一章ノ6 『全属性使い』
──開始の合図。
私は〈光速移動〉でローランの前まで移動した。スポンジのように軽い〈ワズラ〉を、鞘から抜いた勢いを殺さずに振り下ろす。
いつの間にか、ローランは〈デュランダル〉を抜いていた。抜刀の瞬間が見えなかった。おそらく居合術ってやつだろう。
このままだと私の剣が弾かれちゃう。でも受けられる直前──〈ワズラ〉の重量を百倍に上げる。
受け流しきれなかったのか、ローランは〈デュランダル〉を手から落とし、後ろに下がった。
〈ワズラ〉の能力は重量変化。別名『重量剣』という。魔力を流すことで、自由自在に重さを変えられる。
私は軽々持ってるけど、上手く使えば地割れを起こせるほどの威力になるのだ。
間髪入れず、私は心の中で〈隠蔽霧〉を唱える。中庭全体を濃い霧が覆い、視界も魔力探知も使えなくなった。
でも、術者である私は魔法を動かし、作った抜け道から相手の魔力を探れる。
ローランの魔力を感じる方向へ〈爆炎弾〉を撃つ。が、ヒョイっと軽々しく避けられ、爆発で生じた爆風を〈防御〉で防がれた。
「──お父さん! 自己防衛全力で!」
「へ?」
爆風により霧が晴れると、私は突っ立っているお父さんに叫ぶ。と同時に、三つの攻撃魔法と、三つの防御魔法を連続で発動させた。
生成した大きな岩を炎で熱し、宙に浮かせた巨大な激流の渦〈激流螺旋渦〉に投入する。
「たーまやー」
刹那──鼓膜が破れそうなほどの爆音を鳴らし、災害級を超える水蒸気爆発が起こった。
少なくとも『たーまやー』とかいうレベルじゃない。自分で言っといてなんだけど。
鼓膜は強化魔法で、自分の身は〈岩石防壁〉〈旋風防壁〉〈防御〉で守る。
地面には、クレーターどころか、底の見えない大穴が出来上がった。
天ぷらを揚げている時に、水を掛けちゃ駄目なのと同じ原理。
熱された物質を、圧縮された膨大な量の水に入れた。それにより、街一つぐらいなら軽く吹っ飛ばせる威力になったのだ。
「……し……死ぬかと思った……」
お父さんは三重の防御魔法で耐えたらしい。
ジークさんに勝ったローランも、この程度じゃ死なないはず。どこに行ったんだろう。
魔力探知で探るっていると、水蒸気爆発によって発生した黒煙が斬り裂かれた。
ビュオォォオと暴風が吹き荒れ、二本目の剣を持ったローランが姿を現した。
ローランの〈暴風嵐〉を、〈超爆裂波動〉で相殺する。だが、私は驚愕を禁じ得なかった。
「まさか……二本目の神器」
柄と銀色の刀身の間には、綺麗な鮮緑色に光る宝石が埋め込まれている。間違いなく神器だろう。
二つの神器を操る者なんか、見たことも聞いたこともない。お父さんも呆気にとられてる。
「これは神器〈レーヴァテイン〉だ」
「やっぱり神器なんだ」
ローランの謎がますます深まる。でも、今は模擬戦中。余計な思考を振り払い、私は一旦呼吸を整える。
「……君からは来ないの?」
「今度は俺から攻めさせてもらおう」
落ちている〈デュランダル〉を拾い、ローランは二本の剣を同時に構えた。
──二刀流ってかっこよい。私もやりたい。
一本での剣術もまともに使えないけど、心の中で密かに憧れていると、
「本気で行くぞ」
ローランが一言呟き、時も経たずに背後から魔力を感知した。
ここまで速いのは光属性だけだけど、それはない。光は真っ直ぐにしか動けないから、正面から背後への移動は不可能。
──まるで、本物の瞬間移動みたい。
ローランから突き出された〈デュランダル〉を〈雷速移動〉でかわし、背後に回り込んで〈ワズラ〉を繰り出す。
またもや瞬間移動し、ローランの〈レーヴァテイン〉を〈岩石防壁〉で止める──はずだった。
だが、〈レーヴァテイン〉に触れた途端、岩の防壁は魔力が分解されたように溶け消えた。
電気で脳の伝達信号を加速させ、反応速度が上がったことで、ギリギリ回避に成功する。
「あっぶない。……その神器の能力、魔法を無効化するんだね〜」
「ああ。〈デュランダル〉は『不滅剣』、〈レーヴァテイン〉は『反魔法剣』だ」
「やっぱりか〜。神器が二つもあるなら私も全力でやるよ〜。お父さんは被害が少なくなるように頑張ってね〜」
「え……ミスラの全力って、大丈夫なのか?」
お父さんが不安そうな顔をしているが、今は構っていられない。呼吸の種類を変え、本気モードに入る。
──久しぶりに本気出すな。
こっちの世界に来てから十五年、身近に私の相手になる人がいなかった。だから、全力を出せるのが嬉しい。
「じゃ、行くよ!!」
本気モードになり、早速私は〈破滅光線〉を放つ。これまた街一つ程度消し炭にできるほどの、青白い燐光が渦巻く高密度の光線。
でも、ローランは〈レーヴァテイン〉であっさりと斬り裂いてきた。
基本的に物理攻撃は効かない魔法でも、『反魔法剣』に分解されてしまえばおしまいだ。
雷速でローランの背後に来て、私は〈ワズラ〉の一撃を浴びせる。が、ローランは離れている位置に一瞬で移動した。
──それは読めてたよ。
ローランの頭上目掛けてワズラを投げ、指先から離れる瞬間に千倍にする。からの〈暗転〉で中庭一帯を暗闇で包み込む。
