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Relate/昏睡王女の転生譚《リスタート》  作者: いんだよう
第二章 シュヴァリナ編
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二章ノ15 『あたるくん』





 窓の隙間から涼しいそよ風が入り込む。カーテンがふわっとめくれ、差し込む日光が強さを増す。それがまた暖かい。


 ベッドに座っている茶色がかった黒髪の女の子。まだ十歳になったばかり。

 座っているといっても、側にいる看護師さんに起こしてもらっているだけで、自分で体は動かせない。


 誰かが会いに来ているわけでもないが、録画されているアニメが見たいのだ。

 意識的に体は動かないが、アニメを初めて見たときに反応があったらしい。それ以来、アニメの時間には起こしてもらうようになった。


 深夜アニメは毎週録画をしてもらっている。

 担当の看護師さんがアニメ好きで、クールが変わる度にちゃんと録画をしてくれていた。


 アニメ好きはアニメ好きでも、看護師の式部有月しきぶあるなさんはかなり重度の変態だ。

 私に意識があることはわかっているので、押しキャラとかほんとすごい圧で勧めてくる。


 アプリゲームも好きなアニメのやつだと廃課金勢で、食や暮らしは極貧生活らしい。

 爆死をした日には病室でマジ泣きする。でも、PVPでよく世界一になってる生粋のガチ勢。


 ──いろいろやばい人なのは間違いない。


 女性なのだが、喋れない十歳の私を相手に下ネタ連呼したり、女子高生キャラを見て『こののパンツが何色なら萌えるかな』とか呟いてる。女性なのだが。


 式部有月に謎の既視感を抱いていると、ガラガラとこの部屋のドアが開いた。


「あら? あたるくんじゃない」


「せんせー、えみちゃん」


 入ってきたのは瞳に光のない黒髪の男の子。いつも通り、学校帰りに病室に寄ってくれた。


「ねぇ、あたるくん、あの娘見える?」


 式部はテレビを指差す。ちょうどやっているアニメのキャラで、清楚系な黒髪ロングの女子高生が読書してるシーン。


「見えるよ?」


「あの娘の下着は何色だと思う?」


 おい、あたるくんに変なこと聞くんじゃねぇ。


「ん? なにが?」


「普通に考えれば黒とかグレー。だけど、実はオープンブラだったり、紐パンやTバックかもしれない。さらに、帰宅すると一人で激しく……とか考えると興奮するよね!」


「……ちょっとなに言ってるかわかんない」


 いいぞあたるくん! 純粋さこそ正義!


「まだわからないかぁ。でも大丈夫、大人になればわかるよ」


 あたる君の肩に手を置き、親指を立ててグーサインしている変態看護師に言いたい。


 ──お前が大丈夫じゃねぇよ。


 めちゃくちゃ言いたいけど口も喉も動かん。


「あっ、なんならお姉さんが大人にしてあげよっか?」


 おまわりさーん。ここに犯罪者がー。


「そうと決まればベッドに行こっか。安心して、天井の染みを数えておけば終わるから」


「ここ新しい病院なのに染みあるの? ちゃんと掃除してる? 学校ではちゃんとしてるよ」


「……本当は染み一つないです」


「ならもう数え終わったね」


「……おっしゃられる通りでございます」


 ウィナー、あたるくん!!


「笑ちゃんなに見てるの?」


 あまり表情が変わらないあたるくんだけど、今はふんわりと口角を上げてくれている。

 その顔を見る度、胸がドキドキしてしまう。


 ──ホラー映画を見たわけでもないのにな。


 妙に顔が暖かくなるけど、ちょっと日差しが強すぎるんじゃないかと思う。


「がくえんものってやつだね」


 あたるくんがにっこりと笑いかけてきた。


 ──天使降臨。神降臨。世界の宝。癒やし。


 語彙力が足りなくて表現しきれないな。

 とにかくめちゃくちゃ可愛くてかっこいい。


「せんせー、異世界ものはないの?」


「ちゃんと録画されてるよ。まだ見てるアニメが途中だけど、笑ちゃんは変えてもいいかな」


 もちろんオッケー。異世界系はあたるくんと一緒に見たいからあとに回したんだから。


「ふむふむ、これは……許可が出たかな?」


 この病院に来てから式部とは一年以上の付き合い。私の顔をジーっと凝視することで、なんとなく簡単な意思疎通はできるようになった。


「笑ちゃん、異世界もの一緒に見よ」


 あたるくんは私の側にある椅子に座る。


「続きが気になってたから楽しみ」


 私もすっごい楽しみだった。あの絶体絶命の状況をどうするのか。


 ──あたるくんはどう思う?


