二章ノ18 『精神年齢幼児以下の政治家か!』
「姉の……ですか……」
アリシアさんの表情が曇る。
「どうしても教えてもらいたいんだけど」
「……ミスラ王女様がそう言うなら……わかりました」
良かった。話は聞けそうだ。でもその前に一つ、どうしても気になることがある。
「その、王女様はやめてほしいな」
「では……ミスラ様で」
「様もいらないんだけど」
「いえ、私が好き好んで様をつけさせていただいているので変えるわけにはいきません」
「さいですか。じゃ、話を聞かせてもらうよ」
「はい」
嫌そうだから本当は無理やり聞きたくないけど、この件に関してはどうしても聞き出さなくちゃ。
十秒ぐらいの間が空いたあと、暗い表情でアリシアさんが話し始める。
「姉は……幼い頃から優秀でした。十九の私とはたった二歳差ですが、昔からなんでもできる。……私たちは王家に次ぐ貴族の生まれで、姉がいるおかげで地位名声のどちらも持っています」
「そんなに慕われているなら人格の方も問題はなさそうだね」
「そうですね。……両親や姉を含め、家にいる者たちは皆いい人だと思いますよ。ただ、姉が優秀すぎただけです」
アリシアさんはテーブルの上に置いてある拳にぎゅっと力を入れた。
「他と比べればできる方でした。……でも、勝手に期待して勝手にがっかりする。……表には出さないようにしているんでしょうが、隠しきれていない失望が透けて見えるんです」
大方予想してた通りの話だけど、本当に聞きたいのはこれから。
「魔力に関しては私も優秀で、鍛錬を重ねて災害級を無詠唱で使えるようにまでなりました。……所詮、姉の後ろを追いかける程度でしかないですが」
「でも災害級を使えるっていうのはすごいよね」
「はい。それだけは認めてもらえた気がして、国を守る聖騎士団の副団長になれました。……団長はあの姉ですが……姉に勝ちたい、その一心で今日まで生きてきました。まだまだ遠く及ばないですけど」
「……ならさ、お姉さんがいなくなったよね。アリシアさんは今どう思ってるの?」
私の問いにアリシアさんは口籠る。
「その……最初は……どこに行ったのか不安でした。……団長なしに騎士団が機能するのか、死んだんじゃないか、なにがあったのか、と。それが……姉に勝つと言いながら、その姉に頼っている自分がいたんです」
自分自信に苛ついているように、アリシアさんが舌打ちし歯を噛み鳴らす。
「そんな自分に嫌気が差し、邪魔者が消えて良かった、と思うようにしました。ですが……実質的な団長として捜索任務の指揮を取り、気付いてしまったんですよ。──私は姉の代わりにはなれない、と」
「……一つ聞きたいんだけど、アーデルハイドさんの行方をアリシアさんは知ってる?」
「え?」
俯いていたアリシアさんは顔を上げた。
「知っているなら、めが……エリザベス王妃様に報告し連れ戻しますよ」
「まぁ、そうだよね。……ならあの子を見たこととかない?」
私はローランの膝に乗るアリスに視線を移す。
「ローランの膝に座る子供ですか?」
「うん」
「そうですね……記憶にはありませんね」
「記憶にございません?」
「えっ、はい」
「精神年齢幼児以下の政治家か!」
「セ、セイジカ?」
アリシアさんが首を傾げる。
「なんでもないよ。こっちの話だから」
よくよく考えれば幼児に失礼だったな。
「ごめんね」
「はい?」
「もう単刀直入に聞いちゃうけど」
話をそらすついでに無理やり問題に戻す。
「アーデルハイドさんの失踪事件に、アリシアさんはなにか関わってない?」
「え? そんなの関わっているわけないですよ」
「でも……邪魔な姉を消したいっていう充分な動機はあるよね?」
「それは……否定できませんが、わざわざこの国を危険を晒すような真似は断じてしません。ましてやエリザベス王妃様を陥れるような真似、死んでもするわけがありません」
嘘をついてるようには見えない。読心スキルがあるわけじゃないから確実じゃないけど、エリザベス教の信者が神を裏切るとも考えにくいし。
「……まっ、今日はひとまずここまでにしよっか。また気になることがあれば話を聞きにいくよ。疲れてるだろうからしっかり休んでね」
