森と魔物退治
「……」
しばらくの間、全員がその場に立ち尽くした。
研究室を出れば店の裏側の壁が見え、ルラの栽培している香草が育つ家庭菜園のような庭が見えるはず……なのだが。
今、彼らの目に見えているのは、香草どころか木が林立している森だ。メルエの街の中に森はないが、ひんやりした空気と土や緑の匂いは本物っぽい。
「な、何なのよ、これー。まさかタルグのいたずら?」
何か新しい魔法道具を開発して、知らないうちに試されている。
そんな考えがよぎったルーベルは、振り返ったが……最後に研究室を出て来たライドルトの後ろにあるはずの扉はなく、同じように森の風景が広がっているだけだ。
「どういうことだ……」
ロスタードもありえそうな可能性として、中で話をしている間に研究室が移動できるような仕組みが出来上がっていて、外へ出たら森、となっているのかと思った。
しかし、たった今出て来たはずの研究室がそこにないのはおかしい。自分達が外に出た途端、研究室だけが一瞬で移動してしまったのだろうか。
しかし、予告もなくバルドンがそんな仕組みを試すとは思えない。いくら魔法使いの先輩後輩に当たるとは言え、一応こちらは客という立場でもあるのだ。
「あー、もしかして扉を間違えたっ」
ライドルトが思い出したように叫んだ。
「扉が何だ?」
「バルドンとタルグが開発中だって言ってた、移動装置だよ。ロスタード、お前、左の扉を開けただろ」
本来の扉の左側に、移動装置となる扉が立て掛けられていた。話を聞いていないロスタードは、研究所の扉によく似たその扉を開けてしまったらしい。
「左の扉って何のことだ。俺が開けた扉の他に扉なんてなかったぞ。……もしかして、お前が本来の扉の前に立っていたから、わからなかったんじゃないのか」
「え……」
扉が二つあるなんて、聞いていなければ意識しない。目の前にあれば、それが出入口となる扉だと思う。その気はなくても、ライドルトが本来の扉を隠すようにして立っていたから、ロスタードは気にすることなく目に入った扉を開けたのだ。
それが移動装置とは知らずに。
「ちょっと! 話は少し聞こえてたけど、移動装置って何なのよっ」
ルーベルはブレスを修理してくれているバルドンの手元を見ていたので、タルグが移動装置の説明をしているのを半分しか意識して聞いていなかった。
「移動魔法で魔力を使わないように、魔物退治するための目的地へ行ける魔法道具なんだって」
エルレシアがタルグから聞いていたことを伝える。
「それが何だって、研究室の扉と同じ形をしてるのよっ」
扉が例えば目立つ赤や青だったとしたら、ロスタードだって間違えて開けたりはしない。似たような扉だから、間違えたのだ。
「やっほー、ルーベルちゃーん。会いに来たよぉー」
ピリピリした空気が漂っているところへ、のほほんとした声が入ってきた。
「あー……ややこしい時にややこしいのが来た」
ルーベルが頭を抱える。彼女のすぐ横に現れたのは、火の精のレスアークだ。
リンゴ二つを縦に並べたくらいの背丈しかない彼は、ルーベルが召喚の授業で間違って呼び出してしまった妖精である。
間違って、と言うのはルーベル曰くだが、妖精を呼び出す呪文を使って現れたレスアークはやけにルーベルのことを気に入ったらしく、その後呼びもしないのにこうして時々姿を見せるのだ。
邪険に扱われれば普通は怒る妖精も、なぜかレスアークは気にする様子もなく、ルーベルにまとわりつく。自分と同じ赤い髪に類似性を見出しているのかも知れない。見た目は二十歳前後の青年に見えるので、人間サイズで同じことをしていたら絶対に変質者扱いされる。
「ん? 森? ルーベルちゃん、ピクニックか。俺、肉をすっげーうまく焼く自信があるんだけどなぁ。あ、俺は肉なんて食わないけどさ」
「あんたはちょっと黙ってて。それより、どうするのよ。移動装置で移動したって言われても、どこに移動したって言うの。それに戻る扉がどこにもないじゃない」
