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 決めるとき決まるとき

作者: moto

「ん?どういう事。」

とっさで事態が理解できないらしく、素っ頓狂な声で山崎は答えた。


「ですから、申し訳ないのですが、三月いっぱいで辞めさせて頂きます。」


「え?三月末ってすぐじゃん。」


「はい、すいません。」


「ちょ、ちょちょ、困る…。寿?」


「違います。」

マイはきっと睨みながらぶっきらぼうに答えた。


「え?転職?次が決まっているとかかな?決まっていないのであれば考え…。」


「違います。」

 マイは腹が立って来た。明らかに上司は私のためでなく自分の保身のために私が会社を去るのをとめようと頭を働かせている。


「じゃあ何?自分探しの旅に出るとか?」


「はい。」


「…。」


「うそです。」


「…。」

山崎は余裕がまったくなく笑えないでいた。助け舟を出す様にマイが答える。


「入学です。」


「えっ?田中、お前いくつだ??」 

 お前呼ばわりされるのに腹が立つ。


「27ですが。」


「学校?」


「はい。」

「大学院に行くの?」


「いいえ。専門学校へ行きます。」


「え?お前大学でてるよな?」


「はい、出ていますが。」


「また学校?親は何と?」


「親は関係ありません。自分の決断です。」


「何を…?」


「陶芸です。」


「とうげい?」


「はい、陶芸です。」


「何?なに?よく分からないぞ。陶芸教室に通うのか?」


「いえ、教室ではなく、専門学校です。」


「職人になるの?」


「…。」


「?」


「分かりません…。」


「なっ!お前人生なめてるのか!!」

山崎はかっとなって少し大きな声を出した。


「いいえ。そんなつもりはありません…。」

 マイはその言葉が悔しくて涙目になってしまった。自分の中でも何度も自問自答した。分からない。自分がどうなるのか、どうなれるのかホント分からない。自信がある訳でもない。才能があるかなんて分からないんだよ。


「まぁいい。とりあえず今日の仕事が終わってもう一度話そう。」


「はい…。」

もう話す事は無いのになと思いながら、力なく返事をした。


 22歳で大学を出てすぐにこの会社へ入社した。第一志望の会社という訳ではなかったが、広告業界。周りの友人からは羨ましがられた。希望通りの仕事についているのに何故?幼なじみにそう言われた。分からない…。自分だって何故?って思う。仕事は確かにきついけど、大きな仕事も任せてもらえる様になって来てやりがいも感じる。でもふとした時に、クエスチョンが頭をよぎる。本当にこの仕事がしたいの?って。友人達はどんどん結婚していっているぞ!オマエは仕事が忙しい事を言い訳に彼氏もつくらない。何がそうさせる?、何故?分からない…。

 自分のユメが…。夢?何?なんだろう?ディレクターとして有名に?いや、違う。分からない…。何だか泣けてくる。

 ふぅ〜、いかん。仕事に集中しよう。もう上司に意思は伝えたのだ。今更考える事は無い。前を向こう。


 その夜、お客様の所から戻って上司の山崎ともう一度話をした。同じ台詞の繰り返し。もう一度ゆっくり考えろ。社会をなめているのか?年齢を考えろ。職人なんてなれやしない。

 分かっている!分かってるんだ。普通に考えたらおかしいよ、絶対。自分でも何度も同じ事を自問した。もう元には戻れないぞ。分かっているのか?その決断は今の地位や幸せ、何もかも捨てるという事だぞ。大げさかもしれない、でも自問する。きっと将来の自分からみたらホントあの時は若かったなと思うんだろうな。決めるとき、決まるときなんだ今はきっと。


 

 結局、答えなんて分からないよ…。何が正しいのかなんて。親には悪いとは思ったけれど内緒で入学手続きはすませた。書類を郵送したその夜に実家へ電話をした。父も母も私の生まれ育った香川で今も暮らす。二人とも市役所で働くホント真面目な人。

 はじめ電話に出た母に伝えると、母はただ、

「お父さんに変わるわね。」

とだけ言って、受話器から離れた。


「そうか、自分で決めたんだ頑張れ。東京から離れるのか?」

父は怒らなかった。ただ静かにそう言う。


「うん…。」


「何処にあるんだ学校は?」



「岐阜県。」

「そうか。じゃあまた住む場所が決まったら住所を教えなさい。」


「うん…。」


「新しい事を始めるんだ、もっと元気を出さないと!」


「うん…。」


「やりたい事を続けていれば、マイならきっと上手くいくよ。しっかり勉強しなさい。」


「ありがとう…。おやすみ。」

 ベットに腰かけ、携帯電話を握りしめたまましばらく動けない。

 本当は父も母も大賛成って訳ではないと思う。本当は香川に帰って来て、結婚して、子供を産んで、そんなマイの人生を夢みていたと思う。大学を卒業したらすぐに地元に帰ってくると期待していたかもしれない。

 でも、私は東京に居て、結婚もしないで、会社も辞める。

 本当に自分の選択は正しいの?

