阪神大賞典(GⅡ)パドック
今週末は重賞レースいっぱいで楽しみですね。
第1回 阪神競馬 8日目 第11レース
阪神大賞典(GⅡ) 芝 3000m 天気:雨 馬場状態:不良
しとしとと言うにはかなり無理がある勢いの雨が打ち付ける、阪神競馬場に俺はいた。3月の下旬、暖かくなってきたとは言え今日のような雨が降る日は中々寒い。と思う。
馬になってから寒さに強くなったせいか、このくらいの冷え込みは大したことない。その代わり、暑さにはめっぽう弱くなったが。
そういえば、数週間前におっちゃん達があれこれ言っていた件だが、俺がレースに出られないとかじゃなかった。いや、ある意味では出られない可能性はあったが。それは、
「フクオ、号令だ。先生と横川ジョッキーが来るぞ」
おっと、もうそんな時間か。復帰戦てことで今日はあまり人気無いかなと思ったけど、なんと一番人気だ。
やはり菊花賞馬への信頼は厚いということか。
「横川ジョッキー、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
挨拶をしながら今日の鞍上が俺に乗る。そして俺を見ながら笠原のおっちゃんが口をあけた。
「周回の様子を見る限り、問題無さそうだなフクオは。人気に応えられそうだ」
「おっと。そうなると負ける不安要素は僕かな?」
「いやいや。そんなわけないじゃないですか。フクオをうまく導いてください横川ジョッキー」
「翔哉の言うとおりです。急なご依頼にも関わらず快諾してくれて感謝してます。今日はフクオをよろしくお願いします」
「いえいえ。やらかした息子のフォローは親の仕事ですから。それに元々笠原厩舎さんにはトニーでお世話になっていますし、フクオ君には前から乗ってみたかったんです。寧ろ渡りに船と言ったところですよ。さぁ、行きましょうか」
お分かりいただけただろうか?今日の俺の鞍上は崇じゃなく、崇の親父さんだ。
なんでも、崇のやつ油断騎乗なのか斜行したのかは知らんが、レースでやらかして3月末までの騎乗停止処分を喰らったらしい。
以前おっちゃん達が難しい顔してやってきたのは崇が俺に乗れなくなり、代わりの騎手をどうするかで悩んでいたわけだ。
菊花賞馬の騎乗依頼なら特に苦労することもなく代わりの鞍上も見つけられそうなもんだが、おっちゃんにも馬にはわからんしがらみとかがあるのかね?
結局崇の親父さんで落ち着いたのは無難というか妥当なんだろう。こちらとしてもパイセンの鞍上なら全く知らない騎手よりかなんぼかマシではある。
ただ、中山記念でパイセンを撃沈、ぶっちゃけるとブービーかました不安はあるがな。
この親父さん、この年まで騎手をやっている事からわかる通り、実力は申し分ないトップジョッキーである。
ただ、人気の馬を飛ばしたかと思えば人気薄を持ってくるなど、何をやって来るかわからないジョッキーとしても有名らしい。
中山記念で二番人気だったパイセンを飛ばしたように。まぁ、あれはパイセンが力尽きたのが原因らしいから親父さんに文句言うのは間違っているんだが。
今日は俺一番人気なんだけど、飛ばさないでよ?ただでさえ、ロードケラウノスの三冠を阻んだ馬としてヘイトが全く無いわけじゃないんだから。
「さぁて、今日はどう乗りますかね」
・・・これは駄目かもしれんなぁ。
***
「今日ヴェンデッタちゃんに乗るのは崇くんじゃないんですね」
「あぁ。騎乗停止処分を受けてしまったからね」
阪神競馬場の馬主席ではヴェンデッタの馬主である水嶋 穂高が家族とヴェンデッタの応援に来ていた。
「騎乗停止って、崇さん何したの?」
妻の美恵と話していたら娘の楓が話に加わってきた。
「斜行。馬を斜めに走らせるという意味だ。その斜行によって他の馬の進路を塞いだり他の馬と接触して悪影響が出た場合、騎手が行うべき注意義務を怠ったと判断され制裁を受ける。
今回の騎乗停止が制裁ということだよ」
「プロの騎手でも馬を真っ直ぐ走らせるのって大変なのね」
「それはそうさ。寧ろ真っ直ぐ素直に走る馬の方が稀だよ」
「ところでさ、今日ヴェンデッタに乗る横川 光典って騎手さんは崇さんのお父さんなの?」
穂高が楓の質問に答え終えたタイミングで今度は息子の雄大が質問してきた。
「あぁそうだ。既に50歳を過ぎても現役騎手として頑張っているすごい人なんだぞ」
「ふーん。ちなみにどうしてあの人が乗ることになったの?」
「何故横川光典騎手に依頼したかかい?それは菊花賞の表彰式が終わった時に・・・」
『すみません、水嶋さんでしょうか?』
『はい?』
『突然すみません。私、横川 光典と申します。この度はヴェンデッタ号の優勝おめでとうございます』
『これはこれは。横川ジョッキーわざわざありがとうございます。こちらこそ息子さんにはうちのヴェンデッタを導いていただきありがとうございました』
『いえいえ。まだまだ若輩ですが、どうかよろしく使ってやってください。
あと少し営業の話になりますが、今後機会があれば私を水嶋さんの馬に乗せていただければ幸いです。では失礼します』
「ということがあってな。お父さんに直接挨拶に来てくれたジョッキーは初めてだったから、機会があれば調教師の先生にお願いして依頼しようと思ったんだ。
でも、お父さんが今所有している現役馬はヴェンデッタだけだから、当分依頼することはないと思っていたんだが・・・」
「崇騎手が乗れなくなっちゃったから、その代役としてお願いしようと思ったんだね」
「その通り」
無論、横川父も今回のようになることを見通して営業をかけたわけではないだろう。しかし仕事でも見掛けるが、たまにいるのだ。こういう“持っている”人物というのは。
「こういう縁は逃してはならないという直感とでも言うのかなぁ?仕事でもそうだが、中々馬鹿に出来ないものだぞ、直感も」
「直感て言うのは経験の積み重ねよ。お父さんは多くの人と接してきた経験があるもの。なら、それは信用していいものだわ。
だから、貴方達が直感を信じるのは早いわ。それはただの当てずっぽうよ」
妻が子供達にそう諭し話を締めくくった。いつも競馬場に来れば子供達とはしゃいでばかりいた妻だが、なんだかんだ締めるときは締めてくれる。
「見て!ヴェンデッタちゃんが来たわよ!ほら、皆で応援しましょう!」
まぁ、締めてくれるのはほんの一瞬ではあるが。結婚して15年以上経った今でも変わらない妻に内心ほっこりしながら、水嶋家の愛馬が出てくるのを見守る穂高であった。
前話のコメントで何があったかの正解を述べられている方が結構おり、私にこういった隠す書き方は出来ないなぁと改めて思い知らされました。
素人だからしょうがないと思うことにします。




