二章ノ8 『万能薬は臆病者にも効果がある』
──なんで守られてるんだ?
純粋な疑問がキョウヤの脳裏を横切った。
金髪美少女に守られる。意味がわからない。異世界系の主人公なら、序盤は助ける側にいる。
いや、普通だとまだ命の危機にはならない。なのに、異世界初の戦闘が国ごと巻き込んだ事件だ。
ハードモードすぎる。この中で戦うなんて、自衛隊でも軍人でもないのにできるわけがない。
いや、例え戦争を経験したことがある者だとしても、いきなりこれを対処するのには無理がある。
「──私は『転生者』かな」
平常と変わらない透き通った美麗な声だけが、無駄な思考を回すキョウヤの耳に入ってきた。
普段なら気分が上がるはず。だが今に限っては例に漏れる。ただ単に惨めさが増すだけだ。
転生者・転移者。こんな世界なら前者じゃないと対応できない。後者はいくらチートがあっても無理に決まってる。
いくら優れた能力を持っていたとしても、内面がこの世界のレベルに追いつけない。事実、キョウヤは動けないのだから。
光速や雷速とかで平然と移動する時点でレベルが違う。現地人は当たり前に使ってるけど、序盤からインフレが激しすぎる。
「キョウヤ!!」
美少女が自分の名前を叫ぶ。喜ぶべきシチュエーションのはずが、今のキョウヤにとっては毒。
無意識に使っていた魔力探知で、魔族が真正面にいることはわかった。なにもしなければ死ぬ。
──やっと死ねる。
格好悪い。惨め。情けない。恥ずかしい。
どうせ死んでたんだ。いまから死んでも同じこと。これでもう、悩まされなくて済む。
──また逃げるのか。
心残りはたくさんある。でも、こんな思いをするぐらいならと、キョウヤはそっと目を閉じた。
「逃げるな──!!」
自分の言葉。奥底にいる自分自身の叫び。それが都合よく変換されたのか、キョウヤが聴きたい声になった。いや、確かに心の奥へ届いたのだ。
──魔族の剣がキョウヤの体を貫いた。
その光景を、キョウヤは真横から見ていた。
なにが起こったのかは知っている。無意識の中で、キョウヤは<屈折>を使っていた。
目の錯覚だけでなく、魔力にも錯覚を起こさせることで、幹部級の魔族すら欺いたのだ。
特訓は無駄なんかじゃない。努力した成果は身体が覚えている。自然と身に付いているものだ。
亜空間から<ブンドゥギア>を取り出し、銃口を動揺するオレンジ髪の魔族へ向け、キョウヤが引き金を引く。
手が多少ブレるが、体のどこかには当たってくれるはず。──魔力の弾を無音で発射した。
「──ぐっ」
オレンジ髪の魔族が鈍い声を漏らす。左脚に銃弾が命中し、剣を落としてよろめく。
「なっ……なにが起きた」
自身の脚を治療しながらも、オレンジ髪は混乱している様子。そこへ追撃の弾を撃ち込む。今度は左肩を撃ち抜いた。
「がっ……こ、これは……」
三発目はさすがに避けられ、斜め後ろから岩の弾が放たれる。が、キョウヤは光速でかわし、岩石の防壁を張るオレンジ髪へ手をかざす。
死にたいぐらい格好悪い。こんな自分を見ないでくれと、そうやって言い訳してなにもしなかった。
自分の名前を呼んでいる。最初は毒かと思った。だが、どんな猛毒も薬となり得ると知った。
毒に勇気を煎じて混ぜると、いかなる不治の病をも治せる万能薬と化したのだ。それも、とっておきの効能を持つ優れもの。
──臆病者を勇者にする。
自意識過剰で恥ずかしがり屋の『臆病者』を、自意識過剰で恥ずかしがり屋の『勇者』に変えた。
「俺は……勇者だ」
勇敢な心でしょうもない苦悩を振り払い、光属性の災害級<破滅の光>を無詠唱で発動させた。
災害級の無詠唱はまだできなかったキョウヤだが、実戦での覚悟こそなによりの成長を促す。
上位互換の<破滅光線>には劣るが、魔族一人には充分な威力を持つ。
燐光渦巻く高密度の光が、一瞬で岩を溶かす。だが、そこにオレンジ髪の姿はなかった。
「どこに……」
魔力探知に集中していると、遥か上空から急降下するなにかを感知した。それも複数。
周囲を警戒しつつ空を見上げると、キョウヤは衝撃に目を見開く。
「──嘘だろおい」
もし、地球でこんな光景を目の当たりにすれば、まず万人が世界の終わりかと考える。
急速に発達した科学技術でも、これを凌ぐのはさすがに難しい。否、不可能だと断言できる。
──空を覆う瘴気を突き破る燃え盛る巨大な隕石が、合わせて三つも降ってきていた。
一つだけでも日本列島に済む住民のほとんどを滅ぼせる。それが三つともなれば、それは日本どころかアジア全土すら危ういだろう。
それがアエテルタニスのブリタニア大陸であっても、大地に激突すれば凄まじい衝撃で、シュヴァリナに済む人族はひとたまりもない。
自分だけで止められない、とキョウヤは辺りを見渡す。だが、レークスたちは幹部級と交戦し、ミスラも灰髪の魔族相手に決め手に欠けていた。
シュヴァリナを護る『聖騎士団』も、砦である門を攻撃するゾンビ対策に総動員されている。
