二章ノ21 『二十年前の続き』
「さて次は──」
パズズが目を配らせると、キョウヤが銃口を向けていた。が、ローランの姿が見えない。
背後にいたローランの動きを<影縫い>で封じ、振り向きざまに<ダインスレイヴ>を振るう。
縛られた左手から落とした<レーヴァテイン>が、紐状の影を斬ると同時に<ダインスレイヴ>とぶつかる。
素早く柄を掴んで受けたローランは、パズズの怪力を流しきれずに宙を舞う。
だが、空中で<瞬間移動>を使い、パズズの後ろから<デュランダル>を『無我の刹那』で引き抜く。
即対応したパズズだが、予想を凌駕する重さに押し負ける。
摩擦を利用して威力を殺すが、ビリビリと剣を持つ手が震えていた。
「──なにをした」
人族程度は足元にも及ばない馬鹿力となっているパズズが、まさか押し負けるなどありえない。
なにかカラクリがあるのは確かだった。
「お前の力と俺の力を合わせただけだ」
「……貴様の魔法……やはり移動ではなく飛んでいるな?」
ローランは答えず、二本の神器を鞘に収める。
無言を肯定と取り、パズズは合点がいった。
「我に飛ばされた勢いを殺さず、自身の攻撃に上乗せしたということか。……勝てぬわけよ。なにせこの我自身の力なのだからな」
余裕を崩さないパズズに対し、ローランの表情もピクリとも動かず、これ以上ないほどに冷静沈着。
これだけの殺気を真正面から浴びて尚、なに一つとして変わらず恐怖の欠片も感じていない。
「見たこともない魔法……属性に当てはまらぬ特殊な無属性か」
分析するパズズの間合いへ無造作に侵入し、一見すると無謀にローランが近づく。
返り撃とうと力を入れた踏み足が貫かれた。もう片方の脚も撃ち抜かれ、パズズは地に膝をつく。
隙を逃さず<デュランダル>の『無我の刹那』を浴びせ、防いだ<ダインスレイヴ>を弾き飛ばす。
即座に影へ潜って回避したパズズだが、出てきた瞬間を高密度の光線に狙われた。
ローランの<破滅光線>を咄嗟に<黒穴>で防ぐ。
だが完全には吸収できず、直撃を受けてパズズは崩れた民家の瓦礫に埋もれた。
「お、おい、ローラン」
パズズの脚を撃ったキョウヤが、ローランの側まで駆け寄る。
「なんか、さっきまでいっぱいあった人の気配なくないか? あとミスラは大丈夫なのか?」
「国民はエリザベスが指揮して避難誘導をしている。ミスラもエリザベスが見ている」
「なるほどな。良かった」
瓦礫を辺りに飛び散らかし、無傷の民家にも被害を広げつつパズズが起き上がった。すでに脚は回復しているようだ。
同時にレークスとネクタールも戻り、四対一でパズズを迎え撃つ準備は万端。
「あいつは確かに魔王だ」
この中でレークスだけが、二十年前にパズズと対峙している。
その恐ろしさを身を持って体験した。
「だが、あの時と比べれば小さく見える」
アムネシアの体なので実際に小さいのだが、四人でも勝てるかもしれない、とレークスは思う。
「奴は炎属性を使っていない。おそらくアムネシアの闇属性しか使えなくなってる。魔力と筋力もアムネシアと同じだ。あの魔法がないなら俺たちだけでも勝機はある」
「あの魔法?」
引っかかったキョウヤだが、ゆっくりと近づいてくるパズズに意識を集中させた。
歩きながらパズズは歯切りする。
「……この程度の魔力……魔法には頼れんな」
災害級数発程度の魔力では、魔王たるパズズにとってはゴミ同然。『呪剣』で魔力は上げられるが、魔法を節約しなければならない。
「これでは他の者らと肩を並べるのは厳しい。……ダエーワと同等かそれ以下といったところか」
キョウヤの<破滅光線>を紙一重でかわす。弾丸を避けながらパズズが仕掛け、真紅の光芒を走らせる。
前に出たローランが<デュランダル>で受け流す。が、筋力の差は歴然。力ずくで押し込まれた。
よろついたローランの隙をつき、パズズから<ダインスレイヴ>が振り下ろされる。
だが、鞘にしまった<デュランダル>と<レーヴァテイン>を同時に抜き、弾き返す。
「なっ!」
パズズは思わず驚愕する。
一点に籠められた二刀の打撃は、何倍にも威力が膨れ上がっていた。
魔法があまり使えないので仕方ないが、力任せに突破しようとしたパズズは体制を崩す。
撥ね上げられた<デュランダル>を払うが、左肩を<レーヴァテイン>が抉った。
