三章ノ1 『ドラゴン来たぁー!! ※龍族です』
「うおぉー!!」
雲ひとつない青空から差す巨大な影を見上
げ、私とキョウヤは興奮して驚喜の叫びを上げた。
影はすぐさま通りすぎ、また別の影も滑らかに過ぎ去っていく。
ここまで速い入れ替わりなのも、雲とは違い元の大きさが目視でわかるほど近距離だから。
鳥などとは比べ物にならない。超大型の鳥型魔物ですら小さく思えてくる雄大な翼をはためかせ、蛇に似て非なる太くて長い尻尾をなびかせる。
「ドラゴン来たぁー!!」
正確には龍族。ドラゴンという名称は間違いだけど、やっぱり我々地球人ならそう呼ばざるを得ない。
全長は大体プールの長さと同じぐらい。二十五メートルだっけ。
もちろんそれぞれ大きさは違うが、二つの翼の合計と、頭から尻尾の先端がおよそ二十五メートル。
「うぉおっきぃー!!」
「でっけぇー!!」
ローランはやはりノーリアクションだが、私とキョウヤは思う存分感傷に浸らせてもらおう。
キャメロットからシュヴァリナまで走ったときとは違い、飛んできたから体力にはまだ余裕がある。
魔力は結構減ってるけど、現在はちょうど昼頃。無事エトワールに到着した。
キャメロットやシュヴァリナみたいな、進撃のなんたらなどにも出てくる壁や門はない。
他の二国は日本の数十分の一程度の広さだが、エトワールは日本の数倍ほどの領土を誇るとか。
住宅が密集しておらず、全体的に自然豊かな景色。国というより大自然と言うべきだ。
「ん〜〜っ。空気が気持ちぃ〜!」
爽やかな空気を深呼吸で取り入れ、疲れを吹き飛ばす爽快な気分にさせてくれる。
国境がどこかも曖昧だが、ドラゴンがいるからここはもうエトワール国内で間違いない。
「よっし、まずはお昼ご飯だー!」
「おおー!」
「俺は遠慮しておく」
「知ってる」
最近までは断られる度に傷ついたが、最初からわかっているからもうダメージは少なくなった。
手慣れた手付きでキョウヤがローランの財布を取り出し、ポイッと投げ渡す。
「集合場所はどうすんだ?」
「先に観光してから店決めよ〜」
「だな」
「ってわけでローランも一緒に観光ね〜」
「ああ」
先にエトワールの王様に会っておきたいけど、この広い自然のどこにいるか見当もつかない。
国の人に話を聞いていけばわかるかなっと楽観的に考え、崖から一望している私たちは建物がある場所まで走って向かう。
◇◆◇◆◇
「王様がいる場所だって? 俺も知ってるが龍族に聞けば連れてってもらえるぞ」
エトワールに来てから初遭遇の第一村人ならぬ第一国民が、すんなりと有力な情報を教えてくれた。
ちょうど移動販売をしていたので、お礼に焼き鳥を三つ買う。お礼にと言ったが、単純にお腹空いてたというのが購入理由の七割を占める。
「ありがとうございました〜」
「譲ちゃんたちも気をつけてな〜」
ほのぼのとした会話で親切なおじさんと別れ、キョウヤとローランにも焼き鳥を配るが、
「俺はいらん」
「強情!」
この碁に及んでローランは拒絶してきた。無理やり口の中に入れようとしてもだめだったので、仕方なく私が二本食べる。
ローランが食べるところを見れなくて残念。断じて『ラッキー♪』などとは思っていない。
「うん、美味しい」
ちゃんと手を抜かずに味付けされてるのがわかる。タレの味もしっかり染みてて素材もいい。
上級鳥型魔物シムルグとおじさんは言っていた。キャメロットやシュヴァリナ付近には生息してないため、名前しか聞いたことはない。
何匹か討伐して持ち帰ろうかな。自分で作った焼き鳥をお父さんとお母さんに食べさせたい。
値段もまぁまぁしたけど収穫は大きかった。
あっという間になくなってしまったが、私にはローランが食べなかったもう一本がある。
「ラッキー♪」
おっと、つい本音が。なんでもありません。
二本目をよく味わって私が食べていると、キョウヤが不思議そうな顔でローランに聞く。
「ローランは腹減らないのか?」
「あとで食べれば問題ない」
「なんでそんなに食べるとこ見られたくねぇんだ? 減るもんじゃねぇんだし」
「俺にも事情がある」
「一緒に食べれない事情ってなんだよ」
「今は言えんな」
「はいそうですか」
