二章ノ4 『魔王の操りし剣』
ドアの先からは光が差し込んできた。薄暗い通路とのギャップで、私は咄嗟に瞼を閉じる。
「どうやら到着したようだな」
すぐに明るさに慣れ、瞼をゆっくり開く。地下にも関わらず明るい空間には、縦長のテーブルが置いてある。そこに四人の人物が座っていた。
「なっ、何者だ!」
四人の中で最も魔力の高い男の人が声を上げた。海に近い青色の髪に、多少の髭が生え、お父さんと同年代に見える。
隣には、見覚えしかない女の人。
昨日見たばかりなのですぐにわかった。
透き通るような水色の髪。もうすぐ四十歳とは思えないほど綺麗な容姿と艷やかな肌。スタイルも抜群に良く、透明感あるドレスが似合っている。
「あなたがエリザベス王妃様ですか?」
その姿は、昨日食べたパスタに乗っていたものとよく似ており、別物だった。本物の方が百倍は美しい。
「私がエリザベスだけど……貴女は誰なの?」
「以前お会いしたのは、私がまだ赤ん坊の頃とお父さんから聞きました。なので、見た目ではわからないでしょう」
「ま、まさか、君は……」
エリザベスさんの隣にいる男の人は、多分シュヴァリナの国王レークスさんだ。
さすがというべきか、自己紹介をする前に、私が誰だか気付いた様子。
「私は、キャメロット第二王女ミスラです。お久しぶりですね。と言っても、さすがにお二人の記憶はありませんけど」
自己紹介を終え、レークスさんとエリザベスさんは大きく目を見開いた。
「確かに……アーサーの面影がある」
「本当に、あのミスラちゃんなんだ」
「はい。本当は別件で伺ったのですが、聖騎士団団長様が行方知れずと聞いて、宿泊した宿屋から慌てて駆けつけたんです」
驚いた様子のレークスさんとエリザベスさんの後ろには、私が知らない二人がいる。
一人は、私より三から五歳ほど年上に見える男の子。彩度の高い青藍色の髪を持ち、百八十センチはある高身長。王子感が溢れている。
隣には、私より一、二歳ほど年下に見える女の子。黒に近い深藍色の髪に、エリザベスさんに似て容姿端麗。私と違って豊富な胸もある。
「そちらの二人は、もしかしなくても……」
「あ、ああ、そうだ」
「私たちの子供だよ」
エリザベスさんたちと親しくする私に、不思議そうな眼差しを向けていた。けど、二人は安心したのか、瞳から警戒心が消えた。
「二人に紹介しよう。こちらのお嬢さんは、俺の友達であり、人族の英雄アーサーの娘さん。ミスラちゃんだ」
「よろしくね〜」
「よ、よろしくお願いします」
王子くんがペコリと頭を下げてくる。敬語なのは、多分まだ緊張してるんだろうな。
「ほら、二人共。ミスラちゃんに自己紹介」
「う、うん。えっと……僕はネクタールです」
「アムネシアですわ。それと、わたくしのお兄様には近づかないで頂戴」
「え? あ、うん」
理解。アムネシアとかいうこやつブラコンだ。
「ごめんなミスラちゃん。アムネシアはな、ちょっとあれなんだ」
「よく存じております。あれですね」
「理解が早くて助かる。さすがはアーサーの娘さんだ」
お父さんの娘じゃなくてもわかると思うけどね。お兄さんの腕をがっしり掴んでるし。その邪魔なだけの大きな胸を押し付けてるし。
「誰でもわかりますよ。露骨ですよね」
「ははは……確かにな」
レークスさんが乾いた笑みを浮かべていると、後ろからその肩をエリザベスさんが掴む。
「レークス、私もミスラちゃんと話したいよ」
「ごめんごめん。エリザベスも好きなだけ話してくれ」
「やったー! レークス大好き!」
人前、それも子供の前なのにも関わらず、エリザベスさんはレークスさんに抱きついた。そこからなんと、マウストゥマウスまでかます。
お父さんとお母さんでも相当だけど、こっちもかなりやばい。仲良すぎやしませんか!?
