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ため息

 ハーキュアの国にある街メルエ。

 暦も十一月に入り、肌寒いと言うより寒い日が多くなってきた。だが、そんな寒さなど感じない、と言わんばかりに街中が賑やかだ。

 メルエでは、毎年十二月の初旬にメルエ祭という祭りが三日間ある。豊作を祝い、産業の発展を祝い、じき新しい年が迎えられることを祝う祭りだ。

 年末になれば年越し、明ければ新年の祭りがあるので、言ってみればメルエ祭からほぼ一ヶ月は祭りの季節である。その準備段階である十一月もまた賑やかだ。

「ふぅ……」

 そんな街の中を歩くエルレシアは、小さくため息をついた。

 本当なら、自分も同じように賑やかにはしゃぎたい。しかし、学校の成績が芳しくないので、そうそう浮かれていられる気分ではなかった。

 準備の間はともかく、メルエ祭本番の一日や二日くらい息抜きに、とは思うものの、だったらそのわずかな間くらいは好きな人といたい。

 だが、それも今の時点ではとてもかないそうになかった。

 エルレシアは、メルエの街にあるクインドラ魔法学校の三年生である。年が明ければ卒業試験が待っているが、現在のところ受かるかどうかはなはだ疑問な成績だ。

 世界の各地では大小の魔物が出現し、その排除に魔法使いの存在は欠かせない。そのため、各国には魔法使いを養成する魔法学校がある。

 クインドラはハーキュアの国の中で、いや、他国に比べても魔法使い輩出率が高い。つまり、ちゃんと卒業して正規の魔法使いになる人数が多いということ。

 ハーキュアは周囲の国々に比べれば面積も財力も小規模ではあるが、輩出する魔法使いは多く、さらにはレベルが高い。その中でもメルエの街にあるクインドラは、トップクラスの魔法学校なのである。

 エルレシアは、魔法使いになったら魔物退治をしたい、と思っている訳ではない。裁縫が好きなエルレシアは、魔法使いが着るローブなどを作る仕事に就きたいのだ。

 しかし、物が魔法に関係するため、ある程度の魔力も必要とされる。つまり、実際に作り上げる人も魔法使いでなければならないのだ。

 だから、エルレシアは魔法使いになるため、クインドラに入学した。

 した……まではよかったが、別にクインドラでなくてよかったかも、と入学してから今日まで、ずっと後悔している。

 エルレシアとしてはレベルが低くてもとりあえず魔法使いになれればよかった訳で、わざわざレベルの高い学校を選ばなくても、と自分の選択の過ちを悔い、成績表を見る度に肩を落とすのだ。

 クインドラに入ったのは、単に家から近かった、という、聞く人によってはいい加減だと怒られかねない、実に適当な理由である。

 どこの学校も、入る時はそんなに難しくない。だからエルレシアもクインドラに入学できた訳だが、出る時が大変なのだ。

 この程度の魔法ができないなら卒業は認めない、という点数が学校によって微妙に違う。で、誰が調べたのか知らないが、クインドラは卒業試験が厳しい。だから、輩出される魔法使いのレベルが高いということになるのだが、そういった他の学校とレベルが違うなどといった点を全然考慮しないから、こんな目に遭うのだ。

 修学期間は最低三年。一年、二年は大抵の人がそこそこ順調に進級する。だが、三年にもなるとやはり勉強の内容も実技も難しくなってくるもの。これはクインドラに限ったことではないが、ここで留年する者も多いし、挫折して辞める者も多い。

 三学年はそれぞれ一クラスだが、三年だけは留年する人数が多いと二クラスになったりすることもある。この状態を下級生の見習い魔法使い達は「ふんづまり」などとささやくのだ。卒業できずに残っているから仕方ないのだが、不名誉な呼ばれようである。普通に二年から三年に進級しただけの者にとってみれば、同じように呼ばれてしまうのでとばっちりもいいところだ。

 現在の三年は一クラスだが、エルレシアが留年することで来年のクラスが増えたら……と考えるだけでもへこんでしまう。自分が「ふんづまり」の原因になったら、なんて不名誉中の不名誉だ。

