二章ノ11 『戦闘狂のエクスタシー』
──無数に飛び交う氷の矢を、影の刃と氷の防壁が防ぐ。
紺青色の髪を持つ魔族──マーラの弓から放たれる氷の矢は、追尾するように逃げ惑う国民へ向かう。本来ならあり得ないが、まるで生きているかのように矢が動く。
「……神器か」
「お父様、このままでは国民が危険ですわ」
混乱して慌てる国民たちで、大通りや路地裏は大渋滞になり、スムーズに逃げれていないのだ。
魔王討伐から二十年、一度もなかった襲撃なので無理もない。だが、レークスとアムネシアは国民を守るために防戦一方となっていた。
「俺が引率したいが」
四方八方から飛んでくる氷の矢を防ぎつつ、国王として国民を守る。レークスは休む間もなく、一瞬でも気が抜けない。
「この状況下でアムネシアを一人にできない」
「大丈夫ですわ、と答えられれば良かったのですが、嘘をついても状況は好転しませんわね」
「そうだな。劣勢になるだけだ」
マーラとレークスは同じ氷属性。だが、凍らない氷属性同士の戦いにおいて、攻撃側が圧倒的に有利となる。
互いに得意の凍結が使えない。攻撃にはさして影響はないが、防御、それも大勢を守るのは至難。
「……レークス……解放軍で見かけた魔力だ。……以前よりは強いようだが……我らには到底及ばん」
マーラは魔法を使わず、神器の能力だけで攻撃を繰り出す。神器使用時の魔力は僅かで足りるため、持久戦、多対一にはもってこいなのだ。
一方、魔法で防ぐレークスとアムネシアは、例え二人でも先に魔力が尽きるのは明白。
「……こっちは相性が悪い。だが、エリーたちは相性が良かったはず。ここは忍耐の時間かもな」
「お兄様なら、あんな魔族など瞬殺ですわ」
絶えず散らばって飛ぶ氷の矢を対処しながら、レークスとアムネシアは祈ることしかできない。
「間に合ってくれ」
◇◆◇◆◇
──電撃を渦が飲み込み、ボサボサな黄土髪の魔族に岩弾が命中する。
「がっ」
民家に叩きつけられ、プチッと一瞬意識が途切れた。だが、無意識で電気信号を送り、無理やり体を動かす。
「……人族にも幹部級が結構いるのか。油断してただろうし、パズズが敗けたのも頷ける」
ボロボロで立ち上がったバラクにも容赦せず、民家の上から岩が発射される。横に躱したバラクを渦が囲い、頭上から大量の岩が降ってきた。
体を雷で覆って渦中を脱し、雷速のまま正面に立つ水髪の人族の背後に回り込む。読まれていたのか、足元から水流が噴射され、水圧で宙に浮く。
足場がなく抵抗できないバラクへ、屋根伝いに移動する青藍髪の人族が岩弾を放つ。これが当たれば、今度こそ戦闘不能は免れない。
奥の手を使ったバラクは、空中にも関わらず姿を消す。
見失ったネクタールの背後から、首筋を斬ろうとした剣は岩石に阻まれる。咄嗟に屋根から飛び降り、飛来する岩を回避した。
「……これが連携か」
待っていたかのように、エリザベスが右手に持つ水の魔法剣<マイヤ>の宝石が輝く。すでに魔力は込めており、バラクを<激流螺旋渦>が襲う。
雷速で距離を取り、雷の魔法剣<カラドボルグ>に魔力を集めると、真っ黄色の宝石が光った。と同時に<迅雷砲撃>が発動され、災害級同士が打ち消し合う。
水・土属性という、雷属性にとって最悪の相性だけでなく、人質にする国民すらいない。
エリザベスの号令一つで素早く避難し、周辺からは人質にできるようなものはなくなっていた。
「ふっ……ふはっ、ふははは!!」
絶体絶命にも思えるが、留まることのない追撃に壊れたのか、バラクは狂気のように笑う。
特段でかい岩が降る。だが避けようとせず、呆然とその場から動かない。諦めたのかと思われたが──鋭い雷撃が岩を粉々に破壊した。
「──っ! そんな……」
ネクタールは思わず驚愕を漏らす。
土属性に対し、雷属性は有効打がない。まして破壊など、災害級を除き不可能なはず。それほどの高電圧に到達するには、無詠唱の災害級よりも高度な『支配力』を必要とする。
「ネクタール、落ち着け」
ネクタールの肩にエリザベスが手を置く。
普段の話し方とのギャップで違和感があるが、どこか頼りになる声でネクタールは安心した。