「お気遣い感謝します!」
座ったままテーブルの上スレスレまで頭を下げ、アリシアさんは椅子から立ち上がった。
「あ、あの……最後に、私と……その……あああ握手をしてもらえないでしょうか!」
「う、うん。全然いいけどちょっと落ち着いて」
私がおずおずと前に出した手をがっしり握り返し、涙目になってぶんぶんと上下に振る。
「ありがどうございばずぅ!」
「落ち着け」
「感激でずぅ!」
感動の涙を湯水のように溢れ出し、涙声で何回も感謝してきた。
数十秒もずっとその状態が続き、ようやく手を離してくれると、腕で涙をゴシゴシと拭く。
「本当にありがとうございました! もうこの手は一生洗いません!」
「いや洗って」
「じゃあ洗います!」
「うん」
満面の笑みでエリザベスさんと私にお辞儀し、アリシアさんは部屋から出ていった。
「……なんか……感情豊かな人だった」
「普段我慢している分、仕事が終わると爆発するんだろうな」
「え?」
「姉に勝つ、完璧な副団長にならなければ、といつも頑張っているんだ」
レークスさんが説明してくれた。
「……やっぱり犯人とは思えませんね。アーデルハイドさんを嫌っているというより、周囲の視線とか評価を気にしてる感じでしたし」
「アリシアちゃんが犯人ではないと思うが、アーデルちゃんを恨んでいそうな人物は俺も知らないな」
「エリザベスさんはなにか心当たりないですか?」
「う〜ん……私も特に、それらしき人は見たことないかな」
「そうですか……わかりました。とりあえずこの件はまた後日にしましょう。今日はもう遅いですし、明日は『呪剣』探しに力を入れてみます」
今日も疲れたし早く寝て、明日の早朝から聞き込み調査をしよっかな。
「私はもう寝ますね」
「ミスラちゃんお疲れ様」
「お疲れ」
「おやすみー」
ローラン以外から労いの言葉をもらい、私は王座の後ろの幕を開けた。
訓練場になってるけど、その奥にある壁を押すと、からくり屋敷みたいに回転する仕組み。
中に入ると廊下になっていて、階段を登って一階に上がると、ドアが並ぶエリアに到着した。
ドアと鍵には番号が書かれており、同じ番号同士が対応している。
「これはキャメロットに帰ったら使えるな」
初めてきた人が部屋の名前を確認する必要もなく、こっちの方が使い勝手がいいし便利。
鍵を開けて自分で改造した部屋に入る。
キャメロットの王宮でもそうだったけど、シュヴァリナのドームにも天然の露天風呂が男女で二つだけ。電化製品がないから部屋ごとにお風呂がない。
だから、土属性で勝手に作ってみた。
私は一人でゆっくり浸かりたい派なんだ。
炎、水属性があればお風呂は沸かせる。魔法は時間が経てば消えちゃうから、入浴中は頻繁に使わないといけないのがちょいきつい。
「思考をまとめるのはお風呂が一番だからね〜」
脱いだ服はお風呂に入る前に水属性で洗い、風属性ですぐに乾かす。畳んで置いてから入浴する。
前世では入ることが夢だったお風呂だけど、特にマナーとかは知らない。
入浴前に体を洗うとかは見たことある。面倒くさいからやらないけどね。誰もやってないし。
「ん〜……考えることが多すぎるよね〜。アリスにアーデルハイドさんに『呪剣』っと」
ローランから聞いた限り魔族は関係ない。逃走前にパンドラは正気じゃなくて、マーラと言い争っていたらしいから。
「そもそも『呪剣』を手に入れてるなら攻めてくる必要もないし、シュヴァリナの団長なんか魔族が知るわけない」
ゆっくり湯船に浸かり、思考を回すと疲れるからボーっと力を抜いて天井を眺める。
「アリスがアーデルハイドさんだと思うけど、記憶なくなっちゃったし……手掛かりはなんかないかなー」
喉で唸り声を出して記憶を探ってみても、それらしき人物に該当は全くなし。
「……まっ、考えててもきりないか〜」
明日は『呪剣』の情報収集だったから、そこでなんかわかるかもしれない。
「聖騎士団団長失踪事件と『呪剣』窃盗事件。同時期に起きた二つの事件が偶然っていうのは、さすがに考えにくいよね」
