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ドライムにて

 エルレシアはルーベルと一緒に、魔法道具店ドライムに来た。

 そんなに大型店舗でもないのだが、メルエにある店の中で一番品数が多い。そのため、よその街からわざわざ来る魔法使いもいるくらいだ。

 魔法使いが使う物は、服以外はだいたい揃う。服は採寸が必要なので、別に専門店があるのだ。ルーベルが使う弓も、この店で購入した。

 店主はバルドンと妻のルラ。魔法道具を扱うということで、二人共クインドラの卒業生、つまり魔法使いである。

 もっとも、こういう店をやるための資格なので、端から見れば魔法もできる雑貨屋さん、みたいなものだ。ルラの親が始めた店で、それをバルドン・ルラ夫妻が継いだ、とエルレシアはいつだったかルーベルからそう聞いた。

 今日、ここに用があるのはルーベルだ。

 魔武(まぶ)科の生徒や武器を併用する魔法使いは、自分が使う武器を普段はブレスに封印するのが一般的。ブレスの材質やデザインは好みだが、それらには必ず魔石がはめ込まれている。いつも武器を手にしていると邪魔な場合もあるので、その魔石に封じる、つまり収納しておくのだ。これで手が自由になるし、魔石に封印しておくことで武器に魔力が絡みやすくなるというメリットもある。

 武器については、一般の武器屋で扱っている物でも使えなくはない。ただ、武器に魔法が絡むので、余程優れた物でなければ耐久性に劣り、すぐに劣化してしまう。魔石や魔法使い本人の魔力に耐えられないのである。最悪だと魔物退治の途中で壊れたりするので、間に合わせのためでなければ魔法使い達は相応の武器を魔法道具店で調達するのだ。

 魔石はいくつかの色があるが、最高級品は白。値段が他とは桁違いなので、本当にレベルが高くて腕のたつ魔法使いか、金に物を言わせる見栄っ張りの魔法使いが持つことが多い。一般的な魔法使い達は、自分の好みの色の魔石を好みのデザインのブレスにはめて使用しているのだ。

 ルーベルは金のチェーンに赤の魔石をはめ込んだブレスを使っているが、最近留め金の部分が緩みがちなので修理を頼むためにドライムへ来たのだ。エルレシアは何か面白そうな物が店にないか、という素見(ひやか)しで一緒に来た。

「あら、留守なのね」

 店のドアノブに、小さな木の札がかかっていた。そこには「用がある方は研究室へ」と書かれている。何度かこの店に来れば、見ることの多い札だ。

 店での対応は主にルラがしているが、買い物などに出掛けると夫のバルドンが対応する。そのバルドンは、店よりも店の裏手にある「研究室」と呼ばれる離れのような小屋にいることがほとんど。急ぎの用がある場合は、その研究室へ行ってバルドンに対応してもらうのだ。

 バルドンは自称発明家。魔法道具がさらに便利に、大きな物はさらにコンパクトにならないかを研究しているのだ。店を妻にまかせて夫は道楽に走っている、と言われたりもするが、本人はこの研究がメインの仕事だと主張している。

 店にある魔法道具の中には、実際にバルドンが作った物や改良した物が置かれていてちゃんと売り上げもあったりするので、多少は貢献しているらしい。

 エルレシアもルーベルも、この札を見ることはよくあるので、迷うことなく店の横から裏手へ進んだ。

 庭があり、一角には魔法効果のある香草が栽培されている。これはルラが育てているものだ。

 バルドンの研究室は、そのそばに建っている。馬小屋をこぎれいにしたような建物だ。

 ルーベルがドアを軽くノックすると、中から「おう」と太い声で返事が聞こえた。ドアを開けて二人は中へ入る。

 部屋の端には机があり、何やら設計図らしき物が広げられているのが見えた。壁には棚が作り付けられ、何が入っているのかわからない瓶や箱が並ぶ。床には工具が置かれ、完成したら何になるのか想像できない物体がそばにあった。木っぽいが、一見しただけでは材質もよくわからない。来る時によっては、それが鉄っぽい物だったりする。