「俺に言われても知るか」
ロスタードは移動装置の話など全く聞いていないから、あれこれ言われても知るはずがない。エルレシアとライドルトが話を聞いていたのは、ルーベルのブレスが修理されている間だけだ。
「確か、一方通行って言ってたわ。それと、魔物や魔力がある所に反応するとかって聞いたような」
「……ちょっと待ってよ。エル、それってつまり……」
ルーベルが何か言おうとした時、草むらでがさっと音がした。全員がそちらを見ると、虫を巨大化してついでに醜くしたような生き物が何匹も現れている。
「魔物の巣の近くに放り出されたってことじゃないのぉ?」
ルーベルが泣きそうな声を出す。エルレシアも泣きたい気分だった。学校で魔物退治の疑似体験をする授業があったが、これは本物なのだ。
「泣いても叫んでも、これが現実ならこいつらを振り払うしかない。お前ら、死にたくなかったら、本気で攻撃しろよ」
ロスタードがブレスから剣を取り出した。彼の長身に合わせてなのか、少し長いように思える。銀色に光るその刃が炎をまとった。そういうものだとは知っていても、ここまで間近に見たのが初めてのエルレシアは、自分が斬られる訳でもないのに恐いと感じる。
同時に、そんな場合ではないが、美しいとも思った。
「こんな所でいきなり実戦か。ま、いっか。しゃーねぇよな」
「よくないわよっ。教官も誰もいない所で実戦なんて」
ライドルトに文句を言いながら、ルーベルもブレスから弓を出す。ロスタードに言われた通り、やるしかないのだ。
見たところ、魔物はカマキリやバッタを巨大化して顔をつぶしたような姿をしている。油断は禁物だが、外見だけで推測するならそんなにレベルが高い魔物とは思えない。じき卒業試験を受けて一人前の魔法使いになろうという彼らになら、充分相手ができるだろう。
数はざっと見渡した限り、大型犬サイズの魔物が五匹。
「ルーベルちゃん、何か手伝おうか?」
いざとなれば自由に逃げることができるからだろうか、レスアークの態度は余裕たっぷりだ。
「じゃあ、あたしの魔法を強化して。それと、森が火事にならないように、おかしな所に飛び火したら抑えてちょうだい」
「はいは~い。おまかせあれ」
軽い返事だが、火を司る妖精だからその点では頼れる。
バッタもどきの魔物が地面を蹴った。とんでもない跳躍力で四人の頭上に飛び上がる。そのまま飛び掛かるつもりなのだろうが、落ちて来たところをロスタードの剣にあっけなく斬られた。
「クモみたく糸を吐いたり、毒でも吐くのかと思ったのに。飛び上がるだけなら、隙だらけだろ」
飛び上がる魔物を見て獲物が恐怖で硬直すれば、捕まえられるだろう。だが、攻撃する気まんまんの魔法使い達から見れば、飛び上がるだけの行為は単なるこけおどしにすぎない。あまり知能は高くないようだ。
「あー、こんなのに近付きたくない。弓が使えてよかったわ」
ルーベルが炎の矢をつがえると、魔物に放つ。見事に矢は魔物の眉間付近に刺さり、火に包まれて消滅した。ルーベルが弓を選んだ理由の一つに、こうやって魔物に近付かなくて済む、というのがある。
「やっぱ、火が確実かな」
ライドルトが呪文を唱えた途端、魔物の足元から火が噴き出す。ただ、少し火が出る場所がズレていたので、魔物の身体半分だけが焦げた。それでも、ダメージを与えるには充分な火力だ。
とどめを刺すべく、さらに火を出す。残りの半分が焼け、さらに近くにいた魔物も半分だけ焼かれた。
「ちょっと、ライドルト! どうして半分ずつ焼くのよ」
半分焼かれながらもまだ動く魔物に、ルーベルが炎の矢を当てた。こんなのに転がってこられたら、こちらが火傷を負ってしまう。
仲間が次々にやられるのを見てか、カマキリもどきの魔物が羽を広げて飛ぶ。最初の魔物のように飛び跳ねるのではなく、羽を使って飛行し、こちらへ向かって来たのだ。
「さっさと逃げればいいのに」
