一章ノ3 『Sランク冒険者』
タイトルとは、変えるためにある。
感情が籠もっておらず、その声からは怒りも感じない。無機質な瞳そのままにローランが言い放った。
「なんだと?」
ノウブルは手を引っ込め、斜め後ろにいるローランを睨みつける。
「貴様は黙っていろ」
「話は終わっただろう」
「僕に歯向かう気か? ただではすまないぞ」
「お前がいると迷惑だ」
眉をピクリとさせ、ノウブルが青筋を立てる。
「……忠告はしたからな」
パチンと指を鳴らすと、ギルドのドアが開き、鎧を着た男が十人も入ってきた。
「もう一度言おう。これ以上口出しするな」
「ローランさん!」
ステラは慌てて受付カウンターから出る。
「本当にありがとうございました」
諦めてローランに頭を下げた。
「私がこの人についていけば……それで丸く収まります」
げてな笑みを浮かべるノウブルの元まで、ステラは重い足取りで歩いていく。
「そうだ、それでいい」
満足げにフンと鼻を鳴らすノウブルだが、
「なにを言っている」
ローランはまだ続ける。
「ローランさん! もういいんです」
「丸く収まりはしない。お前が我慢してるだろ」
「だから私だけで済むんですよ!!」
ぼろぼろ涙をこぼし叫ぶ。無駄に犠牲を出したくない。自分の命だけで済んでくれ。そう願って、ステラはローランを遠ざける。
だが、米粒のように小さな器のノウブルは、すでに沸点が限界に達していた。
「忠告はしたぞ。貴様はもう黙っていろ!!」
「ま、待って!!」
ステラの静止を聞かず、ノウブルが手を上げる。すると、統率が取れたように、鎧を着た男たちがローランを囲んだ。
「殺れ!!」
ノウブルから命令が下され、男たちが一斉にローランへ剣と槍を突き出す。
金属同士がぶつかった甲高い音と共に倒れた。──ローランではなく男たち全員が。
「は?」
ノウブルが素っ頓狂な声を漏らす。
わけのわからない光景を目の当たりにし、その場にいる全員がぽかんと口を開けた。
「き、貴様……い、一体なにをした!!」
「『氣』を放っただけだ。死んではいまい」
「『き』、だと? なんなんだそれは!!」
ギルド職員歴が長いステラでも、『き』というものがなにかわからない。
それはノウブルも同じようだ。
なんだと聞かれてもローランはなにも答えない。
「……こんなことをしてただで済むと思うなよ」
ピリピリとした張り詰めた空気は、再び壊されることになった。
カランカランと鈴の音が鳴り、このタイミングでギルドのドアが開かれた。
「どうも──ん? 空気がぴりついてるな」
黄髪の男が呑気に来店する。
その人物を見て、冒険者たちはノウブルが来たとき以上に騒がしくなった。
「マジかよ」
「おい、あれって」
「ああ、あの人は」
張り詰めた緊張感を感じたのか、黄髪の男は元凶のノウブルとローランに視線を移す。
「Sランク冒険者ジークフリードさんだ!!」
「やばい! あたしファンなんだけど!!」
「うちも! 確かまだ独身だったよね! アタックしちゃおっかな!」
「いや、今そんな空気じゃなくね?」
「……確かに、お前天才か」
「お前が馬鹿なだけだから安心しろ」
──Sランク冒険者。
かつて、解放軍最年少中隊長だったジークフリードのためだけに作られたランクである。
「これは、なにがあったんだ?」
「……Sランク……」
Sランクには、さすがのノウブルも身構えた。
だが、Sランクと聞いても尚、ローランは無機質な瞳で、どこか遠くを見ているようだ。
その異質さを感じ取ったのか、ジークは興味深そうに無反応のローランを眺める。
「君は……強いね。凄まじい魔力を感じる」
ジークは感嘆の声を漏らした。
「君に聞こう。これはなにがあったんだ?」
◇◆◇◆◇
パレードが終わり、依頼を受けようと、ジークはいつも通りギルドのドアを開けた。
だが、入った途端に普段通りでないとわかる。