二人いるのか一人なのか、それともなんらかの組織なのか、そんなことを考えていると、いつの間にか十分以上経っていた。
炎、水属性を使い続けるのは手慣れたもので、無意識でもできてしまう。だからこそ経過した時間がわからず、久しぶりにのぼせていた。
「うっ」
慌ててお風呂から出ると、ぐにゃりと世界が歪むような感覚。めまいで意識を失いそうになる。
倒れる前にしゃがんで、落ち着いて収まるのを待ってから、浴室のドアを開く。
風属性と炎属性で体と髪を乾かし、パジャマを着てベッドに飛び込む。
「ふぅ〜……ふかふかベッドは最高ですな〜」
ほんとに疲れていたからか、ベッドに寝てすぐ意識が遠ざかり、掛け布団をかける前に夢の世界へ誘われた。
◇◆◇◆◇
目覚めてすぐ服を着替えて洗濯し、体を洗浄して部屋から出て地下に降ると、王座の部屋にはネクタールさんがいた。
パンドラの魔法で嫌なことでも見たのか、塞ぎ込んでいたけど回復したんだろうか。
「ネクタールさん」
「……ミスラ、さん」
「こんな早朝にどうしたんですか? まだ日は登りきってないですよ」
日本時間だと今は午前五時ぐらい。
こっちの世界にはアニメもなければ娯楽も少ないから、自然と早寝早起きになっていった。
「……目が覚めて、寝れなくて」
「最近元気なかったですけど、もう平気なんですか?」
「平気じゃないです。あの人が帰ってくるまでは」
「あの人?」
「……アーデルハイドさん」
「えっ」
ネクタールさんもアーデルハイドさんの関係者だったのか。
「どういう関係なのか、とか聞いていいですか?」
「それは……」
「実はアーデルハイドさんを捜索してるんですが、あと一歩というところで手掛かりがなくなってしまい……なにか知っていることがあれば教えていただけると嬉しいです」
「ほ、本当ですか! あと一歩なんですか!」
元気がなさそうだったネクタールさんだが、ほんの少し表情が明るくなった。
「あくまで予想なんですが、アーデルハイドさんは何者かによって魔力と記憶を奪われ、姿まで変えられていると思います。もちろん根拠あっての推測です」
「だとしたら誰が……」
「なので、なにか情報があれば教えていただきたいんですが、どうでしょう」
私が聞くと、ネクタールさんは顔を伏せる。
「……わかりました。あの人が帰ってくるなら……僕はなんでも言います」
「ありがとうございます」
足りないピースが埋まってくれることを願おう。
そして、ネクタールさんの口から飛び出す。
「実は僕……アーデルハイドさんが好きなんです」
話を聞いていて、なんとなくそうなんじゃないかって思ってた。まさか、ネクタールさんに好きな人がいたなんて。
「どうして、王子が騎士団長を?」
「その……昔から僕は人見知りで、王子なのに人と話すのが苦手なんです」
それは見てればわかります、とは言えない。
「僕と二歳しか違わないのに、騎士団を率いて戦うアーデルハイドさんが輝いて見えて、憧れたんです」
私が見た中では過去一の笑顔で、ネクタールさんは嬉しそうに語る。
「僕が魔物と初めて戦った時も助けてくれて、凛々しくてかっこよくて、僕の英雄がアーデルハイドさんです」
キラキラした瞳で話すネクタールさんは、今までとのギャップが凄すぎて違和感しかない。
「それで好きになったんですか?」
「いつ、なのかはわからないんですけど、ずっと見てきて、ずっと前から好きになっていました」
「そうですか。……教えてくださってありがとうございます」
「なにかヒントになりましたか?」
「……なんとなくですかね。では、これから『呪剣』の調査に行ってくるので」
「アーデルハイドさんの捜索もよろしくお願いします」
「了解です」
お互いに軽く会釈し、私は部屋をあとにする。
私はネクタールさんに一つ嘘をついた。本当はなんとなくなんかじゃない。
まさかそんなはず、と思って私もまだ悩むけど、考えれば考えるほどパズルが埋め込まれていく。
ネクタールさんの話が最後のピースだったんだ。
「──パズルは完成した、か」
謎は全て解け、おかしな点は見当たらない。
その推理が間違っていることを願い、私は『呪剣』以外の聞き込み調査もすると決めた。