おそらく、瞬間移動は視界がなければ使えない。ローランは常に視線の先へ移動していたから、そう推測して視界を封じた。
暗黒の世界。千倍の〈ワズラ〉は重力で勢いよく落下する。でも、ローランはきっとかわしてくるはず。だから追撃の手を緩めない。
〈光明〉で暗闇から一変、眩い光に包まれる。
私も視界を奪われるが、地面が割れる馬鹿でかい音を道標として光速で駆け出す。
重量を跳ね上げた〈ワズラ〉が地面に落下すれば、爆音と地割れは免れない。
穴の底に落ちそうな〈ワズラ〉に触れて重量を激減させ、目を瞑るローランの首元に突きつけた。
「──私の勝ち、かな?」
「そうだな」
久しぶりに息が上がる。五年前、キャメロットの周りを走って一周した時ぐらい疲れた。
「敗けたのに悔しそうじゃないね」
模擬戦の最中もそうだけど、ローランの表情は終始全く変わらなかった。
「敗北はわかっていた」
「なにそれ? 未来でも見れるの?」
「似たようなものだ」
「え? まじ?」
「似ているだけだ。正確には違う。万能ではない」
私は無表情なローランの顔を覗き込む。
「はぁ……表情が変わるの楽しみにしてたのに〜」
ほんとに残念で思わずため息をついちゃった。
肩を落としてお父さんの元へ向かう。
「おいおい……俺の全盛期より強いんじゃないか。そもそも属性魔法いくつ使ってた? お前ら、普通は一属性ってこと忘れてるよな」
「二つの神器を使うなんて聞いたことないしね」
「だ、だが……聖剣が使えればわからないぞ」
「へー」
「ほ、本当だからな! 聖剣さえ使えれば俺も強かったんだからな!」
「はいはい、そういうことにしておくよ〜。でも、これでローランの実力はわかったね〜」
「そうだな。凄まじいよ、本当に……」
お父さんと話していると、ローランも歩いてきた。
「召喚はどうする」
「ちょうどいいし、ここで召喚しようかな」
「まずここを綺麗にした方がいい」
「あ……確かにそうだね」
辺りを見渡す。緑で埋め尽くされていた中庭が、先程の模擬戦の衝撃で見る影もなくなっていた。
「さすがに、こんな戦場みたいになってる場所で召喚したら、召喚される人もびっくりしちゃうよね」
「二人で戻すぞ」
「オッケー」
脳裏に『初めての共同作業』って言葉が浮かんだけどすぐに掻き消す。
ラブコメのヒロインとかがよく考えてたな。
呑気に考えながら、私とローランは土属性の応用で、砂や石を操作して中庭を修復する。
「まさかとは思うが、少し聞いていいか?」
その光景を見ていたお父さんが、驚いたような表情でローランに言った。
「なんだ?」
「もしかして君も全属性使いなのか?」
「そうだ」
「おっふ、マジっすか」
アエテルタニスの生き物は、全て魔力を持って生まれる。けど、使える魔法の適正も生まれつき決まっており、基本的に一属性だけ。
だから、お父さんはローランが全属性使えるということに驚いたのだ。
同じく全属性使える私だけど、ローランに対して聞きたいことがあった。
「私からも聞きたいんだけど、ローランがギルドで使った魔法は無属性?」
「ああ」
「見たことない無属性だったけど」
八属性とは違い、全ての人が適正関係なく、共通して使える無属性魔法というものがある。
無属性魔法と言っても、基本的には〈身体強化〉〈回復〉〈防御〉しか使えないもの。
持っている魔力に依存する特徴があり、普通の人では多少の変化しか起こらない。
どんな人でも戦うときにはまず〈身体強化〉は使う。どれだけ変化が少なかろうと。
当たり前だけど、持っている魔力量が多ければ多いほど、効果が強力になって持続もする。
「あれなんて魔法?」
不思議だった。私でも無属性は四種類しか使えないのに、ローランは特殊な無属性を使う。
「創造魔法」
意外とあっさり答えてくれたな。
「……聞いたことないね」
「俺も聞いたこともないな」
「お父さんも聞いたことない魔法か〜」
「そもそも、回復や身体強化、防御以外の無属性魔法を使える奴なんか滅多に見ないからな」
ほぼ全ての人は、無属性を三種類しか使えない。多少の補助として使える、というぐらいの認識だった。
そうこうしていると、私とローランの共同作業で、中庭が模擬戦をする前の緑を取り戻した。
「これで召喚の準備は整ったかな?」
「ああ」
「遂に勇者を召喚するのか」
「性格いい人がいいな〜」
王宮殿から距離を置き、中庭の中心に場所を移す。召喚の反動とかで、家を壊すわけにはいかない。
「じゃ、早速いくよ〜!」
「え? まだ心の準備が」
「<勇者召喚>」
お父さんがなにか言っていたけど無視し、金色の鍵を天にかざして詠唱を叫んだ。
目も開けられないほどの光が私たちを包み込み、持っていた鍵が魔法のように消える。
──鍵の消滅と同時に、眩しそうに目を瞑る黒髪の少年が、私たちの目の前で座り込んでいた。
ミスラ「次回は勇者が登場するのかな?」
ローラン「ああ」
ミスラ「え? なんでわかるの?」
ローラン「わかっている」
ミスラ「なにそれ? 未来でも見えるの?」
ローラン「似たようなものだ」
ミスラ「次回、『勇者召喚』」
??「改札通った瞬間電車閉まりやがった!!」