「お、おい、人前だぞ。てか子供が……」
「だってぇ、最近ライブで疲れたんだもん」
「な、なら、夜まで我慢してくれ」
「ふふっ、うん。楽しみにしてるよ」
レークスさんの頬に軽く唇を当てた後、ようやくエリザベスさんは離れた。
「……じゃ、じゃあ……早速本題に入ろうか」
「いや、仲良すぎやしませんか!?」
おっと、つい心の声が漏れてしまった。
「夫婦仲が良いのはいいことだよ?」
「見せられるこっちが恥ずかしいですよ!」
「そ、それは置いといて、本題に入らないか?」
見えないなにかを持ったレークスさんは、それを横に退けて話題をそらす。
「……では、本題に移りましょうか」
この話を続けても、ローランの表情は変わらないし、キョウヤの顔が赤くなるだけ。
特に続ける意味もないので、そらされた話題に乗ることにした。
「まずは近況を教えてください」
「その前に、ずっと気になってたことがあるんだが、後ろの三人はどちら様かな?」
「二人は私の旅の仲間です。もう一人は……後で詳しい自己紹介をしましょう。今は話を聴きます」
「了解。じゃあ、昨日起きた事件から話そう」
「お願いします」
「立っていては疲れるだろう。どこでもいいから席についてくれ」
私とキョウヤが席につき、ローランの膝の上にアリスがちょこんと座る。
「まず知っての通り、聖騎士団団長であるアーデルハイドが行方知れずだ。それは待機中の騎士団が総力を上げて捜索中だが、未だに手掛かりすらないらしい」
「それは騎士団の人から聴きました」
「実はな、もう一つのほうが大事なんだ」
「もう一つ?」
それは初耳だな。他にもなにかあったのか。
「これは騎士団にもまだ伝えていないのだが……」
国を守る騎士団に伝えていない? どういうことだろう。それほどに特殊なことなのか。
「キャメロットに『聖剣』があるように、シュヴァリナにもとある神器が封印されていた」
「それも初耳です。どんな神器なんですか?」
「それが、危険なものでな。その名を〈ダインスレイヴ〉と言う。奴は『呪剣』とも呼んでいた」
じゅけん……受験? あっ、呪いの剣か。いや、それよりも気になる言葉があった。
「奴?」
「そう。元所有者が所有者だけに、騎士団長不在よりも重要なんだ」
「団長失踪よりって……奴とは、誰なんですか?」
レークスさんとエリザベスさんの表情が曇る。まるで、その名を口にすることを拒んでいるような。
決戦前のような覚悟を決めた面持ちで、レークスさんの口が開かれた。
「魔王パズズ」
「──っ」
「それが、呪剣〈ダインスレイヴ〉を操りし者の名」
お父さんから聞いたことがある。パズズの神器〈ダインスレイヴ〉は、血を喰らうことで能力を発動させる『呪剣』だと。
「ま、魔王って……そんな危険な物が……」
「だから重大なんだ」
「騎士団の若い子たちは、シュヴァリナに呪剣があることを知らない。今は騎士団長を探さないといけないのに、そんな事実を伝えると混乱しちゃう」
「それに、近辺の森の様子がおかしくてな。その調査にも人員を使っている。闇雲に混乱させないよう、騎士団に伝えることはできない」
「だから、ミスラちゃんたちに話したんだよ」
なるほど、そういうことか。
「私たちには『呪剣』を探してほしいと」
「端的に言えばそうだ。ただ、手掛かりがない。それに、危険を伴うことは確かだ。君はアーサーの娘。俺たちが死なせるわけには行かない」
「深みまでは踏み込まないでね。でも、手掛かりだけでも掴んでほしい。シュヴァリナは私たちの国。最後は私たち自身の力で解決するよ」
ほんとはこの二人が直接調べたいんだろうな。けど、国王と王妃である以上、国民を安心するためにもここから離れられない。
「そういうことなら任せてください。私たちが手掛かりを見つけてきます」
ローランとキョウヤの意思は聞いてなかったけど、多分大丈夫だろう。二人なら力を貸してくれる。なんとなくだけど確信を持って、私は答えた。
「その件は任されました。それじゃ、ちゃんと自己紹介をしましょうか」
私は姿勢を整える。
「まず、私はキャメロット第二王女ミスラです」
さっきからキョウヤがローランみたいに一言も喋らない。緊張した様子だったけど、深呼吸をしてから声を発した。
「え、えっと……お、俺はキョウヤです」
「キョウヤくん?」
「私が異世界から召喚した勇者になります」
「ん? 異世界? 召喚? 勇者?」
いきなり言っても解らないよね。
「端的に言えば、魔王を倒すための戦力です」
「──本気……なのか」
本気だと思えないのも無理はない。
レークスさんたちは、二十年前に魔王と戦ったんだから。その強さと恐ろしさを、身を持って体験している。
「先程別件で来たと言いましたが、私たちは魔王討伐のために来ました。でも、キョウヤはまだこの世界に慣れてないようで、鍛えてもらおうとシュヴァリナに寄ったんですよ」
