二章ノ7 『魔族』
報告をしてくれたアリシアが去ったあと、レークスとエリザベスは宝石の付いた剣を手に取った。
「二人共準備はいいか!」
「行くよ!」
「う、うん」
「お兄様はわたくしがお守りしますわ」
自身なさげなネクタールだが、アムネシアが手を引っ張って連れて行く。
「お、俺はどうすれば……」
緊急事態などには慣れていないキョウヤは、ネクタール以上に狼狽えて焦る。
「できればキョウヤくんにも来てほしい」
「準備は大丈夫?」
「……だ、大丈夫です!」
どうすればいいかわからず、とりあえずキョウヤは四人についていくことにした。
地下を抜けてドームの外に出ると、鎧を着た集団が空を飛ぶ光景が視界に入った。
加勢しようと、キョウヤは踏み足に力を入れる。
だが──正面から強大な魔力を感知し、体が思うように動かない。
対称に、レークスとエリザベスはどこか懐かしむように顔を緩めていた。
「二十年ぶりの感覚だな」
「これは『幹部級』か」
口調が変わったエリザベスが、帯刀する剣に手を掛けた。
「なんだ……これ……」
全身が震える。立っているのがやっと。この前までただの高校生だったのだ。異世界に来て強くなっても、キョウヤの本能が怯えていた。
──眼前に立ちはだかる二つの影に。
「こいつらが例の?」
「……そうだ」
「初めて見るよ。──人族なんて」
黄土色の髪が荒れ乱れている女。紫を帯びた紺青色の髪で右眼が隠れている男には、真っ黒な体の至るところに火傷のような痣がある。
二人に共通する点が一つだけ。──頭から二本の角が生えていることだ。
エリザベスが目を細め、レークスはその存在を警戒するように注視する。
「まさか『魔族』が来るとは……」
「一人は見たことがあるな。確か……」
紺青色の髪の魔族を見て、レークスは二十年前の記憶を思い返す。
「……誰だっけ?」
名前は出てこなかったらしい。
「軍団長がマーラと呼んでいた」
「さすがエリザベス。元軍団長なだけあるな」
記憶力が抜群にいいエリザベスは、見た目だけでなく名前までしっかり覚えていた。
かつて、魔王パズズの配下だった『幹部』マーラ。二十年が経って尚、その姿はなんら変わりない。何百年も生きる魔族なら当然だ。
「だが、もう一人は見たことがない」
「俺もだ」
黄土色の髪の魔族は、エリザベスの記憶にもなかった。即ち、初めて見る魔族ということ。
「……人族とは二十年程度で姿を変えるな」
「もう殺していい?」
「……油断はするな。仮にも魔王様を討った連中だ。はじめから敵として戦えバラク」
「はいはい」
バラクと呼ばれた魔族は、マーラに適当な返事する。と同時に、手に持つ真っ黄色の宝石が埋め込まれた剣から、膨大な魔力を解き放つ。
激しく暴れる迅雷を圧縮し、パリパリと電流がほとばしる球体状に抑え込む。雷属性の災害級〈迅雷砲撃〉を発動させた。
対してエリザベスは、限りなく透明に近い水色の宝石が埋め込まれた剣を引き抜く。水の魔力が凝縮された剣が光り、螺旋状に渦巻く巨大な激流が出現した。
水属性の災害級〈螺旋激流渦〉が、バラクの魔法と相殺する。
「ちっ……水属性かよ。厄介だな」
バラクが舌打ちする。
雷属性は水属性への有効打とはなり得ない。水を完全に破壊することは雷では難しいからだ。
「レークス、こいつは私とネクタールに任せろ! そっちは三人に任せたぞ!」
「任せろ!!」
エリザベスがバラクに水流を浴びせ、レークスはマーラに氷柱を撃つ。
アムネシアはネクタールの手を取り、祈るように自身の額へ持ってくる。
「お兄様、どうかご無事で」
「う、うん。アムネシアもね」
「お兄様に心配されるなんて……わたくしは世界一幸福な女ですわ!」
「……行ってくるよ」
ネクタールがエリザベスの元へ向かい、アムネシアはレークスの側まで移動した。
一瞬で戦況が動いたその間に、キョウヤはなにもすることができなかった。動体視力を強化し、見えてはいたが、咄嗟の対応はまだ難しい。
「くっそ……」
