芙蓉ステークス本番
そろそろ書き溜めがなくなってきました。
返し馬も終わり、俺はゲート前で輪乗りをしていた。
前回は観客席の向こう側からのスタートだったが、今日は観客席の前、有名な中山の坂の手前からのスタートだ。
それにしてもあの坂登るの?2回も?しんどくない?しんどいんだろうな。中山の2000mは後方有利って聞いたことあるけど納得だわ。前半かっ飛ばしてっから最後にこの坂登れとか脚も止まりますよ。スタミナなんぞ残っているわけがねぇ。
などと考えていたらファンファーレが鳴りゲート入りが始まるようだ。
今日の俺の馬番は⑤番。比較的早くゲートに入れられ他の馬が入るのを待つ。
「相変わらずゲートの中でも落ち着いているな、フクオは。もうちょっと待っててな。」
わかってるよ崇。なんかゲート入りを嫌がっている馬がいるみたいで時間がかかっているようだな。既にゲートに入っている他の馬を宥めようと各ジョッキーは骨を砕いている。
お、やっと嫌がってた馬がゲートに入ったみたいだ。残っている他の馬もスムーズに枠入りしたようだな。
「フクオ、始まるぞ」
ガシャン!
よし、我ながら完璧なスタート!このまま端をきr・・・って、おおん!?外から更に出てきた馬がいるぞ!?先頭取られちまった。なんかおもいっきり掛かっているっぽいけど。
これは追いかけた方がいいのか?先頭の景色は譲らないの精神で行くべきか?でもあんな掛かっている馬についていったら俺潰れないか?
それとも割りとすんなりいっちゃう?
あああああ、そんなこと考えていたらもう3馬身は差が開いちまった。どうする?どうする?
「フクオ」
た、崇!どうする!?このままじゃあの馬にいかれちまうぞ!?
「行かせておけ。最終的に最初にゴールすればいいんだ。必ずしも端から終わりまで先頭にいる必要はない」
・・・!?そ、そうか。そうだよな。別に俺のペースが遅い訳じゃない。その証拠に後続に5馬身は離している。
あんなペースで走ってたら最後の直線まで持つはずがない。さっき駆け上がったあの坂をもう一度登らないといけないんだ。そう、大丈夫だ。大丈夫だよな?大丈夫だよな崇?ダメだったら怒るからな!
ていうか、第1コーナーも結構な勾配があるな。直線ほど急ではないけど、その分ちと長い。前の馬は全く勢いが衰えないな。このレースを1200mと勘違いしてないか?
やっと登りきったな。坂を登れば次は下りか。
いや、下りは下りで長いな!?第2コーナーを曲がりながら下ってそのまま向正面過ぎて第3コーナーまでずっと下りだぞ。ここら辺で大体半分か。先頭の馬との差は大体3馬身ってとこか。はよ潰れろ。
「58秒切るかどうかくらいか。少し早いが許容範囲内だ。後ろとの差は大体8馬身。恐らく前のオンドゥルは第4コーナー辺りで沈むだろう。今のうちに息をいれるぞ。」
そう言って息を入れるよう促してくる崇。確かに前に馬がいたせいで少々ペースが早くなっていたか。自分以外にも逃げる馬がいる可能性だって十分考えられるんだ。今後は気を付けないとな。
と、反省していたら第3コーナーのカーブに入った。後続もペースを上げてきている。俺との差は6馬身くらいか。俺が息をいれたことによって先頭との差が4馬身ほどまで広がった。
どうやら先頭を走るあの馬、息をいれることを知らないようでひたすら走っているだけみたいだ。本来は逃げ馬じゃないのか?
そのまま第4コーナーに。崇の予想通り、先頭馬の脚色が明らかに鈍くなってきた。
そして直線に入る前にその馬をかわし、今度は俺が先頭に立ち最後の直線に入る。
崇の鞭が入り、手綱をしごき始めた。
その先に待つ中山の坂を登る!うぉっ!?ツラい!でも登れないことはない。祖父譲りの柔らかい身体のお陰か、坂もなんとかこなせる。前走からこっち、明らかに増えた坂路調教の効果も出ている。
無論母方から受け継いだスタミナあってのものでもある。このスタミナがなかったら第4コーナーで爆散したあの馬みたいに俺もこの坂で失速していただろう。
よし、登りきった。後続との差はまだ4馬身はあるな。このままこの差をキープするぞ!
変わらず鞭を入れ、俺を追う崇。ようやく俺に追い付いてきた後続だが流石に今からじゃ届かない。
届かないが、2番手の馬との差をみるみる詰めてきている大外からの追い込み馬がめっちゃ怖いんだけど!馬になってから視界が広がって大外の馬も見えるんだよ!
結局2馬身差でゴールイン!2着はあの追い込み馬だ。
無事勝利こそしたが課題も多く見つかったレースだった。だが、これで俺は晴れてオープン馬。
次の目標は重賞制覇だな。鎌か肉かの運命を回避するためにも、重賞タイトルは欲しい。重賞じゃあの恐ろしい追い込み馬みたいなのがゴロゴロしているんだろう。厳しい戦いになるだろうが、頑張ろう。
フクオが先頭でゴールした瞬間、フクオの馬主である水嶋は馬主席にいた。
(デビューから2連勝。これは本物だ。オープン馬の馬主になれるなど何年振りだろう。)
水嶋が馬主として活動を始めてから十数年が立つが、ここ数年の所有馬は成績が振るわず行っても2勝クラス止まりが精々だった。ヴェンデッタの姉のように未勝利で終えた馬もいる。寧ろそんな馬の方が圧倒的に多い。
己の相馬眼に自信が持てなくなっていた頃見初めたのがヴェンデッタだった。
血統だけ見れば時代遅れもいいとこ。しかし、何かが気になる。これまでそう感じて選んだ馬は軒並み走らなかったが購入を決めた。売値が安かったこともあったが、もう一度だけ自分の眼を信じてみようと思った。
「やったわね貴方。ヴェンデッタちゃんがまた勝ったわ」
前走以降競馬というかヴェンデッタのことを気に入り、今日もついてきた妻の美恵が嬉しそうに声をかけてきた。
「あぁ、本当によかった。これでオープン入りだ」
「次はもっと大きなレースに出れるのよね?次も勝てる?」
「それはわからないよ、競馬に絶対はないんだから。でも、きっとヴェンデッタは俺たちの期待に応えてくれるさ。何せあの子は絶対はない競馬の中で、唯一絶対があると言われた馬の子孫なんだから」
「そうなの。スゴいのね、ヴェンデッタちゃんのご先祖様は。そういえば私もヴェンデッタちゃんのご先祖様やレースについてちょっと調べたんだけど、ヴェンデッタちゃんのご先祖様の名前がついたレースがあるのよね?」
「え?あぁ、シンザン記念のことか」
急にレースやヴェンデッタの血統について話し出した妻に虚をつかれながらも返答する水嶋だが、同時に嫌な予感がしていた。
「ねぇ、そのレースに出t」
「駄目だ」
「なんでよぉ!」
嫌な予感は的中した。こういうワガママを言うときの妻は頑固だ。大抵は押しきられる。普段はそれも夫婦円満の為には必要と割りきれるが、今回はそうも行かない。鋼の意志を持って妻の説得を行わねば。
レースに勝った喜びなど吹き飛び、水嶋は妻に対して決死の説得を試みるのであった。
シンザンの血族にシンザン記念を勝たせたい。ロマンですね。




