二章ノ6 『異形なる者』
呪剣の情報を集めるため、ローランはアリスをおぶさったまま聞き込みをしていた。
ミスラは朝食も取らずに探しに行ったようだが、帰ってきていない。まだ手掛かりはないのだろう。
四時間ほど捜索したのだが、なんら情報が掴めない。昼食の時間になったため、ローランはドームへ帰還した。
「ローランも食べるのか?」
「俺はいい。お前は昼食を取って待っていろ」
「ならば私もいらん。ローランについていこう」
「いや、待っていろ」
「なぜだ! 私も連れて行ってくれ!」
「ここからは駄目だ。足手まといはな」
「──っ」
魔法が使えないアリスは、戦力としてはなんの役にも立たない。これから危険になるかもしれず、連れて行くことはできなかった。
「……解った。ならば……約束してくれ」
ローランから降りると、アリスは手を差し出してきた。
「無事に帰ってこい」
「無論だ」
即答し、ローランはアリスと握手を交わす。
「また後でな」
「ああ」
いつも通りの一言でアリスと別れ、ローランはドームを後にする。シュヴァリナから離れ、不気味な魔力が覆う森へ向かった。
アリシアたち『聖騎士団』が去った後──
群がるゾンビをローランが凍結させた。うるさかった唸り声がなくなり、辺りは草木のざわめきと魔物の鳴き声が支配する。
「……気付いていた」
ボソッと呟くと、ローランは後方にある樹の影へ〈閃光〉を放つ。閃光は地面にぶつかった。
「俺には意味をなさない」
ゾンビは全て凍結されている。独り言とも取れるが、ローランの前方に立つ樹の影が揺らめく。
──うさぎのぬいぐるみが現れた。
影からうさぎのぬいぐるみ。シュールな光景だが、ローランの表情はピクリとも動かない。
シーンとしらけたような空気が流れ、ローランがぬいぐるみに手をかざす。
「なにか感想ないの〜?」
少女のような甲高い声。可愛らしく首を傾げる。子供に人気が出そうな動いて喋るぬいぐるみだが、生憎ここには無機質な瞳の少年が一人だけ。
「僕とお喋りしないかにゃ〜?」
相変わらずローランは質問に答えない。愛くるしく動くぬいぐるみへ閃光を撃つ。だが、ふんわりと躱された。
「ひっどいな〜。こっちであそぼ〜よ〜」
おいで、と手招きされると、ローランは手をだらんと垂らし、ぬいぐるみの側まで歩いていく。
目の前で立ち止まると、ぬいぐるみはぺこりとお辞儀し、歓迎したように両手を広げる。
「ありがと〜。じゃ〜、あそんであげるね〜」
声はそのままだが、化け物のように大きく口を開いた。子供が見たら一生トラウマになりそうな、凶悪な魔物より恐ろしい巨大な鋭い牙を見せる。
抵抗もしないローランをバクリと喰らう。だが、口からもくもくと煙が立ち昇る。刹那──内側から爆砕した。うさぎちゃんは木っ端微塵となる。
「幻術は効かん」
「──なにそれぇ〜」
背後からぬいぐるみと同じ声がし、ローランが振り返ると──真後ろになにかが立っていた。
咄嗟に〈瞬間移動〉を使い、後ろで発動した闇属性魔法を回避する。
「キャハハハハ!!」
薄気味悪い魔力を漂わせ、ローランの目の前に姿を見せた『それ』は奇妙に高笑う。
「そんな魔法見たことないにゃ〜」
髪色は全体的に灰色だが、前髪の左側は炭のように真っ黒。特徴的なのがその顔。左半面が爛れており、抉れたような深い傷跡がある。
右側だけ見ると綺麗だが、底の見えない常闇の右眼に、機能を失った真っ白な左眼。なにより、肌が黒い。頭には二本の角が生えている。
容姿だけでも異質さを醸し出し、性別的な特徴が一切ない。見た目からは男とも女とも取れる。
「──異形なる者」
「にゃははは!! 君は何者かにゃ〜?」
「言うなれば人族だ」
