一章ノ7 『勇者召喚』
夕日が沈み、外は朱色から薄暗い景色に変化した。と言っても、暗視機能があるのでなにも見えなくはならない。
『まもなく電車が参ります』
アナウンスが聞こえ、線路に人が落ちていないかドローン型AIが確認を始める。いつも通りの風景。
──まさか改札通った瞬間閉められるとはな。
タイミング悪すぎだろ、と心の中で文句を言いながら、黒髪の少年は誰もいない最前列に並んだ。
──もうアプデ終わってるけど、さすがに人混みでやるのは迷惑かかるからな。
すぐにでも起動したい衝動を抑えていると、なにか感覚がおかしくなった。
まるで、空間がぐにゃりと歪むような。
気付けば、地面との距離が近づいていた。平衡感覚がない。地面が揺れている。
世界史の授業で習った。昔は自然災害というものがあり、地面が揺れるのは地震とかいう災害だ。
立っていられず倒れた少年は、地震の影響で起き上がることができない。
──AIが故障でもしたのか? ふざけんな。死んだら一生ゲームできなくなるじゃねぇか。まだXRの世界に行けてねぇんだよ!!
心の中で無意味な怒りを膨張させていると──天井が抜けた。その真下には少年がいる。
「クソ野郎がああァァァァ!!」
災害はなくなった、とか宣言して失踪した天才科学者に行き場のない怒りをぶつけた。
重量に従った天井に挟まれ、少年は死んだ──はずだった。が、天井に潰される直前、謎の光に包まれた少年は、この世界から消えた。
見開いた瞳に日光が差し込む。暗い場所から突如明るくなった。眩しすぎて咄嗟にまぶたを閉じる。
「おっ! 成功したっぽいよ〜」
「まさか……ほんとに勇者を召喚できるとはな」
「神様から貰ったんだから当然でしょ?」
「いや……異世界など……実在していたのか」
元気そうな少女と、驚いたような男の声が聞こえてきた。
──は?
わけがわからない。さっきまで死にかけていたはず。体が異様に軽い。
もしかして天国か、それとも地獄か、と考える。異世界とか勇者とか聞こえてきた。
「黒髪ってことは日本人かな?」
明るさに慣れてきたため、少年はそーっと恐る恐るまぶたを上げる。
金髪のオーラがある凄そうなおっさんと、黒髪で目と表情が死んでいる少年。
そして──息を呑むほどに綺麗な、赤混じりの黒い瞳を持つ金髪の美少女が立っていた。
「突然でなに言ってるかわからないかもだけど、とりあえず私があなたを召喚しました」
真ん中に立つ金髪の美少女が喋った。
景色が変わる。異世界。勇者。召喚。これらのパーツを組み合わせると、一つの答えに辿り着く。
──これ、異世界召喚じゃねぇか!?
ガチゲーマーの少年ならそう考えるのが必然。
「私はミスラ」
金髪の美少女はミスラと名乗り、少年の耳元まで顔を近づけてきた。
──やばい。やばい。やばい。やばい。
一瞬で顔が熱くなった。絶世の美少女に急接近されたのだ。無理もない。
動揺しすぎて思考が定まらなかったが、
「前世は日本人だったよ」
その一言が驚きを通り越す。逆に冷静になり、台詞を何度も頭の中でリピートさせる。
確かに今、ミスラは『日本人』と言った。
「君の名前は?」
「え、あ、お、俺は……」
冷静になったとはいえ、緊張がなくなったわけではない。うまく言葉が出てこず、一旦深呼吸で落ち着きを取り戻す。
動悸が治まるのを待ち、少年は立ち上がった。
「俺の名前は──間恭也です」
違和感なくきちんと自己紹介ができ、キョウヤはひとまず安心する。
「……キョウヤくんね。まずは謝らせてほしい」
「え?」
申し訳なさそうに眉をひそめたミスラは、
「召喚してしまって本当にごめんなさい」
突然頭を下げてきた。
「まだまだ日本でやりたいことあっただろうし、日本には友達とか家族とか大切な人たちがいたと思う。それなのに私は、あなたを日本に返す方法もわからないのに、勝手に召喚してしまった」
不安に揺れる瞳でまっすぐ見てくるミスラに、キョウヤの動悸がさらに加速する。
「この世界のためにやったこと。だけど、勝手に召喚した私を許せないと思う。それでも、この世界のために、一緒に戦ってくれないかな」
手を差し出してきたミスラを見て、プロポーズみたいだな、という妄想が浮かんでしまう。
だが、真剣に言っていることはわかったので、キョウヤもまじめに答えた。
「もう、日本には戻れないってこと?」
「戻る方法は……もしかしたらあるかもだけど、今のところ戻る方法はわからない。本当にごめんなさい」
「……そっか」
帰れる保証がない。残念にも思ったが、
「一つ訂正させてほしいんだけど、俺は君に命を救われたんだ」
「え?」
「実はこっちに召喚される前に、地震のせいで死んでたはずだったんだよ」
そもそも、召喚されなければキョウヤは天井に挟まれて死んでたのだ。
「そ、そうなの?」
「父さんと母さん、友達に会えなくなるのは辛い。だけど、どっちにしろ死んでたんだし、召喚してくれて助かった」
「……そうだったんだ」
