしゃる。人好きしそうな顔立ちでジョッキーってことは、儲けていらっしゃるんでしょう?
羨ましい限りだな!コノコノ!
「うわ、ちょっ。頭に顔を乗せたと思ったらなんか体使って押してきたんですけど、これどういう事です?」
「大丈夫ですよ、これ遊んでいるだけですから。それに良かったですね気に入られたみたいですよ。
フクオは気に入った人の頭に顔乗せるんで」
そうそう。お遊びお遊び。決して嫉妬とかじゃないですよ?だって俺もう馬だしな!
「あー、そろそろいいか?フクオの乗り運動を始めたいんだが」
おっちゃん、ごめんて。
「あ、すいません。なら乗り運動から参加させてもらっていいですか?」
「あぁ、是非頼む。乗り運動後はウッドチップコースをダグで一周、キャンターで一周でフクオに慣れてくれ。その後は馬なりで回ってもらって最後にちょっと強めに追ってくれ。レースは来週だから、レースまで都合が付く限り乗ってもらえると助かる」
「わかりました。スケジュール調整しておきます」
よっしゃ、そんじゃあ本職のジョッキーの技量を見せてもらおうか。
という訳で乗り運動をこなしてウッドチップコースに入る。
「よし、じゃあ行こうかフクオ」
はいよ。
崇君の合図とともに走り出す。走り始めてすぐ気付いた。やだ、崇君ってば乗り方お上手。いつも乗ってくれている翔哉の兄ちゃんに比べて遥かに走りやすい。重心のブレってやつなんかな?それが少ないの。
これが馬に乗って飯食っている人の技量か。大したもんだ。よっしゃ、俺もちょっと頑張りますか。
横川 崇は若手ながら美浦所属のジョッキーでもトップクラスの成績を出している。その為騎乗依頼も多く、今回のような縁の薄い相手からの騎乗依頼は普段なら騎手依頼仲介者の方で断られる。しかし今回は仲介者の方がやけに乗り気でこの話を持ってきていた。
仲介者のことは信頼している。自分が関東リーディングを取れたのは仲介者のお陰と言ってもいい。そのくらい騎乗依頼仲介者というのは重要な役割だ。
そんな彼が認めた馬。最早化石に近い血統のこの馬に何を見いだしたのか。それを確認したかった。
そんなことを考えながら、ダグ、キャンターを経て馬なりで乗り始めてからすぐ気付いた。この馬、体が柔らかい。それに走法は大飛びか。益々トウカイテイオー染みているじゃないか。
もちろん崇自身はトウカイテイオーに乗ったことはないが、伝え聞いたトウカイテイオーの特徴とフクオの特徴はあまりに一致していた。
血族馬とは言え、そこまで似るものか?しかし、現実にここまで特徴の似ている馬が目の前にいる。これはもう少し確かめてみよう。
次に手綱を操作し左右に振ってみたところ直ぐに指示に従い身体を動かす。操縦性も高い。
気合いのノリもいい。
と、ここでフクオが更に行きたがっているような感覚を覚えた。丁度いいので調教の締めとして手綱をしごき追い始める。
そして確かな手応えとともにしっかりと追いきった。
「崇もフクオもお疲れさん。翔哉、フクオのクーリングダウンは任せたぞ」
「わかりました。横川ジョッキー、ありがとうございました。お疲れさんフクオ」
フクオを連れて引き上げる翔哉。それを見送る笠原と崇。
「どうだった。フクオは。」
笠原は崇に感想を聞く。
「身体の柔らかさとあの大飛びはトウカイテイオーを連想させますね。指示にも素直に聞きますし、スタミナもありそうです。心臓も強そうで息の戻りが早い印象でした」
「そうかそうか。」
何度も頷く笠原。そして
「で、どうする?」
先程と似たような、しかし意味の違う質問に崇は間髪いれず答える。
「逃げます」
「やはりお前もそう思うか」
笠原のこの言葉に崇は自分の考えが間違っていないことを確信する。
「乗ってみてわかりましたけど、末脚そのものは並です。
最後の直線ヨーイドンの末脚勝負では太刀打ちできません。フクオは長くいい脚を使うタイプです。それに反応の良さからスタートも良さそうです。
ならそのスタートの良さを存分に活かせる前の競馬をするべきです」
崇の見解と笠原の見解はほぼ同じであった。
差しは論外、追い込みもフクオのスタートの良さと噛み合わない。先行も悪くはないが、それなら血統に裏打ちされた豊富なスタミナを駆使して、速い時計でラップを刻み後続のスタミナを削り、粘り込みを謀る戦法の方がフクオに合っているだろう。
「決まりだな。俺はフクオにダービーを夢見ている。その夢を叶えるためにもよろしく頼む」
「はい、全力を尽くします。」
調教のメニューは想像です。この世界ではこう!でゴリ押します。