一章ノ1 『最近ではあまり見かけない、懐かしのテンプレート』
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カランカランと鈴の音が鳴り、誰もいないガラガラの店内に響き渡った。
入ってきたのは、漆黒のローブで全身を覆っており、フードで顔がよく見えていない人物。
──怪しいすぎますね。
ここは冒険者ギルド。普段なら、冒険者の馬鹿騒ぎが一日中続いてうるさい。だが、今日は王女様の成人式とあり、シーンと静まり返っていた。
どうせ誰も来ない、と受付の連中も見に行ってしまったのだ。今日は受付担当ではなかったが、栗色の髪を肩の上まで下ろすステラが受け持つことになった。
──上司の私に断りもなく。減給確定です。
部下への怒りを募らせていると、ローブの人物が近づいてくる。
襲われたらまずいので、ステラは受付カウンターから一歩だけ離れ、念の為小声で魔法を詠唱しておく。だが、ローブの人物からは、予想外の台詞が飛び出した。
「冒険者登録をしたい」
「……ぼ、冒険者登録……?」
「ああ」
「……パレードを見なくてもよろしいんですか?」
王女様の成人式の真っ只中という現状で、パレードより冒険者登録を優先する。
そんなことがありえるのか、とステラは疑惑の眼差しを向けた。
「キャメロットには始めて来たのだが、実力があるなら冒険者ギルドで働くといいと聞いた」
「……なるほど、そうでしたか。手数料が銀貨一枚必要となりますが大丈夫でしょうか」
「ああ」
ローブの人物は懐に手を入れ、銀貨を一枚取り出すと、カウンターの上に置く。
土属性の偽物を渡してくる者もいるが、魔力を感じないため、確かに本物だ。
「お預かりします。それでは少々お待ちください」
顔の見えない怪しい人物だが、魔力の感じから魔族ではなさそう。声質からして男だと思われる。
念の為警戒は緩めず、ステラは登録に必要な紙とペンを取って戻った。
「お待たせ致しました。それではまず、冒険者について説明致します」
目の前の男は怪しさ満点だが、とりあえず普段通りの営業スマイルで対応する。
「冒険者とは、魔物討伐や薬草採集などが基本の仕事です。しかし、中には荷物を運んでほしいなどの簡単な依頼もあり、端的に言えばなんでも屋のようなものですね」
なんでも屋なのに、なぜ冒険者なのか。
ミスラ王女が命名したのだが、ステラはもちろんのこと、ギルドマスターすら知らないとか。
「ランク制となっておりまして、ランクが高ければ高いほど、難しく稼ぎのいい依頼を受けることができます。ランクは全部で七つに分かれており、低い順から、F、E、D、C、B、A、Sになっています。と言っても、Sランクに関しては一人のための特別枠でして、実質Aが最高ランクです」
まずは全体の説明をし、わからないことがあれば、その後に質問を受け付ける。これが、新規登録者への基本の対応だ。
最初の説明が面倒くさいと苦情がきたため、簡単なものに変更された。
実際、説明するより体験したほうが、すぐに覚えることができる。
「大まかな説明は以上となります。なにかご不明な点などはございませんでしたか?」
「ああ」
「かしこまりました。失礼ですが、字は書けますでしょうか」
「ああ」
「それではこちらに、ご出身とお名前をご記入願えますか? 任意ではあるのですが、身元がある程度わかっていた方が都合はいいですよ」
紙とペンを受け取り、ローブの男はスラスラとすぐに書き終えた。
記入された紙を受け取り、ステラが確認する。
「……出身はエトワール。お名前はローラン様。で、お間違えないでしょうか」