「だから、俺にできることがあれば、なんでも協力するつもり」
「──ありがとう!」
花が咲いたような満面の笑みを作るミスラに、キョウヤの心はどうしても乱れてしまう。
「それと、このおじさんが私のお父さんで」
「おじさん!? パパ傷ついちゃうな」
「で、こっちがローラン」
「無視!?」
斜め後ろの左右にいた人たちを、ミスラが順に指差した。
「ローランはなぜか日本のことを知ってる人ね〜」
「もしかして、ミスラ……さんの彼氏?」
「いやいや、私に彼氏はいないって。あと、さんはいらないよ〜」
キョウヤは内心でガッツポーズを取る。
「なら、俺もキョウヤでいいよ」
「オッケー。これからよろしくね、キョウヤ」
「こっちこそよろしく、ミ……ミ、ミスラ」
ミスラと握手をするが、繋いだだけでも手汗がものすごい出てきた。
怪しまれない程度にすぐ離す。これ以上は、動揺しまくっているのがばれるから。
内心で葛藤を繰り広げていることなど露知らず、ミスラは手のひらを自分の胸に当てる。
「私はこの国の王女で」
「俺がこの国の国王アーサーだ」
「そうだったのか。ミスラは王女さんで、お父様は国王だったんだな。……はい?」
納得した表情から一変し、キョウヤはミスラとアーサーにぽかんとした眼差しを向けた。
「え!? 王女様だったのか!? あとこのおっさんが王様!?」
「おっさんだと?」
「すみません、お父様」
「お前にはお父様と呼ばれる筋合いもない」
「すんません、アーサー王」
「それでよし」
アーサーと話していると、隣にいる死んだ目をしている黒髪の少年ローランが気になった。
「……ローラン。でいいか?」
「ああ」
「ローランは何者なんだ?」
「…………」
なにも言ってくれない。なぜだろうかとキョウヤはミスラに目を配らせるが、
「私たちもよく知らないんだよね〜」
まさかの答えが返ってきた。
「知らないって……えっ、どゆこと?」
「……とにかく! ローランは私たちと一緒に魔王討伐の旅に行く仲間だから、二人共仲良くしてね」
「よくわかかんないけどそういうことなら、よろしくなローラン」
前に手を差し出す。握手なんかしてくれるかな、と思ったキョウヤの不安は杞憂に終わる。
「ああ」
ローランはちゃんと握り返してくれた。
「ローランは『ああ』しか言わないんだな」
「不要なことは話さん」
「おお。ああ以外にも話せたのか」
「ああ」
「また戻った」
面白い奴だ。少なくとも嫌な奴ではない。今の会話からなんとなくキョウヤは確信した。
どうにか表情を動かしたいといろいろ話しかけてみる。が、結局ピクリとも動かなかった。
「私もローランの表情を動かしてみたいんだけど、全っ然動かないんだよね〜」
「感情ねぇなこれ。表情筋が死滅してやがる」
「ところで、キョウヤは魔法使える?」
「おお、魔法か。やっぱファンタジー的な能力とか使いたいよな」
「じゃ、これからしばらく魔法の勉強をしないとだね〜」
「勉強って学びのことだろ? 学びは好きだからやりたいぜ!」
基本的に学びは楽しいものだが、友達と比べてもキョウヤの成績は特段良かった。
「魔法の学びとか面白そうだ」
「よっし! そうと決まれば、魔法を教えてくれる人が中にいるからついてきて〜」
「なか?」
「そこにある建物が、このキャメロット王国の王宮兼私の自宅ね〜」
ミスラが指差した方へ視線を移すと、地球なら『兆』は下らないだろう。そう思うほどの宮殿があった。
「は?」
「ちなみにここは中庭ね〜」
「えっと……ここに住んでる?」
「うん」
「ここが中庭?」
「うん」
キョウヤは宮殿とミスラを交互に五度見ぐらいする。すぅーっと大きく深く息を吸い込み、
「家でけええェェェェ!!」
心の中では収まりきらなくなった感想を叫んだ。
「まっ、王様の家だしね」
「こんなとこに住んでんのかよ!」
「王宮殿なんかいいって言ったんだが、俺が帰ってきたらできててな。俺も驚いた」
当時を思い出したのか、やれやれと言いつつもアーサーは嬉しそうに話す。
「その気持ちは嬉しかったけどな」
「ふふっ、いい王様だね〜」
「今となってはミスラの方が慕われているけどな」
「私もそこまで良いことした感じはないんだけどな〜」
「本人に自覚がなくとも、ミスラに助けられた人は本当に感謝しているんだろうな」
「そうかな〜」
照れたように頭を掻くミスラは、国民から慕われていることへの喜びを隠しきれていない。
「あっ、話それちゃったね〜。とりあえず入ろっか〜」
ミスラとアーサーのあとに続き、キョウヤは王宮殿へと案内される。
キョウヤ「ついに登場だぜ!」
ミスラ「無事に召喚できて良かった〜」
キョウヤ「異世界チートだ!」
ローラン「世の中はそう甘くない」
キョウヤ「え……」
ローラン「どうやって魔法を使うかわかるか?」
キョウヤ「……わかるません」
ミスラ「次回、『先生紹介するよ〜』」
キョウヤ「よし! 気合入れて学ぶぜ!」