一章ノ5 『大人の都合で書き換えられていく神話』
「ここにお父さんがいるよ〜」
「国王か」
「お、おう。急に声出したね。びっくりした〜」
ここに来てようやく喋ったローランに驚きつつ、部屋のドアを勝手に開ける。そこには、イケメン二人が立っていた。
「どうぞお姫様」
「お父様はあちらでございます」
「もうそれやめてよ〜。ランスロット、ガラハッド、私ももう成人したんだからね〜」
黄緑髪のやんちゃ系イケメンがランスロット。水色髪の優しそうなイケメンがガラハッド。
血は繋がってないらしいけど、お父さんの弟であり、どっちも私の叔父さんにあたる。
「もうミスラちゃんも大人か〜」
「昔はあんなに小さかったのにな〜」
親指と人差し指で、ランスロットは豆粒サイズを作った。
「そんな小さくないわ!!」
二人に遠慮はいらないので、ドクトルさんの時には胸の内に閉まった言葉を叫んだ。
そのボケ流行ってるのかな? お腹の中にいた時なら、最初は豆粒以下の大きさだったと思うけどね。
軽く挨拶のような会話をすると、ランスロットがローランに目を配らせた。
「ところで後ろの少年は?」
「婚約者とか?」
「それわかって言ってるでしょ。例のギルドの新人ね」
「だろうとは思ってた」
「ゼンゼンワカラナカッター」
「白々しいわ!」
まじめなガラハッドはボケたりしないが、ランスロットはおちゃらけた感じだ。なので、昔から私がツッコミ役に回ることが多々あった。
入り口でそんなこんなしていると、待ちくたびれた様子のお父さんが歩いてきた。
「まさかもう連れてくるとはな」
「あ、お父さん」
「あ、忘れてたって顔やめて。パパ泣いちゃうよ」
「それよりこの子、ローランっていうんだけど、想像以上だよ」
「それより……これが噂の反抗期か」
「じゃ、俺らは出てくから」
「あとでなにを話したか教えてね」
ランスロットとガラハッドが部屋から出ていく。すると、お父さんが魔力探知でローランを探り始める。
「……確かに凄い魔力だな。だが、どこか違和感があるような気がするが」
「私も違和感あった」
「ミスラもか……ローランくん、君は何者なんだ?」
「さぁな」
部屋に入ってから、ローランが初めて声を発した。
「それを教えてはもらえないか?」
「お前がキャメロットの国王か」
ローランは質問には答えない。それどころか逆に返してくる。お父さんも困った表情をするけど、私と同じように仕方なく答えた。
「俺がキャメロットの国王だ」
「そうか」
「感想それだけ?」
思わず言葉に出てしまうほど短い感想だった。
「お前がアーサーなんだな」
「私は無視ですね。知っておりました」
「俺がアーサーだが、それがどうした?」
「『聖剣』」
「──っ」
ボソッとこぼしたローランの言葉に、お父さんが驚いたように目を大きく見開く。
「『聖剣』って神話に出てくるあの?」
私も『聖剣』という単語を聞いたことがあった。
──この世界にはこんな神話がある。
かつてこの世界に魔族が存在する以前──世界を滅ぼさんとする『破壊神』を止めるため、守護神オーディンは、神器〈グングニル〉と聖剣〈エクスカリバー〉を使い戦った。
『破壊神』の圧倒的な力を前にオーディンは敗北するが、ただでは死なない。死に際、自らの命と引き換えに『破壊神』を封印した。
所有者のいなくなった〈グングニル〉と〈エクスカリバー〉は、この世界の何処かに消えた。自らを扱うに相応しい者が現れるまで、いつまでも待ち続けている。
その後、人族の祈りからオーディンは復活し、今もこのアエテルタニスを見守ってくれているのだ。
「……なんか最後につけ足した感が凄い神話」
「え? な、なんのことだろう? ちょ、ちょっと心当たりないなー」
なぜかお父さんが動揺した。まさかと思い問いただす。
「もしかしなくてもお父さんがつけ足したの?」
「うっ……だ、だがこっちの方がハッピーエンドでいい話だろ?」
「大人の都合で書き換えられていく神話」
「でも、ミスラの言う通りだとするとオーディン様はまだ生きているのだろう?」
露骨な話題そらしをするお父さんだけど、それより私の嘘がばれそうになった。
「う、うん」
まさか、この前ついた嘘が墓穴を掘るとはね。しかも嘘が嘘を呼んでしまった。
「なら、今の神話のほうが合っていると思うな」
「そ、そだね」
私とお父さんが話していると、ローランの表情がほんの少し柔らかくなった気がする。
「あれ? ローラン、表情が動いた?」
相変わらず無表情だったが、雰囲気が変わった気がしなくもない。でも、お父さんは首を傾げた。
「なにも変わっていないだろ?」
「う〜ん……変わってないけど。でも、確かに変わったような気がしたんだけどな〜」
「……ミスラ。なんでこんな話をしているんだっけ?」
「えっと、神話の話をして……」
「そうだ。『聖剣』だ! ローランくん」
珍しく私と話すのをやめ、お父さんはローランに顔を向けた。
「なぜ今、『聖剣』と言ったんだ?」
「お前が『聖剣』に選ばれたアーサーだろう?」