「ありがとう、母さん」
「初めて見るのだから仕方ないが、お前も慣れなければならない。──魔族という種族に」
戦いを楽しむような笑い方をするバラクに、エリザベスはかつての解放軍軍団長を思い出す。
当時の感覚が呼び起こされ、肌で感じる恐怖感を懐かしむ。同時に、魔族に関する様々なトラウマや黒歴史が脳裏をよぎるが、記憶の彼方へ忘却する。
「そんなこと言われても……僕は母さんみたいになんでもこなせないし……」
「お母さんも最初は怖かったよ」
エリザベスは素の口調に戻す。
「えっ、そうなの?」
「……レークスの前で……やっぱりなんでもない」
何度も戦う中で慣れたが、エリザベスも魔族との初対面では、恐怖のあまり黒歴史が生まれていた。
「なに? 続き気にな」
「とにかく! 優勢が私たちなのは変わりない。油断せずに気を引き締めろ!」
「誤魔化した……?」
なにを隠したか気になるネクタールだが、様子が変わったバラクへ意識を集中させる。
「くははは……」
魔法は発動していないが、バラクの体から溢れる青白い電圧は、今にも暴れだしそうな気配。
「来る──」
なんとなくタイミングがわかったエリザベスは、ネクタールとアイコンタクトと取り互いに頷く。
「最近は退屈だったんだよ……牽制ばっかで……だから来てみたけど、期待以上に楽しめそうだ」
獲物が来るのをひっそりと待つ獣のような、落ち着いた口調でよくわからない独り言を呟く。直後──バラクの姿が消え、魔力でも探知できず完全に見失った。
「防御──!!」
咄嗟に叫び、エリザベスは激流で自身とネクタールの周りを覆う。
「わかった!」
答えたネクタールも岩石で防御する。刹那──雷鳴が轟き、雷の鉄槌が下される。想像を遥かに凌駕する威力に、水と岩の防壁は打ち砕かれた。
ネクタールを水圧で押し流し、エリザベスが<電圧鉄槌>の直撃を食らう──かに思えた。
だが、燐光渦巻く光線が鉄槌を横から掻っ攫う。エリザベスの頭上から消えた雷は、乱入してきた光の一直線上にあった民家を粉砕した。
「あ……」
エリザベスを助けた当の本人は、やばい、と血の気が引いて青くした顔から冷や汗を垂らす。
「い、いや、その……ち、違うんです。わざとじゃないんです。純粋な善意で助けようとしただけで、決して『他国民の自宅を破壊してやるぜうぇーい!』とか一ミリたりとも思ってないですから」
焦ったように早口で聞かれてもないことをベラベラと喋る金髪の美少女を見て、さすがのバラクも含め、この場にいる全員が唖然とする。
そして奇跡が起こった。人族も魔族も関係なく、エリザベス・ネクタール・バラクの心の声が一致したのだ。
──なに見当違いなこと言ってんの?
普通は単純に『助けた』というシーンのまま物語は進行するはず。だが、目の前にいる美少女はこの状況下でも本気なのだ。
不安そうに眉をひそめておろおろと、どうしよう、と困っているのが目に見えて明らか。
「弁償したら許してくれるかな……もしかしたら金には替えられない大切なものがあったかも。──あっ、エリザベスさん! ほんとに敵対行動とかじゃないですよ! それだけは信じてください! もし、信用できないなら……」
キョロキョロと辺りを見渡しバラクを見つけると、ミスラの顔に血色が戻った。
「そこの魔族を倒せば信じてくれますか?」
最初から疑ってもいないエリザベスだが、倒してくれるなら万々歳。いろいろ驚いて声が出ないので、コクコクと相槌を打つ。
すると安心したのかホッと息を吐き、金髪の美少女──ミスラは胸を撫で下ろす。
「良かったぁ……ありがとうございます!」
エリザベスに感謝したあと、ミスラは<ワズラ>を構えてバラクと対峙する。
「あっ、あと一つ聞きたいんですけど、わざとじゃなくても罪になったりします?」
呆然としてエリザベスの思考が止まった。対称に、舐めた態度にバラクは我に返り、無言でミスラに電撃を放つ。
ミスラの背後から漆黒の影が飛び出し、一閃──バラクの魔法は消失した。
「──っ!」
魔法に物理技は通用しないはず。驚愕で目を見開くバラクだが、変わった服装の少年の剣を見て納得する。
