一章ノ8 『先生紹介するよ〜』
王宮に入ると、お父さんはローランと話があると言い、私とキョウヤとは別行動になった。
まだ、こちらの世界に慣れていないのか、キョウヤはまだ緊張してるっぽい。
横並びに話しながら案内していると、本を片手に眼鏡をしている男性を見つけた。
「コンスさ〜ん!」
落ち着いた雰囲気を醸し出し、男性にしては長い耳の下まで明るい緑色の髪が下ろされている。その瞳は明るい青色だ。
私の声に気付いたらしい。しおりを挟んで本を閉じ、こちらに歩いてきた。
「おや、ミスラさん」
「探しましたよ〜」
「どうされたんですか?」
「実はですね」
後ろにいるキョウヤに視線を向ける。
「ついさっき勇者を召喚したんですが、それがこのキョウヤという少年で、コンスさんには魔法の先生をしてもらおうと思いまして」
「勇者ですか? この少年が……」
まじまじと観察されるキョウヤは、この人は誰だ、と顔に書いてあるようだった。
「ど、どちら様ですか?」
予想通りの質問を口に出した。
「俺はコンスタンティンと言います。今は不在ですが、大魔道士マーリン様の一番弟子です」
「えっと……コンス……テンさん?」
「コンスでいいですよ」
「コ、コンスさん?」
「はい。では俺の生徒……ということでいいですか?」
「はい! これからよろしくお願いします!」
「こちらこそお願いしますね」
キョウヤとコンスさんが握手を交わす。
「とりあえず教えてもらうのはまた今度にして、今日はキョウヤに教えてくれそうな先生たちを紹介するから。コンスさん、また後でスケジュールを立てましょう」
「ええ」
まずはキョウヤに紹介を済ませ、そのあとにみんなの予定合わせを考えていた。
ここでコンスさんとは別れ、次に行くはずだったのだが、
「あっれぇ〜? ミスラちゃんじゃな〜い!」
個人的に会いたくないランキングナンバーツーさんの声がした。
「「うっわぁ」」
私もそうだけどコンスさんまで、まるで変態を見たかのような声を出てしまう。
まるでじゃないけど。
「なにそのリアクショーン! ひっどいな〜。でもミスラちゃんが結婚してくれるなら、許してあげるわよっ」
「ちょっとなに言っているのかわかんないんですけど」
手入れを無駄にしっかりしてそうなさらっとした赤髪を持つ女。こいつを前にすると、愛想笑いが難しい私は真顔になってしまう。
「しんらつぅ〜! でも可愛いから許しちゃうっ!」
ハイテンションについていけないのか、困惑した表情のキョウヤが小声で聞いてくる。
「ミスラ、この人は?」
「モルレッド。変態のロリコン」
説明はこれで全て。簡潔でわっかりやす〜い。
「変態だなんてぇ〜、やっだなぁ〜。私は可愛いものが大好きなだけなのにぃ〜」
「可愛いものが好きなだけの女性は、成人したての女の子と本気で結婚したいとは思わないです」
「だって可愛いんだも〜ん」
「近寄らないでもらえます?」
飛びつこうとしてくるモルレッドの額を右手で押さえる。
あんまり気は進まないけど、仕方ないかな。
「ちょうどいい。モルレッドはキョウヤに武術系統を教える先生になってください」
「ん? キョウヤってそこの男の子?」
ミスラから離れ、モルレッドがキョウヤを指差す。と同時に、眉間にしわを寄せた。
「お、俺がキョウヤですけど……」
「だれ? もしかしてミスラちゃんの婚約者じゃないでしょうねぇ〜?」
「キョウヤは異世界から召喚した勇者です」
「勇者……でも男かぁ。……やる気は起きないけど、ミスラちゃんが結婚してくれるなら……」
モルレッドがチラッと期待の眼差しを送ってくる。でも、ローランみたく私も表情から感情を消す。
「もし断るならこれから一生無視しますよ」
「それはだめぇ!!」
「なら、やりますね?」
「……はい、やります」
魔力を垂れ流して圧をかけてやると、心底残念そうに項垂れながらも、渋々といった具合でモルレッドは了承した。
「そんな残念そうにされたら傷つくんだが……」
「仕方ないから教えてあげますが、必要以上私に関わらないで下さいね」
「まさかの追い打ち! 敬語で露骨に距離取ってくるとか……勇者の扱いなんか酷くね?」
心の傷をさらに抉られ、うるうると涙目になったキョウヤを私は心の中で憐れむ。
ここでようやく、モルレッドは自分の真横にいる人物に気付いた。
「あれ? コンスもいたの?」
「話しかけないでもらえます?」
「ミスラちゃんと同じ台詞じゃ〜ん。二人揃って辛辣すぎぃ〜。なんでよぉ〜、昔はよく一緒に遊んだじゃなぁ〜い」
モルレッドの腕が肩に回され、コンスさんは嫌そうに顔をしかめる。
だけど、私はいいことを思いついた。悪いけど、コンスさんには犠牲になってもらおう。
「コンスさん」
「ミスラさん、こいつ引き剥がしてくだ」
