二章ノ19 『血濡れた剣』
調査を終えた私はドームに帰還する。
二時間ぐらい聞いて回ったけど、奇妙なほど情報はなに一つなかった。
新しく用意されたパズルも、嫌になるぐらいトントン拍子で埋まってしまう。
朝ご飯の時間になったから帰ってきた。
起きてからまだなにも食べてないからね。さすがにお腹空きすぎて死にそう。
「いただきま〜す」
レークスさんたちとキョウヤと同じテーブルで食べる。ドームに泊まらせてもらってからは、朝だけ毎日この六人で食事をしていた。
例の如く、ローランは部屋にいなかった。いつも起きたら散歩が日課らしい。帰ってくると、もうどこかで食べてきている。
今日の朝ご飯は、トーストしたパンにオークの肉とサラダをサンドしたものと、味と見た目は完全にコーンスープのスープ──この世界にとうもろこしなる物は存在しない模様──。
軽いデザートにアヴラッハを添えた、彩り豊かで栄養バランスの取れた三品です。
とかなんとか心の中で説明している間に、少量の朝ご飯はペロリと食べ終えた。
「ごちそうさまでした〜」
「……相変わらずはえーな」
何回も見えるはずのキョウヤが驚くほど、食べるスピードは私が飛び抜けて速い。
前世では点滴のみだったからか、小さい頃からお父さんよりも全然食べられる。そして太らないこの完璧な体質。
「食べ終わった食器もついでに洗って片付けておきますよ〜」
「いつも悪いな」
「私たちの分までやらせちゃって」
「私が一番に食べ終わるんですから、ついでなので謝らないでください。洗い物も魔法でやれば一瞬ですしね〜」
「ミスラちゃんは将来いいお嫁さんになるね」
「ありがとうございます」
主人公が幼馴染系ヒロインによくいう台詞だ。
エリザベスさんから言われたけど、女の人からならもうただの褒め言葉でしかないな。
「なんのイベントも発生せぬ」
「いべんと?」
「なんでもないです。お皿持ってきますね〜」
空になったお皿を風で浮かせ、水洗いして棚に置く。汚れた水も魔法だからすぐに消える。
ついでだし席には戻らず、全員が食べ終わるのを見てから同じように食器を片付けた。
「「「ごちそうさまでした」」」
キョウヤだけでなくレークスさんたちも、手を合わせて食材と神様に感謝する。
「さて、アムネシアちゃん、ちょっといい?」
「なにか御用でしょうか」
「聞きたいことがあるんだけどいいかな」
「……わたくしの自室でなら構いませんわ」
「なら早速移動しよう。部屋の場所知らないから案内してくれる?」
「ええ」
呆然とするレークスさんたちを余所に、私はアムネシアちゃんのあとについていく。
からくりドアを回転させて一階に上がる。
奥へ奥へと進んでいき、一階のフロアでは最奥にあるドアの前に立ち止まった。
「ここですわ」
「こんな遠い場所が自室なの?」
「ええ」
懐から出した鍵でアムネシアちゃんがドアを開けると、中は私の部屋よりも広かった。
心なしか天井も高いような錯覚が起きる。
アムネシアちゃんのイメージとは違い、全体的にピンクな内装。床はピンクというよりか赤。
ベッドにはいかにも王族って感じの天蓋がつき、高級そうな雰囲気を漂わせている。
同じ王女なのに私は普通のベッドだった。
国民とも対等な立場っていうのがお父さんのポリシーで、私も賛成だから普通でいい。
でも、一度でいいからこういうベッドで寝てみたい気持ちもある。
「なんか目がチカチカする部屋だね」
「そうですか? わたくしは気になりませんが」
ちょっと視線を移すと、ネクタールさんに似た人形がたくさん置かれていた。
「ところで」