答える気がなさそうだから諦めたのか、キョウヤはそれ以上の追求はやめて引き下がった。
そこで私も、名残惜しいが二本目の焼き鳥の一番持ち手に近い最後のお肉を口に運んだ。
よく噛んで、飲み込んで、生成した水を飲む。
「ごちそうさまでした」
食べ終えた木の棒を、竹に近い染みない紙の入れ物にしまい、手を合わせて感謝を呟く。
「じゃ、とりあえず龍族を探してみますか〜」
「おう」
「……その必要はなくなったようだ」
「え?」
立ち止まったローランに私とキョウヤが振り返ると、しばらくぶりに空を飛ぶ龍族が日光を遮る。
だが、今回はさっきまでとは違っていた。
この世界では魔物以外の生物は例外なく魔力を持つ。もちろん龍族からも人族と本質的に別の魔力を感知するが、今私たちの頭上にいるのは桁違い。
「──っ」
思わず私ですら息を呑む。幹部級を遥かに超えるその魔力に、他の龍族を遥かに超えるその巨体に。
お父さんやお母さんから聞いたことがある。龍族の中には『古代龍』と呼ばれる超大型がいると。
何百メートルあるんだ? 東京ドーム全体を覆うことは容易だろう。東京ドームの大きさは知らないけど。
「これ……少なくとも二百はあるって」
超大型の古代龍が通りすぎた。かと思えば、迂回してこっちに向かってくる。
「──っ」
このままじゃぶつかる、という心配は杞憂に終わった。少しずつ減速して飛行し、私たちの正面で止まってくれた。
本当に生き物なのか疑問に思うほど巨大。地球であれば質量オーバーなサイズだが、確かに空を飛んで動いている。
──チョーファンタズィー。
薄っすらとした日光に照らされ、全身を覆う白銀の鱗が光り輝く。片翼だけでオリンピックのプール以上。五十メートルはありそう。
高潔で壮麗なその姿に圧倒されていると、白い光に包まれた古代龍が忽然と消えた。
「え?」
視界を覆い隠すほどの巨体がどこに行ったのかと辺りを見渡すと、いつの間にか前方に二つの人影。
「こやつらがそうなのか?」
「多分……絶対……多分そうだ」
「どっちだ。はっきりせんか」
「なんとなくなんだが、アーサーに雰囲気が似てるっつうか……そんな気がすんだよ」
「聖剣使いの小僧か。……確かに類似しておる」
コントのようなやり取りをしたあと、こちらをじーっと凝視しながら近づいてくる。
どこか子供っぽい三十代ほどに見える薄緑髪の男の人と、清楚な銀髪を腰まで下ろす聡明な雰囲気が漂う幼女。
地球でこのセットなら、十中八九『君たちちょっといいかな』と言われそうな案件。でも、話している内容的に仲が良さそう。
「君たちちょっといいかな」
あれっ、男の人から逆に職務質問されたぞ。
「間違ってたらほんとごめんなんだけど、見かけない顔だから他国から来たんだよね?」
「エトワール国民ですよ?」
「……まじ?」
「冗談ですよ?」
「…………」
「ふはっ、小娘にしてやられたなケーニッヒ」
真面目に答えても面白くないからふざけてみたら、男の人は無表情だが幼女にはウケた。
「笑えねぇ冗談やめてくれ。全国民の顔と名前は覚えてるはずだからヒヤッとしたぜ」
「どうやら初対面でも舐められる顔らしい」
「『でも』ってなに!? 俺ってそんなに舐められてんの!?」
「冗談に決まっているだろう?」
「……お前らまじで……いい加減にしろ!!」
顔を真っ赤に沸騰させた男の人──ケーニッヒさんが怒鳴り、幼女さんは呆れた表情をして黙る。
「で? ほんとはどっから来たんだ?」
「実は……エトワールです」
「いやもうええわ」
「本当はシュヴァリナです」
「とか言ってキャメロットだったり?」
「お見事。正解です」
「マジかよー」
歳上のはずが妙にからかい甲斐のあるケーニッヒさん。名前はお父さんから聞いたことがあった。
「あなたがエトワールの国王ですね?」
かつて解放軍中隊長だった人で、お父さんとレークスさんの友達でもある人物。
「てことはやっぱりミスラちゃんか? アーサーとグェネヴィア中隊長の娘さんだよな?」
「はい、そうです」
「良かった。今度はちゃんと答えてくれた」
「話が進まないので」
「じゃあなんでさっきはやった!」
「面白そうだったのでつい」
「ほんとアーサーの娘だな!」
レークスさんやエリザベスさんとは違い、ケーニッヒさんにはそこはかとない幼稚感がある。