 そんな会話のキャッチボールがあたるくんできたらな、とたまに思ってしまうけど考えちゃだめ。


 ──今はアニメに集中して誤魔化そう。



◇◆◇◆◇



 まさかあいつが生きてたとは。思い返せばちゃんと伏線あるし、あれは今期の中でも一番面白いかな。


 あたるくんと一緒に今日もたくさんアニメを見た。式部もいるけど数にはカウントしない。


 アニメが終わりバラエティ番組も見たりしていると、病室のドアがまた開いた。


「パパ連れてきたわよ」


「笑、あたる、元気にしてたか?」


 私の両親であり、あたるくんの家族でもある。


 さっき出てきたキャラのような清楚系黒髪ロング美少女がお母さんのれい。実家が金持ちだから私の入院費も出せた。尚、下着の色は不明。

 隣にいるふんわりした人がお父さんの優雅ゆうか。女っぽい名前と見た目通り、男なのに女よりの顔。お母さんとなぜ結婚できたのか。


「ししょー」


「あたる、アニメ面白かったか」


「うん」


 なぜかは知らないけど、あたるくんはお父さんのことを師匠と呼んでいる。


「今日も稽古だよね」


「ふっ……右腕に封じられしこの俺の妖力を、遂に解放する時が来たようだな」


 考古学者として仕事をしているお父さんは、いい歳して重度の中二病患者。

 お父さんも入院した方がいいのでは、と思ったりもする。本人に治す気はなさそうだけど。


「有月もいつもサンキューな」


「二人にはかなりお世話になったし、このぐらい全然大丈夫だよ。ただ、お礼したいなら零ちゃんを一日だけ貸してほし」


「それは無理」


「たった一日だけだって〜」


「お前にだけは絶対だめ。男よりも怖いわ」


 断固拒否するお父さんと、冗談のようで本気の式部を見て、お母さんは人差し指を口元に添える。


「優雅と離れるのは寂しいけど、一日ぐらいなら」


 これ以上なく緊迫した雰囲気のお父さんがお母さんの肩を掴み、ずいっと顔を近づけた。


「お前はまだ知らないんだよ。奴の本性をな」


「ほ、本性? ていうか優雅、顔近いって」


「おっと悪い」


 頬を染めたお母さんからお父さんが離れると、式部が「ちっ、ラブラブ夫婦が」と小言を漏らす。

 不服だが、今回ばかりは私も式部に同意だ。


「じゃ、そろそろ帰るか」


 ヘイトを溜めているとは露知らず、真っ暗な窓を見てお父さんが言った。


「笑、また明日来るわね」


「笑ちゃん、またあした」


 私の両親とあたるくんは一緒に暮らしている。


 詳しくは知らないけど、あたるくんは身元不明の孤児らしい。お父さんが仕事中に倒れているところを見つけ、そのまま引き取ったとか。

 私からするとあたるくんは、同年代の血の繋がってないお兄ちゃんということになるわけ。


 あたるくんたちが出ていくと、部屋に残った式部が興奮したように頬を赤く染めていた。


「……今の零ちゃんの下着って何色なんだろう」


 黙れ変態! 人の母親を、人の奥さんを性的な目で見るな! さっきの『下着の色は不明』って説明はお前に言ったんだよ! 声は出せないけど!


「うーん……今度思い切ってスカート捲ってみようかな」


 やめろ変質者。そんなことしたら、お父さんの右腕に封じられし妖力が解放されちゃうぞ。


「それか、足を滑らしてペットボトルをブラ目掛けてこぼしてみるか」


 どこのラブコメだよ。たまたまならまだしも狙ってやるな。いや、たまたまは現実じゃ無理だ。


「よしっ、明日は両方やってみよう」


 せめてスマホを手に取って百十番通報さえできれば、この世界からセクハラ魔を一人消せるのに。


 体が動かない事実をかつてないほど私が呪っていると、式部が時計を確認し、表情を曇らせた。


「もう時間か。……笑ちゃん、また明日ね」


 外も暗くなり勤務時間も終わる。式部は電気を消して部屋のドアを開けた。


「体が動かなくて一人じゃできないのが苦しいだろうけど、いざという時は私がやってあげるね。ナニをできなくなるかは、まだ十歳の笑ちゃんにはわからないかな」


 そんな独り言を最後にこぼした式部が病室をあとにし、通路を歩く足音が遠のく。


 ──まだ十歳にはわからない。


 この言葉が引っかかる。確かに、十歳で式部の言っていることを理解なんて普通できない。

 でも、なぜか私はわかっている。


 あれ? なんでここにいるんだっけ? いや、なに言ってるんだ私は。

 生まれた時からベッドの上。病院を移りはしたけど、ベッドから出られたことは今まで一度も──。





「──楽しいことも、あったんだ」


 口が動いた。同時に病室は消え、十歳の女の子を覆っていた闇が剥がれ、金髪の美少女へと変わる。


「……あの頃は……マイナスなことばっかり考えてたけど……私、ちゃんと生きてたんだ」


 今までは死んでいるも同然の前世だと思ってたけど、いいこともあった。あたるくんもいたし。


「はぁ……この魔法……過去の後悔とか、封印した記憶を具現化する的なやつなのかな」


 自分で作り出した幻とはいえ、あたるくんに会えたのは嬉しいな。


「これ……前世に未練たらたらじゃん。でも、こっちに来れないのもやだな」


 あたるくんだけでも連れて来られれば、地球に未練はほとんどなくなるんだけど。


 てか、式部とヴァル姉似すぎじゃないかな。しきぶあるな(・・・・)ヴァルナ(・・・・)って、名前も変態キャラも同じやん。


 ──これが私の運命か。


 しかも、こっちに戻ってこれたきっかけがまさか式部の恒例下ネタになるとはね。解せぬ。


「って、今どういう状況だっけ?」


 暗闇を見渡すと、とにかく岩しかない。


「ここ迷宮か。で、パンドラの魔法でバラバラになって、私の後悔や未練を膨張させて具現化した闇の空間に閉じ込められていた、と。大体こんな感じかな」


 他のみんなも同じような感じになってるのかな。


「……急ぎますか。幹部級と一対一になる状況はまずいからね」


 もちろん私ならタイマンで負けないけど、キョウヤとかレークスさんたちは勝てない。ローランは心配ないだろう。


「……どっちに行けばいいんだろ」


 行き先は四方向に分かれている。誰の魔力も探知できない。魔物の魔力はそれぞれ均等。


「アンデットだけはもう出ませんように」


 オーディン様とダムキナ様に祈る気持ちで手を合わせ、真正面の道へ足を踏み入れた。





 ──見事なフラグ回収は言うまでもない。





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