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次のピンチ

 四人の学生が、三人の魔法使いと同行して歩いている。見習いかどうかはともかくとして、傍目には七人の魔法使いが移動している形である。

 だが、魔物にとっては人間が何人いようと構わないらしい。雑魚魔物がちょろちょろと魔法使い達の進行を妨げるのだ。

 もっとも、ほとんどが大した力のない魔物ばかりなので問題はなかったが、たまに見た目も力もある魔物が現れたりする。その時は三人の魔法使い、ロスタードとライドルトが前に出て一掃した。

「授業で見た時よりかなり腕が上がったな」

「一ヶ月以上経ってるので」

 アルガスがほめても、ロスタードはどこか不機嫌に受け流す。さっきの一般人扱いが相当引っ掛かっているらしい。

「ねぇ、アルガス先生の魔石は青だけど、それはやっぱり瞳の色と合わせたの?」

 ルーベルは魔武(まぶ)科なので、講師に来たことのあるアルガスとは一応顔見知りだ。二度しか来てないこともあり、アルガスの方はルーベルの顔をはっきりしっかり覚えている訳ではなかったが、何となくこんな子がいたな、という程度には頭に残っている。

「ああ。だいたいみんな、そんなもんだろ」

 アルガスの瞳は薄い青だ。ブレスの魔石は彼の瞳より少し濃いめの青。

「ルーベルちゃんのは、きれいな赤だよな。最高にいい色だ」

 レスアークは聞かなくても、赤が好みとわかる。

「みんなが選ぶのって、だいたい髪か瞳の色よね。だったら、アルガス先生は白の魔石にすればよかったんじゃない?」

 プラチナブロンドのアルガスをからかっての、ルーベルのセリフだ。

「んなこと、できるかっ。白の魔石なんか、一番安くたって半年分以上の給料が飛んでいっちまう」

「半年分? やっぱり白の魔石って遠い存在なのねぇ」

「余程稼いでるか、裏でよからぬことをしてる奴が持てるんだろうな。あ、そうだ。ロスタード、剣を使うのもいいが、ちゃんと手入れはしてるだろうな」

「使った後は必ず」

「そうか。なら、いい。いざって時は、その手入れの差が出たりするからな」

 そう言うアルガスの剣は、魔法をまとっていなくても切れ味がよさそうだ。

「フィオ先生の鳩、やっぱ速いなー」

「俺は鳩じゃねぇ。ロック鳥だっ。何回言ったらわかるんだ、お前!」

 フィオの肩に留まっている鳩サイズの鳥。砂色の羽に金色の目をしたリージという名の鳥は、自分で言っているようにロック鳥だ。巨大なものになれば、象を補食することもある魔鳥である。

 もっとも、リージはまだ子どもだ。人間の年齢で言えば、ライドルト達と変わらないくらいだろう。

 魔専(ません)科での授業でも、フィオはリージを連れて来ていた。サイズが鳩だし、みんなが、特にライドルトが何度も鳩と言っては怒らせていたのだ。本性の大きな身体では一緒に行動できないため、こうして小さくなっているのだが、それがからかいの種になる。

 だが、魔物退治の時には高速の滑空で魔物に大ダメージを食らわせたりするのだ。小さい身体でも、魔鳥の強さはちゃんと秘めている。

 一応、ライドルトはそれをほめているつもりだが、鳩という余計な言葉をつけるからリージが怒るのだ。フィオは子どもがちょっかいを出すのと同じように見ているので、笑ってるだけで何も言わない。

「なぁ、フィオ先生。魔武科に行っといた方がよかった、とか思ったりしないか?」

「特に思ったことはないわ。扱いきれない武器を持って四苦八苦するより、魔法一本で勝負する方が楽だもの。ライドルトもその方が合ってるんじゃないかしら」

「お前が武器を持っても、危ないだけだろ」

 ここぞとばかりにリージがからかう。

「何だと。鳩の丸焼きにしてやろうか」

「鳩じゃねぇっつってんだろ。お前、耳がないのか」

「急に人数が倍以上に増えて、賑やかですねぇ。いつもこうだと、魔物退治の道中も気が紛れていいんですが」

 彼らの様子を見ているカダルゴは、本当に楽しそうだ。

 意図せず集まった団体は、魔物退治に向かっているとは思えない賑やかさになってきている。人間が七人に火の妖精、ロック鳥の子どもがいるのだから、静かな方がおかしい。目的が魔物退治でなければ、ピクニックにでも出掛けるかのような雰囲気だ。