──パズズが嗤う。
噴き出た血によって筋力が戻り、車輪のように<ダインスレイヴ>を回転させて二刀を弾く。
踏み込んだ瞬間に発砲されるが、超音速の銃弾をパズズは完全に見切っていた。
軌道を読んで避け、レークスの<絶対零度>を蠢く闇で消す。
休む間もなく降り注ぐ岩石の雨を薙ぎ払い、屋根に隠れるネクタールへ<影刃>を放つ。
「──っ!」
上級魔法のはずが、屋根を斬り裂きネクタールのいた場所に到達した。
回避が間に合わなければ致命傷だっただろう。
「我の支配力ならば上級も超級並の威力となる」
魔力や体力はアムネシアと変わりないが、魔力の支配力や回復力は比ではない。
判断力や精神力、神器の扱い方など、思考に依存する能力は魔王そのもの。
「……この体もなかなかに使える」
基本的に魔族は剣術の類いは使えない。だが、先程<デュランダル>を払った動きは紛れもない剣技。
幼き日から鍛え身体に染みついた剣術が、例え中身がパズズであっても自然に動いたのだ。
「魔力と筋力は残念だが、人族は剣術で足りない能力を補っていたというわけか」
満足げな笑みを浮かべるパズズだが、突如ガクンと力が抜けるように崩れ落ちた。
「……血、か……」
自分で刺した腹から絶えず血を流し続けていたのだ。いずれ不足するのは必然。
呪いで強化される能力は一定時間で元に戻る。そのため、長丁場では血を流し続ける必要があった。
ポタポタと滴る血が上昇した魔力と身体能力を維持するが、体内の血液は着実に減っていく。
「血が……足りん」
脚に力が入らず、立ち上がることすら至難。
──絶好のチャンス。逃さない手はなかった。
神器さえ破壊すれば、アムネシアが元に戻る可能性が高い。
四人が一斉に『呪剣』を狙い撃つ。が、パズズの方が先に魔法を使っていた。
淡い光に包まれたパズズの傷が一瞬にして癒え、<侵食の闇>と<黒穴>が四人の魔法を飲み込む。
「──っ!」
「なんで」
「血が足りなくなったはず」
ローラン以外が動揺する。<回復>で血を戻すことはできない。ましてや、瞬時に回復など不可能。
「あれから二十年だろう? 人族はこの程度の魔法も扱えんのか」
レークスですら使えない<超回復>を、パズズは当然のように使用していた。
「リセットだ」
せっかく治った腹を再び刺突する。
すぐに抜いて傷を重症化させ、真っ赤な噴水が辺りに飛び散った。
──視界を覆った鮮血からローランが飛び出す。
二刀流で連撃を繰り出すが、パズズは剣術でことごとくダメージを斜めに滑らせる。
逆に凄まじい重圧が襲いかかり、二本の神器で受けきれずローランは宙に浮く。が、<瞬間移動>と『無我の刹那』を組み合わせて二刀を放つ。
「二度も通ずると思うな」
振り向きざまに、パズズがローランの後頭部を<ダインスレイヴ>で薙ぐ。
咄嗟の<デュランダル>でのガードも役に立たず、脳にまで衝撃が行き渡った。
──脳が揺れれば意識を保つことはできない。
とどめを刺そうとしたが、連射された銃弾をパズズは全て払い除ける。
地面を盛り上げてローランを浮かせ、ネクタールがキャッチしたところで辺りが凍りつく。
魔力がなく闇が出せないパズズも凍結した。
氷像と化したパズズにネクタールが岩の弾を撃つ。だが、極限まで上がった筋力で脱出し、パズズは一太刀で岩を粉々にする。
「さて、終わらせるか」
厄介なローランが退場し、残りは赤子の手首を捻るより容易い、とパズズが踏み出す。
──燐光渦巻く光線が迫る。
飛び退いたパズズは真後ろから魔力を感知し、遠心力を乗せた<ダインスレイヴ>で返り討つ──はずだった。が、圧倒的なパズズの力をも凌駕した剣撃を食らう。
ふわっとした心地の悪い浮遊感の末、パズズは急降下して民家の天井をぶち抜いた。
「ごはっ、ごほっ、かはっ」
呼吸もままならない。砕けた肋骨を治療する。
バラバラの骨を戻すのは難しいが、<超回復>なら十数秒で回復し終えた。
「な……なにが……」
影が差す。見上げた時にはもう遅い。頭部を手で鷲掴みにされていた。
「消えろ」
ローランが呟く。同時に二つの魔法を発動させる。
「がぁっ」
苦しむパズズの声が途切れ、倒れた。
場を支配する静けさを感じ取り、終わったのかとキョウヤたちが様子を見に来る。