 現在のクラスメイトの中には留年した人もいるが、現在の三年生が一クラスだけしかない、というのはあまり慰めにはならない。たまたまエルレシアが入学した時の人数が少なかったので、留年した人間が数人いても二クラスにならなかっただけである。

「何をため息ついてるのよ、エル」

 隣りを歩いていたルーベルが、エルレシアの肩を叩く。彼女もエルレシアと同じく、クインドラの三年生だ。

「こーんなにいつもより活気のある街の中で、ため息なんて似合わないわよ」

「だって……今日の実技も、あんまりうまくできなかったし。このままじゃ、留年にどんどん近付いてっちゃう」

「まだ落ち込むのは早いでしょ。卒業試験は三ヶ月近く先なんだから」

 クラスメイトのルーベルは、中くらいの成績。油断はできないが、がんばれば充分に何とかなる、といった実力だ。

「ねぇ、それより今年のダンスパーティ、エルはどうするの?」

 ルーベルはさっさと楽しくない話題を打ち切り、話を変えた。

「え……えっと……」

 三日間ある祭りの中日には、ダンスパーティが催される。普段は講演会やコンサートなどをする会館がダンスホールになり、多くの人達がそこで踊るのだ。

 さらに、独身の場合はその日踊ったパートナーが生涯のパートナーになる……なんて噂がメルエにはある。都市伝説のようなものだろうが、実際に本当のパートナーになったという人も多いと言われているのだ。

 メルエでは夫婦のなれそめを聞くと、このダンスパーティで踊って、と答える夫婦が五割を超えるとかどうとか。真相はともかく、好きな異性がいる人はどうやって相手を誘おうか、頭と心を悩ませる。

 特にエルレシア達のような十代から二十代の若者は、この時期そわそわしてしまうのだ。

「もう、エルってば。まさか、また食べ歩きで終わるつもり? 一緒に行ってほしい人、いない訳じゃないんでしょ? 生涯のパートナーとか何とかなんて所詮は噂なんだから、気軽に誰か誘えばいいじゃない」

「う、うん……」

 祭りだから、食べ歩きできるような物があちこちで売られている。エルレシアは一昨年まではルーベルと一緒に食べ歩きで祭りを楽しんでいたのだが、去年はルーベルがダンスパーティのパートナーを見付けたため、一人でうろうろしていたのだ。

 ちなみに、今年は別のパートナーを見付けたらしいルーベルである。艶のある赤く真っ直ぐな長い髪に、濃い青の瞳をしたクラスメイトはスタイルもよく、行動的だ。好き嫌いもはっきりしているので、パートナーチェンジも納得できる結果だと言える。

 同じ真っ直ぐな髪でも色が黒、瞳は焦げ茶という地味なエルレシアとは、見た目も性格も対照的。ルーベルが歩くと髪がさらっとなびくが、エルレシアがマネしようとしたらだいたいどこかに引っかけるのでいつもポニーテイルだ。

「ロスタードを誘ってみたら? あいつ、フリーっぽいし」

「ええっ。む、無理よぉ。って言うか、どうしてロスタードの名前が……」

 エルレシアの言葉に、ルーベルはにっと笑う。

「あら、違ってないでしょ」

「う……」

 実はエルレシアにも、一緒に祭りへ行きたい人はいる。

 同じクラスのロスタードだ。エルレシアははっきりと言ってないが、ルーベルもそのことは知っている。だからこうして水を向けてみたのだが……。

 クインドラでは留年しない限り、三年の修学期間を同じクラスのまま進級するシステムだ。一クラスなので、変わりようもない。なので、ロスタードとは入学してからずっと同じクラスだが、気になるようになったのは二年の中頃からだ。

 魔法学校はクインドラに限らず、入学は十五歳以上からと定められている。三月から授業が始まるが、その時点で十五歳でなければ入れない。

 エルレシアも当然十五歳になってから入学したが、ロスタードはすでに十七歳だった。十五歳以上であれば年齢は問われないが、ルーベルも含めてクラスメイトのほとんどが十五歳なので、二つ上の彼は最初から少し気になる存在ではあったのだ。

