二章ノ24 『体が縮んだ状態から戻る時は注意しよう』
魔王やら悪魔やらと闘った翌日──
ほぼ壊滅状態となったシュヴァリナを再建するため、私とローランもレークスさんたちに協力する。
聖騎士団が国の警護と近隣の森にて魔物討伐。飲食店を経営していた人たちと私で調理し、レークスさんたちと共に国民全員へ配る。
私も自分で作った料理の炊き出しをしていると、たくさんの人に感謝され、握手を求められた。
こっちの世界に来てからよく芸能人気分を味わうな〜、とか考えているところに思わぬ客も。
「あの時はすみませんでした!」
アムネシアちゃんとの戦闘中、突風で私の着地を邪魔した男の人が、料理も受け取らず頭を下げてきた。
「確認もせず勝手に敵だと思い込んで……本当にすみませんでした!!」
中には私に謝ってくる人もいたけど、土下座までしてきたのはこの人がはじめて。
私を命の危機に追い込んでくれたし、一番責任感じるのは無理もないか。
「ミスラ王女様」
男の人の一つ後ろに並んでいた女の人が前に出てきた。
順番を待たせるな、とか言いにきたのと思っていたけど、
「うちのがやらかしてしまったみたいで、王女様を危うく殺しかねない大罪を犯しました」
男の人の奥さんだった。
奥さんは地面に正座する。
「ですが、どうか許していただけないでしょうか。私からしっかり言い聞かせておきますので」
「いや、あの……そんなに怒ってませんよ」
「そんなはずありません。こいつは貴女様の命を奪いかけたんですよ?」
「この国を……主にエリザベスさんだけど……国を思っての行動ですよね?」
申し訳なさそうにご主人さんの表情が曇った。
「それは……そうですが……そんな言い訳はできません」
「別に言い訳していいですよ。みなさんの愛国心は伝わりました。そこまで国を思えるなんて素晴らしいことじゃないですか。もっと胸を張ってください」
思っているのは国というより、女神であるエリザベスさんだろうけどね。
心からの本音を話し、どうにか怒ってないと伝えようとしたんだけど、なぜか男の人と奥さんまでもが泣き出す。
「……ありがとう……ございます……」
「我々、ミスラ王女様のファンになりました」
「へ?」
「ファン第一号としてサインお願いします!」
二人共が上着を脱ぎ始め、柄のない服と懐から取り出したペンを差し出してきた。
「え、えっと……多分、キャメロット国民は私のファンのようなものなので、第一号じゃないかもしれません」
「なんと! さすがはミスラ王女様ですね」
「ならば、シュヴァリナ国内での一号にはなりませんか?」
「実はですね……聖騎士団副団長のアリシアさんがもうすでに私のファンらしいです」
この間アリシアさんと話したときの興奮の仕様は、ファンと言って差し支えないと思う。
「あの人か……意外に仕事が早い」
「団長の妹さん……存外できるわね」
無駄にシリアスな顔で話す二人に、私は今気付いた朗報を伝える。
「そういえば……サインとかはまだ誰にも書いてないな」
「──っ!」
勢いよく顔を上げた二人は、まるで獲物を狙う肉食動物のように、それはそれは鋭い目つきをしていた。
「お願いします」
「よろしくお願い申し上げます」
引くほどの圧でお願いされ、即興で考えたサインをそれぞれの服に書いてみた。
すると、二人はその服を大切そうに持ち、
「ありがとうございます!」
「家宝にします!」
満面の笑みで何度も感謝してくる。
「う、うん……それで、炊き出しはいります?」
あっ、と後ろの行列を一括した二人は、ペコペコと謝りながら料理を受け取っていった。
その後、握手だけでなく異様にサインを要求されたが、特に気に留めずひとりひとりに対応した。
これが後に神対応と呼ばれ、まさかあんなことになるなんて、この時の私に知る由もなかったのだ。
◇◆◇◆◇
闘いの翌日に意識が戻ったキョウヤは、翌々日になっても起きないアムネシアの部屋に、ローランとアリスを連れて来ていた。
「……んっ……」
全く動かなかったアムネシアから声が漏れ、薄っすらとまぶたを上げる。
