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勇者は夜の雪の中

 夏。雪が降った。

 いつ降り出したか、は知らない。気が付くと降っていた。

 夜中。夢を見て目が覚めた、開けっ放しだった窓の外を見ると雪が降っていたのだ。


 雪は嫌いだ。あのことを思い出すから。

 魔王が死んだ日のこと。

 対存在だと知らないままに魔王を倒し、世界が滅んだあの日のことを。


 俺は小さく震える。

 窓を閉めようと思う、しかしできない。身体が動かないのだ。

 縫い付けられたかのように窓の外を見ている。雪が降っている。しんしんと降っている。


 私のことなど忘れて生きろと魔王は言った。それは世界を忘れることで、あの滅んだ世界になど未練はないが、それでも俺が生まれた世界であることは間違いなくて、いくら世界がクソでも王がクソでもあれは紛れもなく「故郷」であったのだ。

 それがどうした、どうして今さら思い出している?

 違う、逃れられないのだ。

 どうやっても逃れられない。思い出してしまう。

 食べ物は鶏の野菜煮込みを食べるし、雪の日は凍り付く。塔は今でも怖い。


 雪が降り続ける。

 風が吹き込んで俺の頬を濡らす。

 嫌だ、雪は嫌だ。

 どうすればいい? どうしようもない。このまま永遠に雪が止まなかったらどうする?

 この世界も滅んでしまうのだろうか。

 そうしたらどうなる?

 わからない。

 何も――


「ね、勇者ちゃん! 聞いてる?」

 魔法使いの声。

 石化が解けたかのように身体が自由になる。

 ドアが開いていて、魔法使いが側まで来ている。

 化粧はしていない。

 俺は目を逸らす。

「……なんだ、こんな夜遅くに」

「なんでしょうね。わからないけど」

「用がないなら……」

「アナタ、すごい汗よ。そんなんじゃ寝冷えするわ。っていうか窓開けっ放しじゃない、閉めるわよ」

 魔法使いがさっと手を振ると俺の汗が消える。

 窓を閉め、カーテンを引いて俺に向き直る魔法使い。

「夕食のとき、今晩は雪の精霊が通るから寒さ対策をしておいてくださいねってボーイに言われたじゃない。聞いてなかったの?」

「……ああ」

「まったく……世話の焼ける勇者ちゃんね」

「どうせ俺は自分の面倒すら自分で見られないクズだよ」

「アタシ、アンタのそういうとこ嫌い」

「お前が俺のことを嫌いなのは知ってる」

「アナタどこが嫌いって言われたかわかってる?」

「自分の面倒すら自分で見られないクズだから嫌いなんだろ」

「違うわよ。アンタのその、すぐに自分を卑下するとこ! やめた方がいいわよ、そういうの。自分で自分の価値を下げてるじゃない。もっと堂々としてた方がモテるわよ」

「モテなくていい、どうせこんな男のことを好きになる奴なんていないんだ」

「まあ~自信がないこと。そういうとこよそういうとこ。まあ自信を持ちなさいって言って持てるんなら苦労はないでしょうけど」

「……そうだよ」

 沈黙が落ちる。

 なんだこの沈黙は。俺は嫌いな相手とも会話を続けることができないクズなのか。

 魔法使いに嫌われようが別に俺は構わない、が、どこか、衝撃のようなものを受けている自分がいるのもわかった。

 そういえば魔法使いに直接「嫌い」だと言われたことはないような気がする。

 俺はこいつが嫌いだしこいつも俺のことが嫌いだと思い込んでいた、思っていただけで、確認したことはなかった。

 そうだ。

 しかしそれでショックを受ける必要はないだろう。

 それとも俺は自分の心すら満足にコントロールできないのか。

「勇者ちゃん?」

「……何だよ」

「アタシはもう帰るけど……そうね、その前にアンタは上着を着なさい」

「上着?」

「なに、もしかして持ってないの?」

 俺は頷く。

「しょうがないわね」

 魔法使いがぼす、と俺に何かを被せる。

「うわ」

「アタシのをあげるわ。ちょうど新しいの買おうと思ってたの。アンタはもっと自分を大事にしなさい、うじうじしてないで」

「……な」

「じゃあね、おやすみなさい?」

 魔法使いがウィンクした気配がする。大きすぎる上着が上から被せられていて何も見えないが。

 ドアが閉まる音。

「なんだよ……」

 一人になって、渡された上着を脱ぐわけにもいかない。そのままもそもそと着てベッドに入る。

 嫌いな奴の匂いがした。

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