二章ノ25 『女神と天使のアイドル爆誕!』
ギターとピアノとドラムで伴奏が始まり、会場全体に届くように音を風に乗せる。
ステージ上では、ドレスを着こなす二十代前半にも見える美しい水色髪の女性が踊りだす。
『はじめは君が、嫌いだった〜。自分勝手な、理由だけど〜。幸せそうな、君を見て、胸の中はモヤモヤ〜♪』
マイクがなくとも、そよ風が綺麗な歌声を最後尾まで均等に運ぶ。
『そんな君が、嫌いだった〜。その才能が、羨ましく〜て。自慢げにドヤる、君を見て、胸の中はイライラ〜♪』
会場全体が「「「おおおォォォォォ!!」」」とハモった掛け声によって震撼する。
『ありふれた話だけど〜、ママもパパも遠くに行っちゃって〜。でも私は、次のママから、温かさをもらえてった〜〜』
裏方の伴奏にも熱が入り、曲はサビに突入した。
『心に開いた穴は埋まらなくって、あの日玄関のドアが叩か〜れぇた♪ 君は覚えてないかもね〜。それが〜、出逢いだったんだよ〜〜〜』
くるりと一回転し、ドレスがひらひらとなびく。
『はっじめは君が嫌いだった〜。自分勝手な理由だけど〜。楽しげに笑う、君を見て、胸の中はムカムカ〜♪』
さらにヒートアップした会場を熱気が満たす。
『腹が立つけど、羨ましくて、恥を偲んで聞くんだ♪ どうやって君になれるかって♪
とっくーいげな、せっえーりふで♪ なんでもないように言ったよね〜。でも私は、その言葉に、勇気をもらえてたんだ〜』
エリザベスさんが前に出した両手から水流が何度か発射され、アーチ状の曲線を描く途中で凍結する。
『きっみがいなくなったあと〜、私〜頑張って、私〜頑張って、大人にーなってから追いかっけたよ〜〜。
自然に目で追いかけてたんだ♪ だっから気付いちゃったんだ♪ 君が好きになってたって〜〜。
にんき〜ものになったよ〜。たくさん心♪ つっかんだけど♪ 私がほしぃのは君の心だけだよ♪』
観客の頭上に出現した氷が解除され、ひんやりとした水しぶきがパラパラと降り注ぐ。
『魔法は使えるけど〜。君に想い伝える勇気なくって♪ あと一歩、踏み出っせる〜、勇気出す魔法がほし・い・よ〜〜』
エリザベスさんはウインクを飛ばす。
『心に開いた穴は埋まらなくって、あの日玄関のドアが叩か〜れぇた♪ 君は覚えてないかもね。思い出してくれないかな♪ 私を見てくれないかな〜♪ それが〜、出逢いだったんだよ〜〜〜〜』
曲の終了に続いて音楽も止まり、同時に上がった大歓声が会場内の空気をビリビリと震わせた。
照明にしていた光と炎と雷が静かに消える。
女神アイドルのエリザベスさんだが、歌っていたのは自身が作詞作曲したらしい『嫌いだった君が好きになった』という曲。
観客席から私たちも見ていたけど、国民のみなさんの熱量が尋常じゃない。
「「「アンコール!! アンコール!!」」」
会場が一体となって何度も叫び、それに答えるように再び照明がつく。
ステージに戻ったエリザベスさんが観客席へと手を伸ばすと、なぜか私と目が合う。
なんとなく嫌な予感がしたが、残念なことにその第六感はばっちり当たっていた。
「みんな〜! アンコールありがと〜! 今日はドーム再建記念ライブということで、キャメロット第二王女ミスラちゃんとデュエットしたいと思います!」
は? 今なんて?
「「「おおぉぉぉぉ!!」」
盛り上がってるとこ悪いけど、当の本人がなんにも知らされてないんですが?