 しかし、雑魚でも魔物が現れればすぐに臨戦体勢に入る。この辺りはやはり普通の人間とは違う部分だ。

 もっとも、エルレシアだけはそこからちょっとズレがある。自分以外は魔物退治をしている、もしくは将来するつもりでいる魔法使いばかり。とりあえず魔法使いという肩書きさえあればいい、という自分とは違うから、動きもキレも違うのだ。

 結局、このナエラの森に来てから今まで、退治できた魔物は一匹だけ……だった気がする。その一匹がこのことを聞いたら、エルレシアごときにやられた自分の不甲斐なさを悔しがるだろう。

「エルレシア、大丈夫?」

「え? あ、はい」

 急にフィオから声をかけられて、エルレシアは慌てて返事をする。

「あなたは魔物退治に進まないと言っていたわね」

「はい。魔法使い用の服飾関係に」

 クラスの担任ならともかく、数回来ただけなのに目立たない生徒の希望進路をよく覚えてるなぁ、とエルレシアは感心する。

「目標が違うあなたにはとっては、ちょっとつらい状況でしょうね。無理はしなくていいわ。私達以外に頼りになるクラスメイトが、ここには三人もいるんだから。あなたはまず、自分を守ることを考えなさい」

「は、はい」

 お前は手を出すな、と言われているようなものだが、エルレシアはその方がいい。前に出て戦え、なんて言われても、そちらの方が余程困る。ここで自分にできることは、とにかくみんなの足手まといにならないようにする、という一言に尽きるだろう。

「また気配が近付いて来たぜ」

 レスアークの言葉に、全員が気を引き締める。そう間を置かず、コウモリに近い姿の魔物が現れた。コウモリに近い……つまり飛行系の魔物だ。

「虫にネズミにコウモリに……統一性がないな」

 ロスタードが納めていた剣をブレスから引き出す。

 森の中だから、色々な獣や魔物が現れてもおかしくない。だが、惹き寄せられるというなら、似たような魔物が現れそうな気がする。でも、実際にはばらばらだ。

「その気がなくても、魔物を呼び寄せてしまう奴はいる。それが同じ種類の魔物か、種類を特定しないかってのに分かれるんだ。今回は特定しない奴のパターンだな」

「そんなのにもパターンがあるのね。どっちでもいいけど」

 そんなことがわかっても、魔物がどんどん現れることに変わりはないので嬉しくない。

 大きな魔物が現れても大変だが、雑魚でも数で登場されるとそれはそれで大変だ。今は魔法使いが大勢いるので一人当たりの退治数が減っていいのだが、味方同士でぶつかりそうになるので気を付ける必要がある。

 現れたのは飛行系の魔物なので、火を使うと状況によっては火の粉が降って危ない。なので、それぞれが風を起こして魔物を巻き込み、その風で霧散させたり地面に叩き落としたりするなどして対処していた。

 だが、何せ数が多い。無理はしなくていい(手は出さなくていいと解釈)とフィオに言われたエルレシアだが、魔物の方は相手がどんなレベルでも気にしていないらしく、こちらへ向かって飛んで来た。

 エルレシアはみんなのまねをして風を起こし、その魔物をどうにか遠ざける。だが、遠ざけただけで消すまでには至っていない。中途半端な抵抗をされて怒ったのか、コウモリもどきの魔物はスピードを上げてエルレシアに向かって飛んで来た。

 うそっ。ちょっと待って。こんなの、叩き落とせないよ。

 何もできず、ただ魔物がこちらに飛んで来るのを見てるだけしかできない。悲鳴さえもあげられなかった。

 そんなエルレシアの後ろから、風の刃が飛ぶ。その刃に翼を斬られ、魔物は飛んでいられず地面に落ちた。翼だけでなく、本体にも刃を受けていたらしく、そのまま魔物は塵になって消える。

 エルレシアが振り返ると、ロスタードがいた。彼がエルレシアを襲おうとした魔物に気付き、助けてくれたのだ。思いがけずすぐそばにいたと知り、色々な意味でどきどきする。

「あ、ありがとう……」

「攻撃できない時は、防御の壁を出せ。とりあえずはそれでしのげる」

「う、うん……」

 そうは言われても、攻撃できないからと言って防御ができるかと聞かれれば……首を横に振るしかないのだが。しかし、三年生にもなって(しかも、卒業試験が近付いているのに)そんなこともできないのか、と言われるのもつらいので、エルレシアは小さく頷いておく。

