二章ノ9 『回復薬は効果も味も悪い』
──灼熱の業火がゾンビらを焼き尽くす。
だが、あまりにも数が多い。二発で魔力の限界が来てしまい、八割以上のゾンビを残して打ち止めとなってしまった。
「くっ」
魔力を一気に持っていかれたアリシアは膝をつく。魔力を回復しようと『ポーション』を飲む。
「ゔっ、おえっ」
何度も飲んだことはあるが、未だに慣れない苦味と不味さ。体験して尚も予測できない泥を飲むような感覚に、湧き上がる吐き気を堪える。
あまりの不味さに涙が出るが、回復するのは中級魔法一発程度しかない。悲しい事実に絶望しつつ、目の前の絶望的な状況にも向き合う。
「──うぷっ」
大声を出そうとしたアリシアだが、リヴァースしそうになり、一旦黙って消化を待つ。
約一分後──
「ふぅ……落ち着いたか」
まだ錯覚から吐き気は残るが、峠は超えたため指揮を再開しようと立ち上がった。
動いてみても問題はない。全体に通る大きな声で、指示を仰ぐ団員らに伝える。
「炎属性第一部隊!! 緊急信号!!」
アリシアの指示で数十名の炎属性使いが天に手を掲げ、低級魔法にもならない火の粉を使う。
小さな火の粉が数十個合わさり、ひょろひょろと上空に昇ってパンッと破裂した。
「よし、後は増援が来るまで持ち堪えるぞ!!」
「「「ハッ!!」」」
来るのが遅いエリザベス様たちは、道中でトラブルがあった可能性が高い。
だが、誰かが来てくれることを信じ、アリシアたち聖騎士団はゾンビを食い止める。
「魔力消費に気を付け、最低限無駄のない魔法を撃ち続けろ!!」
攻撃に参加できないアリシアは、指示を出すと後方に下がって座り込む。二本目のポーションを懐から出し、覚悟を決めて飲み干す。
「うっ……わかっていても、これは……」
「待たせた」
「──っ」
突如真横から男の声がし、アリシアが振り向くと漆黒の和装を着た人物──ローランだった。
せっかくの援軍ではあるが、吐きそうなときに驚かされた者の末路は、想像に難しくない。
「おげぇぇ──」
☆★☆★☆★☆★☆★☆
「──貴様よくもォォォ!!」
盛大に吐き散らかしたものを水属性で綺麗にしたあと、アリシアはローランの胸ぐらを掴む。
「なんだ?」
「なんだ? じゃないわ!!」
後方とはいえ最後尾ではない。嘔吐しているところを大勢の騎士団員に見られてしまった。
「私は副団長だぞ!!」
怒りと恥ずかしさから顔を真っ赤にし、涙目でアリシアが叫ぶ。
だが、胸ぐらを掴む手を簡単に払って外され、ローランは近くにいた女性団員と話す。
「あれは緊急の合図だろう。俺はローランだ」
「ありがとうございます!」
「どこに行けばいい」
「こっちです!」
魔力量でローランの強さはわかる。強力な助っ人に喜んだ様子で、その団員は案内を始めた。
「私を無視するな!!」
「副団長! 今は防衛が最優先です!」
「それより私の心がズタズタだ! 公共の場で吐いたと知られたら……誰も嫁にもらってくれなくなるだろうが」
すでに結婚していていい歳だが、アリシアは未だに婚約者すらいない。容姿は姉同様いいと自負している。ではなぜモテないのか。自覚のない本人だけは謎だった。
「大丈夫です! 大差ないと思われます!」
「え?」
「ローランさん! さっ、こちらです!」
「ちょ、今のどういうことだ!? 大差ないって、それはどういう意味だ!?」
なにかと優秀な姉と比べられるアリシアは、聖騎士団員や国民からは悪い面ばかり映ってしまう。
がさつで大雑把な性格や、酒を飲んで酔っ払ってはうざ絡みしてくるのが大半の理由だが、容姿を除けばモテる要素が一つもない。
常人ならあまり気にならないかもしれないが、王家の次に有力な貴族の生まれで副団長のアリシアは、期待値が高すぎるため残念に思われるのだ。
最も、本人は性格を正そうと考えたことは人生で一度もない。全部姉のせいにしているから。
確かに姉が優秀すぎる影響もあるが、努力しないことにはまっとうな人との結婚は難しいだろう。
「…………」