「ミスラちゃん! ステージにどうぞ!」
エリザベスさんの目線で気付いたのか、観客席にいる全員がこっちを向いてきた。
「こ、こんな大人数の前で歌うとか無理なんだけど……そもそも歌詞覚えてないし」
「なんとかなるだろ。行くしかないって」
「でも……ローランならどうする?」
この状況を切り抜けられるアイデアを求め、なにか思いつきそうなローランに意見を仰ぐ。
だが、
「行くしかない」
「ですよねぇー」
結局行く羽目になり、観客同士の間を通ってステージまで足を運ぶ。
出された手にハイタッチしかながらステージに上がると、エリザベスさんが私の耳元に口を寄せる。
「急なお願いだったのにありがとね」
「お願いって……実質強制でしたよね」
「ちょっと一人だときつくって」
「えっ、体力なら全然余裕ありますよね?」
「いや……精神的にね? この歳になってまだこんなことしてる事実に……。求められるからやってるけど、ほんとは結構辛いの」
「あー……了解です」
やってる側がやりたいとは限らないよね。
見た目に違和感がないから気にならないけど、本人は結構気にしてるってことか。
ただ、なるべくやりたくないから、観客の国民らに最後の望みを託して聞く。
「えっと……みなさんは私が混ざってもいいんですか?」
「いいよー!」
「キャーミスラ様ー!」
「我らがエンジェルー!」
「女神様と天使様が共演なされるぞー!」
即答だった。避難の声は一つもない。てっきりエリザベスさん一人の方がいいかと思ってたけど、予想外に大歓迎された。
「な、なぜ……」
「ミスラちゃんの魅力を知らない人は今やこの国にはいないよ」
「え?」
「握手してくれるし、サイン断らないし、殺されかけた人にも慈愛を持って接するし、神対応でミスラちゃんの評価も私に次いでるからね」
「他国民なんですが?」
「関係ないよ。さっ、一緒に道づ……歌おー!」
「今道連れって言いかけました!?」
この歓迎ムードでは断ることなどできず、エリザベスさんに合わせて私はなんとかやりきった。
◇◆◇◆◇
個人的に波乱のライブが終わり、避難所へと戻る国民との握手会やサイン会をこなす。
嫌々ながらやってみたけど、気恥ずかしさだけじゃなく、意外に楽しさもあって大満足だった。
見えざる刃で埋もれてしまったが、すっかり綺麗になった地下にて私たちは休む。
「人前で歌って踊るのは緊張しますね」
全国ネットの生放送でアイドルできる人は尊敬。メンタリティーに強化魔法使えないかな。
「そうだね。私も最初は恥ずかしかったよ」
「そうなんですか?」
「うん。魔族との全面戦争へ向かう道中、解放軍の指揮を上げようとしてやったんだけど……まさかあれから二十年も続けることになるなんてね」
魔族との全面戦争! すごい気になるけど、大勢仲間が死んじゃったらしいから聞かないでおこう。
「当時から凄まじい人気ですね」
「ファンクラブなんて二十年以上前からあるし」
「てことは……国ができる前からの伝統ですか?」
「発端はレークスだったよ」
エリザベスさんはレークスさんに向けた目を細める。
「まさか、最初から両想いだったなんてね」
「あの時は俺も驚いた」
「咄嗟に歌った『嫌いだった君が好きになった』って、元々レークスを想って考えたんだから」
「そいつは光栄だ。俺も作詞してみるか」
「楽しみにしてるね♪」
相変わらず仲良いかよ。
心の中で<超爆裂波動>を撃ち込みつつ、現実でも私は二人の世界に割って入る。
「じゃ、充分な食糧も調達できたし、そろそろ私たちは行きますね」
シュヴァリナが元の姿になるまではかなりの時間を有するだろう。だから、復興を待たずして私たちは今日中に国を出ることにした。
「寂しくなるね」
「そうだな」
「すみません最後まで手伝えず。早めにエトワールへ連絡しておきたいので」
「気にしないで」
「ここは俺たちの国だ。壊したのも俺たちの娘だしな」
「本当にご迷惑おかけしましたわ」
レークスさんや私たち全員に、アムネシアちゃんが謝罪して深々と腰を折る。
「特にお母様には謝罪してもしきれません」
エリザベスさんは右手の小指を失ってしまい、アムネシアちゃんは先日も号泣して謝っていた。
「私は別に」
「俺は絶対許さん」
反省してくれているからと、エリザベスさんは許しているが、レークスさんはまだ怒っている。
「レークス、私は大丈夫だから」