 しっかりやらなきゃ。あたしだって見習い魔法使いの端くれだもん。一匹くらい何とかしなきゃ。

 エルレシアが心の中で自分にハッパをかけた直後、地面に転がっていた石を踏んでバランスを崩す。これは魔物とは関係なく、完全にアクシデント……と言うか、エルレシアの凡ミスだ。

「きゃっ」

 反射的に声が出た。それを見たロスタードが、彼女を支えるべく手を伸ばす。エルレシアの右腕を掴んだまではよかったが、そこを狙ってか横から魔物が飛んで来た。気付いた時には、すぐそこに迫っている。ロスタード自身、さっき自分が言ったように攻撃できないが、壁を出す余裕もない。魔物との距離があまりにも近すぎた。

 とにかく、少しでもエルレシアが傷付けられないよう、強く彼女の腕を引く。引かれたエルレシアは身体が傾いたことで無意識にバランスを取ろうとしたのか、引かれたのと反対の左腕を宙に伸ばした。その指先に魔物が触れる。

 次の瞬間、エルレシアとロスタードの姿がその場から消えた。

☆☆☆

 魔物の甲高い鳴き声が聞こえていた。数が多いから、かなりの騒音だ。高音のせいか、耳障りでいらっとする。

 そこへ、誰かの魔法で風がうなる音。風に巻き込まれ、悲鳴を上げる魔物達。地面にぼとっと音をたてて落ちる。しゅっと空気が抜けるような音や、じゅっと焼けるような音をたて、攻撃を受けた魔物が消える。

 そんな色々な音が、今までエルレシアの耳に入っていたのに。

 一瞬でその音が全て消えた。感じるのは、冷たくすら感じる静寂。

「どうなってるんだ……」

 目をぱちくりしているエルレシアの真後ろで、ロスタードがつぶやく。そっと振り返ると、エルレシアは彼に半分もたれるような格好で立っていた。

 どうなってるんだって……どうなってるの、これ。

 この状態はさっき彼がエルレシアを助けようとしてくれた結果だからとわかるが、一瞬顔に血が上る。

 だが、それどころじゃない。

 エルレシアの腕を掴んでいたロスタードの手から、力が抜けていく。エルレシアはもう一度、前を見た。耳をすました。

 誰もいない。何もいない。まるで音がしない。

 さっきまで自分のすぐそばに、クラスメイトや魔法使い達がいたのに。みんなで魔物を相手に戦っていたのに。

 それらが一瞬にして全て消えている。

 あるのは、さっきまでと似たような森の中の光景。それだけだ。魔物だけでなく、魔法使いもいない。ここにいるのは、自分とロスタードだけ。

 音がしないのは、何もないからだ。

 え……ど、どうなってるの、これ。みんなはどこへ行ったの? ってか、ここはどこなの。さっきまでの場所とは……違うわよね? 彼が一緒なのは嬉しいけど、こんな状況じゃ喜べないよぉ。

「な、なんでぇっ? ルーベルは? ライドルトは? 先生達や魔物はどこ行っちゃったの?」

 魔物はいなくていいが、友達や先生がいないの困る。エルレシアは目をこすり、周囲を見回した。だが、やはり光景は変わらない。

「やだ、どうなってるのよぉ。みんな、どこっ?」

「落ち着け、エルレシア」

「だ、だって、さっきまでみんないたのに、いなくなったのよ。これってどうなってるの。もう移動装置はないはずでしょ。扉なんてなかったのに」

 夢だろうか。だったら、もう覚めていい。どんなに眠くても起きるから、いい加減もう終わってほしい。

 そう思っても、覚めてくれそうになかった。エルレシアが何を言っても、ルーベルが「何を慌ててるのよ、エルってば」と言いながら現れてくれないのだ。

「エルレシア、落ち着けっ」

 ロスタードがぐいっとエルレシアの手首を掴んだ。その握る強さにどきっとして、エルレシアは口を閉じる。

「混乱して叫んでも、何も変わらないんだ。どういう状況か、俺にも把握できない。でも、一人じゃないんだ。少し落ち着け」

 ゆっくり噛み含めるように言われ、ぷちパニックになって涙まで浮かんでいたエルレシアは少し落ち着きを取り戻した。何より、一人じゃない、と言われたことが大きい。

「うん……」

 ロスタードが一緒にいてくれてよかった、とエルレシアは心底思う。自分一人だったら、もっとパニックを起こしているだろう。そんなところへ魔物が現れたりしたら……目も当てられない。

