二章ノ13 『見張り係に、私はなる!!』
──薄暗く肌寒い早朝。
シュヴァリナの中心に建設されたドームのステージ上に座禅し、探知領域を拡大していく。
意識を集中するため、丹田に『氣』を送るイメージで息を吸い、鼻から時間をかけて吐き、また吸う。
「すぅー……ふぅー……」
脳に負担がかかりすぎないよう、焦らず落ち着いて、数十万の魔力を処理する。
途中で集中を切らしてはいけないので、ここには私一人だけ。集中を阻害する明かりも灯さず、目を瞑ってひたすら探知。
──魔族の魔力はどこだ。
◇◆◇◆◇
一時的に魔族を退けたが、まだ脅威は去っていないことを説明し、国民たちを緊急避難所に留めておく。
シュヴァリナの領地は四つに分かれており、それぞれの地区の中心に避難所が設置されている。
国民たちはそれぞれ避難所の場所を把握し、緊急時に全員が逃げられる仕組みだ。
二日から三日は凌げるだけの食糧を全員分運び、エリザベスから決して出ないように言う。
シュヴァリナ国民からすれば神託と同義。これで外には出ない。安全は守られる。
ドームにて──
普段よりも早起きで、レークスたちとローランとキョウヤは縦長テーブルに座していた。
「そもそも魔族がどこにいるかわからないからな」
「作戦といっても難しいよね」
レークスとエリザベスは頭を悩ませる。
ミスラの探知が終わるまで、なにか策を考えようとしているのだが、魔族がいる場所がわからない以上、どうしようもない。
「確実に罠は張ってあるだろうな」
「氷属性と闇属性。闇のパンドラって魔族は要注意だね。見たことない魔法ばっかり使ってくる」
「俺が先陣を切ろう」
無駄なことを話さないローランが声を出す。普段は喋らないこともあり、全員の注目を集める。
「ローランが?」
「ああ。俺に罠は効かない」
瞬間移動に災害級があり、神速居合『無我の刹那』さえあれば、いかなる罠も通用しない。
「<レーヴァテイン>を取り戻さねば」
「……そうだったな」
マーラの胸に突き刺さったまま、アムネシアと共に<レーヴァテイン>も持ち去られてしまった。
「これは戦争じゃない。策は単純な方がいい」
「……ローランくんの言う通りだ。娘が心配で俺も冷静じゃなかったのかもな」
「ならローランくんを先頭にするのは確定として、他の配置や不測の事態を考えておこっか」
ミスラの探知が終わるまで、レークスとエリザベスとローランは戦術を考える。
非常事態の予測など、頭を柔らかくして意見を出し合う。
情報はほぼゼロ。そこから予想するなど到底できない。だが、三人からは湯水のように予想外が出てくる。
経験から来る想像力だろうが、まるで理解できない自分にキョウヤは歯がゆかった。
戦術においても素人のキョウヤが入り込む余地はない。勇者として情けないが、せめて話に耳を傾ける。次に活かして成長するために。
◇◆◇◆◇
地球時間で午前五時から五時半ぐらい。人が四箇所に集まってくれていることが幸いし、半刻もかからず約二十分で魔族の反応を掴んだ。
位置は覚えたけど、問題はそこがどうなってるか不明なこと。魔力だけしかわからないからね。
とりあえず探知は完了したから、氷を溶かして下に降り、会議中のローランたちに報告する。
「魔族の居場所がわかりました! 第一地区の避難所付近です!」
「本当か!」
「すぐに案内して!」
「魔力はなるべく温存してくださいね!」
レークスさんやローランたちを連れ、脚力強化だけで現場へ向かった。──のだが、
「嘘……でしょ……」
普段なら人混みで溢れ返っているが、今はガラガラの道を高速で抜けていくと、魔力反応のあった地点に到着した。
──いかにも感がすごいボロ屋敷に。
シュヴァリナ王国内で唯一、木々が生い茂る薄暗い林の中にひっそりと建っている。
「よし」
私は心に強く決意した。
「ここは任せて先に行け!!」
「は? ミ、ミスラ?」
キョウヤが困惑しているが関係ない。
「見張り係に、私はなる!!」
屋敷の側で腕を組んで立つ私を見て、キョウヤたちは唖然とするが、動揺していない人物が約一名。
一切表情が変わらぬローランに腕を掴まれた。
「ははは……これ前やったやつ……」
「行くぞ」
「ですよねー」
ローランに引きずられ、お化けが出そうな雰囲気しかない屋敷に強制入場させられた。
中に入ると、最後に入ってきたネクタールさんがドアを閉じてしまった。
また出られなくなる、と慌ててドアを押す私だったが、今回は問題なく開いてくれる。
「良かったぁ」
安心して思わずへたり込む。
「ミスラ……そんなに幽霊怖いのか」
キョウヤの言葉で前世を思い出し、私の体が勝手に震え出す。
「……ホラー映画を見たあと病室で一人……横にいるんじゃないか……体は動かないけど怖くて……シーンとした空間にガラガラってドアが開く。……看護師さんだったけどその日以来怖い。……廊下を歩く足音も、窓から入ってくる光も風も……全部お化けなんじゃないかって……」
おまけに自分の意思で体が動かないから、逃げることも声を出すこともできない。
「あ、その……軽い気持ちで聞いたんだが……そこまでトラウマだったとは……ご、ごめん」
「……おうちにかえりたい」
「早くしろ」
「わー拒否権なーい」
半ば諦めている私を肩に担ぎ、ローランは廊下を駆ける。キョウヤたちもそのあとに続く。
◇◆◇◆◇
天井の氷柱が降ってきたり、どでかい岩が転がってきたり、闇でできてる床に落ちたり、踏んだら痺れるゾーンとか、いろいろあった。