 最初は驚いたが、何度か来ていたら見慣れた。今日も相変わらず雑然としている。研究室と言うより、小さな町工場だ。

「あれ、エルにルーベルじゃないか」

 バルドンより先に客の顔を認識したのは、クラスメイトのタルグだった。

「あら、タルグ。あんた、またここに入り浸ってるの?」

「俺もここの一部みたいなもんだからな」

 ルーベルに言われ、タルグが笑う。

 彼は自称バルドンの助手だ。工作が好きな少年で、何のきっかけからかこの研究室に入り、何かを作り出そうとするバルドンに魅せられてここへ入り浸るようになった。

 魔法道具を作るつもりなら魔法使いになる必要がある、と聞かされてタルグは「とりあえずクインドラに入学した」という、エルレシアと似たような動機を持つ。

 だが、魔法を使うよりも工具を手にする方が好きなので、練習に身が入らない。おかげで留年している。エルレシア達より一つ上の十九歳だが、何かを作ろうとしている時の彼の目は子どものようだ。

「タルグ、入り浸るのは構わねぇが、また留年するようなら出禁にするぞ」

 およそ魔法使いとは思えない、がっしり体型の中年男性が強い口調で言う。丸坊主にやや強面の彼がドライムの店主バルドンだ。初めて店に来てこの店主に対応された人は、大抵ビビる。

「いいっ? 何だよ、バルドン。急にそんなのってありかっ」

 いきなりの出入り禁止通告に、タルグが慌てる。

「卒業しなきゃ、魔法道具は作れねぇだろうが。ここに入り浸ってるからだ、なんてお前の親や担任に言われたくねぇからな。俺だって、いつまでも中途半端な助手なんていらねぇんだよ」

 バルドン・ルラ夫妻には子どもがいない。四十代も後半にさしかかっている彼らに子どもは望めないだろうから、店の方はともかく、魔法道具改良・制作を引き継いでくれそうなタルグの存在は貴重なはずだ。しかし、甘えさせてばかりでは、継ぐうんぬん以前の話になってしまう。

「タルグ、これって死刑通告だな」

 横で面白そうに言うのは、同じくクラスメイトのライドルトだ。教室でもよくつるんでいるので、恐らく興味本位でタルグにくっついて来たのだろう。この二人はエルレシアと同じく魔専科だが、成績はライドルトの方が上だ。

「うっせぇ。今度は必ずパスしてやらぁ」

 タルグはぷいっと横を向き、ライドルトは笑っている。

「で、そっちの二人は何だ? 店に用事だったか?」

「あ、違うの。ブレスの修理をしてもらいたくって」

 バルドンに言われ、ルーベルが自分の腕からブレスを外す。

「ん、どれ」

 ドライムでは道具を売るだけでなく、それの修理も請け負っている。修理はバルドンの担当だ。一応、道楽扱いの発明だけでなく、ちゃんとこうした「確かな」仕事もしているのである。

「ああ、このつなぎ目部分だな」

 格闘技の選手でもしているのか、と思いたくなるようながっしりした体格のバルドンだが、その手は器用に細かい作業をこなしていく。どうしてこんな大きな身体の人が、あんな細かいネジを簡単に回せるのかしら、とエルレシアはいつも見ていて不思議でならない。

「タルグ、今は何を作ってんだ?」

「おう、これだ。空間移動装置」

 タルグとライドルトの会話に、エルレシアが振り返る。タルグが差す方には、今入って来たドアの横に同じようなドアが並んでいた。

「移動って……どこへ行けるの?」

 エルレシアが話に加わる。

「世界中のどこにでもだ。まぁ、将来的には……だけどな」

 魔法使いが魔物退治などで現地へ出掛ける際、移動魔法を使うか、呼び出した魔獣に乗って向かうかのどちらかだ。

 移動魔法は目的地が近い場合はいいが、遠ければそれだけ魔力を使う。これから魔物と戦おうという時に、魔力は少しでも温存しておきたい。

 魔獣で移動すれば召喚の時の魔力だけで済むが、移動することで体力を多少なりとも使う。魔獣の移動速度は速いのだが、一秒でも早く着いてほしい場合もある。だが、魔獣にもよるが、生き物なのでその力には限界があるのだ。

 そんな移動をスムーズにするための装置。

 バルドンとタルグはそれを開発しているのだと言う。普通のドアにしか見えないそれを開けて通ると、おおよその位置を特定しておけば行きたい場所に行けるのだ。目的地近くにいる魔物の魔力に反応して、ということなので、魔物を捜し回る時間も多少は短縮されるはず。