キョウヤは苦渋を味わう。情けない。勇者として召喚されておきながら、なにもせずただ棒立ちしていただけ。
なにかできることはないのか、と考えている間に、魔法を撃ち合いが始まった。
──また出遅れた。
そう思ってしまい脚が固まる。思考し続けるが、それは自分を攻め続けるのと同義。キョウヤは負の連鎖に陥ってしまう。
「お、俺は……」
こんなはずじゃなかった。異世界ならチートで無双なはず。全属性の適正に加え、空間魔法に神器〈ブンドゥギア〉もある。充分なチートは貰った。
たくさんトレーニングした。超級魔法まで無詠唱で使えるようになった。なのに、肝心の精神が、所詮は平和ボケした高校生だ。
異世界転生系主人公たちは、神様に貰った魔法とかスキルでチートして、勝手にモテてハーレムとか。現実じゃそんなことあり得ない。
レークスの加勢に行ったアムネシアが、チラッとキョウヤに目を配らせた。その瞳には、失望の色が籠もっていた。
事実は違う。ただの被害妄想だ。キョウヤが自分自身に失望していただけ。惨めで仕方ない。
そんな無駄なことを考えている間にも、ファンタジー的な魔法バトルが繰り広げられている。
──キョウヤを除いて、異世界住民だけの。
なんで召喚なんかされたんだ。地球に帰りたい。いや、死んでたな。なら、もういっそ──と諦め、キョウヤが地に膝をつけた。
背後から魔力を感知するが、もう抵抗する気力も残っていない。
このまま死んだら楽になれるかな、と目を瞑ったその時──キィィンと金属音が響いた。
「お〜い、キョウヤ〜? なにやってるの?」
シリアスな気分に浸っていたキョウヤだが、呑気な声が耳に届く。後ろから斬られて死ぬはずだったが、そんな覚悟はあっさり打ち砕かれた。
「あっ、もしかして怖がってる?」
グサッと図星を貫いてきた綺麗な声。
「まっ、しょうがないか〜。まだ来たばっかだもんね〜」
キョウヤが顔を上げると、生暖かい爽やかな風が、麗しい金髪をなびかせていた。
「じゃ、ここからは私に任せてよ」
陽気な雰囲気が一変し、金髪の美少女──ミスラは、異世界住民たちと同じ空気になった。
◇◆◇◆◇
「こちらはなんと! 先着百名限定のサイン入り色紙なんです!」
「某は非売品の初期ライブチケットでござる」
「は、ははは……」
もの凄い熱意でいろいろ紹介されるけど、私はそのテンションにはついていけない。せめて苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「次はもっとレアな」
手を引っ張られ、奥へ連れて行かれていたその時──近くで凄まじい魔力を感知した。
幹部級の魔力が複数。それも、あまりいいものじゃない。人族じゃないことは確か。
探知領域を広げてみると、シュヴァリナ付近から不気味な魔力を無数に感じた。
人族に近いけど違う。異質な魔力が混ざってる。
路地裏の面々も強大な魔力に気付いたのか、私から手を離して脚を止め、顔を青ざめていた。
「……みんな、案内ありがとう」
一応感謝しとこ。
「い、行くのですか」
「危険でござるよ」
「大丈夫」
幸い魔力はあり余ってる。全身を脱力させ、呼吸の種類を変えた。今回はほんとにやばい状況だから、最初から本気モードで行く。
「私はキャメロット王女ミスラだからね」
踏み足に力を入れると同時に〈雷速移動〉を発動させ、超加速して現場へ向かう。
あっという間に到着すると、レークスさんたちが二人の魔族と戦っていた。
魔力量からしてどっちも幹部級。
もう一つ別の魔力。確認すると、影の中から幹部級の魔族が出てきた。
琥珀色の宝石が埋め込まれた剣を、座り込んでるキョウヤに突き刺す。
それだとキョウヤが死ぬから、ワズラの重量を百倍にして急降下し、刺さる前に剣を弾く。
「お〜い、キョウヤ〜? なにやってるの?」
なんか落ち込んでたキョウヤに、私は呑気に声を掛けた。
「あっ、もしかして怖がってる?」
