魔物
ルーベルの放った矢が、アリもどきの魔物の頭に命中した。
「エルが一人でこんなのに囲まれていたら、かなりマズいわね」
絶対ロスタードと二人でいる、という保証がないので、ルーベルの心配はどうしても消えない。
「あのお嬢ちゃんは、どう見ても魔物退治には向いてないタイプだからな。あの口の悪い野郎が一緒なら、意地でも守ろうとするだろうが」
一般人と同列呼ばわりされ、プライドを傷付けられたロスタードが一緒なら、自分だけでもクラスメイト一人くらい守れる、と言わんばかりにエルレシアを守るはず。
レスアークの言葉を聞いて、フィオも何となく想像できた。そして、今はそうであることを祈るしかない。
「気にくわない奴だけど、今はあいつがしっかりやってると思うしかないな」
「俺、ロスタードのことはよくわかんねぇけど、エルのことは嫌いじゃねぇぞ。エルは俺のこと、小さいってからかったりしなかったからな」
ライドルトや他の魔専科のクラスメイト達は、臨時講師で来たフィオと一緒にいるリージを小さいと言って笑った。別にバカにしている訳ではない。ロック鳥と言えば、魔鳥の中で最大だ。それなのに、子どもとは言え、鳩サイズなので珍しがっていたのだ。
リージもそれはわかっているが、フィオと同行する妨げになるから小さくなってるだけなのに、身体だけでなく、力も小さいと言われているような気になる。まだ大人になりきれていない自覚はあるが、弱いと言われているようで腹が立つのだ。
「エル自身も小さいもの。年相応に見られないってちょっと悩んでいたりもするし。でも、ロスタードに言われて気にしなくなったって言ってたわ」
「あんなデカい奴に言われたら、返って嫌みに聞こえそうだけどな」
そう言うレスアークも、今はこのメンツの中で一番長身である。
「ロスタードが……エルレシアに何を言ったの?」
フィオも興味を持った。レスアークの言葉ではないが、長身のロスタードが何か言うとしたら、言い方や言葉を余程うまく選ばないと嫌みになりかねないだろう。
それなのに、エルレシアが救われてるらしいと聞けば、何を言ったのか気になる。
「小柄だと魔法の反動が大きい時に大変だろうに、よくがんばってるっていうことを言われたって」
「ああ……人と同じ魔法の反動を受ければ、エルレシアは不利かも知れないわね」
魔法学校の入学年齢制限がある理由の一つは、身体が未熟すぎる者では魔法の反動に耐えられないから、というため。
そういったことはフィオも聞いているが、もしその規則に身長制限が加えられていたとしたらエルレシアはぎりぎりか、入学不可になっていたかも知れない、などと思う。彼女の希望進路は魔物退治ではないが、もしやりたいと言い出していれば、余程成績が優秀でもない限り、周りがさりげなく止めに入るだろう。
そんな話をしながらも、彼らは現れた魔物を次々に排除していく。
「何の手掛かりもなしに捜すのはつらいわね。それに、ちょっと雲行きが怪しくなってる気がするわ」
「ん? 雲行き? 雨が降りそうな湿気は感じないぞ」
フィオの言葉に、リージがきょろきょろと辺りを見回す。
「そうじゃないの。さっきから魔物が現れる頻度が高くなってるような気がしない?」
「あ、そう言えば……。また出て来た」
ルーベルがすぐに弓を引く。
「この魔物達のほとんどは、今回私達が退治を依頼された大ザルの魔物に惹き付けられているはずよ。それが現れると言うことは」
「え……ええっ? まさか……近くにいるってこと?」
アルガスは遭遇しても無理はするな、と言っていた。まさか本当に遭遇するなんて、ルーベルは思いもしない。あるいは、思いたくない、か。
だが、言われてみれば、確かに魔物の数は増えている気がする。
「……ん? 今までと違う魔力の気配がしてるな」
言ってるそばから、レスアークが何かを感じ取ったらしい。ルーベルは背筋が寒くなった。
魔武科にいるルーベルだが、彼女は先頭に立って魔物退治に行きたいと思っている訳ではない。エルレシアの希望進路と比べれば、魔物退治寄り、というだけ。
どちらかと言えば、魔物退治に行く魔法使いのために、魔物の情報収集をする仕事を希望しているのだ。