倒れているアムネシアを目の当たりにし、レークスは呆然と立ち尽くす。
「まさか……アムネシアを……」
「安心しろ。生きている」
ローランの言葉で我に返り、レークスはアムネシアの側に来て息を確認する。そして、ホッと息を吐いた。
「パズズをアムネシアの中から出した」
「本当か!? 一体、どうやって……」
「すまない。時間だ」
「え?」
突如ローランは意識を手放す。その場で卒倒したのを見て呆気に取られるが、
「ローラン!!」
慌ててキョウヤが駆け寄ると、脈も正常で落ち着いて息もしていた。
「……突然パワーアップしたからか? 結構負担とかリスクとかある系の強力な魔法なのか?」
最後はなぜかパズズを圧倒したため、倒れた原因は多分そうだな、とキョウヤは納得する。
「……んっ」
アムネシアから声が漏れた。
「アムネシア! 大丈夫か?」
心配そうにレークスが話しかける一方で、キョウヤは念の為『呪剣』を離しておく。また暴走されたら堪ったもんじゃない。
「……お兄……様……」
目を開けたアムネシアは、近づいてくるネクタールに視線を向けた。
「アムネシア……」
「……わたくし……なにを……」
上体を起こしてアムネシアは額に手を当てる。近寄ってきたネクタールがしゃがんだ。
「記憶は、どこまである?」
「……お兄様が……お兄様……お兄様。お兄様!」
「アムネシア?」
アムネシアは異常なほど『お兄様』と連呼し続け、深藍の瞳でネクタールを見つめる。
「お兄様……わたくしのものになってくれるのですね。お兄様はわたくしのもの。お兄様は」
「ごめんね」
不安そうに眉をひそめ、レークスに視線を送ると、こくりと頷き返してきた。
呼吸を整え、ネクタールが告げる。
「僕は……アーデルハイドさんが好きなんだ」
ピタリとアムネシアの口が止まった。
「だから……ごめん」
謝りながら控えめに頭を下げる。
アムネシアの眼差しはネクタールに向けられてるが、その実、全く別のものを見つめていた。
「お兄様は……わたくしのもの。……わたくしの、わたくしだけのお兄様。他の誰のものでもない」
「アムネシア!!」
「──お兄……様……?」
「僕は、アムネシアのものじゃないよ」
弱気で内気なところがあり、普段はあまり自分の意見を言わない。そんなネクタールが、瞳に意志を籠めて言い放った。
そこでようやく、アムネシアは目の前のネクタールを直視する。空想や妄想の中ではない、目を背けたくなるほどに辛い現実の兄を。
「なんで……わたくしが……誰より、お兄様を愛しているのに……どうして、他の女が……」
「僕が強くなれたのは……アーデルハイドさんのおかげなんだ。初対面の人と話したりするのは、まだ苦手だけど……魔法と剣術、精神面も、アーデルハイドさんにたくさん教わった」
ネクタールが笑う。だがそれは、アムネシアを通して昔の記憶を思い返したから。
「聖騎士団の団長として活躍する姿は、昔から僕の憧れで、道を照らしてくれる希望の光なんだ」
「……お兄様にはわたくしが……お兄様のためならわたくしはなんでもします! 支えます! だから……」
「アーデルハイドさんは……どこに行ったの?」
「その名前は聞きたくない!! 聞きたくない。言わないで。もうそんな女はいない。全部消したんだから。だから……わたくしを……」
「アムネシアがなにかしたのはわかってる。……ねぇ、アーデルハイドさんをどうしたの」
「──っ」
世界一嫌いな女の名前が、世界一大好きな兄の口から出る。何度も、何度も、その名を呼ぶ度に愛おしそうに。
「なんで、なんで、なんで、なんで、なんで」
消したはずだった。だが、ネクタールの中にはまだいたのだ。聖騎士団団長のアーデルハイドが。
「もういない。いない。消した。消えた。全部」
手に入るはず。兄を惑わす憎き女さえいなくなれば、愛しい兄の身も心も独り占めできる、とアムネシアは思い込んでいた。
「いる。なんでまだいるの。消えて……消えて、消えて。消えて。消えて──!!」
両手で頭を抱え、苦しむように叫ぶ。何度も繰り返して叫んだ。
兄との間に割って入ってくる亡霊を、消えろ消えろ、と消そうとする。が、意味をなさない。
「あぁあああァァァァァ!!」
どす黒い愛がアムネシアを埋め尽くす。全身を塗り潰す濁った愛情に、なにかが触れた。