燃え上がる線が宙にひらめき、ロスタードの手によって魔物は真っ二つにされ、地面に落ちて消えた。しばらく周囲を注意深く見回すが、どうやら近くにいたのはこの五匹だけだったようだ。
「とりあえず、片付いたようだな」
魔物はいないと判断し、ロスタードは剣をブレスに収める。それを見て、ルーベルも弓を収めた。
「ごめんなさい……」
消え入りそうな声で、なぜかエルレシアが謝る。
「エル、どうしたのよ」
「だって……あたし、何もできなかった」
一匹倒すどころか、一回の攻撃すらできなかった。
「変なこと、気にしないの。むしろ、あたし達の方こそエルの活躍場面を奪ってごめんなさい、だわ」
落ち込むエルレシアに、ルーベルがよしよしと頭をなでる。
「こんなの、早い者勝ちみたいなもんだろ。できなきゃできないで、別にいいじゃん」
「そう言うライドルトは、もう少しちゃんと狙え。一度で終わるところを二度もやるのは力の無駄遣いだ」
「んー、わかってんだけどさ。コントロールが課題なんだよなー」
「狙いが甘いからだ。相手の動きが速かったら、やられてたぞ」
こんな時でも、ロスタードのチェックは厳しい。
「それより、ここがどこなのかが問題だな。どこに通じているってことはわからないのか。バルドンやタルグはどう言ってた?」
「まだ試作段階みたいだぜ。将来的には世界中のどこにでも行けるようにするって言ってたけど、今はハーキュア国内がどうにかって感じらしい」
タルグの話から推測するなら、少なくとも国を出てはいないだろう。とは言うものの、いくら小さな国でも小さな人間から見れば充分すぎる程に広い範囲だ。まるで絞り込めない。
「お前はわからないのか?」
ロスタードは、ルーベルの肩にちょこんと座っているレスアークに尋ねた。
「は? そんなの、わかるはずないだろ。ここが火の山や火の川のほとりってんなら、推測のしようもあるけどな」
「ここがどこかわかって、現れたんじゃないのか?」
「俺はルーベルちゃんのいる所に来たってだけだ。場所なんて気にしてないっての」
「森にいる誰かに聞いてくれない?」
いつもよりちょっと優しい声音でルーベルが頼んでみる。
「んー、それはいいけどさ。俺が緑の妖精や何かに尋ねようとしても、たぶん逃げられると思うぜ」
自分を燃やしてしまう力がある相手が近寄って来たら……確かに逃げられるだろう。
ロスタードが軽く息を吐く。
「使えねぇな」
「んだとぉっ。てっめぇ、次にその剣抜いても火が出なくしてやろうかっ」
たぶん、ルーベルが何を言っても怒らないレスアークだが、ロスタードのつぶやきには火の妖精らしく真っ赤になって怒る。
「はいはい、落ち着いて」
仕方無くルーベルがなだめるしかない。ここでは間違いなくロスタードが一番の戦力なのだ。魔物が出て来た時に火の力を落とされたら、目も当てられなくなる。
「ハーキュアにある森って本当に限定していいなら、ナエラの森かシガラの森くらいだと思うけど……」
「エル、そんなの、わかんのか?」
ライドルトに聞かれ、エルレシアは小さく頷く。
「どちらの森の近くにも、いい糸を作ってる村があるの。あたし、糸や布の産地がどこなのかをよく調べたりするから、その周辺に森や湖なんかがあると一緒に覚えたりしてて。ハーキュアで大きな森なら、その二つくらいかな」
あくまでも、大きな森でエルレシアが覚えている範囲では……という条件付きだが。
「仮にどちらかの森だとしても、メルエの街からかなり離れているな。とにかく、まずはこの森から出ることを考えるか。誰かの魔力に反応してここへ放り出されたのなら、恐らくここにとどまる方が危険だ」
どの程度の、そして誰の魔力に反応して移動装置がこの森へつなげたのか、誰にもわからない。バルドンやタルグもどこまで推測できるのやら。
あくまでも魔力に反応して、という前提での推測だが、魔法道具として作っているのに何もない状態で作動するとは思えない。
