一章ノ4 『何者?』
今日はギルドに行く予定だったのだが、空を飛んで向かっていると、なんとそのギルドが大爆発。
慌てて駆けつけたんだけど、どうやら魔族が攻めてきたというわけではなさそう。
「王女様だ」
「今日は次から次へと凄い人が来すぎだろ」
「もうなにがなんだか分かんねぇよ」
「でも王女様やっぱり綺麗。私も憧れるわ」
見渡してみると、Sランク冒険者のジークさんが、両手を上げて降参みたいにしていた。その正面には知らない人物がいる。
左の人差し指に真っ白な宝石の指輪をし、死んだ魚みたいな目をした漆黒の髪と服装。
──あれがお父さんが言ってた人かな。
まさかとは思うが、多分ジークさんが敗けたわけか。私ともいい勝負をするジークさんに勝つなんて、予想以上に凄い人かもしれない。
また違和感が生まれる。だが、今回はすぐに気付く。と同時に驚愕した。
「黒髪……」
アエテルタニスに来てから、私は一度も黒い髪を見ていない。言い換えるなら、この世界で人族が黒髪になることはありえないのだ。
魔族の中には黒混じりもいるらしいが、純粋な黒は確認されていないとか。
もう一つの違和感。時代劇や、刀を使って戦う系のアニメに出てくるキャラのような服装。日本伝統の和服にそっくり。
日本人か、それとも他国民か。見た目は、お父さんの言う通り私と同い年だと思うが、それにしては妙だ。
瞳から生気が感じられない。まるで、どこか遠くを見ているような。少なくとも普通じゃない。
だから、私は試してみることにした。
『あなた、ジークさんに勝ったの?』
おそらく転生特典的なもの。生まれつき自動で発動していた翻訳魔法を介さず、日本語で話しかけてみる。
『ああ』
──日本語に日本語で返答してきた。
聞こえているはずのジークさんは、ぽかんとして反応できていない。
当然だ。英語も知らない日本人が、勉強したこともないアラビア語を聞いてもわかるわけない。
「名前は?」
「ローラン」
「転生者? 転移者? 日本人?」
「さぁな」
「えぇ……教えてくれてもいいじゃん」
「この惨状を戻していいか」
ローランが魔法を発動させると、壊れた箇所が全て元に戻っていく。
無から物質を生成している。土属性なら生成した物質はすぐに消えるはず。でも消えない。
土属性以外だとこんなことはできない。即ち、どの属性にも当てはまらない魔法ということ。
戦った後にこの規模の魔法を使っても、まだ余裕がありそう。手には、異様に綺麗な黄色の宝石が埋め込まれた剣。
「……あなたは何者?」
不自然な点がいくつもある。まず、ローランは翻訳魔法を持っていない。
驚くべきことに、アエテルタニスの言語を話しているのだ。さっきは日本語を使ったのに。
日本語を話していれば、翻訳魔法を介さず私に伝わるはず。なのに発動している。
「…………」
私の問いには答えてくれず、ローランは肯定も否定もしない。
「なんで答えないの?」
「お前は俺を見に来たのだろう?」
「……どうしてわかったの?」
「わかっている」
「答えになってないじゃん」
「要件はなんだ?」
──会話にならぬ。
質問には全く答えず、ローランは逆に質問を返してくる。
答える気はさらさらなさそうなので、私は諦めて問いに答えるしかなかった。
「あなたの強さを見に来たんだけど、どうやらSランク以上の実力はあるみたいだね」
「お前は転生者だな?」
「──転生者を知ってるんだ。あなたは転生者じゃなさそうだけど……」
転生者であるならば、黒髪というのはおかしい。
「……とにかく、あなたのその強さを見込んでお願いがあるんだけどいい?」
「なんだ?」
「ここでは少し話しにくいこと。どこか落ち着いて話せる場所があればいいんだけど……」
どこかいい場所はないか探そうとした時、
「それならぁ、ギルドの奥の部屋が空いてるからぁ、そこを使えばいいわよぉ」
後ろからスキンヘッドの大男が話しかけてきた。
「あ……ド、ドクトルさん」
「ミスラちゃんもぉ、もう成人なのよねぇ」
「そ、そうですね」
「こんなに小さかったのにぃ」
今帰ってきたらしいドクトルさんは、親指と人差し指で豆粒程度の大きさを作る。
──そんな小さくはねぇよ!!