魔物のことを嗅ぎ回っているうちに魔物本体に出遭うこともあるので、そこそこの腕を持っていなければ危険だということで勉強しているが、フィオ達のよう魔物に向かってまっしぐら、というのはできれば……できることなら絶対に避けたい。
それなのに、今はまさにまっしぐら状態だ。さっきまでのように大勢いれば気も楽だが、この状況はいただけない。
「うん、何か違うな、これ」
レスアークの言葉に、リージも頷く。それを聞いて、ルーベルはさらに背筋が寒くなったが、フィオが冷静に尋ねた。
「違う魔力って、どういうもの? 魔物とは別なの?」
「これは魔物じゃないな。断定はできないが、あんた達の探してる魔物とは違うはずだ」
大ザルではないらしいと知ってルーベルは少し安心したが、違う魔力という点でそれはそれで不安をあおる。大ザルのせいで現れた何か、ということだってあるのだ。それが妖精や精霊であっても、人間に好意的とは限らない。レスアークのように、ルーベル限定ではあるが、人間にべったりの妖精の方が珍しいのだ。
「それはどっちの方から? 気付いた以上、放っておけないわ」
あー、やっぱり行くんだぁ……。
できれば無視してエルレシア捜しに集中したかったルーベルだが、そうはいかなかった。
それに、何かわからないままではやはり気になるし、エルレシアと絶対に無関係とは言い切れない。エルレシアのそばに現れていて彼女がピンチ、ということだってある。
また現れた魔物を排除しながら、ルーベル達はその気配の方へと向かった。
「火の気配だけど、それだけじゃないな。これ……あいつの魔法じゃないか」
レスアークが眉間にしわを寄せる。
「あいつって、ロスタードのこと?」
見付かったのだから渋い顔をすることはないのだが、レスアークはロスタードとぷちバトルをしているから「ちっ、いたか」に近い感覚らしい。どうせ見付かるなら、ライドルトチームに見付けてもらえばいいのに、といったところだ。
「エルは近くにいそう?」
「いや、お嬢ちゃんの気配はわからないな。魔法を使ってるのはあいつだけらしいから」
とにかく、一人でも見付かればテンションも上がる。二人同時にいなくなったから、別々の場所にいたとしても、捜せばすぐ近くにいるということだってあるだろう。
自然とルーベル達の足が速くなる。
「エルー!」
歩きながらルーベルが呼び掛ける。
しばらくして「ルーベル!」という聞き覚えのある声が返って来た。全員の表情が明るくなる。
やがて、レスアークの先導で行き着いた先に、エルレシアとロスタードの姿を見付ける。二人の少女は抱き合って再会を喜んだ。
「見付かってよかったわ。エルレシア、ロスタード、ケガはない?」
「はい、問題ありません」
「お前、女の子が隣りにいるのに剣を出したままって……おい、あの変わった魔力の気配は、魔石を燃やしてたのか」
レスアークは、ロスタードの手の中にある魔石を見付ける。小指の爪サイズにまで小さくなっているが、燃やしたと言う割りには黒く焦げたりもしていない。ロスタードの魔石は、きれいな緑色を保っていた。
「ああ。違う気配があれば、お前かロック鳥あたりが気付くと思ったんだ」
人間には気配の微妙な違いはわかりにくいが、敏感な妖精や魔獣なら感じ取れるはず。
そう考えて、ロスタードは魔石を燃やしたのだ。
割れた半分を火に包み、赤い炎は緑に変化してロスタードの手の上でゆっくり燃える。魔石は火の中で溶けるように小さくなっていった。
これが完全になくなってしばらくしても変化が何もなければ、残りの魔石を燃やすつもりでいたのだ。自分達のメンバーの中に人間ではない者がいたことを利用した、ロスタードの作戦である。
思い付いたのは、火を焚いて知らせられたら、というエルレシアの言葉を聞いたからだ。他に有効そうな方法はこれといって何も思い付かないし、魔石は割れてもう使い物にはならないから、ロスタードにちゅうちょはなかった。
「剣を出したままって、ちゃんと鞘には入ってるだろう。で、お前はどうして人間サイズになってるんだ」
「お前らを捜すためだろーがっ。特別サービスだ、ありがたく思え」
端から見れば、ほとんど差のない長身の男が二人いる、という状況だ。
「魔石を燃やしたら、こんな気配になるのか。へぇ、覚えとこ」