でも、ローランが速やかに対処してくれるおかげで、ある意味何事もなく進む。
順調ではあるが、アンデットがうじゃうじゃいるせいで私はずっとぐったりしていた。
「そこ……右……」
ローランに道を伝えることしかできない。
かなり迷惑かけてるな。私を担いでるせいでローランの左腕が使えなくなってる。
怖すぎて腰が抜けちゃったんだよね。そもそも脚が震えて立てないし。
「ん?」
角を曲がったところでローランが立ち止まった。
「……ど、どうしたん?」
「行き止まりだ」
「え? ちょ、ちょっと降ろして」
お尻を前に向けてるから見えない。ローランに降ろしてもらうが、ふらついて尻もちをつく。
「まだ力が入らぬ」
でも前は見れる。座ったまま振り返ってみると、確かに岩でふさがれている行き止まりだった。
「魔法を使えば壊せるだろうけど……さすがに魔族に気付かれるかな」
「いや……おかしい」
「え?」
「この建物自体が罠だ」
突然ローランが言ったところで、遅れてキョウヤたちも追いついてきた。
「おいローラン! もうちょいスピード落とせなかったのか!」
「一度きりじゃない罠もあったからな。ローランくんの速度に俺たちでも追いつけねぇわ」
「って行き止まり!? どういうこと!?」
さすがはエリザベスさん。一言目がそれとは状況判断能力が優れてるな。
てかそれよりも、
「建物自体が罠ってどういうこと?」
「とにかく破壊する」
説明もなしにローランは<超爆裂波動>を撃った。
「うえぇぇぇ!?」
わけがわからないけど、とりあえず塞いでいた岩の壁ごと屋敷の天井も床も吹っ飛んだ。
降ってくる瓦礫という名の天井を<絶対零度>で氷のアートにして防ぐ。
「こんな派手にやる必要あった?」
「ミスラ、魔力反応はあるか?」
「え? この先に三つあるよ?」
領域を広げた最初の感知時から同じ場所にある。パンドラ・マーラ・アムネシアちゃんの魔力が。
「最初に感知した時と場所は変わらないか?」
「う、うん。変わってないけど……」
「今も動いていないか?」
「──っ」
「やはりか。もう一度感知だ」
崩れた屋敷の床を蹴って飛ぶローランに続き、私も風に乗って外へと脱出する。
「ローラン、ミスラ、どうした!?」
「キョウヤもレークスさんたちも急いで!」
おかしい。どこかで違和感はあった。けど、ローランに言われるまで気付けなかった。
「ここに魔族はいません! 今から感知し直しますからここからは出てください!」
「いない!?」
「どういうことだ」
今の爆発で動かないというのはさすがにありえない。となると可能性はただ一つ。
私の代わりにエリザベスさんが答えた。
「魔力を偽造してるってことか」
「エリザベスさんの言う通りです!」
「まじかよ」
「なら……アムネシアはどこに……」
「今探ります!」
地上に降りた私は、さっき探知した箇所を無視して領域を拡張する。
人が全然いないからそこまで時間はかからない。
「……見つけました!」
「どこだ!」
「今すぐ向かわないと!」
完全に魔族の策略に嵌った。こっちが焦ることも見越してたのか。
「ミスラ、どうした」
珍しくお化け以外で焦りが顔に出ちゃった。これはほんとまずいことになったな。
「場所は……第四地区の門付近です」
「やはりか」
「レークス、急ごう!」
「ネクタールも行くぞ!」
「う、うん!」
第一地区から第四地区まではかなりの距離がある。それに、門付近だから第四の中でもさらに遠い。
計算して魔族もここを囮にしたんだろう。しかも、本命を端にある門付近で、囮は中心にある避難所付近。
ドームからの距離を近づけておくことで、屋敷を先に探知されるようにしたってわけだ。
「私たちも行くよ!」
「ああ」
「お、おう!」
先に行ったレークスさんたちのあとを追う。
幸い魔力はまだあり余ってるから、消費が少ない<突風>を使って加速する。
「レークスさん!」
「うおっ、はやっ!」
ローランとキョウヤも全属性使いなので、追い風を吹かせてレークスさんたちに追いつく。
「魔族が隠れやすい場所に心当たりはありませんか?」
探知で場所がわかっても、それが地下だとしたらどこが入り口かわからない。
潜伏地点がどこか事前にわかっていれば、到着してすぐ突撃できる。
「いや、そんなこと言われてもな……門付近には特に心当たりはない」
「レークス、一つだけあるじゃないか」
「あるにはあるが……門付近じゃないよな」
「確かに入り口は門と逆だが、最奥まで進めば門付近になるだろう」
「あっ、そうだったな」
レークスさんとエリザベスさんはなにやら納得しているが、私はなんの話だか検討もつかない。
「なんのことですか?」
「実はね、シュヴァリナ王国内には何回層にもなる迷宮があるんだよ」
「最下層の最奥がちょうど門の真下になる」
「国内にダンジョ……迷宮があるんですね」
「だんじょ? 男女?」
「い、いえ、こっちの話です」
心の中でダンジョンって呼んでるけど、アエテルタニスにも迷宮というものがある。
「迷宮がある場所に国を作ったわけじゃないけどな。魔物が出てくる可能性があって危険だし」
「十年前に国内にできちゃったんだよ」
「それは……災難ですね」
「ほんとそうだよ。今は聖騎士団で管理してるから国民は安全だけどね」
全員が突風を利用してトップスピードで移動すること数刻後──
「もうすぐ到着する。このまま突入するぞ!」
民家の屋根を駆けながら情報交換していると、レークスさんたちが住むドームが見えてきた。
──ドームを越えればもう第四地区だ。