「……なるほど。それなら俺たちでもできそうだ」
「キョウヤくんは、私たちに任せてもらえる? ミスラちゃんたちばかりに負担は掛けられないから」
「私は大丈夫です。キョウヤもそれでいい? 調査は私とローランに任せてくれていいよ」
とんとん拍子に進む話に、キョウヤはついていけてない様子。私に話しかけられると、ハッとして我に返った。
「お、おう。俺はその間に強くなっとくぜ」
「オッケー」
私はキョウヤにグーサインを出す。
「それで? そっちの少年がローランくんかな」
「ああ」
「不思議な魔力だな。どこか違和感のある」
「ほんとだね。なにかが気になる。それがなんなのかはわかんないけど」
レークスさんとエリザベスさんも、私とお父さんと同じ感想を口にした。魔力の中に謎の違和感。未だにその正体はわからない。
「とにかくだ。ミスラちゃんとローランくんには『呪剣』の捜索を頼む。キョウヤくんは俺たちが鍛えておく、ということでいいかな?」
「はい」
「早く強くなりたいんで、訓練は厳しめでいいです! これからよろしくお願いします!」
「おう。そこまでやる気を出されちゃ、俺たちも本気で鍛え上げるしかないな」
「魔王を倒せるかもしれないしね」
話が纏まり、レークスさんとエリザベスさんと私はそれぞれ握手を交わす。
「最後に聞きたいんだが」
私と手を離したレークスさんは、ローランの膝の上に乗っている少女に視線を向けた。
「その子は誰なんだい?」
「……実は私たちもよくわかってないんですよ」
「わかってない? どういうことだ?」
「裏路地にいた子なんですが、仮名でアリスと名付けました。ローランが」
「そうか。その子も俺たちが預かろうか?」
自分の話題が聞こえたからか、アリスがローランの膝から降りてきた。
「それは断る。私はローランについていく」
「お、おう。喋り方が予想と違ったな」
「レークス」
今度はローランが立ち上がった。珍しく、振られてもいないのに話し出す。
「預かってくれ」
「え……それは駄目だ。私はローランについていく。離れるなんて絶対に嫌だぞ」
「違う。キョウヤ、奴らを出してくれ」
「あぁー。忘れてたわ」
キョウヤが亜空間を生み出し、そこから五人の男がどしゃっと落ちた。
それを見て、レークスさんとエリザベスさんはポカンとする。
「こいつらは誰だ?」
「裏路地でアリスを蹴り飛ばした奴らだ。おそらくこの国の者ではない」
ローランの一言で理解したのか、レークスさんが顔をしかめた。
「……わかった。そいつらは俺たちが預かろう」
「ああ」
「それと、ミスラちゃんたちはここに泊まっていくといい。いや、滞在中はずっとここにいてくれ」
「えっ、いいんですか?」
「むしろこっちがお願いしたい。ここにいたほうが効率的に調査できるだろ? いち早く犯人の手掛かりを見つけてほしいんだからな」
「ありがとうございます」
私はレークスさんたちにお礼を言う。
これで宿代の心配はなくなったから、長期滞在が可能になった。
「ならば私はローランと同室だな」
アリスがそんなことを言い出す。
「まだ子供だからな、一人は不安だ」
「一人が嫌なら私と一緒でいいんじゃない?」
「私はローランがいい」
「男女が同じ部屋っていうのもどうかと思うけど?」
「子供だぞ? なんの心配もないだろう」
子供っぽくない癖によく言う。精神年齢は成人してるでしょ。
「ローランはどうなの? いいの?」
「……だめだな」
「え……」
「ほ〜ら〜、無理だってさ〜。一人が怖いなら私と同じ部屋にする?」
「ローラン、だめなのか?」
「ああ」
容赦なくローランは即断した。
「……そうか。ならば一人で問題ない」
「一人でいいんじゃん!」
「ローラン限定だ」
「はぁ?」
私がアリスに文句を言おうとしたところで、レークスさんたちが動いた。
エリザベスさんが倒れている四人の男を水で包み込む。
「俺たちはこいつらをどうにかしておく」
「私たちはもう行くね」
「……はい」
レークスさんたちは王座の後ろのカーテンを開け、向こう側へ入っていった。
「……お腹空いた。朝ご飯まだだったね」
思い出したらお腹が鳴り、アリスの話がどうでも良くなるほどなにかが食べたくなる。
「よし、みんなでどっか食べに行こー!」
「おー!」
「ローランはなにが食べたいんだ?」
「俺はいい」
「えっ、なぜだ」
「さっ、アリスちゃんは私たちと一緒にね〜」
「私はローランとがいい!」
わがままを言うアリスを無理やり持ち、私たちはドームの外で朝食を取った。
ローラン「次回は聴き込みだな」
ミスラ「なんか探偵ものっぽいね〜」
アリス「タンテイモノ?」
ミスラ「真実はいつも一つ!」
アリス「なぜそこまで自慢げな顔で叫んだのかはわからんが、真実が一つとは限らんぞ」
ミスラ「マジレスすな」
ローラン「次回、『ゾンビ』」
アリス「まじれす? ぞんび?」