「──なぜそれを」
「え? 『聖剣』って実在したの? それをお父さんが?」
問いには答えず、ローランは逆に問う。
「アーサー、魔族をどう思っている?」
「もちろん倒したいと思っている。無理なことはわかっているが」
「『聖剣』が使えないからか?」
「──そこまで知っているとはな」
「なぜ倒したい?」
その質問に、グッと血が出るほど、お父さんは強く拳を握り締めた。
「俺の家族は、ランスロットとガラハッドを残して……みんな魔族に殺された。……解放軍の仲間もほとんど死んだ。……もう数えるほどしか残っていない」
当時の辛かったであろう記憶を思い返し、お父さんは悲しそうな表情で語った。
「だから、俺は魔族を倒したい。でも、あのパズズが……最弱だった。魔王の一人を倒すことも、到底できないだろう。それに、仮に一人の魔王を倒せたとしても、今度こそ他の魔王に目をつけられる」
「そうなるだろうな」
「疲弊した中で残り四人の魔王を同時に……そんなことは不可能だ」
聴いているのかいないのか、ローランの表情は一切変わらない。まるでここにいないみたいだ。
最初は日本人かと思ってたけど、それにしてはどこかおかしい。それどころか、人間なのかすら怪しい。感情がないんじゃないかと思う。
「アーサー、最後に一つ問う」
「……なんだ?」
「お前はなぜ剣を持つ」
「決まっている。魔族を倒すためだ」
「……よくわかった」
珍しく自分から喋るローランに驚いた私だけど、重苦しい空気に耐えかね、
「ところで話は変わるけど」
別の話題を切り出す。というか、私にとってはこっちが本題だったんだけど。
「今日は勇者を召喚しようと思う」
お父さんとローランは、私が話し始めると顔をこっちに向けてくれた。
「ローランもそのためにここに呼んだし」
魔王討伐の旅に、私と勇者と共についていくということで、ローランを王宮に招いたのだ。
そう。凄い脱線してたけど、ようやく本題に戻ってきたというわけ。
「勇者召喚はどこでやるんだ?」
「ここ広いし、ここでいいでしょ?」
「周りが壊れたりしないのか?」
「う〜ん……多分、大丈夫だと思うけど……」
ダムキナ様ならそれぐらい説明してくれると思うし。
「た、多分か……」
お父さんは心配そうに眉をひそめるが、私は金色の鍵を懐から取り出す。
「早速召喚しちゃおうかな〜」
「も、もう!?」
「その前に一ついいか?」
ローランが喋った。私は詠唱をやめて振り返る。
「ん?」
「俺の実力を見なくてもいいのか?」
「……そういえばまだ見てなかったね」
確かに、ローランの戦いを直接見たわけじゃない。仲間になるのに、なんの属性かも見ないとは盆ミスですね。
このミスラ、一生の不覚。今の今まで、完全に忘れてましたよ。
「ここで模擬戦する?」
「魔法を使うなら室内では無理だろう」
「確かに……じゃあ中庭に移動しよっか〜」
「ああ」
気を取り直して場所を中庭に移した。
中庭といっても森と言い換えることもできる。
魔物とか普通にいるし、広さだけなら東京ドーム……東京ドームの大きさ知らないわ。
テレビとかだと、東京ドーム何個とかで例えたりしてけど、実際どれぐらいかは知らない。
「ここなら思う存分戦えるね〜」
「ああ」
ここを始めてみた時、正直かなり驚いた。だって、日本ならこんな土地、かなりの金持ちじゃないと持ってないだろうし。
互いに距離を離していき、向かい合う形で立っ止まった。私はローランが帯刀する剣を指す。
「それ神器でしょ? 私も神器使うね〜」
繊細な銀色の宝石が埋め込まれた剣のローランに対し、私は濃い銀色の宝石がある白黒剣。
「私の神器は〈ワズラ〉っていうよ〜。能力は見てのお楽しみってことで〜」
「俺のは〈デュランダル〉だ」
「周りに被害が及ばない程度の全力でやろ〜」
「ああ」
私は特に構えたりせず、初心者のように棒立ちする。事実、剣術に関しては初心者なんだけど、私に剣で勝てる者はいなかった。
なぜだろうか。それは──単純に私が強すぎたからだ。純粋な身体能力がまず違う。
自慢じゃないけど、剣術で劣っていても、剣の達人に容易に勝ててしまう。だからこそ、残念なことに剣術を学ぶことができなかった。
「お父さん、審判係やって〜」
「俺一応国王なんだけど……可愛い娘の頼みだからやるけどな」
お父さんがなにかぶつぶつ言ってる。聴き取れないけど、私の頼みならやってくれるだろう。
「ローラン。お父さんの合図で模擬戦開始ね〜」
「ああ」
「それでは、用意──」
掛け声と同時に、私は呼吸の種類を変え、意識を集中させる。魔力探知の認識範囲を広げ、周辺のマナを感知し把握した。
「──始め!」
ミスラ「ローラン、勝負だ!」
ローラン「最初はグー」
ミスラ「じゃんけんぽん! じゃなくて!」
ローラン「デュエル」
ミスラ「私のターン! ドロー! でもない!」
ローラン「リバースGO」
ミスラ「私の……ん? なにそれ?」
ローラン「次回、『全属性使い』」
ミスラ「りばあ……ってなにそれ?」