エルレシアが推測した森はメルエの街からかなり離れているから、わずかな魔力では移動装置も反応はしないだろう。遠い場所でも反応する程に強い魔力を持つ何かがいる、と考えた方がいい。
だとすれば、来るかどうかもわからない助けを待ってここにとどまっているより、協力しあって森の外へ出る努力をした方が絶対にいいはず。
幸い、全員が魔法を使えるのだ。さっきのように魔物が現れても、みんなでやれば排除できるだろう。
それに、四人分の魔力に反応して、あの移動装置が研究室とここを再びつなげてくれるかも知れない。
ロスタードの意見に、誰からも反対はなかった。また魔物が出て来るのでは、という予測はみんなしているからだ。
さて、ではどちらへ行こうか、となるのだが……皆目見当もつかない。木々の枝葉に遮られて太陽の光はあまり届かず、おおよその方角さえもつかめないのだ。つかめたところで、どちらが森の外へ行くのに一番近道になるかはわからないまま。
「そいつにはわからないのか?」
ロスタードが再びレスアークを見る。
「おいおい、何でもかんでも俺に頼ろうとするなよな」
さっき頼っても駄目だったが……。
「人間が妖精を呼び出すのは、その力を借りたいからだ。貸せる力がないのか?」
「何っ! てっめぇ、本当にお前の火の力、消すぞっ」
せっかくおさまったレスアークの怒りが再燃し、ルーベルがまた静めにまわる。
「ロスタード、あんたねぇ……余計なケンカを売らないでよ」
「なぁ、どうせどっちに行っていいかわからないんだし、これで決めようぜ」
ライドルトが手近な枝を拾い、真っ直ぐに立てた。ひざくらいまでしかない長さの、細い枝である。気の向くまま、もとい木の向くままに行こう、というのだ。
「その方が後腐れなさそうね。迷っても誰の責任でもないわ。あたしは構わない」
ルーベルがロスタードを見ると彼は頷き、エルレシアも反対しない。
「んじゃ」
ライドルトが枝を離す。支えを失って枝が倒れた。その方向へ一行は歩き出す。
ルーベルは歩きながら、手早く髪を束ねた。引っ掛かって行動の妨げにならないようにである。
「人の手は入ってないようだな。木こりや猟師も入って来ない程の奥ってことか」
森の奥深くというのは、獣だけでなく魔物も多くいるもの。だから、普通の人はまず入って来ない。獣を狩る猟師も、ある程度まで来ると引き返す。入りすぎれば魔物の力で帰れなくなりかねないからだ。奥まで行くのは自殺願望のある人間か犯罪者、魔物退治をするために来た魔法使いくらいである。
「何か来たみたいだぜ」
レスアークの言葉で、全員が身構える。すぐにレスアークが感じた気配の正体が、四人の前に姿を現した。さっきは虫のような魔物だったが、今度はネズミを醜くしたような魔物だ。
ネズミが人間の頭くらいのサイズもあると、醜くなくても不気味に思える。それが数十匹。さっきとは数が全然違う。
「レスアーク」
「ん? 何だい、ルーベルちゃん」
「さっき、肉を焼くのが上手だって言ったわよね。こんなの食べる気はないけど、好きなだけ焼いていいわよ」
早い話、手伝え、ということ。
「お望みなら、焼いてやるよ」
「来るぞ」
ロスタードが剣を抜いて前に出た。赤く燃える剣で、魔物を次々に斬って行く。ルーベルは弓で、ライドルトは魔法で魔物に立ち向かった。
エルレシアも今度こそはと、みんなと同じようにすぐ近くにいる魔物に向かって火の魔法を放つ。
だが、あっさりかわされた。甲高い鳴き声をあげるが、魔物のそんな声を聞くと嘲笑われてるような気になる。
ロスタードやライドルト、ルーベルが次々と魔物をしとめてゆく中、エルレシアはやっと一匹の魔物を倒すので精一杯だ。学校の成績は正確である。
気が付けば魔物の姿はほとんどなく、全滅まであとわずかだ。
あと一匹くらい……何とかしなきゃ。
小さめの拳をぐっと握り、エルレシアは目が合った魔物に火の魔法を放った。しかし、またあっさりかわされる。それどころか、魔物は鋭い牙をむき出しにしてエルレシアに襲いかかってきた。
うそっ、反撃っ?