「あとはお願いしますね〜」
「えっ、ミスラさん? ちょ、ちょっとま」
「ではまた後で〜」
心優しき青年コンスさんを生贄に捧げ、私は強制脱出装置を発動した。
「ミスラちゃんまったねぇ〜!」
「え、ちょ……ミスラさぁぁぁん!!」
叫ぶコンスさんにモルレッドを押し付け、私とキョウヤは次の目的地へ移動する。
「……モルレッド、さんって男が嫌いっぽかったのに、コンスさんとは普通に話してるな」
「あー、コンスさんとモルレッドは幼馴染みたいだからね〜。男っていうより家族として見てるって感じかな〜」
「ほほぉ、なる」
「次は剣の先生ね〜。多分いつもの場所にいると思うから〜」
いつもの場所ってどこぞや、と思ってるだろうが、来ればわかるので詳しくは説明しない。
キョウヤを連れて移動すること約一分、室内なのにドアがない開けた場所に到着した。
「……ここは?」
「騎士団の訓練場。一番広い部屋だよ〜。今から紹介したい人いっつもここにいるから〜」
訓練場の中には、鎧を着た数百人が一心不乱に剣を素振りしていた。
素振りしていない人たちは、遠くの的を目掛けて魔法を生成して撃っている。
「あっ、いたいた。ガヴェインさ〜ん!」
大勢いる中でも、端っこの方で他とは一線を画す速度で素振りしている人物がいた。
ぶんぶんと手を振って私が近寄ると、訓練場中がざわつき出す。
「おいあれって」
「ミスラ様だ」
「なんでここに?」
「相変わらずお綺麗だわ」
「ほんとそうよねぇ」
自国の王女が直々に来たともなれば、訓練どころでなくなるのは当然だ。
最初の頃はひぇーってなったけど、今はすっかり慣れちゃったよ。
今のキョウヤはまさに、最初の頃の私みたく萎縮している様子だった。
「す、凄い注目されてるけど」
「そんなのいちいち気にしてたらきりないよ〜」
端っこにいる人も気付いたらしい。私を見るやいなや素振りをピタリと止めた。
「ミ、ミスラ、さん? ぼ、僕に、な、なにか?」
素振りをしていた時は凄まじい迫力だったのに、やめた途端に覇気がなくなる。別人かと思うほど弱々しくなった。
茶色い前髪を目が隠れるほど伸ばし、地味オブ地味といった雰囲気のガヴェインさん。
存在に気付いた他の騎士団員の視線が、私からガヴェインさんに変わった。
「あれ、副団長じゃね?」
「まじで!?」
「いつからいたんだ?」
「うそっ! 私、あの人に憧れて騎士団に入ったのよ! ほんとに本物!?」
「全然気付かなかった」
ガヴェインさんはキャメロット王国を護る『円卓騎士団』の副団長であり、騎士団では一番人気を誇る。でも、欠点が致命的だった。
強いのに自分に自信がなく、訓練中以外はいつもビクビクしている。さらに、影がとてつもなく薄く、廊下ですれ違っても気付かれない。
今日もだと思うが、普段は早朝からずっと訓練場にいる。にも関わらず、今の今まで誰にも認識されていなかった。
「実は先程、勇者を召喚したんですけど」
「れ、例の、勇者、で、ですか?」
「そうです。で、その勇者がこのキョウヤという少年なんですけど、ガヴェインさんには剣を教えてもらいたいんです!」
「そ、そういう、こと、で、です、か……」
話を聞いたガヴェインさんは、最初は考えるように眉をひそめる。でも、どんどん不安そうに表情が暗くなっていく。
「ぼ、僕、なんか、が、そ、そんな、大層な、こと、で、できる、かな……」
ガヴェインさんは超ネガティブ思考の持ち主。それが、強いのに謙虚で優しいと勘違いされ、周りからは慕われている。
「ガヴェインさんだから任せられるんです!」
自信を持ってガヴェインさんを信頼し、私は断言した。そうしないと、持ち前のネガティブ力に敗けてしまうから。
「ぼ、僕なんか、よりも、ラ、ランスロット、とか、ガ、ガラハッド、の方が……」
「剣を教えることに関してガヴェインさんの右に出る人はキャメロットにいません!」
「そ、そう、で、です、か?」
「そうです! この私が保証します!」
私は胸を張って言いきる。
事実、この国にいる誰より、ガヴェインさんは人に剣を教えるのがうまい。
それは、日々の地道な積み重ねで、副団長にまで登り詰めた生粋の努力家だからだ。
「ミ、ミスラ、さんが、そう言って、くれるなら……や、やって、みよう、かな」
「ありがとうございます!」
「い、いや、そ、そんな……か、感謝、される、ことじゃ、な、ないですよ」
しどろもどろに喋るガヴェインを見て、キョウヤがごもっともな疑問を口に出す。
「この人そんなに強いの?」
素振りは凄かった。でも、今はとても強そうには見えない。
「強さ的には……私とお父さん、コンスさんに、ガラハッドとランスロットとかには及ばないかもしれないけど、相当強いよ〜」
「ふ〜ん」
キョウヤは微妙な反応を見せた。