「確かにそうだね〜。僕ら相手にその答えは合ってるよ〜。でも〜、なんでわかるのかにゃ〜? 君は二十歳以上には見えないよ〜」
「例え知らずともわかるだろう」
見るからして人族でないことは明らか。黒い肌に角という特徴。これが表しているのはただ一つ。
「なぜここに『魔族』がいる」
二十年前のブリタニア大戦で、人族と龍族が手を組み、魔族は大陸から消えたはず。それに、人族如きをわざわざ倒しに来る暇など、第六天魔王たちにはないと思われていた。
「さぁ〜? 僕はパンドラだよ〜」
パンドラと名乗る魔族は、魔王の命令で来た可能は薄い。独断で行動する理由は一つだけ予想がつく。
「二十年前、この地にいたか」
「せいか〜い。若いのに凄いね〜」
パチパチパチと口に出し、ふざけたようにパンドラは嗤う。
「まさか、第六天魔王がやられるなんてね〜。さすがの僕も想定外だったよ〜」
「未だどの第六天魔王にも与していないか」
「……どこまで知ってるのかにゃ〜?」
「情報を聞いてから殺す気だろう」
「さぁ〜? でもいいのかにゃ〜?」
ピシピシと氷像にヒビが入り、ガッシャンと壊れされ、一斉にゾンビらが再起動した。
「お喋りしてると〜って、もう遅かったか〜」
襲いかかるゾンビらを、ローランは再び氷漬けにする。だが、魔力は着実に減っていく。
「魔力の無駄使いじゃないのかにゃ〜?」
「元を断てばいい」
消えた、と思った時にはすでに、ローランはパンドラを背後で〈デュランダル〉を振り下ろしていた。だが、その一撃は虚空を斬る。
「僕には当たらないよ〜」
消えて現れる。消えて現れる。両者は何度も繰り返す。ローランの〈瞬間移動〉は強力だが、パンドラの〈影渡り〉との相性は最悪だ。
このままではきりがない。ローランはピタリと足を止めた。その間にも、ゾンビの氷にヒビが入る。
「諦めたのかにゃ〜?」
コテンとパンドラが首を傾げた時、突如辺りが輝き出した。光に照らされ、影が極端に縮まる。
「ちっ」
舌打ちをしたパンドラを、ローランが〈デュランダル〉で真っ二つに斬り裂いた。影がなくては〈影渡り〉が使えない。
「ヒャハハ……」
奇妙な笑い声を上げるが、すぐに聞こえなくなった。縦に二つに分かれたパンドラの体は、足元にある影と同化する。
その影にローランが閃光を撃つと、命中する前に消滅した。微かに感じた魔力が遠ざかり、また別の魔力を感知する。
「……シュヴァリナか」
ただの死体に戻り、ゾンビらは次々と倒れていく。無残な死者たちから視線を外し、ローランは走ってシュヴァリナへ戻る。
◇◆◇◆◇
中がライブ会場のようになっているドームに入り、ステージ上の氷の床を炎属性で溶かす。
そこから地下に降り、暗い道を進んでいくと、突き当たりにドアがある。ドアの先には、今は窓から日光だけが差し込み、薄暗い王座の間。
王座の後ろにある幕を開けると、そこは訓練場になっている。普段なら聖騎士団が使用しているが、現在は五人だけしかいない。
この国の国王レークスと、女神エリザベス王妃、王子ネクタールに、王女アムネシア。もう一人は、見たこともない真っ黒な髪の少年だ。
「報告! 報告!!」
錚々たる人物が揃っている中、聖騎士団副団長の金髪の女性──アリシアが声を上げた。
「緊急事態です! 国が大変なことに!」
的にかざしていた手を下ろし、黒髪の少年は目を丸くしている。
「一体なにがあった」
レークスが落ち着いた様子で聞き返す。
「現在、なんとか門前で食い止めていますが、推定一万もの『不死の軍勢』が押し寄せてきました!! 破られるのも時間の問題です!!」
「──不死……だと……」
「レークス、それってまさか……」