 エルレシアがおとなしくなったのを見て、ロスタードはゆっくり手を放した。

「あたし達だけ、間違いなく別の場所に来てるよね」

「ああ。あの魔物の中に、別の場所へ飛ばす力を持った奴がいたんだろう。でも、あの魔物の見た目だけで判断するなら、そんなに遠くへは飛ばされてないはずだ。たぶん、ナエラの森からは出てない。……俺の推測でしかないが」

 ナエラの森は広い。さっき現れた魔物に、別の森へ飛ばす程の力があったとは思えなかった。それならこの森の中のどこかだとして、今までいた場所からどれだけ離れたかによって、ルーベル達と再会できるまでの時間も相当変わってくるだろう。しかも、それだってあくまでも推測でしかないのだ。

 だが、一度街から森の中へと飛ばされた。それを思えば、森の中をちょっと移動しただけだ。街までの距離に比べれば、大したことはない。

 最初こそパニックを起こしていたエルレシアだが、ロスタードのおかげで落ち着くとそんな風に多少なりとも前向きに考えることができた。やはりロスタードと一緒、ということが大きい。

「ロスタード、これからどうしよう」

 場所を移動した理由は推測でもいい。ここがどこでも、とりあえず人間が呼吸できる森の中だ。今の問題は、離ればなれになってしまったクラスメイト達とどうやって合流するか、である。

「連絡を取ろうにも、水晶は持って来てないしな」

 魔法使い同士の連絡手段は水晶を使う。お互いに魔力と水晶があれば、魔法で通信することが可能だ。

 しかし、二人の手元に水晶はない。フィオ達は持っているだろうが、こちらが何もなしでその水晶と通信することは極めて困難だ。近ければ何とかなる場合もあるが、遠ければまず通じない。

「ここがナエラの森なら、また魔物が出て来るわよね。だったら、最初にあの扉で森へ来た時みたいに、とりあえずどこかへ歩いた方がいいかしら」

 普段の森がどんな状態であれ、今は強い魔物の魔力に雑魚魔物が惹き寄せられている危険な場所。そのうち、その雑魚魔物が現れる可能性は高い。最悪だと、惹き寄せてる方の魔物が現れることも……。

「そうしたいが、今回はあまり動き回るのも考えものだな。ここがナエラの森だとして、俺達がいなくなったことにあっちも気付いてるはずだ。どういう方法でかここへ捜しに来たとして、その時に俺達があちこち動き回ってすれ違いになるのは避けたい」

 最初にこの森へ来た時。自分達だけしかいなかったから、自分達でどうにかするしかなかった。

 今はいなくなったことをわかっている人達が、間違いなく存在していると知っている。彼らが捜しに来てくれるだろう、ということも予想できる。

 だとしたら、動き回るのは得策ではないだろう。ロスタードが言うように、すれ違いはしたくない。合流できないままうろつくうちに、どちらかが魔物に倒されてしまう可能性も高くなる。どちらか……と言うよりは、人数や実力のトータルからして、エルレシア側がその危険性が何倍も高い。

「どうにかして、向こうに俺達の居場所を知らせる方法がないかな」

「原始的に、大声を出してみよっか」

 エルレシアは四方に向かい、大きな声でクラスメイトの名前を叫んだ。しばらく耳をすませるが、返事は全くない。エルレシアの声が届くなら、魔物達と戦っている魔法使いの気配もわかりそうなものだ。

「聞こえない。人の声が届く範囲にはいないってことかしら」

「そのようだな」

 言いながら、ロスタードは周囲に目を走らせた。草や木の陰から、見た覚えのあるネズミの魔物が顔を出す。

「やっぱり現れたか」

「まさか、あたしのせい? あたしが大声出したから」

 余計なことをしただろうか、とエルレシアは青ざめる。ただでさえ大変な状況なのに、自分から窮地を作ってどうするのだ。

「いや、遅かれ早かれ、現れてるだろう。今はこういう奴があちこちにうろついてるって話だからな」

 ロスタードは、ここへ飛ばされて一旦ブレスに収めていた剣を取り出す。その途端、小気味いい音が響いた。

「あっ。ロスタード、魔石が……」

 ロスタードのブレスにはめこまれた緑の石が、剣を出すと同時に割れて落ちたのだ。バルドンがそのうち割れるようなことを話していたが、本当にそうなってしまった。よりによって、こんな時に。

