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色の国

Platinum

作者: 鶴

貴女の髪色はとても美しい。


その賛美は少女にとって日常会話の一つに過ぎない。

限りなく白に近い金色。光沢のある白色が一番尊いとされるこの国において、白に近い色や白に近い光沢を感じさせる色の地位は高い。


髪色のみならず、少女は、まつげや体に生える産毛の色素が薄く、体が光を放っていると錯覚させるほどに神々しく美しい。


貴女の纏うすべての色彩は、まるで女神のようだね。

女神にも等しい色を持つ貴女を伴侶とできるなんて夢のようだよ。貴女の色は本当に素晴らしい。


朝目覚めてから、夜眠るまでの間に必ず贈られる賛美の言葉など、少女は飽きてしまった。

それでも、その賛美を口にする自身の婚約者への礼儀として、国に住まう一人の民として、

近い内に夫となる王太子へ感謝の言葉と心からの微笑みを返す。


心の中の輝きなど、とうの昔に消え失せたというのに。

少女の輝く笑顔を信じる少女の婚約者は、その笑顔を美しいとさらに賛美の言葉を重ねるのだ。


賛美の言葉を贈られて嬉しくない者などいようか。

少女も最初は純粋に喜んだ。自身の将来の夫に女神のように褒め讃えられ、愛おしむように髪を撫でられ、毛先へと口づけされる日々を、純粋に。それが日課のように行われ、婚約者は少女を褒めて讃えているのではなく、少女の持つ稀有な色を愛おしみ、少女の気持ちや意志などいらないのだと理解するまでは本当に嬉しかったのだ。


その異常さに気付いたのはいつだったのだろう。


朝食の席で、朝の挨拶を返してもらえず髪の色を誉められた時だったのか、公務の手伝いを申し出た時に横で座り微笑んでいれば良いと返された時だったか、就寝の挨拶に明日も貴女の色が見られるようにと返された時だったのか、少女にはわからない。


分からないが、少女の中に育っていた婚約者への恋心など欠片も無くなってしまった。

少女の笑顔が本当の笑みでなくとも、憂いていても、怒りや悲しみに囚われていても、少女の婚約者は

少女の気持ちに寄り添うことはせず、その色への言葉しか口に出さない。


少女の心が閉ざされていく日々の中で、少女の身の回りの世話をする者や護衛を務める者が、少女自身

への言葉を贈っても、白い雪のように降り注ぎ大きな氷の塊となってしまう婚約者の色への言葉の前には無力だ。


未来の王妃としての努力を讃え、少女の優しさに感謝していると隙を見つけては声をかける者達に

少女の心は躍るか、すぐに降り注ぐ言葉に消されてしまう。


少女の心は壊れそうだった。いや、もう壊れているのかもしれない。


尊い色に近い、白金という呪いのような色を持って生まれたために、少女は歩けるようになった時から実の両親から離され、王家へ嫁ぐことが決められた。


そのあまりの傍若無人さに怒り、少女への涙を流したのは少女の一族だけではなかったが、色を重んじるこの国で、貴族がその色を手にするのは許されないと、勅命を出されれば、誰が逆らえるというのだろう。

そうしなければ少女は既に死んでいたかもしれないのに。王家に取り入れることができない、神に等しい色を持つ貴族など、王家の権威の邪魔にしかならない。それほどに少女が持つ色は異色だった。