 そのまま枕に顔を埋めてそのまま泣いた。


 携帯を握りしめたまま眠ってしまった。顔がむくんでいるのが分かる。目も真っ赤だ。


 母からメールが届いていた。


 マイへ。

 昨日は正直驚きました。

 お父さんも私もマイの決めた道に反対するつもりはありません。きっと自分の中でも悩んで悩んで決断したのだと思います。

 ただ、人と違う道に進むということは覚悟がいるし、きっとつらい事もたくさんあると思います。そんな時は実家を思い出して、思いっきり私たちを頼ってく下さい。お父さんも、お母さんも何があってもマイの味方です。忙しいとは思うけど、たまには顔を見せに帰って来なさいね。

 それでは、頑張って。

 母より


 部下に辞める旨を伝えられた夜、山崎は隣りの課の同期である加藤を久しぶりに飲みに誘った。

「久しぶりだな、サシで飲むのは。どうした急に。」

小料理屋のカウンターで隣り合わせで座る。とりあえず、一杯目のビールを半分ぐらい一気に飲み干すと口を開いた。

「ウチの課にいる、田中わかるか?」


「あぁ、ちゃきちゃき仕事のできる子だろ?」


「うん…。田中、会社辞めるってよ。」


「ほー、寿か?30前だもんな、そんな時期だな。」


「いや違う。」


「ん?課に不満があるのか?」


「いや…。まぁ有るには有るとは思うが…。あっ!お姉さんビールおかわりね!!」


「おぉ、ペース速いな、大丈夫か?会社が嫌になったとかか?」


「う〜ん、どうだろうか、本音の部分は分からんが。学校へ行くとさ。」


「学校?何の?」


「陶芸だと。」


「トウゲイ?」


「そう、陶芸。」


「トウゲイって、あの器とかの陶芸?」


「うん、その陶芸。」


「何でまた?」


「いや、それは分からん。」


 しばらく沈黙のまま、箸を動かす。

飲み物も二人とも日本酒へ切り替えた。

「加藤さぁ。お前夢とかあった?てか今あるか?」


「俺たち35だぜ!夢とか語る歳でもなかろう。」


「だよなー。」


「なんだよ、山崎。お前も器創りたいのか?」


「ははッ。いや、さすがにそれは無い。ただ会社を創りたい、ずっとそんな夢を思い描いていたけど、忘れたよ。」


「まさかお前まで辞めるとか言い出さないよな。」


「まさか…。オレには嫁、子供が居るんだぜ。」


「だよな。」


「お前は?」


「何が?」


「夢。」


「…ねーよそんなもん。忘れたよ。」


「いったい、いつからだろうな。」


  マイは大学時代の友人を誘って仕事帰りに飲みに行った。ゼミの仲間。私を含めて女2人男3人の5人で居酒屋へ入る。

「お疲れさん〜、乾杯—!!」

「うまーい!」

「美味しー。」

「仕事終わりのビールは最高ですな。」

 そんな事を言いながら、何だか良いな大学時代の友人はと思う。気持ちが学生時代に戻る。一緒に居るだけで少し元気をもらえるんだ。


「最近どうよ仕事。」

「いやー、大変。」

「数字のプレッシャーが最近すごいの。」

「うちもだわ。」

「あのハゲ部長ムカつくし。」

「はは。誰だよそれ。」

仕事の世間話から会話が始まった。


各自が、3杯目を注文し始めた頃、思い切って話し出した。

「私、会社辞めるんだ〜。」


「えっ?」

 唐突に言ったので、4人とも驚いた表情になった。

 隣に居た孝志なんて驚いて、口に含んだビールを少し吹き出した。


「結婚?」

裕子が聞いてくる。

「まじでかー!彼氏居たんだな。知らなかったよ。」

「オレらの中で一番乗りか〜。」

まだ何も答えていないのに、皆かってに結婚と思い込んだみたい。ちょっと面白いのでそのまま、しばらく通そうかと思ったけど、

「違いま〜す。」

とおどけて答えた。


「え?何なに??転職?」


「それも違って、学校へ行きます。」


「学校?」


「はい。4月から学生に戻ります。」


「まじかよ〜、良いなぁ。」


「マイ、何勉強するの?」


「陶芸。」


「とうげい?陶芸家になるってこと?」


「へへっなれるかは分からないけどね。」

少し照れながら答える。


「スゴーイ!」

裕子がはしゃぐ。

何が?何がすごいのかは分からないが。

「へへっ。」

と照れ笑いを返す。

「良いよな、マイは。希望通り広告会社へ就職して、次はやりたい事かぁ。」

「うんうん、マイはスゴーイ。」

 なんとか笑顔を返す。でもね、やりたい事が有るのなら皆すれば良いじゃん。やっぱり広告業会で働きたいと思っているのなら転職をすれば良いのに。本当にそう思う。


「本当にマイはすごいね。どんどん前へ進んで行っちゃうね。」


「ありがとう。皆も会社辞めて、好きな事やりなよ〜。」

おどけて言ったけど、結構本気。


「俺たちは無理だよ、才能無いもん。」


才能?サイノウ?さいのう??

何それ?


 私だって…。本当は怖いんだよ。仕事だって、皆すごいとか羨ましがってくれるけど、本当はそうじゃない。何もかもが思い通りに行っているわけでもなし、すべてが楽しい仕事じゃないんだ。


「マイなら何処へ行っても大丈夫!学生の頃からホント色々な事を上手にこなして来たもんね。」

うん、上手に“こなす”んだホント私。嫌になるね。


「おめでとうー!!」

皆がグラスをもち上げてくれた。


「ありがとー!」

私も持ち上げる。

グラスとグラスがぶつかる音が重なる。



4月。

東京とは違う空気の空下。


「よっしッ!」

桜舞う木の下で、一人ちょんと飛び跳ねてみた。


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