「きゃああっ」
攻撃も防御もできず、エルレシアは悲鳴をあげるしかできない。その悲鳴に三人がはっとしてそちらを向く。助けの手を出そうにも、間に合わない。
自分の腕で顔をかばい、エルレシアは目を固く閉じた。しかし、いつまで経っても何の衝撃も痛みもない。
代わりに近くで、ぼとっという何か固くて重い物が落ちたような音がした。
え……何の音?
目を開けると、自分の足元近くに氷漬けにされた魔物が転がっていた。見ていると、目の前でその氷が音をたてて砕ける。もちろん、氷漬けにされた魔物も一緒に。
ど……どうなってるの?
エルレシアが呆然としていると、何かが近付いて来る気配を感じた。そちらに視線を移すと、人がこちらへ向かって走って来る。しかも三人いた。
人がいるとは思ってなかったエルレシア達は、魔物が姿を変えたのでは、と考えたが、一人が言葉を発したので本当に人間らしい。
「ケガはない?」
現れたのは、女性一人と男性二人だ。ゆるいウェーブの長い黒髪を軽く束ねた女性は、声からして若い。肩に砂色の羽を持つ鳩サイズの鳥が一羽留まっている。
男性の一人は女性よりもう少し若く、がっしりした体格だ。プラチナブロンドをざっくり一つに束ねている。
もう一人の男性は、女性よりも年上だろう。薄い色の金髪は肩より少し長く、かなり長身だ。
長身の男性はともかく、その男女に四人は何となく見覚えがある。
「あら、あなた達、クインドラの生徒じゃないの」
「え……あ、フィオ先生?」
気持ちが張り詰めていたせいで、エルレシアは現れたのが誰なのか、すぐにはわからなかった。ちゃんと相手の顔が見えて、ようやく認識する。
彼女は魔法使いのフィオだ。ちゃんと聞いてはいないが、たぶん二十代後半くらいだろう。女優をやっても成功するであろう美人だ。
エルレシアが先生と言ったのは、現役で魔物退治をする魔法使いとして、時々魔専科の授業に講師として来るからである。
若い男性はアルガスという名で、彼もまた魔武科に二度ばかり講師でクインドラに来たことがある。ロスタードより少し上といったところだろう。
「フィオさん、ご存じの方達ですか」
「ええ。クインドラの三年生よ」
最年長であろうと思われるのに一番ていねいな言葉遣いの男性は、カダルゴという。
「お前ら、どうしてこんな森にいるんだ。ってか、どうやってここまで来た。今、この辺りは魔物がわらわら出て来てるんだぞ」
まだわらわらとまではいかないが、魔物は現れている。アルガスの言葉に、エルレシアもルーベルもぞっとなった。
「自力で来た訳じゃない。放り出されたんです」
ロスタードが代表して事情を話した。
「はぁ、なるほど。それは災難でしたね。しかし、その移動装置、完成が楽しみです」
カダルゴは移動装置に興味を持ったようである。
「フィオ先生、ここはどこなんですか? さっき、ナエラかシガラの森かなって話してたんですけど」
「あら、よくわかったわね。ここはナエラの森よ。位置的には、ほぼ中央といったところかしら」
エルレシアはだいたいの勘で話していたが、当たりに近かったのだ。ほぼ中央ということは、一番奥深い場所……ということになるのだろうか。
フィオ達は、三人で魔物退治するためにこの森へ来た。最近、この森にサルもどきの魔物が現れ、その魔力に惹き付けられてか、雑魚の魔物までがこの森に集まって来るようになっている。
森の中にいるのならいいが、その雑魚達が近くの村などに現れては農作物を荒らしたり、人を襲ったりし始めた。そのため、根源であるサルもどきの魔物を退治するために、彼らがこの森へ派遣されたのだ。
ちなみに、魔法学校がこういった依頼を受け、魔物退治をメインに仕事をする魔法使い達に仕事を斡旋する。
「あー、そっかぁ。移動装置はたぶん、その魔物と先生達の魔力に反応したんだな。そんじゃ、成功って言ってもいいか。バルドンやタルグが喜ぶぞ」
ナエラの森は、メルエの街から西へ向かった所にある。馬を全速力で走らせても三時間は軽くかかる距離だ。その距離を一瞬にして移動したのだから、移動装置はかなりの完成度と言っていいだろう。