絡んでくるアリシアをがん無視し、女性団員は援軍で来てくれたローランを最前線へ連れていく。
「だから無視するなぁぁ!!」
後方にいると視線がきついため、アリシアはローランたちのあとを走って追いかける。
◇◆◇◆◇
ローテーション形式で絶えず魔法を撃ち続けることで、門にゾンビを近づけさせていない。
だが、微量しか魔力を回復できないポーションだけでは、限界がすぐそこまで来ていた。
「ローランさん、災害級はあと何発ほど発動可能でしょうか?」
「先の戦闘で魔力が減っている。だがやらねばわからん」
「お願いします」
「ああ」
「頼むぞローラン。全隊撃ち方止め!!」
アリシアの号令で、団員たちは攻撃をピタリと止める。入れ替わるようにローランがゾンビらに右手をかざし、膨大な魔力を凝縮していく。
完全消滅させるのに最も有効な<絶対零度>と<熔融紅蓮業火>を組み合わせて一斉に溶かす。
地獄を連想させる紅蓮の炎に包まれた風景。数千もの唸り声が一帯に轟き、溶けて消えて静まる。
やはり数が多く、半数以上が残っていた。再び同じように災害級を使うと、ローランは手を下ろす。
「もう災害級を撃てる魔力はない」
「そ、そうですか……」
女性団員が残念そうに眉をひそめる。なぜなら、あと十数ものゾンビが残っているからだ。
災害級を使える者は残りの聖騎士団にはおらず、超級も肉体を消滅させるほどの威力は出ない。
再生した十数のゾンビが門に体当たりする。せめて時間だけでも稼ごうと、団員が中級を使い続けるが、もうポーションも尽きていた。
前方の隊が後ろに下がり、後方から魔力が残っている団員が出てくる。だが、せいぜい中級二発程度しか回復していない。
最後尾の団員が魔法を放つ。それで魔力が尽きてしまうが、ゾンビは容赦なく再生してくる。
「もう……これ以上は……」
ローラン以外の援軍も見込めず、このまま門を突破されれば国民の命が危ない。
万策は尽きてしまったのか、と絶望する女性団員の肩に手が置かれた。
「な、なんとか、間に合ったな……」
持参していたポーションを全て飲み干し、顔を真っ青にしつつアリシアが復活していた。
「副団長!」
「あっ、ちょ、大声は出すな」
「す、すみません!」
「いや、ほんと、ほんと黙って」
「……はい」
魔力は回復したので、ポーションは体に染み渡ったはずだが、気持ち悪さは変わらない。
風邪を引いた時のようにふらふらと歩き、アリシアは再生途中のゾンビらに魔法を放つ。
一箇所に固まっていたこともあり、見事に災害級が命中する。灼熱の業火によって、残っていたゾンビは跡形もなく溶けていった。
「……やった、のか」
「ああ」
炎が消えた跡に、ゾンビの姿はなかった。ローランの隣でしっかり確認し、アリシアは拳を握り締めガッツポーズを取る。
「ふぅ……貴様のおかげだ。あー……ローランだったか? 我々への助力を感謝する」
「ああ」
アリシアが差し出した手をローランが掴んだ。
「さて、魔力が回復するまではここで待つか」
「ああ。俺はもう行く」
「待て、わずかな魔力でどこに行く気だ」
「超級なら何発か撃てる。避難誘導が必要だ」
「他国民の誘導でスムーズに行くか?」
「問題ない。策は用意している」
振り返ることなく、ローランは砦の上から飛び降りる。
「策とはなんだ! 危険だぞ!」
止めようとしたアリシアだったが、疲労のせいか足を滑らせ、背中から倒れてしまった。
「ゔっ」
まだ吐き気が残っているときに背中をぶつけると、一体どういう現象が起こるのだろうか。──答えは言うまでもない。
「ゔぉごげぇぇ……」
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ミスラ「おっ、次回は私の出番だね〜」
ローラン「主人公なのに出番が少ないな」
ミスラ「同じ主人公なのに、ローランの方が見せ場多いんだんだけど……今回も出てたし」
ローラン「当たり前だろう」
ミスラ「当たり前……? なんで?」
ローラン「…………」
ローラン「次回、『無我神閃流』」
ミスラ「なんか隠した!?」