「大丈夫じゃない。エリザベスはもう右手で剣が持てないんだ。子供だからって容赦しない。償うにはそれ相応の姿勢を見せてくれないとな」
やはりレークスさんの中ではエリザベスさんが一番大切らしく、ここ数日間アムネシアちゃんとは義務的な会話しかしていない。
「わかっておりますわ。これからは厳しい訓練でもなんでも致します。魔王に操られていたからかもしれませんが、身体に災害級の感覚が残っておりますので」
「容赦しないからな」
「どんな試練も覚悟の上ですわ」
「なんでもするならアイドル活動してくれない?」
「「はい?」」
ギスギスしているレークスさんとアムネシアちゃんの声が合わさった。
喧嘩しててもやはり親子だったらしい。
「また妊娠したら活動できなくなるし、永遠の十九歳とかもうきついから」
「……またエリザベスロスに陥るとまずいしな」
エリザベスロスってなんだ? 路地裏の面々を見た感じなんとなく想像つくけど。
「わたくしはなんでもしますわ。これからは復興作業に助力し、訓練に加えアイドル活動もこなします。お母様、ご教授願えますか?」
「もちろんだよ」
「アイドル活動……長いですね。略してアイカ」
「それ以上はアウトー!」
危なかった。あと一文字でタイトルそのままで言っちゃうところだったよ。
「なにがだめなのでしょう。略せていいのでは?」
「著作権とかね? いろいろあるんだよ」
「チョサク剣? どういった神器ですか?」
「神器ちゃうわ。なんでもない」
なんだろうと言いたげたアムネシアちゃんに背を向け、
「ローラン、キョウヤ、そろそろ行くよ」
「そうだな」
「ああ」
二人を連れて私は地下室のドアへ向かう。すると、アムネシアちゃんがキョウヤの手を取った。
「ん?」
「あの……キョウヤ様……」
「どうした?」
「……す……す……っごい頑張ってください」
「お、おん」
困惑した様子で返事をし、キョウヤは私とローランのあとに続いて地下室のドアを開ける。
ドームから出ると、まだ瓦礫の山が積み重なっていて、聖騎士団土属性部隊が総力を上げて建設中。
「あっ! ローラン!」
建物の残骸の裏を見ていたアーデルハイドが、ローランを見つけると手を振って駆けつけてきた。
「もう行くのか」
「ああ」
「……そうか」
しょぼんとするアーデルハイドに、最後に聞かなきゃいけないことを私は確認する。
「見つかった?」
「それが……勇者様のおっしゃる地点付近には見当たらず、土属性でない団員が捜索中です」
「……嫌な予感がするね」
「そうなんですよ! だからローランは」
「私が連れていくよ? 魔王討伐のために」
「……魔王討伐……致し方ありません」
悔しそうに目を瞑り、アーデルハイドは大人しく後ろに下がった。
「大義は我にあり!」
「はい?」
「しっしっ、ローランは私と出発するから〜」
「俺もいるんだが」
「ついでにキョウヤも」
「ついで!? 勇者召喚の報告が目的じゃなかったか!?」
正論を言ってくるキョウヤは都合悪いので無視し、アーデルハイドの肩に手を置く。
「『呪剣』捜索、頑張ってね」
「くっ……まぁいいでしょう。次に会った時はローランとゆっくり話をさせてもらいますから」
「はいはいそうですか〜。じゃあね〜」
背中越しにひらひらと手を振り、シュヴァリナの門から私は一歩外に足を出す。
後方では、アーデルハイドが大声でローランの名を呼んだ。
「帰りもシュヴァリナに寄っていってくれ! 歓迎するぞ!」
あともう少しで国の外というところで振り返り、無表情のままローランが答える。
「ああ」
いつも通りの一言だったが、アーデルハイドは笑顔で手を振り、ローランも片手を上げた。
それを見てまた胸がもやっとして、私はローランの手を引っ張って急かす。
「早く行こうよ〜。野宿はしたくないからさ〜」
「エトワールまでは千五百キロ以上あるんだったよな。それを数時間ってやばくね?」
「急がなきゃ今日中に着かないから先行くね〜」
突風で加速した私が上空へジャンプし、慣れてないキョウヤがもたついて遅れ、
「ではまた、元気でな」
「ああ」
アーデルハイドと軽く別れの挨拶したローランは、炎でブーストさせてキョウヤを軽々と追い抜く。
「よっし! このまま五百キロ飛ぶぞ〜!」
本当にいろいろあって大変で、シュヴァリナには想定より数日間長く滞在したけど、なんやかんや悪くはなかった。
次はエトワール王国。龍族と共生する国へ。
次回で二章は終幕です。