「リージ、覚えるのは構わないけれど、魔石を燃やすなんてことはほとんどないわよ。ロスタード、そんなことをしてよかったの?」
「割れたので。それに明日、新しい魔石をもらいに行く予定ですから」
あまりにも思い切った方法だったが、そう聞いてフィオも安心した。とにかく二人が見付かったのだから、やれやれである。
カダルゴ達に二人が見付かったということを連絡しようと、フィオが水晶を取り出そうとした時だった。
「フィオ、ちょっとおっきな奴が近付いてる気配がしてるぞ」
リージの言葉で、全員が緊張する。
「エル……あんまり言いたくないけど、さっきから現れる魔物の数が増えてるのよね。ちょっとマズーい状況かも」
「え、それって」
ルーベルの言葉に、エルレシアの顔から血の気が引く。リージが言ったことと併せれば、エルレシアにも何が起きそうなのか、想像はつく。
大音量の咆哮が周囲に響いた。少女二人はビクッと身体を震わせ、誰もが周囲を警戒する。
「どうやらこっちから面倒臭そうな奴が近付いてるぜ」
レスアークが言ってほんの数秒後、長身のロスタードの倍は背丈がありそうな、黒いサルの魔物が現れた。幅に至っては、後ろにエルレシアが三人隠れてもはみ出ることがなさそうに思える。
エルレシアが魔物を見て悲鳴を上げなかったのは、上げなかったのではなく、恐怖で上げられなかったからだ。
魔物退治を想定した授業は何度もやっているが、こんな大きな魔物を相手にしたことはない。それはルーベルも同じ。
「残念だけど、カダルゴやアルガスを呼ぶ時間はなさそうね。この様子だと逃がしてくれそうもないし、あなた達も手伝ってちょうだい」
フィオの口調はあくまでも平常通りだ。本の整理を手伝ってくれ、とでも言われているように聞こえる。魔物に慣れてしまえばこんなものなのだろうか。
「方法は?」
剣の鞘を抜きながら、ロスタードが退治方法を尋ねた。弱点がわかっているなら、それで攻めた方が早く終わる。
「弱点は特にないと聞いているわ。でも、そばに火の妖精がいてくれることだし、火を使った方が早く済みそうね」
フィオがそう言い、ロスタードの剣が炎をまとう。
「ここで俺が傍観してたら、ルーベルちゃんを傷付けられそうだからな。こんなもっさりした奴に触られてたまるか」
レスアークの手に炎が現れた。
「俺、火は使わないぞ」
「ええ、わかってるわ、リージ。あなたはあなたの方法でいいの。いつものようにお願いするわね」
リージはフィオの肩から離れ、ぱたぱたと宙を滞空する。
「エルレシア、ルーベル。大変でしょうけど、あなた達は雑魚の魔物が来たら追い払ってちょうだい」
「わかりました」
ルーベルは大ザル退治の方に回らずに済み、内心ほっとしていた。雑魚魔物なら今までもずっと退けていたから、慣れたものだ。いつ現れてもいいよう、弓を構えてスタンバイしておく。
エルレシアは……とにかく自分ができる範囲でやるしかない、と開き直るしかなかった。
「あまり近付かないで。あの腕に攻撃されたら、魔法を使っていなくても重傷よ」
恐いことをさらりと言うフィオ。だが、ロスタードが恐れる様子はない。この先、こういった魔物と向き合うことになるのだ。いちいち恐怖におののいてはいられない。
大ザルが大きく口を開けて吠えた。
☆☆☆
フィオ達と別れてから、カダルゴとアルガス、そしてライドルトはあてもなく歩いていた。
「おーい、ロスタードー、エルー」
ライドルトが二人の名前を呼ぶが、何度呼んでも返事はない。
「あの二人が魔法を使えることが救いですが、早く見付けないと心配ですね」
カダルゴは、妖精を呼び出す呪文を唱えた。この森にいる妖精を呼び出すものだ。
少しすると、緑の葉で作られたような衣装をまとった妖精が数名現れた。
「私達に何か用かしら、魔法使い」
「はい。実は私達の仲間が二人、はぐれてしまいました。魔物の力で飛ばされたのですが、恐らくこの森のどこかにいるだろうと推測しています。あなた達の仲間にそれらしい人間を見なかったか、尋ねていただけませんでしょうか。一人は私と変わらないくらいの背で、短い黒髪の男性です。もう一人は私の肩よりもう少し下くらいの背で、黒髪をポニーテイルにしている女の子です。あ、ポニーテイルってわかりますか?」
