二章ノ10 『無我神閃流』
「キャハハハハ!!」
──奇妙な高笑いが響く。
さっきから何度も<ワズラ>で斬りかかってるけど、全く当たる気配がない。
「う〜ん……当たらん」
どうしたものか。このままじゃ埒が明かない。なにか決定打になるパーツが足りないな。
「君はあんまり賢くないね〜」
ふざけた笑い方で挑発してくる。魔族は魔族でも特段異質な存在──パンドラと名乗る性別不詳の魔族は、ものすごく戦いづらい。
なんとなくだけど、こっちの動きが全部読まれてる気がする。それに、ローランとはまた違う違和感。正体不明のよくわからない感覚。
「にゃははは!」
剣術でもない動きで捉えれず、笑いながら避けられる。かと言って、どんな魔法が有効か判らない以上、無駄な魔力は消費できない。
体力が減るだけだと思い、私は足を止め、体じゃなくて頭を動かす。
影がある場所ならどこでも移動できる魔法。視界の範囲内限定だと思う。さっきから自分の後ろには移動していない。
「どうしたのかにゃ〜?」
思考を邪魔してくるパンドラからは意識をそらさず、喋っている言葉は全て無視する。
極小の影は出入りできない。それができるなら、私の服の中から出て、心臓を刺せば終わるはず。
あと、出る際は全身限定。手だけとか、体の一部だけ外に出し、残りは影の中に潜めることは無理。わざわざ全身を晒す意味もない。
長時間潜伏することも不可能。入ったら数秒以内に必ず出てくるから。魔力消費が激しいだけかもだけど、どっちにしろ長くいられないと思う。
「……弱点、わかったかも」
全く動かないパンドラを確認し、私は<光明>で辺りを照らす。これで影が小さくなり、パンドラの魔法は封じられる。
私も視界が奪われるが、魔力を感知して<閃光>を放つ。
「やったか?」
と、立てたフラグを見事に回収するように、パンドラに閃光をかわされた。
「その程度じゃ〜僕を殺せないよ〜?」
明るさに慣れてきた目を開くと──パンドラの顔が間近に来ていた。咄嗟に左へ倒れて回避する。
「いっ」
無理な体制で倒れたことで、地面にぶつけた頭から血が垂れてきた。治療しながら警戒する。
──危なかった。
効果は知らないけど、近距離で使われれば終わり、という確信が持てる。それほどの魔法をパンドラは使えるだろう。
でも、影を小さくして<影渡り>は封じたはず。どうやってあれだけ速く移動してきたのか。
「ん〜……なかなか殺せないな〜」
「私は死なないよ〜」
「さぁ〜? どうだろうにゃ〜?」
「──っ」
いつの間にか、私の体中に紐状になった影がまとわりついていた。
引きちぎるのは簡単だが、その前に背後にいるパンドラの魔法が先に当たるのは確実。
パンドラの魔法が発動する──が、なにも起きなかった。すでに私はそこにおらず、真横からパンドラに手をかざす。
光を<暗転>で相殺したパンドラは影の中に潜る。だが、私は出てきた瞬間を狙って光速で移動し、ゼロ距離から光線を撃つ。
ようやく命中してパンドラは宙に浮かぶ。
このままでは民家にぶつかってしまうので、魔法を解除せずパンドラの頭上に移動し<ワズラ>の千倍を食らわす。
重量を戻しつつ魔法を解除し着地。
「結構魔力持ってかれたなー」
私が使ったのは<光子化>という魔法。自分の体を光と化し、影の紐を消したのだ。ついでに物理攻撃無効状態になる。
最初は使う度に全裸になるクソ魔法だったけど、慣れれば服とか着用可能になった。
「魔力消費激し……あと災害級数発ってとこか」
どっかで戦ってるだろうレークスさんたちの加勢に行こうとしたが、ガラガラと瓦礫の音。
「まじかー……いや、千倍アタックだよ? それ食らって生きてるとかありえないんですけど」