「ああ」
「では次に、こちらの水晶に手を当てていただけますか? この水晶は、希少な『ナートゥライト』という鉱石で作られておりまして、触れると魔力量に合わせて光り方を変える物質なんです。あの『ディヴェス』の商品でして、『クリスタキウム』といいます」
説明を黙って聞き終え、ローランと名乗るフードの男が、水晶に手を近づける。その時──バンッとギルドのドアが乱暴に開かれた。
「ん? おいガキ! まさかお前みたいなお子ちゃまが冒険者になろうとしてるわけじゃねぇだろうなぁ?」
ギルドに入ってきた途端、ガタイのいい男はローランに突っかかってくる。
「それがどうした?」
「あぁん? お前、俺を誰だと思ってそんな口の聞き方をしてんだぁ?」
「知らん」
「なっ……て、てめぇ!」
雑な態度に焦ったステラは、ローランの耳元に口を寄せ、ひそひそと囁く。
「あの人はCランク冒険者のジャックさんです」
「そうだ! 俺はCランクであり、もうすぐBランクに上がる男ジャック様だ!」
意気揚々と話すジャックだが、ローランはなにも反応しない。ただその無機質で、どこか遠くを眺めるような眼差しを向けた。
「なに睨んでんだ!」
「要件はそれだけか?」
「なっ……んだとてめぇ!!」
「──危ない!!」
ジャックがローランに殴りかかる。
慌てて仲裁に入ろうとしたステラだが、ローランは軽く片手で受け流した。
「ちぃ」
ジャックは舌打ちすると、ローランから二歩後ろに距離を取った。
「ジャックさん! これ以上の揉めごとは、除名対象になりますよ!」
「うるせぇ! 俺はこいつに教えてやってんだよ! 冒険者の厳しさってやつをな! 〈砂弾〉」
手をかざし詠唱を叫ぶと、ジャックの手元に砂の塊が集まり、ローランに撃ち込んだ。
「避けて!!」
ステラは咄嗟に叫ぶ。が、その魔法を回避しようとはせず、ローランは片手で弾いた。
「「は?」」
ステラとジャックの間の抜けた声が重なる。
魔法を素手で受けたローランだが、その手は無傷だった。
ジャックが放った魔法は、決して強力ではない。仮に当たっていたとしても、多少の怪我で済んでいただろう。
だが、そもそも魔法を魔法以外の方法で受け止めることなど不可能なはず。素手で魔法を消すというのは、あり得ないことなのだ。
なにが起こったか理解できず、ステラとジャックの思考は停止した。
「……今、なにをしやがった!」
ジャックが沈黙を破った。
「なにもしていない」
「素手で魔法を受けられるわけねぇだろうが!」
怒りの形相になったジャックが、背中に背負っていた大剣を抜く。
「こうなったら本気を出してやるよ!」
「ジャックさん!!」
「うるせぇ!!」
ステラの言葉を無視し、ジャックは〈身体強化〉を発動させた。
「喰らえ!!」
剣を振り下ろしたジャックを、ローランは変わらず無機質な瞳で眺める。
ローランが目を閉じた刹那──ジャックの全身が凍りついていた。
口を動かしていなかった。即ち、詠唱をしていない。無詠唱で〈凍結〉を使ったということだ。
「詠唱をせずに……魔法を」
唖然とするステラの前に置いてあるクリスタキウムに視線を移し、ローランが触れる。
──ガシャンと粉々に砕け散った。
驚きを通り越す。ステラの思考は一時停止した。
「えっ……えーっと……ギ、ギルドマスターを呼んできますので、少々お待ちください」
受付統括兼依頼のランク分け兼依頼達成確認係という、重要な役割をステラは担当する。
ギルド内では偉い立場になり、そろそろ結婚相手でも探そうか、と最近考え始めていた。
──べ、別に仕事しすぎて気付けば……とか、そ、そんなわけないですからね!