 行き先をどこそこの森、山といった具合に指定し、魔物のすぐそばへ行ける。しかも、魔法使いの魔力を使わずに移動できるという優れもの……になる予定である。

「魔法道具だから、行く先に魔物か魔法使いか、とにかく魔力のある奴がいないとつながらないけどな」

「すっげー。自分の力を全部魔物に向けられるってことか」

「ふぅん。魔物退治する魔法使いにはありがたいよね」

 魔物退治の予定がないエルレシアにはあまり……一切関係のない道具ではあるが、すごい物だというのは間違いない。もちろん、完成すれば、であるが。

「まだ試してないからわからないけど、今のところ一方通行なんだよな。戻る時は自力。行き来ができれば、もっと楽になるんだけどなぁ」

「それって、行く方に関してはもう完成してるってことなの?」

「いや、それは……どうかな。まだ実験前なもんでよ」

 とりあえず、形にはなった、という段階らしい。誰が実験するのだろう。やはり、制作者だろうか。一方通行なら帰りの足を確保できる人でないと困るので魔法使いが適任ということになるが、そんな協力的な魔法使いがいるのだろうか。バルドンも一応魔法使いの中に入るが、彼が魔法を使っているところをエルレシアは見たことがない。

「今の段階だと、恐らくハーキュア国内でどうにかつながるってところだろう。最終目標は全世界だが、まずはこの国の外にまで行けるようにしねぇとな。ほら、できたぞ」

 バルドンが言いながら、ルーベルにブレスを渡した。

「え、もうできたの?」

 何が悪いのかわからないが、もうしばらくかかると思っていたエルレシアは驚いて振り返った。

「この程度なら五分もいらねぇよ」

 実際のところ、一、二分程度だったような。あの太い指で細かい作業ができることが、やはりエルレシアには不思議だった。彼がすると、文字通り「魔法みたい」だ。

「修理代はいくら?」

「そんなの、修理のうちに入らねぇよ。今回はいい」

「えっ、いいのっ?」

 ルーベルの顔が輝く。

「おー、バルドン、太っ腹」

 話を聞いていたライドルトが軽く口笛を吹く。

「こんな小さいことに、金は取れねぇよ」

 後輩達に喜ばれ、すましてはいるがバルドンもまんざらでもなさそうだ。

 その時、ノックの音がしてドアが開いた。そちらを見て、エルレシアはどきっとする。

「ずいぶん繁盛しているな」

 言いながら入って来たのは、ロスタードだった。店主以外に四人も、しかも自分のクラスメイトばかりなのを見て少し驚いてるようだ。

「今のところ、儲けは全然ねぇがな。今日は何だ?」

 タルグ以外、ここへ来るということは店に用事があるということ。単なる作業場にしか見えないので、ここが一応は店の一部だということを忘れそうになる。

「授業中、魔石に傷が入ってるのに気付いた。これ、直せるものか?」

 ロスタードがやや幅広な銀色のブレスを外し、バルドンに渡した。ルーベルはブレスが不具合だったが、ロスタードはブレスにはめこまれた魔石そのものに支障があるらしい。

 ロスタードの魔石、緑なんだ。彼の瞳が緑だから、かな。

 ブレスにはめ込む魔石の色は好みだが、多くは自分の髪や瞳の色と合わせる。ちなみにルーベルの魔石は、彼女の腰近くまである真っ直ぐな髪と同じ赤だ。

 渡されたブレスをバルドンは確かめたが、すぐにロスタードへ返した。

「直すのは無理だ。この魔石じゃ、もうお前の力を支え切れねぇ」

「どういうことだ?」

「石のレベルがお前より低いってことだ。使ってるうちに割れる。近いうちにな」

 石にも魔力のレベルが存在する。魔力の高い魔法使いが使う魔石は、それに見合った力を持っているのだ。魔石の力が高ければ問題はないが、低ければ術者の魔力による圧力で傷ができたり、ヒビが入る。そして、バルドンが言うようにいつか割れてしまうのだ。

 割れれば中に封じられていた武器は戻るので、その点については問題ない。だが、割れた魔石は二度と使えなくなる。ブレスは単なるアクセサリーになるのだ。

「新しい魔石が必要ってことか」

「その石はクインドラに入る前に買った奴だろ。それだけお前のレベルが上がってるってことだ。喜べ」

「あたしの魔石はきれいなままだわ。もっと精進しろってことね」

 魔石に傷ができるくらい、強いんだ。やっぱりすごいな……。

 武器を使わないのでエルレシアは魔石を持たないが、持っていたとしても傷ができる程に強くなれるとは思えない。

「レベルが上がるのはいいが……それに見合う魔石は値が張るんだろう?」

「まぁ、それなりにな」

 レベル、品質が上がれば値段もそれなりになるのは、魔石に限ったことではない。

「あら、あたしみたいにただにしてあげないの?」

「おいおい。修理と販売じゃ、訳が違うぞ。こっちだって商売だからな。多少の値引きくらいならしてやれるが、お代は結構とまでは無理だ」

「あは、やっぱり」

「いくらぐらいになる?」

 ロスタードに聞かれ、バルドンはおおよその金額を言った。それを聞いて、エルレシア達はぎょっとなる。一般的四人家族の食費およそ一ヶ月分くらいの値段だ。学生にはかなり高額の買い物になる。

