フクオ、放牧地にて
エフフォーリア天皇賞(秋)優勝おめでとう。
祖父、シンボリクリスエス以来の3歳馬秋の盾奪取ですね。
先週のタイトルホルダーといい、横山武史ジョッキーはドラマ製造機ですね。
では、本編をどうぞ。
芙蓉ステークスを終えてから一週間ちょいほど経った今日この頃。俺は今美浦トレセンを離れ放牧に出されていた。広い放牧地でのびのび牧草を食みながら休養を取っている・・・訳ではなく、トレセンとそう変わらない生活をしていた。
所謂短期放牧というやつで、レースまでの間トレセンではなくトレセンの近隣にある外厩と呼ばれる施設で過ごしている。移動時間は大体30分くらいだったかな。
放牧と聞いていたからてっきりさっき言ったように広い放牧地で過ごすものだとばっかり思っていたが、全然違った。
軽めではあるけど普通に調教を受けている。
でもトレセンより馬の数は少ないから煩わしさはないな。トレセンの馬密度半端なかったし。地味にストレス溜まるんだよな、トレセン。馬になったからかピリピリした雰囲気に敏感になったみたいだし。
それと、笠原のおっちゃんもわりと頻繁に俺の様子を見に来ている。
そういえば、次のレースは京都2歳ステークスになったらしい。翔哉の兄ちゃんが言ってた。レース名からわかる通り京都競馬場でやるんだな。遠征って訳か。
この世でも競馬は西高東低なんだろうか?だとすると次走るレースに出てくる馬は皆栗東の坂路で鍛えられた猛者揃い?
やだ、すっごい怖いんですけど。この間の追い込み馬みたいなのが後ろから何頭も襲ってくるとか悪夢以外の何者でもない。
いや、逃げってのはそういうもんなんだけどな。
前走はたまたま逃げ切れただけ。いや、前に爆散馬がいたから逃げ切りじゃないか。
もう俺もオープン馬。今後のレースは重賞レースが主戦場になる。そこにはこれまでより強い馬ばかりだろう。
これまで通りじゃ勝てない。俺は絶対的にスピードが不足している。
それを補うとなると必要になってくるのは俺のパワーアップ。末脚がポンコツなんですー、なんて言っていられない。
生まれ故郷にいた頃みたいに自由に動けるわけじゃないから、やれることは限られているが何をすればいいのか考え続けよう。この考えられる頭が他の馬にはない最大のアドバンテージなんだから。
鎌か肉かの運命から脱却するための戦いはここからが本番だ。
フクオが改めて誓いを立てている頃、美浦トレセン 笠原厩舎では厩舎の主、笠原雅道とフクオの主戦騎手である横川崇が事務所に集まっていた。
「先日に続いてすまんな。あの時一緒に話すべきだったんだが、失念していた」
「いえ、それは大丈夫です。先日のフクオのレースのことですね」
「あぁ。まずこの間のレースはどう感じた?」
「まず、フクオは行きたがりなところがありますね。前のオンドゥルをかなり意識していたので。根が真面目なんでしょう。先頭を走らないとと思っているようにも感じました」
「確かにそんな感じだったな。普段は大人しいんだが、レースで豹変するタイプなのか?そんな感じはなかったが」
正確に言えば、フクオは先頭で走らないと勝てないと思っている。そしてそれは正しい。
「ですが、落ち着かせる事自体は容易です。声をかければ落ち着きましたから。こちらの言ったことを理解しているわけではないでしょうが、慌てなくてもいいことを察したのでしょう。頭のいい馬ですから」
「うん。なら今後の折り合いに関しては心配しなくてもいいな。ならもう一つの問題だ。寧ろこちらが本題だが」
「単純なスピード不足ですか」
「前走、前々走は前を走るフクオが潰れると他の陣営が侮っていたから勝ちを拾えた。だが、今後はそうはいかない。前が潰れないならそれを折り込んで対応してくるだろう。追い付きさえすればそれを差し返す脚をフクオは持っていない。そこでだ。」
笠原はそう言うと数字が書かれた紙を出した。
「これは前走のフクオのラップタイムだ。向こう正面あたりで息を入れて緩やかなラップを刻み後半スパートを入れる逃げ馬のお手本のような騎乗だな。」
突然出されたラップタイムだが、勿論崇は把握していた。他の誰でもない自分が鞍上で刻んだラップである。
そして笠原が何を言いたいのか既に察していた。
「今後は当初の予定通り早いペースで淀みなくラップを刻み、後続の馬に息を入れる暇を与えない戦法に変えるんですね?」
「そうだ。まだ身体が出来ていないフクオに息をいれず走らせるのは直線での失速や怪我が怖いと思ってやらなかったが、今後勝っていくならそれしかねぇ。
それに併せてスピードの底上げの為、坂路の数も増やしていく。折り合いの不安もあるが、フクオなら大丈夫だろう」
「ますますミホノブルボン染みてきましたね。父の評価が高くないところも似ています」
ミホノブルボンは1991年に朝日杯、1992年に皐月賞、日本ダービーを勝った競走馬である。
血統的に短距離向きの馬と考えられてきたが、当時栗東トレセンに導入されたがあまり注目されていなかった坂路トレーニングを活用し、シンボリルドルフ以来の無敗三冠馬まであと一馬身ちょっとまで迫った馬である。
ちなみに、そのミホノブルボンの三冠を阻んだのが他の誰でもないフクオの母母父父であるライスシャワーである。
「勿論、この両方をやって次のレースを勝つって意味じゃない。見据えているのは来年のクラシック。オーナーからの要望を少々無視することになるが、ホープフルステークスも一つのステップとして走っていくぞ。翔哉の方にも伝えておく」
「わかりました。」
笠原の言葉に頷く崇。確かにフクオが勝っていくならそれしかない。異論はなかった。
「にしても、ブルボンと戦っていたライスシャワーの子孫がブルボンの走りを目指すというのは因果なものですね」
「まったくだ」
明日の投稿はありません。ご容赦のほどよろしくお願い致します。