アムネシアちゃんはベッドに座った。
「なにか、わたくしに聞きたいことがあると言っていましたわね」
「……アーデルハイドさんについて聞きたいことがあるんだけど、大丈夫?」
「失踪した聖騎士団団長ですか」
「本題に入る前に一ついい?」
「なんでしょう」
首を傾けたアムネシアちゃんを凝視し、私は試しに聞いてみる。
「アリスちゃんってわかるよね?」
「ええ、あの子供ですわよね。それがどうかなさったんですか?」
「どこかで見覚えはない?」
「そうですわね。……ドームに来る前に見覚えはありませんわ」
残念そうな表情で首を横に振った。
「そっか……ならアーデルハイドさんの行き先に心当たりはない?」
「もう魔族に殺されたと思いますわ。そうでなければ突然いなくなるなどありえませんから」
「……じゃあ『呪剣』についてなにか知ってるんじゃないの? 魔族に連れ去られてたし」
掛け布団に置いてある手に、アムネシアちゃんが力を入れた。
「偶然わたくしを選んだだけでしょう。あの時には魔力も限界で、一番お手頃かと思いますわ」
ちゃんと全ての質問に完璧な返答。まるで、事前に準備していた原稿を読んでいるように。
「……これは知ってた?」
「これとはなんでしょうか」
「ネクタールさんがアーデルハイドさんを好きってことだよ」
「──っ」
初めてアムネシアちゃんの表情が変わる。動揺で体がぴくっと揺れ、一瞬だけ目を細めた。
さしずめ、台本にないアドリブに対応できてない新人女優ってとこかな。
「その反応は知ってたんだね」
「……知っていましたわ。……あの団長がいなくなって国の戦力は下がりました。ですが、わたくしはいなくなって良かったと安心しています」
「アムネシアちゃんがアーデルハイドさんをアリスにしたんじゃないの?」
面倒くさいことを聞くのはもうやめて、単刀直入に結論を急がせる。
「なにを言ってるのでしょうか。わたくしがそのような愚行をするわけがありませんわ」
「なら、お兄さんがアーデルハイドさんに取られたらどう?」
「──っ」
「それが嫌だから記憶と魔力を奪ったんじゃないの?」
「で、ですが、わたくしがそんな魔法を使えるわけがありませんわ!」
最初は動じない構えだったのに、あからさまに動揺し始めて声のトーンが上がった。
「アムネシアちゃんは闇属性だったよね。中にはそれができるだけの魔法があるんじゃないかな?」
「魔力を奪う魔法が仮に存在するとしましょう。発動に必要な膨大な魔力をわたくしは持ち合わせていません」
「『呪剣』の能力は知ってるよね?」
「──っ」
図星を突かれたように目を見開く。それを見て確信し、私は悲しくて眉をひそめる。
「『呪剣』と言われる神器<ダインスレイヴ>の能力は、血を吸って所有者の能力向上。つまり血があれば魔力も増やすことができる」
「確かにそうですわ。ですが、『呪剣』は盗難されましたわよね? わたくしもどこにあるかは存じませんの」
「その掛け布団をどかしてみてくれない?」
「──っ!」
「私が『呪剣』って言った時、掛け布団を掴んだよね。隠し場所を意識してつい力が入っちゃったんじゃないかな? もしそこに『呪剣』あれば、どう言い訳しても無駄だよ!」
私がベッドを指差すと、驚いた表情から一変し、アムネシアちゃんは平静を取り戻す。
「どうぞ、存分にご覧ください」
アムネシアちゃんが布団をめくると、そこには白いシーツしかなかった。
「あっれぇ?」
「だから言いましたわよね。わたくしが犯人ではないと」
おっかしいなぁ。この部屋のどっかに『呪剣』が隠れてると思ったんだけど。
「……この手だけは使いたくなかったよ」