「石のことは構わなくていい。今はこっちの方が先だ」

 ロスタードは剣に炎を絡ませる。構え、魔物に向けて炎の斬撃を放った。はね飛ばされるように魔物の身体が宙を舞い、黒コゲになって地面に落ちる。今回現れた魔物はそんなに数がいなかったようで、すぐに静寂が戻った。

 やっぱり何もできなかったエルレシアは、心の底から安堵のため息をつき、申し訳なさでいっぱいになる。

「本当に……バルドンが言った通りになっちゃった……」

 エルレシアは落ちた魔石を拾った。さくらんぼより一回り程大きな緑の魔石。それが見事に真っ二つだ。そのそばに落ちていた鞘を、ロスタードが拾う。魔石の中に収められていたものが、割れたことで外へ放り出されたのだ。

「仕方ない。今日、明日はおとなしくしているつもりだったが、こんな事態だからな。何度も剣を出し入れすることになったから、石に限界が来たんだろう」

 バルドンの研究所からこの森に飛ばされ、今まで何度も剣を出し入れした。普通に過ごしていれば明日まで何とか持ち堪えたであろう魔石も、こんな状況では形を維持できなかったのだ。

 取り出した剣は、魔物の姿がなくなれば鞘へ収めるように魔石に収める。当然ながら、そのままでは危険だからだ。魔法の力を絡めて使う武器だが、魔力なしでも充分に普通の武器として通用する。刃を出したまま移動する訳にはいかない。

 その収納するための魔石が割れ、ロスタードは拾った鞘に剣を収めた。帰るまでは手に持つしかない。

「きれいな石……。本当にロスタードの瞳と同じ色ね」

 魔専科のエルレシアが、魔石に触れる機会はまずない。ルーベルや他のクラスメイトが持つものを眺める程度。こうして現物をしっかり持ったのは初めてだ。

 枝葉に邪魔されてしっかり入って来ない光に透かしてみると、それでも透明感のある緑が宝石のように思えた。

「そう……か?」

 一方で、ロスタードは言葉に詰まる。エルレシアは素直に感想を述べただけのつもりだが、さりげなく「きれい」と褒め言葉が入り、聞きようによってはその言葉がロスタードに対してもかかっているので、どう応えていいかわからないのだ。目の色など、これまで褒められたことがないから。こういう状況は、はっきり言って慣れてない。

「あたし、魔石を持つことなんてないし、持ったとしても髪は黒だし、目は茶色だもん。自分と同じ色の魔石を選んだら、すっごく地味になっちゃう」

 ポニーテイルにしている真っ直ぐの黒髪と、焦げ茶色の瞳のエルレシア。だからと言って、もし持つとすれば黒や茶色の魔石を……ということにはならない。別に髪や瞳と同じ色の魔石を選ばなくてはならない、という決まりはないのだ。自分が持つ色と同じ石なら親しみがわくから人気、というだけの話である。エルレシアが持ちたければ、赤でも青でも好きな色を選べばいい。

「ロスタードの瞳、力強く生きる植物の色よね。あたし、こういう緑、好きだな」

「……」

 今度こそ、ロスタードは完全に言葉に詰まる。

 一方、言ってからワンテンポ遅れ、エルレシアはおおいに焦った。

 あ、あたし、何言ってんの? 好きだなって、まるで告白したみたいになってるじゃない。い、今のは緑の話であって、ロスタードに言った訳じゃなくて……えっと……。

 意識した途端、エルレシアは次に何を言えばいいか、完全に頭から飛んでしまった。身体も、魔石を光に透かして見ている状態のまま、硬直してしまう。今のは魔石の話よ、と軽く言える程に、エルレシアは融通がきく性格ではないのだ。

 ここには二人しかいないし、横から別の話題を提供してくれる誰かはいない。これまでロスタードとまともに話したことなどほとんどないくせに、話し出したら一気に自分の感情を告白しているみたいだ。

 かさっと何かが揺れる音がして、二人はそちらを振り返る。話題を提供してくれるのではないが、その場の雰囲気を壊してくれる魔物はいるようだ。

 見ると、木の根元から小さな魔物がネズミっぽい顔を出している。動きが緩慢だ。土の中で眠っていたのかと思ったが、少し様子が違うように見える。

「魔物が土の中で孵化したのか」

 頭に卵の殻らしきかけらがついている。どうやら小さいのは魔物自身がそういう大きさだからではなく、生まれたばかりだからのようだ。その魔物の子が土から出て来ると、その腕と脇の間には飛膜のようなものが見える。