 魔石って……そんなに高いんだ。

「道具が必要だと、魔力のレベルが高いってのもよしあしだな」

 ライドルトの言葉に、タルグが横でうんうんと頷く。エルレシアも同感だ。

「この石の倍近いぞ」

「少し上くらいじゃ、すぐにまた新しい石を買うことになるぞ。何度も買い換えるより、一度で済む方がいいだろ。お前には少し高めのレベルの石が必要だ」

 いくら安く済んでも、石にすぐ傷が付くレベルを買っていては、結果的に石代ばかりがかさむ。店側としては何度も買ってもらえるからその方が儲かるはずだが、バルドンはそちらを勧めたりはしない。あくまでも相手のことを考えての商売だ。

 言われた方も、長い目でみればその方が得だとわかる。クインドラの生徒の場合、先輩魔法使いにあたる人の言葉だから、なおさら素直に納得するのだ。

「わかった。じゃあ、バルドンの勧める石に付け替えてくれ」

「よし……と言いたいところなんだが、今は切れてる」

「あら、珍しい。ドライムでも品切れの時があるのね」

 ちょっとびっくり、という顔でルーベルがバルドンを見る。珍しい、と言うより、ありえない。これがほしいと言ってドライムになかったなんてことは、誰の記憶にもないだろう。そのくらい、普段は品揃えのいい店なのだ。

「注文していた店の運送係がぎっくり腰になったらしい。明日には代わりの奴が配達してくれるそうだ」

 品切れになりそうだからと注文した直後、その魔石が売れた。すぐに入ってくるだろうと思ったらそんな事情で遅れることになり、そういう時に限って求める客がこうして来たりするのだ。

「別の色でいいならあるんだが、お前は緑の方がいいんだろ?」

「そうだな。自分の中で定着してるし、あまり変えたくない」

 気分によってアクセサリー感覚で魔石の色を変える人もいるが、だいたいは最初に決めた色を使い続ける魔法使いが多い。やはり石との相性があるのだろう。

「明日の今頃の時間なら届いてるはずだ。悪いが出直してくれ」

「ああ、そうする」

「なぁ、ロスタード。お前、金あんのか?」

 ライドルトが遠慮のない質問をする。

「ねぇよ」

 ぶしつけな質問に気分を悪くする様子もなく、ロスタードはまるでためらわずに答えた。

 驚いたのは、バルドン以外の四人だ。聞いたライドルトも、まさかそんな返事がくるとは思っていなかった。

 まだ働いていない彼らに、バルドンが提示した魔石の値段は簡単に出せる金額ではない。多少の値引きをしてもらったとしても、微々たるものだ。

 明日来いと言われ、わかったと答えたロスタード。すぐに支払えるのかとライドルトは興味本位で聞いたのだが……。ロスタードの顔を見る限り、どうやら冗談でもなさそうだ。

「ちょっと、ロスタード。あんた、どうしてそんなあっさり言えるのよ。お金がないって、それじゃあツケで買うつもり?」

「ああ」

「えっ? バルドン、いつもにこにこ現金払いで明朗会計って言ってなかったか?」

 ロスタードの答えに、タルグがバルドンを見る。

 ここにいるどのメンツよりも店に、と言うか研究室に入り浸っているタルグだが、そんな話は聞いたことがない。ルラが留守の時にしかバルドンは店に立たないが、ツケで会計しているのを見た覚えはなかった。

 魔法学校の生徒は、そもそもそんなに高い物は買わない。高い物を買うのは、大人で仕事をしていてお金を持っている魔法使いだ。誰が何を買うにしろ、どの客も一括現金払いだったはず。