だけど、ケーニッヒさんの隣に並んでいる幼女は見た目にそぐわぬ威厳が隠しきれていない。
「どうした小娘。私の力量を測るつもりか?」
「──まさかとは思うんですが、貴女は先程の巨大な古代龍さんですか?」
「そのまさかだ。この私こそ、前竜王の娘にして現龍王の妹である古代龍クリスティーナだ」
異世界ファンタジーならありがちな、ドラゴンは人形にチェンジできる設定。この世界には適応されてないはずなんだけどな。
「……龍族が人族になるなんて聞いたこともないんですけど、どうやったんですか?」
「誰しも疑問に思うだろうな。なぜなら龍族の中でも唯一この私だけが使える特殊な魔法だ」
クリスティーナさんが白い光に包まれたかと思えば、目の前にはさっき見た巨大な白銀の龍。
またしても瞬く間に巨体が消え、気付けば幼女の姿にフォルムチェンジしていた。
「<変身>という無属性魔法だ」
特殊な無属性魔法。ローランとキョウヤ以外では、というか現地人では初めて見たな。
それも、クリスティーナさんなら納得。
「クリスティーナさん、一つ聞いていいですか?」
「遠慮などいらん。なんでも聞け」
「なら遠慮なく言いますけど、クリスティーナさんって相当強いですよね」
「当然。龍王の血を受け継ぐ者なのだからな」
自身に溢れるクリスティーナさんは、私がこれまで見てきた誰よりも強い。魔族の幹部級より、暴走したアムネシアちゃんより、二つの神器を操るローランより、もちろん私よりも。
「そうなんですね。でも不思議なんですけど、なんでその龍王の妹さんがケーニッヒさんなんかと?」
「『なんか』っていうな! 君のお父さんの友達だぞ? お母さんの部下でもあるけど……」
レークスさんもだけど、なぜかお母さんの話題になるとみんなして歯切れを悪くする。
ますます気になるお母さんの過去だが、クリスティーナさんがさっきの質問に返答してくれた。
「なぜケーニッヒと共にいるのか。答えは一つしかあるまい。私がこやつの妻だからに他ならん」
なんとなくは予想していた言葉を聞き、私はレークスさんに視線を注ぐ。
「やめて、犯罪者見る目やめて。違うから、リティナの方が俺より断然歳上だから」
「私は龍族だからな。見た目はまだしも百年前から生きている。人族と違いこれでも子供だがな」
「子供……やっぱり……」
再び同様の視線をケーニッヒさんに送る。
「おいリティナ! まぎわらしいこと言うんじゃねぇ! 犯罪者疑惑払拭できねぇよぉ!」
「案ずるな」
身軽にジャンプしたクリスティーナさんが頭上を飛び越え、後ろからケーニッヒさんの首に両腕を回して頬を重ねた。
「モテない馬鹿な人族なんぞに惚れてしまった頭のおかしい古代龍。それが私だ」
「それただ俺を貶してるだけじゃねぇか!」
「クリスティーナさんがそう言うなら」
「なんか納得してるしー!」
ケーニッヒさんが犯罪者ではないことに安心しつつ、忘れかけていた本題を私は切り出す。
「実は先日勇者を召喚しまして」
「急展開だな」
「とりあえずケーニッヒさんたちの自宅はありますか? 王宮殿的な場所があれば移ろうかなと」
「あるにはあるんだがこっからじゃかなり遠いんだよな……」
ケーニッヒさんがチラッと送った目線を、クリスティーナさんは見つめ返して微笑を浮かべる。
「よし、ならリティナの背中に乗ってくか? 高いとこ苦手な奴がいたら無理だが」
「全員空を飛べるから大丈夫です」
「なら心配いらねぇな」
クリスティーナさんが<変身>で元の姿に戻り、私たちはその雄大な背中の上に乗った。
「リティナ、いいぞ」
ケーニッヒさんがトントンと首を二回叩くと、クリスティーナさんの翼が空気を取り込んで飛翔する。
「うおぉー!」
未知なる初体験に私とキョウヤのテンションは爆上がり。なにせドラゴンに乗って空を飛べるんだ。
ケーニッヒさんが風をコントロールして空気抵抗をなくし、クリスティーナさんは一層加速する。
凄まじいスピードなのに振り落とされる心配はない。ケーニッヒさんが向かい風をいなすから。
「ヒャッホー!」
また一つ叶った夢に歓喜し、ジェットコースターに乗る人みたいに両手を上げて私は奇声を発した。
人族最大国家『エトワール編』始動!