金持ちそうで脂肪の塊のような男。その近くには、綺麗な女性職員が怯えたように立っている。
顔が見えないほどフードを被った少年の周りには、鎧を着込んだ屈強な連中が、十人も倒れているという状況だった。
まずいと思ったのか、反論しようとノウブルが口を開く。
「僕はただ」
「脂肪くんには聞いていない。フードくんに聞いている」
「しぼっ……」
いくら貴族でも、ジークには歯向かえない。
なぜなら、どれだけの精鋭を集めたとしても、Sランクに到達することは決して出来ないから。
「なにがあったんだ?」
聞いてもいないのに喋ろうとするノウブルの口を紡ぎ、ジークはローランに問う。
「……そこの貴族が雇っているこいつらに囲まれたんでな。意識を失わせた」
「なるほど。なら脂肪くん、いや、太っちょ貴族くん、なにか弁解はあるか?」
「ふとっ……ま、まあいい」
なにか言いたげな様子だが、ノウブルは言葉を飲み込んだ。
「僕はただ、相思相愛のステラを、僕の愛人にしてあげようとしただけだ。それを、そいつに邪魔されたから」
「本当に相思相愛なら、そんな怯えた表情をしていないはずだけど?」
「──っ」
押し黙ったノウブルを余所に、ローランがジークの前まで移動してきた。
「今すぐ解決する方法がある」
「ほう、それは?」
「俺とお前が戦う」
「……それは、僕がSランクとわかって言っているのかな?」
「無論だ」
「なるほど……貴族でも歯向かえないSランクと、同等の実力があると示すためということか」
「お前より俺が強い」
ローランの発言にギルド内はどよめく。
「僕より強いか……それは大きく出たね」
「幸いここは広い。やるぞ」
「それでも結構壊れると思うけど」
「直せばいい」
「……そうか。じゃあやろうか」
ジークとローランは互いに距離を取る。
「僕はジークフリードだ。君は?」
「俺はローラン」
腰に掛かっている二本の剣のうち、片方を鞘から抜いたジークだが、
「その剣を使え」
未だにフードを脱がないローランは、抜かなかった方の剣を指してきた。
「これがなにかわかっているのかい?」
「神器」
ローランが吐き捨てるように言った『神器』とは──全ての世界を合わせ、わずか百しかないと言われる、それぞれに特殊な能力が備わった宝石が埋め込まれた宝具のこと。
「まさか……神器を知っているとは」
「俺も神器を使おう」
「なに? ローランくんは武器を持っているようには見えないが」
ローランの腰にはなにもかかっておらず、神器どころか剣の一本さえも持っていない。
だが、一振りの剣がなんの前触れもなく現れた。
「これが俺の神器〈デュランダル〉」
銀色に光る宝石があり、突如ローランの手元に出現した剣は、紛れもなく神器だった。
「一体、どこから剣が……」
ジークは久々に驚いた。
最近はSランクとして、新人や有望な冒険者を鍛えていたが、退屈していたのかもしれない。
いつの間にか口角が上がり、全身の血が沸騰するような錯覚すら起こす。
「神器を使え」
「……まさか神器を出してくるとはね。──なら俺も本気でやらせてもらうぜ」
十年かぶりに口調を戻し、ジークは久しぶりに本気モードになった。
持っている剣を鞘に収め、黄色に光る宝石が埋め込まれた剣を持つ。
「これが俺の神器〈バルムンク〉だ」
「それでいい」
「さぁ、いつでもこいよ」
気付けば、ローランが目の前にいた。振り下ろされた〈デュランダル〉を〈バルムンク〉で受け流す。
「速いっ。だが」
ジークは光線を撃つ。が、わずかな動作で避けたローランから〈氷の弾〉が放たれた。
──氷属性使いか。いや違う。それだとあれだけ速く動けない。壊れても直せばいいと言っていた。ということは土属性も持っているはず。
予想通りローランが砂の塊を撃ってきた。
ジークは〈光速移動〉を使って避け、ローランの属性がなんなのか考える。
炎か風か雷か光属性のどれかは使えるはず。
例外の二人を除いて聞いたこともないが、三属性使いの可能性が高い。