「まさか……さっきの魔物の子か」

「え、あのコウモリみたいな魔物? コウモリって卵から生まれるんだっけ? 違ったような気がするけど。それに親が飛ぶのに、子どもは土の中って……」

「魔物だから、普通の獣と同じ生態って訳じゃないんだろう。もしかすると、ここは孵化させる場所かも知れない」

 ロスタードがそう言ったのは、他の木の根元からも同じような子どもが顔を出したからだ。一本の根元にどれくらいの卵があるのか知りようもないが、恐らく複数個ある。そんな木が何本もあれば……。

「もしかして、あたし達って子どものエサとして送り込まれた、とか?」

「かもな」

 親子らしい魔物。飛ばされた場所。結び付けるには充分な要素に思えた。

「こんな所で食われてたまるか。あいつらが飛び回る前に先制してやる。エルレシア、子どもがいてもいなくてもいいから、爆裂でこの周辺にある木の根元を吹っ飛ばせ」

「ええっ、あたしが? そ、そんなの、無理よぉ」

 爆裂、つまり木の根元で小さな爆発を起こせとロスタードは言ってるのだ。

 確かに爆発させれば魔物は大ダメージだし、まだ孵化してない卵も壊れて魔物が生まれられなくなる。

 だからと言って、エルレシアにそれをやれと言われても無茶だ。

「何を甘えたこと言ってんだっ」

 怒鳴られてエルレシアはびくっと首をすくめる。

「できないって泣き言なんか言ってる場合か。ぐずぐずしてたら、そのうち俺達を喰おうと襲ってくるんだぞ」

「う……」

 そんなことを言われても、大した魔力のない、クラスでも下位レベルの自分にできるとは思えない。

「あたし、魔力が低いし……」

「言い訳するなっ」

 一喝され、また首をすくめる。

「お前はクインドラの三年だろ」

 クインドラに入ったことをずっと後悔してる……と言ったら、また怒鳴られそうだ。

「たとえ魔力が低くても、成績があまりよくなくても、それはレベルの高いクインドラにいるからだ。他の所なら、お前でも上のレベルで通用する。お前の力が見習い全体の中で最低ラインって訳じゃないんだ。自信を持て」

「え……」

 そんな風に思ったこともなかった。

 クインドラはレベルが高い。その中で自分はレベルが低い。

 エルレシアにすればそれだけだったのだが、他の学校へ行けばもしかしたら「すごい」と言われるかも知れないのだ。そこまで言われることがないにしても、エルレシアは少なくともクラスで最下位ではない。レベルの低い争いではあっても、ロスタードが言うように最低ライン、つまり一番下ではないのだ。

 ロスタードの実力とは比べるべくもないが、彼の言葉でエルレシアは少し自信が持てた気がした。自分でも単純とは思うが、ちょっと気が楽になったような。

「爆裂は以前にもテストでやってるし、あの時にはちゃんとできてただろ。この的は動かない。発動さえすれば何とかなる。失敗しても、力が足りなくても、同じ場所を何度も攻撃すればいいだけの話だ」

 確かに木は動かない。相手の魔物は土の中で生まれたばかりだから、逃げようとしても動きは速くない。つまり、エルレシアでも充分相手ができるのだ。

 テストの時にできてた。

 そう言われて思い出す。ロスタードはクラスメイトの技術を見て、不得手な部分を研究しているのだ。エルレシアが自分の魔力は低いと言ったところで、彼にすれば今更何を、となる。そして、エルレシアができていたこともちゃんと覚えてくれているのだ。

「やれるな」

「うん」

 問われて当たり前のように返事をした自分に、エルレシアは驚いた。

 発動した時の力は弱くても、呪文はちゃんと覚えているからできる。

 それに……生きて帰りたい。ロスタードと一緒に。そのためにもやらなければ。

「そっち側のエリアは任せる。面倒が起きたらそう言え」

 二人は背中合わせになって、周囲を見据える。自分が向いた方に見えている範囲を攻撃していく訳だ。

 これって……ロスタードがあたしに背中を預けてくれてる状態? あたし、信頼してもらってるってこと?

 クラスでトップレベルのロスタードが、鳴かず飛ばずの成績でしかないエルレシアを信用して任せてくれたのだ。

 他に誰もいないから仕方ない部分があるにしても、こうまでされて逃げられるはずがない。

 失敗しても、攻撃を続ければ……あたしにだって何とかなる。

 エルレシアは握った拳に力を込めた。

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