 しかし、入学してすぐに座学も実技も常に上位となったロスタードとは、クラスの連絡事項などで必要な場合以外、話す機会はほとんどなかった。背の低いエルレシアは、クラスで一番長身のロスタードが何となく恐い、という印象さえ持っていたのだ。彼の目付きが少し鋭い、というのもある。

 それが、少し話をしたことで彼を見る目が変わった。当番で一緒に教材を片付けている時のことだ。

「お前、小さいのによくやってるよな」

「は?」

 ロスタードからいきなりそんなことを言われ、最初はエルレシアの身長が低いことをからかわれたのかと思った。

「お前くらいの体格だと、実技はつらいんじゃないか?」

 確かに大変だがロスタードの意図するところがわからず、やはりからかわれているのかと思った。

「魔法使いに身長は関係ないでしょ」

 父親は平均的だが、母親や二人の祖母が小柄なので、エルレシアが小さいのも遺伝だろう。でも、それとこれとは別のはずだ。

「関係あるぞ」

「え?」

 あっさり返され、エルレシアは言葉に詰まる。

 およそ一年半の期間、同じクラスで勉強してきた。しっかりとその人となりを理解している訳ではないが、ロスタードは人をからかったりいじめたりするような人ではない……はず。そんな場面を見たことはないし、噂も聞いたことはなかった。

 エルレシアが知らないだけで、この人もからかうことがあるのかな、と思ったが、この言い方だと小柄なことをバカにしている訳でもないらしい。

「魔法学校の入学年齢が十五歳以上って意味、わかってるか?」

「十五歳以上の……意味があるの?」

 あまり幼いと魔法書の文字が読めないとか……ではないのだろうか。

 改めてそんな風に言われると、エルレシアは答えられない。考えたこともなかった。

「体力の面や読解力が必要って他に、体格がある程度できてないと問題が出るからだ」

 個人差はもちろんあるが、大人の体格に近くなっている年頃。子どもの脆さから離れつつある年頃だ。

「普通に魔法を使う分には何ともないだろうが、反動が出る程に強い力を使ったら、お前みたいに小柄な人間は耐えるのが大変だろ。子どもだとケガしかねない」

「え……えーと……」

 確かに、いつも大変だ。でも、それは自分だけでなく、みんながそういうものだと思っていた。

 だから、魔法を使った反動で身体が押し返される感覚があっても、実際押し返されたりしても、これはこうなんだとエルレシアは受け入れていたのだ。

「ロスタードは大変じゃない……の?」

「個人の感覚によるだろうけど、お前よりは大変じゃないはずだ。たとえ俺達二人が持つ魔力が同じでも、体格が違えばどうしたって耐久力なんかの基本的な部分が変わってくるからな。俺には何ともない力でも、お前だと軽いから押し戻されたり、へたしたら飛ばされかねない」

 言われて思い返してみれば、エルレシアはクラスで一番小さい。世間でも背の低い魔法使い、もしくはガリガリの魔法使いというものをあまり見たことがないような気がする。いたと思えば、高齢の魔法使いだったり。

 きっと、そういう人でも若い時はもう少し身長があったのだろう。やせているのは元からなのか、病気でもしたか。ああいう人は経験で反動を逃がしたりしているに違いない。もしくは、最初から反動がくるような強い魔法は使わない、とか。