アエテルタニスに来てから、まだ十日も経ってない。地球では命の危機とかなかっただろうし、急なリアルバトルは無理があったかも。
「まっ、しょうがないか〜。まだ来たばっかだもんね〜」
私はキョウヤの前に立ち、魔族を見据えて〈ワズラ〉を構えた。
「じゃ、ここからは私に任せてよ」
魔力探知で周辺のマナを認識し、独自の呼吸で意識を集中させる。
超高速バトルが基本だし、奇襲も全然あり得るからね。四方八方を警戒しつつの戦闘が常識。
「貴様は……人族か?」
正面に立つ、オレンジ髪の魔族が呟く。
困惑した雰囲気を感じ取り、私は幹部級を前に笑みをこぼしてしまった。
「人族ってより──私は『転生者』かな」
体は人族でも、アエテルタニスの住民じゃなくて、私は地球人と同じ価値観だからね。
「……テンセーシャ……聞いたこともない。だが、所詮我ら魔族の敵ではなかろう」
刹那──真後ろに別の魔力が現れた。咄嗟に〈光速移動〉で避け、ついでにオレンジ髪の魔族へ〈ワズラ〉を振り下ろす。
重量を千倍にしたが、後ろに飛んでかわされた。
「キャハハハハ!!」
二人目の幹部級が奇妙に高笑う。魔力だけでなく見た目までもが、魔族の中でも異質な存在。
灰色の髪で、左半面が爛れている。見ただけだと性別が判らない。ただ、本来の容姿は私以上に美しかっただろう。綺麗な右半面だけでもそれはわかる。
「ま〜た妙なのがいるね〜。君たちはほんとになんなのかにゃ〜?」
「君、たち?」
言ってる意味がわからない。『また』とか『たち』とか、一体なんのことだろう。人族のことを指してるわけじゃなさそうだし。
「二十年前にはいなかったよね〜? 嫌な匂いを漂わせてさ〜。他とはなんか違うんだよ〜」
灰色髪の魔族はこっちの様子を伺うように、私とキョウヤを交互に観察してくる。
たがそれよりも、私は引っかかったことに口にした。
「……黒いローブの人族に会った?」
「やっぱり仲間なんだ〜。さっき森でね〜」
「それで……どうしたの」
「にゃはははは!! さぁ〜ねぇ〜?」
「──っ」
つい無策で飛び出しそうになったが、ギリギリで踏み留まれた。
──落ち着け。呼吸を乱すな。集中しろ。
確かに幹部級の魔力は相当なものだ。でも、あのローランがやられるわけない。絶対生きてる。これは私の精神を揺さぶるため策だ。
初めて魔族と戦う。今まで見てきた中では強いけど、私が敗ける要素はない。幽霊よりは怖くないし、油断しなきゃ確実に勝てる。
「ふ〜ん……君はなかなかやるねぇ〜」
「そんなんじゃ揺さぶられないよ」
「そうでもなかったけどにゃ〜」
「──っ!」
自分を落ち着かせている間にも、周囲の警戒は怠らなかった。でも、いつの間にかオレンジ髪の魔族の姿がない。
私の近くに来ても気付けたはず。だが、今はいつもと違う点が一つ。完全に見落としていた。
「キョウヤ!!」
任せてって言ったのに、取り返しのつかないミスを犯してしまった。
すでに、オレンジ髪がキョウヤへ剣を突き出している。今から光速で向かえば間に合うだろうが、そんなことはさせてもらえない。
「くっ」
私の影から出てきた灰髪から距離を取る。
あいつの魔法は食らえない。込められた魔力量がそれを物語っている。
今のキョウヤじゃ対応できない。私はもう間に合わない。剣を止める術は──もうない。
「逃げるな──!!」
自分でもなにを言ったのかわからなかった。動かないキョウヤに笑を重ねたのかもしれない。無意識に口が動いていた。──ミスラから笑へ。
──魔族の剣がキョウヤの体を貫いた。
ミスラ「次回、キョウヤの運命や如何に!」
キョウヤ「俺はもう駄目だ。すまねぇ」
ミスラ「諦めるな、キョウ之内くん!」
ローラン「デュエルは最後までわからない」
キョウヤ「でも……もう……」
ミスラ「キョウ之内くーーーんッ!!」
ローラン「次回、キョウ之内死す」
ミスラ「いやちゃうわ!」
ミスラ「次回は『万能薬は臆病者にも効果がある』だよ!」
キョウヤ「俺、生きてたら彼女と結婚するんだ」
ミスラ「彼女いないじゃん」