二章ノ20 『支配者の回帰』
気絶したミスラにも躊躇せず、弊害となりかねない存在には死を与える。
「お兄様のために」
振り下ろした一撃は、アムネシアの予想より早く止まった。ミスラにまで届くことなく、銀色の剣によって阻まれたのだ。
真正面には黒ずくめの少年が立っていた。
「お前は……」
一言も発さずに<デュランダル>を持つ右手に力を入れ、ローランが<ダインスレイヴ>を押し込む。
アムネシアは押し負けて後ろによろめく。
「くっ……邪魔するな!」
アムネシアから無数に放たれる影の刃を、左手で抜いた<レーヴァテイン>で全て斬り消す。
「どけ。殺す。どけ。殺す」
赤みがかった瞳でローランを睨み、アムネシアは着実に歩を進める。が、ローランは無防備に背を向けてしゃがみ、意識のないミスラの治療を始めた。
この状況で意味もなく進んで敵に隙を見せるなど、普通に考えればおかしいとわかる。
だが、今のアムネシアに邪魔者を排除以外のことはなにも考えられなかった。
「邪魔だ」
なぜか無防備を晒すローランもろとも、ミスラを貫かんとするアムネシアの右肩が撃ち抜かれる。
「──っ」
関節の骨が砕けたことで、ガクンと力が抜けたアムネシアは<ダインスレイヴ>を滑り落とす。
治療を終えたローランはミスラを両手で抱え、屋根の上にいるキョウヤの隣に瞬間移動した。
「ミスラは大丈夫か?」
「ああ」
外傷が回復しても意識が戻らないミスラをそっと屋根に下ろし、キョウヤを横目にローランは先程の感想を口にした。
「銃の腕が上がったな」
「ここ数日鍛えてたからな。身体強化がありゃもうブレねぇぜ」
「ならばその成果を拝見しよう」
「おう。ミスラは任せたぞ」
「無論だ」
関節を癒やし、飛び散った血を『呪剣』に吸わせるアムネシアへ、キョウヤが二発の弾を撃つ。が、アムネシアは弾丸を両断した。
「まじか! やっべぇな!」
アニメやゲームの現象が目の前で行われ、キョウヤのテンションが上がる。同時に気を引き締め、極小の魔力を<ブンドゥギア>で何千、何万倍にも跳ね上げた銃撃。
たった一本の剣で止まない銃弾を防ぐアムネシアだが、『無弾銃』を前に防戦一方は無謀。
銃に弾はなく、弾は無制限に装填できる。所有者の魔力が尽きるまで何度でもリロードを行う。
一秒の間に七、八回もの発砲。時間が経つに連れ捌けなくなり、弾ききれなかった弾がアムネシアの肌を掠める。
だが、手足や頬を伝う血を吸収し、アムネシアの身体能力が爆発的に高まった。
防ぐだけではジリ貧。弾丸を見極めて横に回避し、避けながらアムネシアは進む。
間合いに入ったことで一気に距離を詰め、キョウヤへ<ダインスレイヴ>を突き出す。
「遅い!」
雷速でアムネシアの背後に回り込み、キョウヤが撃った電撃は<黒穴>に飲まれた。
振り向きざまに振るわれた<ダインスレイヴ>を後ろに避ける。が、頬を剣先で斬られる。
キョウヤが落とした血を『呪剣』が喰らう。
「……なんでこんなことになってんだよ」
ミスラを助けるのに必死だったが、冷静になってきたキョウヤはアムネシアの変貌に悪態をつく。
「お兄様はわたくしのもの……誰にも渡さない」
「おいおい俺はホモじゃねぇぞ」
「誰であろうと……邪魔するなら殺す」
「そうかよ」
超音速で発射される弾丸をアムネシアは的確に斬る。視力も相当強化されているのだろう。
「お前が俺らを殺すってんなら」
迫るアムネシアの正面から、キョウヤは螺旋状に渦巻く激流で迎え撃つ。
咄嗟に発動した<黒穴>だけで殺しきれず、アムネシアは門に激突した。
災害級の中で最も攻撃力の低い<激流螺旋渦>をあえて使い、キョウヤは宣言する。
「俺はお前を殺さねぇ!!」
堂々と言い放ったキョウヤの台詞に、大の字で倒れるアムネシアはケラケラとおかしそうに嗤う。
「貴方……随分と愚かですね」
「なんと言われても絶対殺さん! 助ける!」
「……助ける……?」
起き上がったアムネシアは、ふらふらと足元がおぼつかない。立っていられず地面にしゃがむ。
「助けたいのなら……さっさとわたくしの前から消えろ。さもなくば、どうあっても殺す」
「ヤンデレなんか今どき流行んねぇよ。俺はありかと思ってたが、リアルで見てみると御免だな」
「なら殺すしかな──がっ」
殺意と共鳴するように禍々しいオーラが濃くなり、突如アムネシアが胸を押さえて苦しみ出す。
「あぐっ、うっ、うぅ」
「どうした!」
「あっ──」
今度はピタッと全ての動きを止め、
「ごふっ」
それほど傷は深くないはずが、口から血を吐き出し、糸が切れたようにアムネシアは倒れた。
「なっ……なにが起こってんだ」
なにもしていないのに勝手に重症を負ったアムネシアを目の当たりにし、キョウヤたちは唖然とする。