「むっ、動いたぞ」
「おっ、目ぇ覚めたか?」
アリスとキョウヤがアムネシアを覗き込む。
「……ここは……」
まだ覚醒しきっていないのか、ぼんやりとした雰囲気でキョロキョロと部屋を見渡す。
「大丈夫か?」
「……勇者……様……?」
「えっ、あ、あぁ……一応勇者のキョウヤだぞ」
先日苦渋を味わったばかりなので、勇者と言われてキョウヤは歯切れを悪くする。
「そうですか。キョウヤ様が……えぇ!?」
意表を突かれたような声を発し、アムネシアはキョウヤに視線を固定して硬直した。
「どうした?」
「な、なななななんでもありませんわわわわ」
「ほんとにどうした!?」
突如バグったアムネシアに、どこか打ったんじゃないかとキョウヤは顔を近づける。
だが、
「いいいいいいやだだだだいじょうぶですぅ!」
アムネシアは布団でくるまり顔を隠す。
「全然大丈夫じゃねぇー!」
明らかに様子がおかしく、余計心配になるキョウヤだが、不用意になにかするわけにもいかない。
「……真面目な話、不調があるわけじゃないんだよな? どっか悪いなら遠慮せずに言えよ?」
「は、はい。お気遣い痛み入りますわ」
「ならいいが」
少し口調が落ち着いてきたアムネシアへ、助走をつけてアリスが思いっきり飛び乗った。
「ぐえっ!」
「貴殿が私の記憶を封じたのか?」
「──っ」
図星を突かれたように、アムネシアに覆いかぶさる布団がビクッと揺れる。
「やはりそうなのだな」
「……ごめんなさい」
掛け布団を取り正座をしてシーツに頭をつけ、誠心誠意アムネシアは謝罪の姿勢を見せた。
「記憶のない私に謝るのも仕方なかろう? 戻すことは可能か? 最悪戻らずともローランに……」
「可能ですよ」
「……そうか」
「なんで残念そうなんですか!?」
予想外の反応に驚いたアムネシアのツッコミに、アリスは不安そうに瞳を揺らす。
「……記憶が戻ったあと、ローランは私の中から消えてしまわないだろうか」
「そうですね。……わたくしにもわかりません。まずは戻してみましょう」
「再び消すことは可能か?」
「すみません。『呪剣』で無理やり魔力を上げて発動させたので……解除は魔力を分散させればいいので、ローランさんの<レーヴァテイン>があれば片手間ですが」
自分の名前が聞こえたからか、アリスの付き添いになっていたローランが歩いてきた。
「当てれば消える」
一言だけこぼしたローランは、ゆっくり抜刀した<レーヴァテイン>をアリスの頭上に上げる。
「ちょちょちょちょっとローラン待て! まだ心の準備というのがだな」
「指を三つ折るまでに決めろ」
「鬼畜か! ならいっそひと思いにやっ」
言葉の途中で<レーヴァテイン>を頭に落とし、アリスにかけられていた魔法が分解されていく。
「お、おいローラン、もう少しなんかあっても良かったんじゃねぇか?」
「やるなら早めが得策だ。無駄に時間をかけてば別れが惜しくなるだろう?」
「た、確かに……そうだな」
ごもっともな理由になにも言い返せずにいると、アリスの体が大きくなり服がビリビリと破れる。
「おおっ」
このあとの展開を期待し、凝視しようとしたキョウヤの両眼が暗闇に包まれた。
「えっ! ちょ、なんだこれ」
「キョウヤ様は見てはなりません」
声からしてアムネシアが犯人だと判明した。
だが、目を塞がれている感覚がない。まるで本当に視力を失ったかのようだ。
「おい! なにすんだよ!」
「視界を暗転させました」
「これじゃ見れねぇじゃねぇかぁ!」
「……そんなに見たいならわた……こほんこほん」
わた、あめ? と見当違いなことをキョウヤが考えている一方で、アリスの魔法は完全に解けた。
「うっ……」
「気分はどうだ?」
「……気分?」
ぼーっとしてなにも考えられない状態が収まると、差し出された手を無意識に掴んだ。
「覚えているか?」
「……貴殿は……ローラン。ローランか」
「記憶は健在のようだな」
「──っ」
記憶がなかった時のアリスとしての記憶を思い返し、アーデルハイドの頬は一瞬で紅色に染まる。