仕事面では優秀なステラが一人で処理しきれない事態に遭遇したのは、今回が初めてだった。
頭の中がパニックになり、慌ててギルドの奥へと入っていく。自分以外で唯一残っている人物──ギルドマスターを呼びに行くために。
「ギルドマスター!」
「ん〜? なぁ〜に〜?」
二階に上がって、一番奥の部屋のドアを開くと、強面でスキンヘッドの大男がいた。
「緊急自体です! すぐ来てください!」
「どぉ〜したのぉ〜?」
「いいから!」
ギルドマスターを連れ、ステラは新規冒険者登録希望のローランが待つカウンターに戻った。
「──水晶が……」
粉々のクリスタキウムを目の当たりにし、さすがのギルドマスターも驚いたらしい。
「この少年が触れた途端、突然です」
「……壊れたってことは、少なくともAランク以上の魔力は持ってるってことになるわよねぇ」
水晶の残骸から視線を外し、ギルドマスターはローランをじっくりと、ねっとりと観察する。
「……あたしはギルドマスターのドクトルよっ」
ドクトルが自己紹介をするが、ローランは特になにも返さず、ピクリとも表情を変えない。
多少なりと驚くかと思ったが、予想外の無反応にステラは残念がる。
「あなたがやったのぉ?」
「ああ」
「あなたぁ、どこから来たのぉ?」
「書いてある」
「本当にエトワール? もし嘘ならぁ、あたしが調べればわかることだけどぉ?」
二十年前の大戦で、ドクトルは国王を含めた解放軍の仲間たちと共に戦い、死線を生き抜いた。そのため、国王とも密接に繋がっている人物なのだ。
国王以外にも、国に関わる重要人物たちとも仲が良く、頼めば動かすことができる。
──お察しの通り、そっち系の人ではあるが……。
「例え俺がどこから来てたとしても、冒険者にはなれるのだろう?」
「……確かにそうねぇ。じゃあこれは嘘ってことかしらぁ?」
「ああ」
「あらぁ? 偉くあっさり認めるのねぇ」
「ギルドカードとやらを作ってくれ」
「……そうだったわねぇ」
ドクトルが奥に入っていき、白紙の用紙を持ってきた。
「この紙に自分の名前を書いてちょうだぁい」
ローランはカードに『ローラン』と書く。
「よしっ。それじゃあ加工してくるわっ」
ローランにウインクを飛ばし、ドクトルは再び奥に入っていった。
しばらくすると、小さな紙を持って戻ってきた。
「はい、これで完成。これであなたも、今日から冒険者ギルドの一員よっ」
しっかりとローランの名前が書かれた厚紙のカードを、ドクトルがカウンターの上に置く。
冒険者カードを受け取ると、ローランはすぐに懐へとしまう。
「高難易度の依頼はどれだ」
「今登録が済んだばっかりなのにぃ、いきなりねぇ」
「最難関を受けたい」
「う〜ん……そうねぇ……新人が受けられる中で一番難しいのは……」
ドクトルは依頼一覧に目を配らせ、一枚の紙を指差した。
「あれがいいんじゃないかしらぁ?」
ドクトルが選んだ一番難しいという依頼を確認するため、ローランは首を横に動かす。
『人間を無差別に襲う恐ろしい魔物。上位種の肉は上質なものが多い。高級食材にもなり、貴族に高く売れる。ぜひゴブリンをたくさん討伐してほしい。
報奨金は討伐数に応じて変動する。基本は一体につき銀貨一枚だが、状態の良さや上位種によっても変動する』
「緊急依頼はないんだけどぉ、常設依頼の中だとこれがいいと思うわっ。どぉお?」
特に考えていないのか、ドクトルが説明を終えるとすぐに、ローランは依頼の紙を剥がした。
「これを受けよう」
「普通の新人ならぁ、一人では行かせられないけどぉ、Cランクを圧倒したあなたならぁ、大丈夫かしらねぇ」
ドクトルは現場を直接見たわけではない。だが、正面で氷像と化しているジャックを見れば一目瞭然だろう。
依頼を受理されたローランは、ギルドから出るついでに、凍っていたジャックを解放する。
しばらく凍っていたからか、氷が溶けたあと、ジャックは意識を失って倒れた。
倒れたのを気にも止めず、振り向きもせずにローランは冒険者ギルドをあとにした。
ローラン「俺が主人公だろう?」
ミスラ「ぐぬぬ……で、でも次回は私も出るし」
ローラン「出番が増えるといいな」
ミスラ「めっちゃ煽ってくるやん」
ステラ「私がヒロインですかね」
ミスラ「えっ、その座まで奪われたら……」
??「次回、『一応貴族』」
ミスラ「いやお前誰だよ!」