「基本的にはな。ロスタードの場合は、俺が認めてツケにしてる」

 それはいわゆる、店主の特権、というやつだろうか。

「ロスタードだけはツケでいいの? どうして?」

 言ってから、聞いてもいいのかな、とエルレシアは思ったが、彼女が言わなくてもライドルトあたりが聞くだろう。

「俺が頼んだから」

 ロスタードの答えは、簡潔だ。

「おいおい、それでバルドンはいいって言ったのかよ。言った者勝ちか?」

 タルグが少し眉をひそめた。彼自身は店の経営に関わっている訳ではないが、勝手に店員気分になっているので店主の気まぐれが理解できない。

「しゃべってもいいよな?」

 バルドンが何やらロスタードにお伺いをたてる。

「ああ。別に隠してる訳じゃない」

 隠していても、この状況では隠し通せるものでもないだろう。

「ロスタードがクインドラの学費を全額自分で払ってるってのは、知ってるか?」

「えっ、そうなのか?」

 ライドルトが聞き返し、他の三人も目を丸くする。

「ああ。二年ちょっと働いて貯めた」

 二年……遅れて入学したのは、働いていたから? そんな事情まで知らなかった。みんな驚いてるってことは、誰も知らなかったんだ。

 エルレシアはこっそり他の三人の顔を見て、知らなかったのが自分だけではないとわかり、少しほっとした。

 クインドラの入学は十五歳という規定になっていて、それ以上なら何歳でもいい。だが、大抵は十五歳で入る者がほとんど。たまに二十歳を超えてから入学する人もいるが、身体を壊していたり、家庭の事情で入れなかったりする、といった理由がある。

 ロスタードは見た限り健康そうだし、それなら家庭の事情かな。

 ロスタードが年上と知った時、エルレシアは勝手にそう思っていたのだ。

 家庭の事情には違いないが、それが学費を自分で稼ぐため、というのは他であまり聞かない。学費を出すのは厳しい、となればあきらめる人が大半だからだ。

 エルレシアに限らず、学費はだいたい親や保護者が出してくれるものなので、自分で支払っている、しかも全額と聞かされて誰もが驚く。せいぜい、ちょっと懐具合が厳しい時に臨時就労(アルバイト)する生徒がいるくらいだ。

「うちは母子家庭だから、食っていくだけで精一杯だ。高いとわかっているのに、クインドラの学費を出してくれ、なんて言えないから、自分で稼いだ」

 クインドラは普通の学校とは違い、魔法学校だ。特殊能力を勉強することになるから、学費は他の学校に比べれば少しお高い。

 高いのは授業料だけではない。魔法を失敗した時に少しでも防御できるよう、私服ではなく制服が必須。それも少し特殊なので、これも値が張る。普通の本とは違うので、魔法書も安くない。学費とともに授業で使う必需品を揃えようと思ったら、結構な額になるのだ。

 クインドラの受付で必要な金額を聞いたロスタードは、土方作業や皿洗いなど掛け持ちして稼いだ。それで学費や制服代を払っても多少余裕があるくらいの金額まで貯まったのだが、抜け落ちていた物があった。

 武器やそれを封じておく魔石のブレスだ。魔武(まぶ)科に進むつもりだったロスタードには必ず必要な物である。

 しかも、よりによって高額。

 自分が魔武科志望だということを伝えてなかったため、受付で学費を教えてくれた人もその点に触れなかったのだ。後でわかったが、新人の事務員だったとかで、そこまで気が回らなかったらしい。ベテランであれば、どちらに進む気でいるのかを聞いてくれていただろう。

 対応した人がどうであれ、肝心の部分を言わなかった自分が悪い。最悪とも言える、痛恨のミスだった。

 武器やブレスについては学校側では関知せず、任意の店舗で自分が調達することになっている。どこでどんな物を選択しても自由だ。

 安くすませようと思えばできるが、それでも余裕があると思っていた貯金額を簡単に超えた。

 もう一年働けば、今度こそ余裕で購入できる。それはわかっているが、早く勉強したい。でも、今更これ以上の掛け持ちは無理。

 見かねた母親が生活費を少し切り詰めれば何とかなると言ってくれたが、無理も心配もさせたくないロスタードはそれを断った。

 だが、意地や見栄でどうにかできる問題ではない。

 悩んだ末、ロスタードはバルドンにかけあったのだ。

「卒業して魔物退治へ行くようになったら、必ず払う。それまで支払いを待ってほしい」

 そう言われ、バルドンはロスタードに剣と魔石がはめ込まれたブレスを渡した。その後も何か必要な物がある時は、ツケという形で渡しているのだ。

「それじゃ、支払いを待ってくれって言われて、待ってるのか? バルドン、そんなに気が長かったっけ?」

 話を聞いて、タルグが首を傾げる。

「値切る奴はいくらでもいるが、こいつは俺の顔を真っ直ぐ見て、必ず払うと言い切ったからな。その気概にほれたから、受け入れたんだ」

 値切ったり、少し待ってくれと頼み込む魔法使いは少なからずいる。相手の懐事情はそれぞれに厳しいのだろうが、こちらも慈善事業をしているのではなく商売だ。

 ルラの父親が店をしていた頃、ツケにしてもらっておきながらトンズラした魔法使いが何人かいるとも聞いている。余程の信用がない限り、ツケはやめておこうと店を継ぐ時にルラとも話し合っていた。店内に貼り紙もしてある。