和服に似た漆黒の装いに、鮮緑の宝石が埋め込まれた銀色の剣。この世界に存在し得ない真っ黒な髪と、常闇の無機質な瞳を持つ少年。
「『無我神閃流』居合術──『無我の刹那』決まったー!」
自分で命名した剣術をテンション高めに叫ぶミスラの隣に、<レーヴァテイン>をしまうローランが並ぶ。
どうしてここに、と疑問が浮かんだエリザベスだが、若い二人だけには任せておけないと立ち上がる。
「私も共闘する」
「いえ、エリザベスさんは混乱している国民の皆さんの避難誘導をお願いします!!」
「──場所はどこ?」
「向こうです! レークスさんたちもいます!」
ミスラは斜め左後ろを指差した。
「そういうことなら私が行かないとね。ネクタールはレークスたちを助けに行って!」
「う、うん! わかった!」
「待て、ネクタール」
エリザベスが去り、加勢に向かおうとしたネクタールに、ローランが鞘ごと一振りの剣を投げ渡す。
「こ、これは?」
「土属性の魔法剣<トゥルガ>だ」
「そっ……そんな物を僕に!?」
「いいから早く行け」
「あ、ありがとうございます!」
一国の王子であるというのに、ネクタールは律儀にお辞儀をして感謝し、この場をあとにする。
──掛け声もなしに地面を蹴り、真正面に移動してきたミスラに、上位精霊の力でバラクは<電圧鉄槌>を発動させた。
「サクッと倒して加勢行くよ!!」
「ああ」
上位精霊魔法は災害級以上の威力になる。だが、『反魔法剣』を前には意味をなさない。先程と同様に魔法が分解された。
動揺するバラクにも容赦なく、ミスラは<ワズラ>の重量を百倍にしてぶつける。
「ぐごあっ」
叩きつけようとしたミスラだったが、横に力が入ってしまった。
「あっ」
吹っ飛んだバラクは、まだ無事な民家へ直行し、いっそ清々しいほどの勢いで激突した。
「あああぁぁぁぁ!!」
またしてもシュヴァリナ国民の自宅破壊をしてしまい、ミスラは絶望し、優勢とは思えない悲痛な叫びを上げた。
「終わった……私は王女失格」
「幹部級討伐の代償としてはやむなしだ。王妃がなんとかしてくれるだろう」
「そ、そうかなぁ」
「今は国王、王子、王女の命が危険だ。それに、ここの連中は『王妃を助けた』と言えば全て許す。助けたのは事実だ」
「うん。そっか、そうだね」
国民のエリザベスへの信仰心を、ミスラは生で見てきている。納得して立ち上がると、瓦礫が動き、バラクが起き上がった。
「ひははは……最高の最期になりそうだぁ」
対峙する二人の人族には勝てない。確信を持ってバラクは言える。だが、ここを最期の地とした方がいい、と全身全霊の魔法を使う。
──自分の実力を出し尽くして敗れる。
理想の形での死が果たされようとしていた。
例え、相手が人族であろうと変わりない。強者である以上、種族など関係なく喜ばしい、とバラクは笑う。
自身の肉体を稲妻と化し、ミスラとローランの周りを雷速で移動し続け、精霊の力を引き出す。
残り全魔力を解放させ、二発の精霊魔法<電圧鉄槌>を撃つ。高電圧で十億ボルトを超え、音速を超える雷の鉄槌。
ミスラは<絶対零度>と<侵食の闇>で、ローランは<レーヴァテイン>と<デュランダル>で、幹部級の全身全霊を難なく防いだ。
「かっ、ははは……」
魔力が完全になくなり、バラクは膝を折って倒れる。
「最期に戦えて……最高だったぁ……」
ある意味恋とも言える感情。ずっと追い求めていた快感に浸り、興奮したバラクは頬を紅潮させ、まぶたを閉じて意識を失った。
「……ほんと、なんなの?」
ミスラが嫌悪するのも無理はない。敗北したというのに、恍惚とした表情で眠っているのだから。
「次に行くぞ」
二本の神器を鞘へ戻し、ローランが手をかざす。すると、バラクの体は跡形もなく消え去った。
「なに? その魔法。見たことないよ?」
「時間が惜しい」
「あっ、ちょっと!」
バラクの神器<カラドボルグ>を拾い、創った鞘にしまうと、ローランは走っていく。
残り少ない魔力を大事に、強化以外の魔法を使わず、ミスラは再びあとを追いかける。
予告はなくなりました。ですが、二章完結までは毎日更新の予定です。(予告はいらないとか言わない!)