振り返ると、ニタリと片方の口角を上げてコテンと首を傾げ、頭からだらだらと血を流すパンドラがいた。
「ひゃはははひはははははは!!」
狂ったように、壊れたように笑うと、パンドラの雰囲気がガラリと変わる。怖いほどの無表情となった。
「ど、どしたのん? 頭イッちゃった?」
「……これほどとはな」
口調もそうだが声のトーンまで、高い声とは真逆の不気味に響く低い声。まるで別人だけど、唯一の共通点を上げるなら、どちらも綺麗で奇妙。
「どちら様ですん?」
そんな私の問いを無視してパンドラが消えた。が、脳の電気信号を加速させて魔力探知をフル稼働し、移動予測地点へ<ワズラ>打ち込む。
ビンゴの場所にパンドラが現れ、重量を変化させようとしたが中断して後退する。直後──私がいた地面がさらさらとした砂と化す。
「あれ食らったら数秒でお陀仏だ」
自分に言い聞かせるように呟く。
あとコンマ数秒判断が遅れてたら<ワズラ>が危なかった。
脳が持たないから時間はかけられない。全力出して十秒以内に終わらせないと。
今はなにもいない正面へ<ワズラ>を突き出す。と同時に、光速でパンドラの真正面に移動する。
避けようとしたパンドラだが、すでに<ワズラ>が刺さっていた。
移動前からそこにいると過程して剣を出すことで、移動後ノータイムで攻撃に移れる。
──移るというか、攻撃してる最中の状態で移動するってことだけどね。
とはいえ致命傷にはならなかったようで、右肩に刺さっていた。重量を変えれば腕を落とせるが、そんな暇はなく私は真横に飛ぶ。
時間がないので息をつく暇もない。回避してすぐパンドラへ<侵食の闇>を使う。
影に潜ってもこれは不可避だが、同じ魔法で返された。
──攻撃魔法も使えたのか。
今まで一度も使わなかったのに、なんて考えるよりも今は急がないとまずい。
もう一度辺りを照らして地面を蹴る。
闇で打ち消してくるだろうが、魔法一発分の時間があれば充分とどめまで行ける。
魔力探知を全力で使っているから目は瞑り、眩しさは関係なく<ワズラ>の一撃を繰り出す。
光を闇で消すと同時に、パンドラは私に向かって地面を蹴った。
「なっ」
タイミングをずらされたが、思考を高速回転させて調整する。だが、その前にパンドラの胴体に届いた。
──重量はスポンジと同等の<ワズラ>が。
もちろん刺さるはずもなく弾かれ、私の重心は完全に前に出ている。一秒以内に重心を変えるのはさすがに不可能。
後ろと左右には動けず、前にいるパンドラからは文字通り必殺の一撃が放たれた。
自分の足元を爆発させ、足の裏からブースターのように火力を噴射して上空にかわす。
地上に戻るがパンドラの姿はどこにも見当たらない。感知したのは地上ではなく影の中だった。
「しまっ……」
ズキンと頭に激痛が走る。
影に潜るのは長時間できないと思うけど、ほんの数秒なら魔力消費にも問題はないだろう。
それだけの時間があれば、私のタイムリミットがきて終わりだ。
「うぐっ」
うずくまって頭を押さえる私の背後にパンドラがいる。でも、今にも割れそうな激痛に耐えられない。
瞑想にも時間がかかる。今すぐには動けない。
「終わりだ」
そう言うパンドラの魔法を凌ぐ術は私にはなく、諦めて死ぬしかなかった。
前世ではずっと死んでたようなものだし、充分この世界では楽しめたからいっか。
一度死んでいるからか、自分でも驚くほどに冷静な私へ魔法が撃たれる。──が、私に届くことなく消失した。
──なにかが通りすぎ、地面に刺さる。
鮮やかな緑の宝石が煌めく。
側には音もなく現れた漆黒の少年。
「待たせたな」
簡潔な一言を置き、地面から銀色の剣を抜いた。そのまま鞘へ収め、もう片方の剣の柄を握る。