 そんな経営方針でやってきた店に、入学前のロスタードが来たのだ。

 最初はもちろん、断った。一つの例外を認めれば、他の客にそこを突っ込まれてごり押しされかねない。

「待てって簡単に言うが、最低でも卒業まで三年かかるじゃねぇか。三日でも三週間でも三ヶ月でもねぇ、三年だぞ。へたすりゃ、それ以上だ。その後すぐに仕事が入ったとしても、完済までどれだけかかると思ってる。そんなに待てるか」

 学費と制服代を差し引いた貯金額を手付金にしたとしても、雀の涙だ。これで踏み倒されようものなら、ドライムは大損する。

「俺は三年で絶対に卒業する。その後、魔物退治で稼ぐから」

「クインドラの授業を甘く見てんじゃねぇ。まだ何もしてないのに、絶対、なんて言葉を軽々しく使うな。それに……お前、わかってんのか? 魔物退治へ行った奴が、必ず生きて帰って来るとは限らねぇんだぞ」

 半ば噛み付くように頼み込むロスタードに、バルドンはそう言って突き放した。

「俺はそう簡単に死ぬつもりはない。もし死んだら、たまったツケの分はうちの家財道具を売り払えばいい。おふくろもちゃんと承諾してる」

 ロスタードはそこまで言ってのけた。子どもが勢い余って口走った、とバルドンでなくてもそう思うだろう。だが、ロスタードは口だけではない証拠に、母親直筆の承諾書も差し出したのだ。

 実際のところ、書いてくれと言われた母親は、反対はしないがまるで遺言書みたいだと言って渋い顔をした。それをロスタードはバルドンにも言ったように、簡単に死ぬつもりはないから、と頼み込んだのだ。

 三年で絶対に卒業できる保証はないし、バルドンが言うように魔物退治で命を落とすこともある。

 だが、ここまでやってそう言い切った少年の言葉に、気持ちよさを感じた。自分をこれだけ追い込む大人はほとんどいない。

「自分で三年って言ったんだ。ちゃんと卒業しねぇとって、いいプレッシャーにもなるだろ。一人くらいこんな奴がいても面白い」

 だから、授業の時もみんなよりずっと真剣なんだ……。

 クラスメイト達の技術を見て吸収し、努力する。それはただロスタードが真面目で研究熱心だからではなく、必ず卒業するという意志の表れでもあったのだ。

 やっぱり、尊敬しちゃうな。

 クラスメイトのできる部分を研究している、と聞いた時からすごい人なんだとは思っていたが、エルレシアは話を聞いて改めて尊敬する。卒業できるかわからない、とぐずぐず言ってる自分とは大違いだ。

「タルグ、お前も出禁にされると思ったら、プレッシャーになるだろ。ちっとは身を入れて練習に励みやがれ」

「バルドン、俺はプレッシャーに弱いタイプなんだから、出禁なんて言わないでくれよ。有能な助手がいなくなったら困るだろ」

「押し掛け助手が何言ってやがる」

 バルドンの言葉に、みんなが笑った。

「それじゃ、明日また来る」

 ロスタードが扉を開けた。

「エル、ブレスも修理してもらったことだし、あたし達も帰ろっか」

「うん」

 素見(ひやか)しで店を見るつもりだったが、ロスタードの話を聞いてるうちにそんな気分ではなくなってきたエルレシアは、ルーベルに言われて頷いた。

 二人はそのままロスタードの後に続く。

「俺もそろそろ帰る。んじゃ、タルグ、明日なー」

「おう」

 ライドルトが最後に研究室を出て、扉を閉めた。

「……」

 クラスメイトが出て行くのを見送っていたタルグだが、妙な違和感を覚える。

「ん? え……あーっ!」

「タルグ、何を騒いでんだ」

「バルドン、大変だ。あいつら、移動装置の方の扉を開けて出て行ってる!」

「何ぃっ?」

 タルグが慌てて研究室の扉を開けたが、外にクラスメイトの姿はなかった。

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