「こんな時に成功するから、とんでもない場所に放り出されたんでしょーがっ」
嬉しそうに言うライドルトに、ルーベルが噛み付く。
「ロスタードが変な扉を開けなきゃって言うか、ライドルトが本当の扉の前に突っ立ってたせいって言うか……」
「ルーベル、二人だってそんなつもりでやったんじゃないんだし」
「わかってるわよ。わかってるけど、こんな所に放り出された怒りをぶつける場所がないんだもん」
本当なら今頃、祭りの準備をしている街を眺めながら帰り道を歩いているはずだった。気が向けばアイスでも食べながら、エルレシアと二人でおしゃべりして。
それが、こんな森で魔物に襲われている。何が悲しくて卒業前に、しかも卒業試験すらも受けてないのに実戦訓練をしなければならないのだ。こういう実地での訓練は、魔物退治を希望する卒業したての魔法使いが受けるものなのに。
「どちらへ向かえば森を出られますか」
ルーベルの八つ当たりはスルーして、ロスタードは三人の魔法使いに帰り道を尋ねる。
フィオはさっき、ほぼ中央と言った。この森の地形がまん丸であれば、どこを向いても外までの距離は同じだろうが、自然にできたものならそんなはずはない。外への最短ルートが存在すると思われる。
「私達が来た方向が森を出る一番の近道でしょうね。だけど、あなた達だけでは行かせられないから、詳しくは教えられないわ」
「ええっ、どうしてぇっ?」
エルレシアとルーベルの声が重なる。
「魔物退治に来たって言っただろ。魔物が確実にうろついてるってわかってる森に、学生だけで放り出す訳にはいかねぇんだよ。お前らがここにいると知らなかったならともかく、知った以上は仕事が終わるまで俺達の目の届く範囲にいてもらう」
「目的の魔物がどんなレベルか知らないが、さっきみたいな魔物くらいなら俺達でも退けられる。三年生が四人もいれば、何とかなるはずです」
アルガスの心外とも言える言葉に、ロスタードは反論した。
「あなた達はまだ学生よ。正規の魔法使いとしてみなされない。つまり、一般人と同じ、ということよ。そんな人だけで、魔物がいるとわかっている森を歩かせる訳にはいかないの。あなた達に何かあれば、叱責されるのは私達よ。いくらこれが突発的な事態ではあっても、今どうするべきかの判断ができるだけの時間と冷静さはあるわ。それであなた達を行かせたら、間違いなく責任問題になるの」
「一般人と同じ、ですか」
「そう恐い顔をしないの。卒業試験を突破するまでよ。見習いは見習い。魔法使いの世界がどんなに厳しいか、もう三年生ならわかるでしょ。最優先事項が人命だということも」
ムッとした表情を隠そうとしないロスタードを見て、フィオがにっこりと笑顔でたしなめる。
「あなた達の実力がどれだけのものか、私は知りませんが……さっきのような魔物ばかりが出るとは限りませんからね。万が一、私達が捜している魔物に遭遇した時が危険ですから、わかってください。魔獣に乗って帰る、という選択肢もありますが、その周囲に飛行系の魔物が現れると大変です。私達の誰かがみなさんを森の外へ送って行けたらいいんですが、別行動するには人数的に問題がありますからね」
魔物退治は、三人以上が一つのチームになって行う。
このルールはハーキュア国内だけでなく、世界中にいる魔法使いの間では鉄則だ。どんなにレベルの低い魔物を退治する場合でも、それは変わらない。
現在、ここに魔法使いは三人。誰か一人が四人を森の外へ送って行こうと思ったら、森に残る人数は二人になってしまう。また、四人を無事に送ったとして、その送った魔法使いが二人と合流するまでは一人になる。どちらも三人を割っているので、ルール違反だ。
魔物に連れ去られた、川に落ちた、雪崩に巻き込まれたなどなど、不可抗力で離ればなれになってしまった場合を除き、魔物退治をする魔法使いは三人以上でいなければならない。融通が利かないのではなく、魔法使いの安全のためだ。
「さっさと終わらせて、家に帰してやるよ。しばらく付き合え」
魔法使い達と出会え、ここがどこなのかわかったまではよかったが、エルレシア達はまだ帰れそうになかった。