この状況でも、その瞳には微塵も感情が籠もっていない。瞳に移るパンドラを眺めている。
「貴様は……」
パンドラの首を<デュランダル>で斬り裂く。やはり抜いた瞬間は見えない。閃光の如き抜刀。
死んだはずのパンドラだが、体が黒く染まって影と同化する。読んでいたのか、ローランは死角の影へ光線を放つ。
「がっ──!」
別の影からパンドラが吐き出され、地面に叩きつけられた。追撃の光線は転がって避けたが、その場に影はない。
「くっ」
たじろぐパンドラの背後に瞬間移動し、ローランの<デュランダル>が唸る。が、片手で受け止められた。
鞘に収める剣に手を伸ばすローランを、パンドラが殴り飛ばす。衝突した民家は粉砕。
その間に私は瞑想して回復し、千倍の<ワズラ>を振り下ろす。が、半歩体を横にずらしたパンドラに回避される。
重量を戻して横に滑らせるが、素手で受け止められて蹴り飛ばされた。
──やばっ。
民家を壊すのは不味い。空中でくるくる回って勢いを殺し、摩擦を利用して被害なく着地。
影へとパンドラが走る。そうはさせまい、と凍結を試みるがすぐに壊され、水流は闇に飲まれた。
──闇には光しか効果ないか。
光線を撃つと避けるので、定石通りのタイプ相性らしい。
影まであと一歩、というところでローランから光線。パンドラは横にかわす。
そこへ浴びせた<ワズラ>は避けられる。が、ローランの<デュランダル>がパンドラの胴体を貫いた。
「ごはっ」
血を吐き散らかす。地面を蹴って剣を体から抜くパンドラだが、傷口が開いて余計に血が飛び散る。
「血が出たってことはあれが本体かな」
「だろうな」
身体能力まで高いとは思わなかったけど、瀕死の今がチャンス、と踏み足に力を入れたその時、
「後退しろ!」
「え?」
ローランが下がった。なぜかはわからなかったが、ローランが言うなら大人しく従う。
刹那──魔力が膨れ上がり異質さを増す。
「……まだ奥の手があったのか」
身構えた私だが、魔力は段々と小さくなり、忽然とこの場から消えた。
「……あれ?」
「逃げるために魔力を解放したようだな」
「解説どうもありがとう」
緊迫した状況から解放された私は、緊張感と共に力も抜けてへたり込む。
「ふぅ……あっ、解説以外もありがとね。助けてくれなきゃ死んでたよ〜」
「休む暇はない。次に行くぞ」
「えぇ……」
「幹部はまだいる」
レークスさんたちが戦ってるのは知ってる。
「でも、なんとかなるんじゃないの?」
「念の為だ」
「……まっ、ここで行かなきゃ後悔するかな〜」
本当は今すぐ寝たいぐらい疲労感あるけど、早く休むためにも私は立ち上がった。と、そこでパッといい名前が思いつく。
「『無我神閃流』なんてどうかな」
「なにがだ」
「ローランの剣術の流派だよ〜。抜刀の閃光の如き速さとか無我の境地っぽいし、神技としか表現できないじゃん?」
視力を強化してる私ですら抜刀の瞬間が見えない。私も人の域を超えてるけど、それでも認識できないのはもはや神レベル。
「それにその目が無我っぽい」
「……好きにしろ。それより行くぞ」
「じゃ、残りの剣術も勝手に考えるよ〜」
返答せずにローランは行ってしまった。
──無言は肯定とみなす。
「よし、居合術は『無我の刹那』にしよう」
中二病全開のネーミングセンスで名前を考えつつ、私はローランのあとを追った。
ローラン「今回から予告はなしだ」
ミスラ「なんで!?」
ローラン「貯蓄がなくなってきたらしくてな」
ミスラ「いやなんの?」
ローラン「安心しろ。俺たちに影響はない」
ミスラ「だからなんの?」
ローラン「とにかくだ」
ローラン「二章完結までしか書けていない」
ミスラ「だからなんの話だよッ!!」