というツッコミは心の中だけにしておくとして、私はドクトルさんが苦手だ。理由は察してほしい。いい人ではあるけどね。
「と、ところで……奥の部屋を使わせてもらってもいいんですか?」
「全然いいわよぉ」
「ありがとうございます」
ドクトルにお礼をいい、ローランを連れてギルドの奥へ入る。
◇◆◇◆◇
「ギルマス凄いな」
「会話がハイレベルすぎて俺はついていけてない」
「安心しろ。俺もわかかんなかったぜ」
「親しそうに話してた気がするわ」
「ジークさんに勝っちゃうし、なんか建物直ってるし……あの新人って何者なの?」
一部始終を見ていた冒険者らからは、そのような声がたくさん上がっていた。
「ところでぇ〜」
腰を抜かして床に座り込むノウブルの前に、ニコニコとしたドクトルが立つ。
「あなたの顔覚えてるわよぉ。ステラちゃんを無理やり連れてこうとした貴族ねぇ? これ以上ステラちゃんに危害を加えるようならぁ、私も動かないといけないかしらねぇ」
本人は笑顔のつもりなのだろうが、余計に怖くなった顔を、ノウブルの顔に近づける。
「ひぃっ」
「そんなに怖がらなくても、あなたがなにもしなければ、私もなにもしないわよぉ」
「も、もうステラには手を出しません! だ、だから許してください!」
「ステラ?」
「ス、ステラさんには近づきません!」
自分より上の立場の人物が次々とやってきたのだ。ノウブルの精神はすっかり滅入っている様子。
「ステラちゃんだけじゃなくてぇ、誰にもって約束できるぅ?」
「や、約束します!」
「そっ、なら許して、あ・げ・る♪」
ノウブルから顔を離すと、ドクトルはギルドのカウンターへ向かう。
「あ、ありがとうございます」
「でも」
途中で立ち止まると、ドクトルは振り返り、
「もし約束を破ったら……わかってるわねっ?」
にっこりと笑顔で念を押す。
「ひっ」
今のノウブルからすると、ドクトルの笑顔ほど恐ろしいものはないだろう。
「そんなに怖がらなくてもいいのに……ねぇ?」
突然ドクトルに話しかけられ、
「え? は、はい」
困惑しながらもステラは答えた。
内心ドクトルにビビっていたが、普段通りの営業スマイルで隠す。
腰が抜けて座り込んでいたノウブルが、ようやく立ち上がった。
だが、
「あっ、そうだわっ」
ドクトルが近寄っていく。
「夜の相手がほしいならぁ、このあたしが新しい扉を開かせてあげるわよぉ」
「け、結構です」
先程のステラと同じように、ノウブルの顔から血の気が引き、真っ青にさせる。
じりじりと距離を詰めてくるドクトルから、急いで逃げようと背を向けたが、
「あらぁ? どこに行くのかしらぁ?」
ガシッと肩を掴まれた。その圧倒的な腕力からは、並大抵の人では抜け出せない。
「さっ、今晩は寝かせないわよぉ」
「嫌だあああァァァァ!!」
お腹が出て重そうなノウブルを、ドクトルは片手で担いで運んでいった。
嵐のように、大物が来て去ったギルド内は、しーんと静まり返る。
だが、冒険者特有の切り替えの早さで、すぐに普段の馬鹿騒ぎが戻った。
ぽつんと取り残されたステラの頭からは、助けてくれた漆黒の少年が離れない。
鼓動が激しくなる。顔が熱を帯びて熱い。初めての感覚に戸惑い、合点がいったように理解する。
そろそろ結婚相手を探そうとしていたが、もうその必要はなくなった。
ただ一つ問題がある。
これからどうすればいいのか、仕事しかしてこなかったステラには、必要な知識がなかったのだ。
◇◆◇◆◇
一日の仕事を終えたドクトルは、縛り付けておいたノウブルを連れ、ダブルベッドが置いてある自室に入る。
ぎゃあぎゃあと騒がしく悲鳴を上げるノウブルだったが、無情にも扉は閉じられた。
いや、閉じられたのではない。開かれたと言った方が、この場合には適切だろう。
◇◆◇◆◇
ギルドの空き部屋に入った私とローランは、机を挟んで椅子に座り、向かい合っていた。
ローランは無駄な話を嫌いそうなので、席についてすぐ本題に入る。
「魔王を倒すために、近々勇者を召喚しようと思ってるんだけど、その旅にあなたもついてきてほしいなーって」
「わかった」
「うん。まぁそうだよね。勇者とか魔王を倒すとか、なに言ってるかわからないよね。すぐに決める必要はないよ。でも、あなたに来てもらえると戦力になりそうだから、私は来てほし──今なんて?」
「わかった」
聞き間違えかと思ったが、やっぱり同じ答えが返ってきた。
「いや、え!? 今の話そんな即決できることだった!? あと、ボケなげえよ!! とか言ってほしいなぁ!!」
「ぼけなげえよ」
「もう遅いよ!? あと棒読みすぎ!!」
今日はとりあえず話をするだけで、後日また返事を聞きに来ようと思っていた。
まさかこの場で了承されるなんて、考えもしていなかったのだ。
壮大なボケみたいになったけど、狙ってたわけじゃない。事前に考えていたことが先走っただけ、と一人で言い訳してみる。
「今から行けばいいか?」
「そんなすぐ行けるの!? 準備とかない!?」
「今持っているものが全てだ」
「そ……そうなんだ……私についてくる?」
「ああ」
思ったより早く話し合いが終わった。私とローランは部屋を後にし、そのまま王宮に向かうことになる。
──予定にはなかったけど、どうせお父さんも暇だしいいよね。
建物から建物へと渡って数分後──
私の自宅でもある王宮殿に到着した。
「ここが王宮だよ〜」
ローランを王宮に案内したけど、相変わらず表情も無機質な瞳も変わらない。
「本当に表情が変わらないね〜」
「……」
「死んだ魚みたいな目してるし〜」
「……」
全く話さないローランに慣れてきたので、友達みたいに遠慮なく話しかける。
友達とかいたことないけどね。ずっとベッドの上だったし。
「本当に喋らないね〜」
「……」
これがデートだったら終了だ。したことないから知らないけど。男女で並んで歩くだけでデートというなら、これもそうなるのかな。
王宮に入った後も、めちゃくちゃ長い廊下を歩く。と言っても一分もかからず、最上階の最奥にある豪華な部屋の前に辿り着いた。
ミスラ「実際ローランって何者なの?」
ローラン「俺は何者ではない」
ミスラ「いやそういうんじゃなくて」
ジーク「日本人かどうかってことだよね」
ミスラ「ジークさんは日本知らない設定ですよ!?」
ジーク「あっ……」
ローラン「次回、『大人の都合で書き換えられていく神話』」
アーサー「大人の事情です」
ミスラ「うっわぁ……」