他にも強い人がたくさんいるから、この場で納得させることは難しい。
「大丈夫! 責任は私が取る! というわけで、ガヴェインさんの強さはまた今度見てもらうことにして、次に行こ〜」
一度言ってみたかった台詞を実践しつつ、無理やり次に意識を向けさせる。
王女だから、実際私が責任を取ることになるし、今となっては実践向きなこの台詞。
「まだいるのか」
「次が最後ね〜。世界史の勉強を教えてくれる人だよ〜」
「なるほど。この世界の知識はゼロだもんな」
「でしょ? あっ、ガヴェインさん、またあとで予定揃えましょうね〜」
「は、はい……ぼ、僕は、訓練に、戻り、ます」
再び剣を振り始めたガヴェインさんは、迫力が戻って強そうに見える。私も最初は同一人物なんて思えなかった。
「剣技だけなら、私よりガヴェインさんの方が圧倒的に凄いからね〜」
「そうなのか」
素振りを続けるガヴェインさんを一括し、キョウヤは私に続いて訓練場をあとにする。
「次の人も場所がわかるからすぐ向かうよ〜」
廊下に並ぶのは同じようなドア。初めて王宮に来た人では、どこがどの部屋か絶対わからない。
でも、生まれてからずっと暮らしてきた私にはわかる。代わり映えのないドアの前で止まった。
「ここにいるはずだよ〜」
よく見てみると、ドアに小さく『図書室』と書かれている。
部屋ごとにドアを変えていたら、結構な費用がかかっちゃう。だから、経費削減のために直接小さく書き、どの部屋か判断できるようにしてある。
遠くからだとなにも見えないけどね。
ドアを開けると、ぎっしり本の詰まった本棚に囲まれている景色が広がった。
まるで初めて本を見たかのように、キョウヤは物珍しそうにキョロキョロとしている。
図書室の奥の方には、分厚い本を片手に、優雅に紅茶を飲んでいるイケメンが座っていた。
女の人みたいに肩の下まで伸びた色濃い緑色の髪を持ち、左眼にモノクルをかけている。
普通の人だと、ただかっこつけているだけの中二病患者かもしれない。でも、目の前の男性はどこか様になっていた。
「イリスタンさん」
「おや、ミスラくんではありませんか」
「今、ちょっといいですか?」
「構いませんよ。今しがた区切りがつき、ティータイムを取っていた所です。それで? どうされたのですか?」
読むだけで二日はかかりそうな分厚い本を机の上に置いたのを確認し、例の如く説明する。
「この少年、例の異世界から召喚した勇者なんですが、名前はキョウヤと言って、イリスタンさんには、この世界の歴史を教える先生になってもらいたいんです」
「ほう、勇者ですか」
落ち着いた様子で立ち上がり、イリスタンさんはじーっとキョウヤを観察し始めた。
「……確かに、凄まじい魔力を秘めていますね。勇者足り得る力だと思います」
「え? 俺にも魔力あるんですか?」
「もちろんです。では、私が貴方にこの世界の歴史を教える。ということでよろしいですか?」
「は、はい。よ……よろしくお願いします」
キョウヤもイリスタンさんに漂う謎のオーラに圧倒されたっぽい。緊張してガヴェインさんみたいにしどろもどろになった。
私も今でも、イリスタンさんの前だと気が引き締まる。オーラがなんか凄い。語彙力ないけど。
「そこまで緊張する必要はありませんよ」
「で、でも……なんか凄そうなオーラが……」
キョウヤも語彙力がなかったようだ。
「雰囲気とかオーラが凄いけど、イリスタンさんは戦闘要員じゃないから、そこまで強くはないんだけどね〜」
「えっ、そなの?」
「頭脳担当だから〜」
「力ではなく知識と頭脳で、私はこの国を支えたいと思っています。ではキョウヤくん。これからよろしくお願いしますね」
左手を胸に当て、イリスタンさんは執事のように綺麗なお辞儀を見せる。
「こ、こちらこそ」
真似してお辞儀したキョウヤだが、付け焼き刃なのでどこかぎこちない。
「私のこれは癖のようなものですので、無理にかしこまらなくて結構ですよ」
「あ、ありがとうございます」
「じゃ、イリスタンさん。またあとで予定を揃えましょうね〜」
「ええ。ではまた」
再びお辞儀をしてイリスタンさんは席に戻り、私とキョウヤは図書室をあとにした。
これでキョウヤの案内兼先生紹介は完了。
お父さんとローランのとこに行こっかな。
モルレッド「キャーッ! ミスラちゃん可愛い〜!」
ミスラ「話しかけないでくれますか?」
モルレッド「いつからそんな辛辣になったの〜? 昔は私を恋人のように慕ってくれてたのに〜」
ミスラ「恋人じゃなくて姉のように、です」
モルレッド「それじゃ結婚できないじゃな〜い」
ミスラ「同性の時点で結婚できません」
モルレッド「そんなもの愛があ」
ミスラ「次回、『異世界クッキング♪』」
モルレッド「あっ! コンスじゃな〜い!」
コンスタンティンは無言で逃げ出した。