カダルゴは二人のざっくりした特徴を伝え、妖精に頼む。
「わかったわ。聞いてあげる。ところで、最近この森に魔物が増えたって知ってる?」
「はい。その原因が大ザルで、雑魚の魔物がその大ザルの魔力に惹かれて集まって来る、ということのようですね。魔物の悪さで周辺の村が困っていますので、私達はその根源となる大ザルを退治してくれと言われているんです」
「そうなの? よかった。あなた達の仲間を捜す代わりに、あいつらを倒してって言おうと思ったんだけど。それが目的なら、ちょうどいいわね」
妖精達は緑の衣装の裾をひらめかせながら、どこかに飛んで行った。
「おい、カダルゴ……気付いたか? 今の妖精の言葉」
アルガスの表情がやけに険しい。
「はい。思ったよりもよくない状況のようですね」
「何がよくないんだ? 今の妖精、何かおかしなこと、言ったか?」
二人の会話に、ライドルトが首を傾げる。横で聞いていても、不審な部分はなかったように思われるのだが……。
「妖精はあいつらを倒してって言ったんだ。俺達は一匹としか聞いてない。妖精が言葉の使い方を間違ってなければ、俺達と妖精の思い浮かべてる魔物が同じなら……大ザルは二匹以上いるってことだ」
「えっ。それってマズくないか」
「すっげーマズいよ。だから、よくないって言ってるんだ。そいつがフィオ達の前に現れるならまだいいが、ロスタード達の前に現れたら……。あのエルって子が一緒でも、大ザルの相手は難しいだろうからな。実質、ロスタードだけで戦うことになっちまう。一対一か、へたすりゃそれ以上になりかねないってことだ」
大ザルが複数でロスタード達の前に現れたら、どんな戦況になるのか。はっきり言ってかなり厳しい。
ロスタード一人なら、まだ戦いに集中できるだろうから、何とかなりそうに思える。だが、エルレシアが一緒だと、戦力になるどころか足を引っ張りかねない。もし本当にそうなった時、ロスタードがどこまで力を発揮して戦えるのか。
「くそっ。あいつらがいっそ、森の外へ放り出されてくれてりゃいいんだがな」
彼らが飛ばされた時に現れていた魔物のレベルを思い返せば、まずそれはないだろうと思われた。そこまで飛ばす力があったとは考えられない。
だったら、せめて大ザルが近くにいないエリアに二人が飛ばされてくれていれば。
しかし、現実はそんな楽観視できる程に甘くないことを、カダルゴもアルガスも知っている。なってほしくないことの方が、現実になってしまうのだ。
「急ぎましょう。最悪の事態にならないうちに」
カダルゴに促され、二人も歩き出す。
だが、大した距離を進むまでに、魔物の咆哮が聞こえた。これまで現れた低レベルの魔物達が出すような音量ではない。もうかなり森の奥まで来ている。この付近は退治の対象となる魔物がいてもおかしくないエリアだ。
「ライ、お前も卒業したら魔物退治の方に進むんだろ?」
「そのつもりでいる」
「訓練はすっ飛ばして、一足早い実戦だ。無茶する必要はないが、気を抜くな。ヤバいと思ったら、無理に突っ込まずに一旦下がれ。最悪、ヤバいと思ったらすぐ逃げろ。遠慮しても、いいことなんか何もないからな」
「わかった」
そう話している間に、木がばきばきと折られる音が響く。
「この気配だと、とりあえず一匹のようですね」
カダルゴが言った通り、現れたのは巨大化したサルのような魔物が一匹。しかも、腕が四本ある。幸いと言っていいのか、その後に続く影は今のところなさそうだ。
人間を見て、魔物がまた吠えた。気配から自分と敵対する相手と悟ったらしい。
「デカいな。カダルゴの身長を三倍しても足りないんじゃないのか? それに何を食ったらそんなに太れるんだ」
「寄って来た魔物達じゃないでしょうか。放っておいても、あちらから来てくれますから。まさに入れ食い状態ですね」
「これ、形はサルだけどさ、手と足を足したら六本だろ。それって虫と同じじゃん」
「おぉ、確かに。ライ、ずいぶん余裕があるじゃねぇか」
「見たままを言っただけだ」
そんな彼らの会話を悪口と理解したのか、魔物が太い腕を伸ばして殴り掛かってくる。体型の割りに動きは素早い。アルガスは取り出した剣に炎をからませて受け止め、その熱さで魔物が悲鳴を上げた。