「だから……よくやってるなってことになるの?」

「ああ。体格の話だけで言えば、俺よりお前の方がケガするリスクなんかは絶対高くなる。それを怖がらずにやってるからな」

 ケガのリスクが高い、と言われると今更ながら怖くなってきた。

 だが、からかわれている訳ではなく、むしろほめてもらっているとわかってエルレシアは赤くなる。急にどきどきしてきた。

 これまでになく彼との距離が近いので、この時初めてロスタードの瞳が緑だと知る。これまで気にしたこともなかったし、彼の顔をしっかり見ることもなかったから。

「そんな風に見られてるなんて、思わなかった」

 まさかロスタードが見ていたなんて、エルレシアは全然気付かなかった。自分の鈍感さがちょっと恥ずかしくなる。

「色々と勉強になるからな」

「え?」

 あれ、何か……ちょっとあたしが思ってるのと違う? 勉強って言った? だけど、あたしを見て勉強になるかな。逆の立場ならありだろうけど。

「クラスの誰がどんな技を使うのか。俺が苦手なことをうまくこなしている奴は、どういう方法でやっているのか。他人を見ていたら、自分の長所短所も見えてくる」

「はぁ……」

 つまり、エルレシアだけでなく、クラスメイト全員の技や力を見ているということだ。別に「エルレシアだけ」を特別視していた訳ではない。

 相手が誰であれ、男子に見詰められていたなんて、と思ったエルレシアは真相を聞いて正直がっかりした。同時に、やっぱりそんなもんか、などと思ったりもして。

 だが、その日以降、クラスメイトが魔法を使っているのを見ているロスタードを、エルレシアはちらちら見るようになる。

 授業で課題の魔法を順番にこなしていく時。自分の番が終われば、他のクラスメイトはほっとしたように別方向を見ていたり、しゃべっていたりする。

 だが、ロスタードは確かに最後まで真剣な目でクラスメイト達の技術を見ていた。エルレシアが思った理由とは違うが、彼はしっかり見ているのだ。

 成績がいいのは、単に頭がいいってだけじゃなくて、研究して努力してるんだな。

 そのことがあってから、エルレシアのロスタードを見る目が変わったのだが……クラスでの立場は特に変化なし。用がなければ話すこともない。短い会話だったが、あの日が一番たくさんしゃべったくらいだ。

 ロスタードは愛想がいい訳ではないが、寡黙でもない。大笑いしているのを見掛けたことはないが、笑わない訳ではない。誰かが話しかければ普通に話をしている様子を見て、何も恐くはないし、他のクラスメイトと変わらないんだとわかった。

 それなら自分も話しかけに行けばいいのだろうが、エルレシアにはそれができない。

 だいたい、何を話せばいいのかわからないのだ。

 そして、何もできないまま、去年のダンスパーティは終わった。時が流れ、今年もこうして次のダンスパーティの時期が来ようとしている。

 一年以上、ほとんどまともな会話もしてないのだ。それなのに、いきなり誘えと言われても無理がありすぎる。

 ルーベルのように美人の部類に入るなら、自分に自信が持てるのだろう。残念ながら、エルレシアは平凡で特に目立つことのない部類の女の子だ。ルーベルのようにがんがんいける性格でもない。

「もったいないわねぇ。ロスタードだって誘われれば、どうしても好きになれないって子でもない限り、一緒に行ってくれると思うけどなぁ」

「だって、今まで話もほとんどしてないのに。あたしもルーベルみたいに魔武(まぶ)科にすればよかったかな。そうすれば、話をするきっかけだってあったかも」

 授業は午前と午後で教室が分かれる。午前は全員で基本魔法を習うが、午後はそれぞれ選択科目の授業になるのだ。

 それが魔法のみを勉強する魔法専科、通称魔専(ません)科と、武器に魔法を絡めて攻撃する方法を学ぶ魔法武術科、通称魔武科である。武器は剣、銃、弓、鞭などがあるが、どれを使うかは個人の好み。

 エルレシアは武器など扱う気もなく、自分に扱えるとも思わないので迷わず魔専科を選んだ。

 魔武科は、卒業したら魔物退治をしよう、と考えてる見習い魔法使いの多くが選択するコースだ。ロスタードはこちらの授業を受けている。彼は剣を武器に選んでいるようだ。もちろん、魔専科を選択しても、魔物退治に進むことを見据えて勉強している生徒もいる。

 ちなみにルーベルは魔武科で、使用武器は弓。

「エルが魔武科に来たって、武器は扱えないわよ。器用じゃないんだから、見てる方がハラハラするからやめてって先生に言われるのがオチよ」

 ルーベルに笑われ、エルレシアががっくりとなる。でも、自分でもそうなるだろうな、というのは容易に想像できた。

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