光速で移動し、ローランの真横から〈バルムンク〉を振るう。並大抵ならこれで終わりだが、自然な動きで受け流された。
ローランは見たこともない剣技を使う。しかも、剣技だけならSランクのジークより上手い。
「全力でかかってこい」
言われずとも全力を見せてやる、と意気込み魔法を発動させる。ジークは五人に分身した。
五人で同時に光線を放つが、ローランに一歩も動かず全てかわされた。
今度は確実に当てるため距離を詰める。
五人が一斉に〈バルムンク〉へ魔力を込め、超級魔法〈閃光〉を使う。だが、ローランは『本体以外の攻撃』を避けなかった。
「所詮錯覚だ」
──完璧にバレていた。
分身は〈屈折〉による目の錯覚であり、本体以外の攻撃力は皆無。
「仕方ない」
ジークは光の魔力を圧縮し、〈バルムンク〉に注ぎ込む。人族相手に使うのは初めてだが、ローランなら死にはしまい。
〈バルムンク〉は『光の魔法剣』とも呼ばれており、光属性の魔法を宿すことや、補助などができる。そして今、ジークはその両方の能力を使い、光属性最強の魔法を発動させた。
光の魔法剣〈バルムンク〉から、燐光が渦巻く光線が放射される。──光属性の災害級魔法〈破滅光線〉がローランを襲う。
ローランは手に持っている〈デュランダル〉を、災害級へ投げつけた。だが、それはやってはいけないことだった。
ジークが使ったのは、本来の災害級の強化版。しかも、魔法剣を通した一撃だ。いくら神器でも、まともに食らえば消滅は免れない。
破滅の光線に〈デュランダル〉がぶつかり、ギルドの天井が吹っ飛ぶほどの大爆発が起こった。
爆炎がギルドを燃やし、抜けた天井から爆煙が立ち昇る。滅茶苦茶になったギルドだが、突風が通りすぎ炎と煙は空気に溶け込んだ。
視界がクリアになり、ジークは目を開ける。すると──傷一つない銀色に輝く刀身そのままの〈デュランダル〉を持つ少年がいた。
見たこともない髪色に見たこともない服装をしている。だが、魔力はローランのものだ。
「どうして、無傷なんだ──。それに、君はローランくんなのか?」
「〈デュランダル〉の別名は『不滅剣』。決して傷付かず折れることもない」
「──それがその神器の能力か」
デュランダルの能力は、決して壊れないという能力。他とは異なり、ただそれだけの地味とも思えるものだ。
「お前の全力の魔法を受け止めた。俺の勝ちでいいな?」
「ああ、俺の負けだよ」
──Sランクが負けた。
爆発するわ、防御魔法が張られるわ、突風が吹くわ、一瞬のうちにいろいろあった。
ギルド内──もう壊滅しているが──の連中は、なにが起こったのかわからない。
だが、順番に情報を処理していき、Sランク冒険者のジークが負けた、という事実を理解する。
「おい、嘘だろ」
「ジークさんが、負けた?」
「うそっ」
すでに、ジークが負けたということはわかっているはず。だが理解しても尚、受け入れることは難しかった。
どよどよとした雰囲気が漂う中──透き通った綺麗な声がその場に響いた。
「大丈夫ですか!!」
焦った様子で発した言葉でも、その美しい声は耳を潤してくれる。
「凄い魔力を感じたと思ったら、大爆発が起こって……ほんとに、一体何があったんですか?」
乱入してきた美声の人物を見て、冒険者らは驚愕を通り越し、絶句した。
今日は次から次へと予想外の来客が訪れる冒険者ギルド。今度の人物は、その中でもとりわけ大物だ。
キャメロットでは誰もが知っており、国王アーサーよりも国民から慕われている可憐な金髪の美少女。
──この国の第二王女ミスラだった。
ミスラ「やっと私の出番だね!」
ローラン「だが主人公にしては遅い」
ミスラ「日本にはこんな言葉があるんだよ」
ミスラ「主役は遅れてやってくる」
ローラン「三話は遅れすぎだろう」
ミスラ「それは言っちゃだめなお約束」
ミスラ「次回、『何者?』」
ノウブル「次こそは僕の出ば、えっ、ちょ、誰か助けてェェェ!!」