起こった現象をなかなか理解が追いつかず、思考停止していたその時──キョウヤたちを段違いのプレッシャーが襲う。
「なんだ……これ……」
全身から鳥肌が立ちガタガタと震える。まさに蛇に睨まれたカエルと表現するにふさわしい。
紛れもない恐怖。それも、魔族の幹部二人を前にしたときより強大。明確な殺気と圧倒的な存在感。
「クハハハハハハッ!!」
声質は同じだがまるで別物。雰囲気もガラリと変わり、溢れ出る殺意に愛は微塵もない。
これまでは兄への愛情が大きすぎるが故の殺意だった。だが、今は純粋な射抜くような殺気。
「血が少ない……魔力も乏しいではないか。これでは使いものにならんな」
口調はアムネシアのものではないが、外見には目立った変化は見られない。
だが、明らかに違った箇所が一つだけ。
「ん?」
目線が重なる。キョウヤをまっすぐに捉えるその瞳は冷徹で、おおよそ人とは思えない血に染まったような真紅の眼。
常人なら射殺せそうなプレッシャーと共に、アムネシアの口から疑問が飛び出す。
「貴様……何者だ……?」
思わず後ずさってしまい、答えられないキョウヤを観察し、アムネシアは足元の<ダインスレイヴ>を拾う。
「せっかくの潜在能力もそこまで来ると虚しいな。……次は決して油断などしない。初めに殺すにはふさわしい相手だった」
過去形で話す。戦意喪失しているキョウヤなど、すでに殺せているようなものだ。
アムネシアが振るう<ダインスレイヴ>は、またしても銀色の剣に阻まれた。
だが、今度はローランが力で押し負け、キョウヤを巻き込んで後方の民家に突っ込んだ。
「あれから幾年流れたかは知らんが、人族は随分戦力を揃えているようだな」
瓦礫を<デュランダル>で捌き、アムネシアの言葉を聞いたローランは理解した。
「キョウヤ、ここからは全力で行くぞ」
「え、あ、な、にが……起こったんだよ」
「冷静になれ。あれはアムネシアじゃない」
「は? どういうことだ?」
ローランのおかげで落ち着きを取り戻し、キョウヤは瓦礫をどけて体を起こす。
体制を立て直す前にアムネシアが迫るが、二つの影によって突撃は止められた。
「アムネシア……じゃねぇよな」
レークスとネクタールが二人がかりで食い止め、アムネシアを一旦後ろに退かせる。
「貴様は……見覚えがあるな。……まだ二十年ほどしか経っていなかったか」
アムネシアではない魔力と口調。
「お前は……まさか……」
目の前にいるアムネシアの菅田をした場を掌握する存在に、レークスだけは覚えがあった。
幹部相手に国民を守っていたとき以上に、緊迫した余裕のない表情で冷や汗をこぼす。震える手をなんとか抑え込む。
そんなことあり得ない、と湧き上がる答えを否定していたが、当人から肯定されてしまう。
「久方ぶりの会話に我の気分も良くなった。知っているだろうが名乗っておこう」
偉大な王を連想とさせる様になった仕草で両手を大きく広げ、アムネシアは余裕の笑みを浮かべた。
「我は第六天魔王が弌──ブリタニア支配者たる魔王パズズだ!」
威風堂々とした態度で高らかと名乗った。その言葉一つ一つに明確な殺意が乗せられている。
空気が怯えるように震撼し、肌に直接伝わるその威圧感が、言葉の真偽を確かなものとする。
「嘘……だろ……だって……お前はアーサーが」
「いかにも、我は『聖剣』に破れ、死んだ」
レークスに答えながらも、アムネシア、否、パズズは一歩前に踏み出す。それだけで、身体の奥底から恐怖が湧き上がる。
「あの時、我の血は<ダインスレイヴ>に吸収されていた。『呪剣』は血を取り込み、所有者を呪う。我も今の今まで囚われていたのだが」
パズズが生み出した蠢く闇をレークスが凍結させた。が、絶対零度の氷塊を侵食していく。
岩石の防壁でネクタールが闇を塞き止める。
「この肉体の持ち主が能力を使ったおかげで、我の魂が『呪剣』の外へ排出された」
災害級は使えないはずのアムネシアだが、同じ体でパズズは<侵食の闇>が使った。
体の持ち主が変わり、パズズ本来の『支配力』と同等程度まで段違いに高まったのだろう。
「これで我も眠れると思ったのだが、偶然にもこの体から大量の血がなくなり、抵抗力が薄れていたのだ。我に遠く及ばぬ弱者というのも要因かもしれんが、肉体を奪うのにさして苦労はなかった」
パズズは自分の腹に<ダインスレイヴ>を突き刺す。急所は外しているが、剣を抜くと鮮血が噴出する。
「ぐっ……この肉体では痛みを感じるか」
顔を歪めたパズズは、血を吸った『呪剣』の力で能力を向上させた。
さらに、致命傷を負った傷を治療せず放置し、絶えず血を流すことで継続的に能力上昇を図る。
「全力で潰してくれる」
先程とは比べものにならないスピードとパワーに圧倒され、レークスとネクタールは民家を破壊しながら吹っ飛ぶ。
魔王の復活。英雄譚のその先へ──。