「今度はなんですか? わたくしはなにもしていませんわよ?」
「隠し場所を言わないんなら仕方ない。……だったら」
これだけは言わないでおこうと決めてた。でも、記憶を奪うなんてことをした奴は許せないから。
「『拷問』するよ」
「──っ!」
アムネシアちゃんの表情が恐怖で満たされ、ビクッと体が反応し床を思いっきり踏んだ。すると床が回転し、私は後ろに下がる。
「……やっぱりアムネシアちゃんだったんだね」
床の一部がどんでん返しになっていたのか。
回転した床にはあった血濡れた一振りの剣。鮮血のように真っ赤な宝石が埋め込まれた剣を、アムネシアちゃんが掴んで剥がす。
「拷問って言葉を使えば反応すると思ってたよ。魔族にされたあれは相当精神にショックを受けただろうからね」
「黙れ!! もう……その言葉を口に出すな」
「酷いことだってわかってたよ。だから、最後まで言わないでおこうとしてた」
「思い出させるな!!」
アムネシアちゃんが床を蹴った。<ダインスレイヴ>を<ワズラ>で受け止め、千倍の重量でぶっ飛ばす。
高そうな物が壊れるが、無視してゆらりと起き上がり、アムネシアちゃんは<ダインスレイヴ>で自分の腕に傷をつける。
「あれが能力か」
刹那──先程とは比べものにならない速度で、アムネシアちゃんの一撃が繰り出された。
身体能力を上げたようだが、本来の力が私との間に絶望的なまでの差がある。
「確かに速いけど」
危なげなく〈ワズラ〉で弾き返し、剣の腹でアムネシアちゃんを押し飛ばす。
ドアを突き破り対面する壁に激突。強化した肉体より脆い壁が壊れ、アムネシアちゃんの頭から血が垂れる。
「その程度じゃ魔法を使うまでもないよ」
外に出た血を吸収し宝石が不気味に輝く。
「……お兄様はわたくしのもの」
自分の左腕を〈ダインスレイヴ〉で突き刺し、引き抜くと鮮血が噴き出す。
「アハハハハハ!!」
激痛で気が狂ったのか気味悪く高笑い、アムネシアちゃんが作った血溜まりを『呪剣』が吸う。
だらんと力が入らなくなった腕に〈回復〉をかける。
殺したくないから意識を刈り取ろうと、私は前に出て脳天を狙う。が、逆に返されて部屋の窓を突き破る。ドームの外で着地した。
「おっと、それだけの血があれば私でも力負けしちゃうのかー」
一振りで壁が爆砕し、腕の傷が癒えたアムネシアちゃんが私を睨みつけてくる。
騒音を聞きつけ、なんだなんだ、と周辺の住民が様子を伺う。自国の王女と先日の魔族戦で活躍した私が闘っている。
「どうなってるんだ」
「どういうこと?」
「なんで王女様と他国民の同士が……」
ざわざわと騒ぐ国民らを余所に、アムネシアちゃんの一撃を〈ワズラ〉で受ける。が、押し負けて後方にあったお店に突っ込んだ。
飲み食いしていたお客さんや店員さんの中には、悲鳴を上げたり逃げる人も少なくない。
「よっと、ふぅー」
ちゃんと受け身を取ったから、物理的ダメージほぼゼロ。治療するまでもない傷だけど、
「これ、どっちが敵なんだ?」
「そりゃ他国民に決まってんだろ」
「我らがゴッデスエリザベス女神様の娘なのよ?」
わーちょーアウェー。そうなりますよねー。
「でも、あの子も魔族と戦ってくれたわ」
「確かに……」
「魔族が化けてるんじゃねぇか?」
「その可能性は充分あるわね」
充分どころか一寸もないです。この状況だと私がなに言っても意味ないな。
お店からは誰もいなくなり、離れていった人たちは遠巻きにこの戦闘を眺める。
「王女様やっちゃえー!」
「同士を殺して化けた魔族を倒してくれー!」
勝手に殺すな。私はまだピンピンしとるわ!