婚約者が公務へ戻るため、と部屋を去ると少女は部屋に一人残される。

少女の部屋は、気が狂うのではないと思うほどに白い。壁も床も家具もベッドも机も、白をベースとし、飾りは金色のみの、狂人が作り上げた部屋。

少女はその執着の表れである部屋を奥へと進み、小さなクローゼットを開け、慣れたようにクローゼットの中にある階段を滑り降りる。


その先は少女のための本当の部屋。

少女を思い、少女の心を守るために密かに作られた、少女が生きていくための部屋。


どのような部屋となっているのか、誰も知らない。

そこは少女しか入ることが許されない部屋なのだから。


昼食を運んだ者は、赤い色が見えたと言う。

ドレスを運んだ者は、緑色が見えたと言う。

婚約者の来訪を告げた者は、灰色が見えたと言う。

少女の部屋には、白以外のすべての色があるのではないかと秘密の部屋を知る者達は思う。


少女は自身の色を呪いだと言う。

眩しいだけで誰も自分を見ることができない、自然の中にはない色だと嘆く。

自分は世界の異端であり、間違って産まれてしまったのだと。


少女が嘆くたびに、少女を思う者は少女の両親からの手紙を届ける。

少女の心が壊れぬよう、少女が死んでしまわぬように、誰にも悟られないように、少女の部屋の入口に

そっと手紙を置いておく。


そんな一本の線を歩くような緊張が続く日々の中、少女は突然自由になった。

朝食の席で、選択することを許されたのだ。


理由を問えば、少女の色に執着していた婚約者は、新しい女神を見つけたのだという。


どうしても参加して欲しいと呼ばれた貴族のガーデンパーティで、真っ白な髪の娘に出逢ったのだと。

白に近い色を持つ少女とは違い、白い髪のその娘は、少女のようにすべての色彩が薄いわけでもなく。

瞳の色は黄土色で、少女のように体が光輝くなんてことはなかったけれど、その髪色は少女よりも白く、王家に相応しいまでの尊さなのだという。


少女は歓喜した。

この呪いの日々から逃げ出せる光を見つけた。


婚約者の地位を降りる事を選択し、その日のうちに長年囚われていた王城から本来の家へと逃げた。

手紙を通して感じることしかできなかった両親の腕の中で、少女は悲しみ以外の涙を初めて流した。


少女は初めて幸せを感じる。

少女の両親も、白に近い金色の髪と体の色が薄かった。少女は初めて自分と同じ色を持つ者を確認し、

自分が世界で一人きりではない事を実感して、また涙を流した。


少女は穏やかな日々を過ごす。

朝の挨拶から始まり、母親と共に多種多様な色で刺繍をし、緑豊かな庭で昼食を食べ、帰宅した父親と夕食を取り、就寝の挨拶で夜を迎えた。


その日々の中で、白い雪は一度も降ることはない。

少女の心に巣くっていた大きな氷の塊は、暖かい春の日差しのような幸せによって溶けて消えていく。


そんな中、少女の元婚約者が新しい婚約者の娘と結婚したとの知らせが国中に飛び交う。


出逢ってから早すぎる結婚に様々な噂が飛び交うが、少女の心は更に喜びに震えた。


この国では王家は離婚も側室や愛妾といった重婚扱いのものは一切認められないのだ。

色に固執し、色を重視しすぎた結果、王家の色が混ざり濁ってしまうこと恐れたかつての国王が定めた法。それを破ることは、色を重視しないと公言していると同じことであると、過去に宣言されたその法はこの国の王家には絶対服従のルール。


その王家の王太子が、少女に異常に執着していた王太子が少女以外の娘と正式に結婚したという。


少女の心に、白い雪は降らない事が確定した瞬間だった。

少女はもう本当の自由を手に入れた。これからは好きな色の髪留めやドレスを選び、好きな色にカーテンやベッドシーツ、好きな家具で部屋を飾るのだ。少女の毎日は沢山の色で艶やかに輝くだろう。


少女の心からの笑顔に家族は喜んだ。

以前少女の身の回りの世話をした者も、少女の護衛をした者も、少女を救おうと足掻いた者達は心から喜んだ。


遠い王城で生まれた、王太子と白髪の王太子妃の間に産まれた子供の髪色が淡い緑色だったとしても。

奇跡の白髪だと持て囃された王太子妃の生え際が、子供と同じく淡い緑だったということも。


そんなことは少女には関係なく、少女と自分たちの幸せを心から喜んだのだ。

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