「この動きは脅威ですね。少しおとなしくしてもらわないと」
カダルゴが呪文を唱えると、魔物の動きが緩慢になる。見えない鎖が魔物の手足に巻き付き、立ったままの状態で地面に磔にしたのだ。的が大きいので、捕まえるのは難しくない。ただ大きい分、力も強いので身動き一つできない、というところまでには至らず、もがいている。
「ライ、あいつに雷を落とせ」
「おう」
言われてライドルトは魔物に雷を落とす。だが、脳天直撃とはいかず、左の肩辺りを焦げさせた。これでもしびれさせるには充分だが、完全に動きを封じるとまではいかない。
「頭のてっぺん狙え。二度チャンスがあるとは限らないんだぞ」
「くそっ」
ロスタードにも、二度やることは力の無駄遣いと言われた。外したくて外している訳ではない。ライドルトは力量こそ問題ないが、コントロールが微妙なのだ。
「ライドルトくん、落ち着いて。頭のてっぺんを見据えて呪文を唱えればいいんです」
ライドルトが狙いやすくなるよう、カダルゴが戒めを強める。
一方で、また攻撃をされてたまるかとばかりに、魔物が暴れた。カダルゴの戒めは簡単に破られないものの、このまま暴れ続けていれば逃げられてしまう。
アルガスが暴れる魔物の腕を一本、燃える剣で斬り落とした。右側の上の腕だ。大きな悲鳴が上がる。痛みで暴れる魔物を、カダルゴがさらに戒めを強めて動きを封じた。腕一本分の戒める力が不要になるから楽になるが、暴れるから全体的にはプラマイゼロか、むしろマイナスに働いている。
アルガスが振り回される腕の間をすり抜け、さらに魔物の足に斬り付けるが、切断までには至らない。腕をよけながらだったので、力を込め切れなかったのだ。
しかし、バランスが崩れた。魔物は踏ん張りがきかなくなる。
頭のてっぺん……頭のてっぺん……。
そこへもう一度、ライドルトの雷が落ちる。今度はほぼ真ん中、頭のてっぺんに当たった。衝撃で魔物が白目をむく。口から細く煙が上った。
「よっしゃ、上等だ」
魔物の動きが完全に止まった。そこへアルガスが振りかぶり、袈裟懸けに魔物をぶった斬る。斜めの切り口で魔物の身体は上半身と下半身に分かれ、重い音をたてて地面に倒れた。すぐに塵となって、その大きな身体が消える。
「すっげぇ……。これ、本物を倒したってことだよな」
ライドルトは半ば呆然としながら、魔物が消えた辺りを見ていた。
「そうですよ。さすが卒業間近の三年生ともなると、技術も高いですね」
「でも、お前、コントロール悪いな」
「う……」
痛い所をアルガスに突かれた。
「雑魚に攻撃してた時も、たまにはずしてたな。今はカダルゴがうまく拘束してたからよかったけど、下手な奴がやってたら魔物に振りほどかれて、術者が反動で吹っ飛ばされることもある。お前の攻撃の成功具合によっては、仲間がケガするってこともあるんだ。その辺り、心して練習しろ」
「……わ、わかった」
現役で魔物退治をしている魔法使いに言われると、言葉が重くのしかかる。
「まあまあ。今は予想以上にスムーズにいきましたから、細かいことはまた帰ってからにしましょう。将来が楽しみな後輩の存在が知れてよかった、ということで。さて、問題はフィオさん達の方ですね。魔物が複数いることを伝えなければ」
カダルゴが水晶を取り出す。
「あの雷、どこまで効果があったかな」
「白目をむいてたから、充分効果ありだ。魔力そのものに関しては合格点だな」
「やったぁ」
課題はあるが、合格点と言われればやはり嬉しい。
「アルガスさん、ライドルトくん」
通信を終えたカダルゴが二人を呼ぶ。
「あちらにも魔物が現れたそうです」
「何だとっ。本当に複数いたのか」
「うそだろ……。ルーベル達は大丈夫なのかっ?」
悪い予感に限って当たってしまうものだと、改めて恐ろしくなる。
それより心配なのは、女性二人だ。通信できたのだから生きてはいるのだろうが、無事とは限らない。
「ええ、大丈夫のようです。ロスタードくんと一緒に退治できたようですから。エルレシアさんもいるそうですよ」
「二人とも見付かったのかっ。よかった」
魔物だけでなく、クラスメイトが無事見付かったという報告に、ライドルトはほっと胸をなでおろしたのだった。