さすがにここまで信じてもらえないと傷つく。
完全に私が悪役ムードだけど、そんなことは関係ない。国民を守るためにもアムネシアちゃんを止めなくちゃ。
「全力でやらないと勝てそうもないよね」
アムネシアちゃんが半壊したこのお店に入った瞬間──私は〈超爆裂波動〉を発動させた。
だが、アムネシアちゃんの〈黒穴〉によって威力は激減。意識を奪うまでには至らない。
流れた血は『呪剣』の養分となり、肌で感じるほど禍々しいオーラが溢れ出す。
災害級を超級以下にするほどの〈黒穴〉を、アムネシアちゃんの魔力量では使えないはず。
身体能力だけじゃなく魔力も上がってるな。
「お兄様は……誰にも渡さない」
「ヤンデレシスコン属性は帰れ」
「邪魔する奴は……殺す。殺す。殺す。殺す。殺す」
百倍にした〈ワズラ〉で〈ダインスレイヴ〉を払う。だが、ビリビリと手が痺れるほど重い一撃だった。
「シリアスヤンデレはお呼びじゃないよ」
重量を上げた〈ワズラ〉は自分でも持てない。振り下ろしたり投げたりするなら、瞬間的に千倍とか万倍にできる。
でも、防御する時は最高でも百倍までしかコントロールしきれない。
「百倍ならこっちがまだ上だけど……『呪剣』の能力向上の上限が見えないんだよなぁ」
魔王が使ってたってことは、少なくともこの程度が限界じゃないのは確か。
「よし」
アムネシアちゃんの連撃に対処しながら、私は〈凍結〉で動きを封じ込める。
だが瞬時に壊され、氷の破片がアムネシアちゃんに刺さった。
「死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね」
痛みは感じないのか、アムネシアちゃんは傷口を自分の指で広げて〈回復〉を使う。
「まじか……」
グロい光景に吐き気がする。とはいえ、耐性はあるから目をそらすことも吐くこともない。
「ふひっ、ふひゃははは」
壊れたように笑って首を傾けると、左腕を再び自傷して『呪剣』が吸収した。
様子がおかしいアムネシアちゃんに、周囲の国民らにも困惑の色が見られる。
禍々しいオーラが膨れ上がり、薄っすらと目に見えるまでになってきた。
「さっさと終わらせよう」
雷速で背後に移動し打ち出した〈ワズラ〉は、振り返った遠心力を利用したアムネシアちゃんに弾かれる。
放った〈閃光〉がアムネシアちゃんの左肩を撃ち抜く。が、怯まず突っ込まれ、突き出す〈ダインスレイヴ〉を防ぐが宙に浮かされた。
着地しようとすると突風が吹き、足を取られた私はバランスを崩す。
「え?」
背中から地面に落ちた私の視線の先に、目を見張って手をかざしている男の人がいた。
「我らが敵に天罰を!」
体制を立て直す前に影が差す。真正面にアムネシアちゃんが立っていたのだ。
私は左肩で受けた〈ダインスレイヴ〉を奪おうと試みるが、すぐ引き抜かれて距離を取られた。
「──っ」
あまりの激痛に歯を噛みしめる。治療を急ぐが『呪剣』は地面にこぼれた私の血を喰らう。
痛みで一瞬だけ思考が飛び、その隙にアムネシアちゃんが私の体を〈ダインスレイヴ〉で突く。
咄嗟に防御した〈ワズラ〉ごと、異様な怪力で抵抗なく吹っ飛ばされた。
後ろにあった民家やお店を粉砕しながら、遥か先でやっと止まる。
休む間もなく飛来する瓦礫を旋風で凌ぐ。が、闇で覆われた一軒の家そのものが来た。
慌てて暴風で解体する。──その影から赤き一閃。
百倍の〈ワズラ〉で受けて尚、重い剣を殺しきれずに鋼鉄の門に衝突。頭からぶつかってしまい、プツンと意識が途切れた。