「……俺しかいないか」
このままではシュヴァリナは終わりだ。勇者として、キョウヤが隕石を止めなければならない。
被害を出さずにそんなことが可能なのか、と脳裏に疑問がよぎった。そして疑問は迷いとなる。
例え破壊したとしても、破片だけで人は簡単に死ぬ。災害級でも隕石を消失させるのは難しい。それが三つも同時に降り注ぐ。
「ちっ……やるしかねぇだろうが」
考えてる暇があるなら動け、と体が自然に飛び出した。炎をブースターにして飛行する。──まだ不安定だが、速度を出さなければ問題ない。
ぶつぶつと複数の詠唱を呟きながら、キョウヤは隕石の真下から見上げる形で停止した。
もう格好悪い真似はできない。覚悟はさっき済ませた。あとは脱力し、落ち着いて魔力を解放するだけ。
「隕石!! 俺の魔法を食らいやがれェェ!!」
まず三度の<超爆裂波動>で隕石を粉々にする。散らばる大きな破片を<激流螺旋渦>で拾い、取り込んだ隕石ごと<絶対零度>で凍らせた。隕石三つ分と災害級の渦を合わせた莫大なサイズの氷を<侵食の闇>で喰らう。
連続でキョウヤが詠唱した六つの災害級によって、小さな被害の一つも出さずに防ぎきった。
「魔力が、もう、ねぇ……」
計七つの災害級を詠唱で連続発動し、キョウヤの魔力は完全に底を尽きてしまう。
魔力を消化しただけで通常ふらついたりなどしない。だが、こうも短時間でごっそり使い切ればどうなるか明白。
意識を失わない程度に気を強く保っているが、とても飛行できる状態ではない。そしてここは上空。
「あ、死んだ」
その結論を出したキョウヤは正しい。重力に従って抵抗もできず急速に落下する。
「まっ、最期はかっこよかったし……仕方ねぇ」
今から死ぬというのに妙に落ち着く。地球よりも落下速度が遅い気がするが、それでもこの高さからは死亡不可避。
目を瞑って死を迎えようとしたキョウヤだが、地面との衝突直前──突風が通りすぎる。落下速度が緩和され、ぽふっと柔らかく地面に尻もち。
「間に合ったか」
唖然とするキョウヤの真正面には、漆黒の和装を身に纏う少年が立っていた。
「──ローラン……助けてくれたのか」
「ああ」
ローランは一言だけ呟くと、土属性の災害級<隕石落下>を使ったオレンジ髪の魔族に視線を移す。
あの規模で災害級を発動させ、幹部でも魔力がなくなったのか、地面にへたり込んでいた。
「ば……馬鹿な……ありえん」
信じられないような表情をする魔族の元へ、ローランが歩いて向かう。
「く、来るな!! この幹部ハコク様を殺せば魔王様が黙っていないぞ!!」
怯えながら叫ぶハコクと名乗るオレンジ髪の魔族だが、近寄るローランへ魔法の一つも使わない。
目の前まですんなりと到着したローランが、抵抗を見せないハコクへ手のひらをかざす。
「もう眠れ」
「──お前がな!」
魔法を撃とうとしたローランに、至近距離からハコクの岩の弾を放たれた。が、いつの間にか持っていた<レーヴァテイン>で岩を斬る。
魔力が分解された岩は、空気に溶け込むように消えていった。
「──っ!」
「その程度はわかっていた」
無防備だと油断する隙をついた逆転の一手を難なく防がれ、ハコクは奥歯を噛み鳴らす。
「覚えておけ。貴様らは魔王様に滅ぼされることに──」
最期の台詞を聞き終える前に、瞬きする間にハコクの体は消失した。属性らしきものは見えず、なにをしたのかキョウヤにはわからない。
ハコクが落とした琥珀の宝石がついた剣をローランが拾う。属性がない魔法で鞘を創り、剣をしまって腰に掛けた。同時に<レーヴァテイン>も鞘にしまう。
「……キョウヤはドームに戻った方がいい」
「な、なんでだよ。俺だってまだ戦える」
「もうまともに魔法が撃てんだろ」
「そうだけど……すぐに回復するし」
「足手まといだ」
「──っ」
はっきりと言い放つローランに、キョウヤはなにも言い返せず押し黙る。
「休んでいろ」
なにを考えているかわからないが、ローランの本質は優しい。あえてはっきりと言うのも優しさから来ている。
最近になってキョウヤはわかってきた。
「……なら、休ませてもらう」
「ああ」
「けど、俺も頑張ったんだ。絶対守れってくれよ。この国を、シュヴァリナを」
「ああ」
「あと、ローランも無事でな」
「無論だ」
最後だけ『ああ』ではない。ちょっとした配慮をするローランに背を向け、キョウヤは走ってドームへ戻る。
アリシア「次回は私の見せ場と聞いたのが」
ローラン「……そうだな」
アリシア「なんだ今の間は」
ローラン「キョウヤ、生き残れて良かったな」
アリシア「露骨に話題をそらすな!」
ミスラ「これで彼女と結婚できるね♪」
キョウヤ「いねぇよぉ! 勇者なのにぃ!」
アリシア「あのー、次回は私の見せ場じゃ……」
ローラン「次回、『回復薬は効果も味も悪い』」
アリシア「私を無視するなァァ!!」