不死の軍勢と聞き、レークスとエリザベスが目を見張る。なにか心当たりがあるかのように。
「さらに、その中には禍々しい魔力が二つ!! おそらく……魔族かと思われます!!」
「──っ!」
驚愕したような表情を見せる五人だが、レークスはすぐに平静を取り戻す。
「戦況は、聖騎士団はどうなっている!」
「姉が……団長が不在ですが、私の直属部下である三人に騎士団を任せてあります! 報告が終わり次第、私が団長に代わって指揮を取るつもりです!」
「報告ありがとう。俺たちも早急にそちらへ向かう。副団長は騎士団をまとめてくれ」
「承知致しました!!」
女神エリザベス様に敬礼した後、アリシアは来た道を戻る。
ドームの外に出ると、すでに千を超える騎士団員が整列しており、準備万端と言わんばかりだった。
「よし、これより直ちに門へ向かう!! 不死者らを決してエリザベス様に近づけるな!!」
「「「ハッ!!」」」
「風属性部隊準備!!」
二百人ほどの団員が、一斉に風属性の魔力を両手に集める。他の団員は気を引き締め、いつでも行けるように心の準備を終えた。
「行くぞっ!!」
アリシアの掛け声を皮切りに、凄まじい突風が鎧を着た約八百人を乗せる。ビューンと上空まで飛んでいく。
風属性使いの団員が風を操り、八百もの団員を門の上まで運んだ。それだけで魔力のほとんどを使う。
回復のために、熱を通さずスフィリアスを液体状にした『ポーション』を飲む。
「うっ」
苦味と不味さが尋常ではないため、飲んだ全員が吐きそうになるのを口を押さえて堪える。
アリシアたちが門の上に到着すると、ゾンビらを食い止めていた百人程度の団員がいた。
「お前たちは休んでいてくれ」
魔力が底を尽きている団員たちを後ろに下がらせ、入れ替わるように八百人の団員が並ぶ。
「一斉射撃用意!!」
今にも門が壊れそうだが、副団長であるアリシアは落ち着いて指示を出す。
他の団員も焦らず魔法を詠唱し、いつでも発動できる準備を済ませた。
「撃てっ!!」
八百人の魔法がゾンビらに降り注ぎ、爆風に飲まれて門から遠ざかっていく。だが、破損した体はすぐに再生していった。
「くっ、やはり駄目か……」
体の一部でも残せば、瞬く間に治ってしまう。それなら完全に消滅させればいい。そうなると、超級魔法を至近距離から当てるか、災害級を直撃させる他ない。
この状況で下に降りれば、食い殺されるだけだろう。即ち、災害級しか打つ手はない。
だが、災害級には莫大な魔力が必要。聖騎士団で使える者は、副団長アリシアと団長アーデルハイドしかいなかった。
「私は……あの姉がいなければ、なにもできないのか……私では代わりになれないのか……」
アリシアの姉でもあるアーデルハイドは、先日から行方不明になっている。聖騎士団が捜索をしても、手掛かりの一つも出てこない。
「この数を一人で……こんなの姉でも不可能だ」
たった一人で対処しきるのは無理があった。だが、国民と女神エリザベス王妃様のため、アリシアがやるしかない。
「……もうすぐエリザベス様たちが来てくれる。それまでは……なんとしてでも耐え抜く!」
覚悟を決めて炎の魔力を片手に集め、アリシアは無詠唱で〈熔融紅蓮業火〉を放った。
マグマのような灼熱の業火が、ゾンビらの体を再生不可の状態まで融解させていく。
パンドラ「次回は僕の仲間が登場するにゃ〜」
アリシア「貴様ら魔族の好きにはさせん!」
パンドラ「ん〜? 僕は裸族じゃないよ〜」
アリシア「違うわ! 貴様ら魔族だ!」
パンドラ「だから裸族じゃないって〜」
アリシア「裸族など言っとらんわ!」
ローラン「アリシア、遊ばれてるぞ」
パンドラ「次回、『魔族』」
アリシア「貴様ァ!」