さらに、真横に置いてある鏡には、一糸纏わぬ姿となっている金髪美女──アーデルハイド自身が映っていた。
「あ……あ、あぁ……」
目の前には相変わらず無機質な瞳のローランがいる。美女の裸にも興味を示さず、ここではないどこかを見てるような眼差し。
だが、アーデルハイドにとっては一大事だった。
「キャアアアァァァァァ!!」
かっこいい顔つきにそぐわぬ、耳がキーンとなるほど甲高い悲鳴を上げてローランに抱きつく。
これ以上見られまいとした行動だったが、パニックで正確な判断ができていなかったらしい。
もっとやりようはあっただろうが、数ある選択肢の中でも最上級の奇行に走ってしまった。
「おい」
変わらぬトーンで発せられた一言で、耳まで真っ赤な顔のアーデルハイドは我に返る。
「だ、だから、その……ち、違うんだ!」
「なにが違うかは知らんがこれを着ろ」
ローランは洋服一式を創り、焦るアーデルハイドから離れて手渡す。
「あ……か、感謝する」
離れたことでばっちり裸を見られたが、そもそも先程すでに見られている。
恥ずかしさをぐっと堪え、アーデルハイドはローランの前で着替えをしていく。
「ん? これはどう着るのだ?」
アーデルハイドがわからなくなるのも当然。ローランが創ったのは和装。青でクールなイメージを崩さず、戦いやすいようスカート仕様の短パンつきで帯は白。
「帯のつけ方がわからんか?」
「これは『おび』というのか。形状からして腰に巻くのだろうが、どうしてもずれ落ちてしまうのだ」
「直接やってやる」
「へ?」
アーデルハイドの真正面でローランがしゃがみ、着付け方を教えてくれながら帯を動かす。
だが、うるさい心臓の音に意識を持っていかれ、内容はまるで入ってこなかった。
「──これで完璧だ」
「あ……ああ」
心臓の音が聞こえてなかったか、という不安が脳を圧迫し、うわの空な返事しかできない。
聞こえたところで無視しそうなローランなので、聞こえなかったとアーデルハイドは決めつけた。
「この服はなかなかに動きやすいのだな」
「戦闘に使っても問題ない。それとこれもやろう」
帯刀する三本のうち一つの剣を、ローランは鞘ごとアーデルハイドに差し出す。
「これは?」
「お前が使うにふさわしい。服と共にプレゼントだ。これから剣は帯に挿すといい」
「この帯とは剣を挿すためのものだったのか。服だけでなく神器まで……これは、ローランとお揃いになるか?」
「……そうだな」
アーデルハイドは笑顔を輝かせ、無表情なローランの右手を両手で取る。
「一生大事にする! 今日からこの服を正装兼仕事着にさせてもらっても構わないか?」
「ああ」
「感謝する!」
ガッツポーズを取ってアーデルハイドは喜ぶ。
その姿を見て、アムネシアと<暗転>が解かれたキョウヤはひそひそと話していた。
「……アーデルハイドさんローラン好きだよな」
「だと思います」
「ネクタールさんが好きなのってさ」
「アーデルハイドさんですね」
「……兄妹揃って暴走はやめてくれよ?」
そんなことになれば洒落にもならない。そんなキョウヤの不安にアムネシアが断言する。
「お兄様はわたくしとは違います。あんな愚かな真似は決してしないでしょう」
「お兄様至上主義はもうわかった。マジな表情で『私はブラコンです』って言うのはもういい」
アムネシアのブラコンを嫌というほど知っているので、それ以上言うなとキョウヤが手で制す。
ヤンデレ怖いと刷り込まれたキョウヤには、アムネシアの心が別に向いていることに気付けない。
二日前を思い出し、うんざりするキョウヤの手の影に入り、アムネシアは熱い眼差しを隠す。
「……私の気持ちには気付かないんですね」
「ん? なんか言ったか?」
わざと聞こえないよう小声で呟いたので、キョウヤはぼそっとしか聴き取れなかった。
狙い通り聞こえなくてホッとしたが、心の奥底では気持ちが届かずアムネシアは残念がる。
「なんでもないですよ」
鈍感なキョウヤに呆れつつも、心から愛しい彼をうっとり見つめ、アムネシアは笑顔で誤魔化した。