二章ノ3 『聖騎士団団長失踪事件』
「四名様ですね。食事付きになさいますか?」
飲食店『セイファリス』から離れ、私たちは謎の女の子を連れて宿屋『ガスト』に来ていた。
──なぜだろう。心なしか宿屋のほうが飲食店っぽい名前な気がする。
「食事付きでお願いします」
「朝食と夕食込みですね。確認お願いします。大人三名で金貨二枚と銀貨七枚、子供一名で銀貨五枚。こちらでよろしかったでしょうか?」
「はい」
値段が口頭で伝えられ、私は自分とキョウヤとローランの財布から、それぞれお金を出す。
「ちょうどお預かりします。では、こちらが部屋の鍵になります」
「ありがとうございます」
受付の人から二つの鍵を受け取る。もちろん男女で別々の部屋を取った。幸いお金はある。
あの子はローランと一緒がいい、と言ってたけど、そうなると部屋分けが難しくなってしまう。
二対二にすると私とキョウヤが一緒になる。私があの子についていけば、キョウヤを一人にさせてしまう。
結局、男女で分かれるのが最善だと考えた。
「てかさ、名前ないと呼びにくくね?」
私が鍵を持ってくると、キョウヤとローランが話していた。
「確かにな」
「なら、私はローランが考えた名前がいい」
「えぇー。俺も考えたいんだが」
「……一応受け付けてはおこう」
「よっし!」
どうやら、女の子に名前がないと不便という話だ。確かに、いつまでも女の子と呼ぶのもやりにくい。
「私も考えていい? はい、鍵」
「サンキュー」
「私が気に入ったらな」
「う〜ん……」
なんかいい名前か。花の名前とかかな。花と言ったら薔薇ってイメージがある。
「……ローズっていうのはどう?」
「それ、子供には合ってなくね?」
「そういうキョウヤはなんかないの?」
「俺は……そうだな……」
うーんと唸り、腕を組んでキョウヤは考え込む。すると、なにかを閃いたように、あっ、と口に出す。
「ハイジ、ってのはどうだ?」
「……却下だ。ローズも私のイメージではない」
「えぇー」
「おいおい、わがままだな」
「それより、ローランはなにかないのか?」
「……アリス」
ローランは一言だけ呟いた。
「アリス、か。いい名前だ。それに決めたぞ」
「確かに、イメージにも合ってるしな」
「さすがローランだね〜」
「なら、今日は早く休んだほうがいい」
「よし、ならば私はローランと……」
階段へ向かうローランに、アリスちゃんがついていこうとしたので、私がその肩をガシッと掴む。
「アリスちゃんは私とだよ〜」
「ちっ」
「舌打ちした!?」
「仕方ない。部屋にベッドは二つしかないからな」
嫌そうにしながらも、アリスちゃんは諦めてくれたらしい。
「ローランは俺と行こうぜー」
「ああ」
「やむなくだが、私はミスラとだな」
「そんなに嫌がられると傷つくんですけど〜」
ローランとキョウヤ、ミスラとアリスちゃんのペアで、それぞれの部屋に入った。
◇◆◇◆◇
バタバタガタガタとなにやら騒がしい。廊下を大人数が走ってるのか。
──うるさいな。静かにしてよ。もう少しだけ寝かせてほしい。あと五分……。
「あぁもう、うるさい!」
掛け布団をバサッとめくり、まだ寝ているアリスちゃんを置いてベッドから降りた。
水属性と風属性で軽く服と体を綺麗にし、なにごとかと部屋のドアを開ける。すると、鎧を纏った騎士団らしき人たちが、慌ただしく階段を降りていった。
「な……なんなの?」
部屋の鍵を閉めてから、後を追って階段に足を掛け、そーっと一階の様子を覗き込む。
「騎士団長の魔力は感知しませんでした」
「うるさくしてしまい申し訳ありません」
この宿屋の主人らしき髭の生えた男性に、鎧を着た人たちが頭を下げていた。
「いえいえ。それより、早く団長さんが見つかってほしいですね。国民としても心配です」
「待機中の『聖騎士団』が総力を上げて捜索中ですが、今のところ手掛かりすらないのです」
「もしなにか判れば、すぐ我々にご連絡お願いします」
「もちろんですよ」
騎士団の一人と主人が握手し、ガチャガチャと金属音を鳴らして宿屋から出ていった。
「なにやら面倒なことになってきたね」
キャメロットの円卓騎士団と同じように、シュヴァリナにも聖騎士団がある。
話を聞いた限り、その聖騎士団の団長さんが行方不明になったらしい。
「すぐローランたちに知らせないと」
階段を上がり、なるべく音を立てないように、ローランとキョウヤの部屋まで歩く。
部屋の前で立ち止まり、コンコンとノックする。
「二人共起きてる? ミスラだけど」
オレオレ詐欺にならないように、ちゃんと名前も言わなきゃだからね。
「おお、起きてるぜ」
中からキョウヤの声が聞こえ、ガチャリとドアが開かれた。
「なんか騒がしかったけど、なにがあったんだ?」
「あれ? ローランはどこ?」
部屋の中を見渡すが、ローランの姿がどこにもなかった。
「あぁ……俺が起きたときにはもういなかった。つっても俺は今起きたばっかだからな」
「こんな朝早くに、一体どこに行ったんだろう」
念の為、魔力探知で部屋の中を探ろうとしたが、真横から魔力を感知した。
「うえぇ!? ロ、ローラン!?」
「え!? お前どこ行ってたんだ?」
「散歩だ」
「さ……散歩……?」
「……おじいちゃん……?」
私とキョウヤが呆気にとられていると、ローランは部屋の中へ入っていく。
「てかさ、ローラン知ってるか?」
「ああ。聖騎士団団長が行方不明だ」
「え? そうなのか?」
「うん。さっき騎士団っぽい人たちが言ってた」
「俺も道中で聞いた」
この宿屋にも来たということは、おそらく国中の至るところを探してるんだろう。
「知らなかったの俺だけかよ」
「支度しろ。すぐ行くぞ」
「行くってどこにだ?」
「決まっている」
「シュヴァリナの王様のところへ、でしょ?」
「ああ」
ローランはすでに準備を済ませていた。私も急いで部屋に戻る。
「アリスちゃん起きて」
「んぁ? にゃんりゃ?」
「急いでるからごめんね」
アリスちゃんの服はボロボロではなくなっており、キャメロットの高品質な服だ。でも、寝相で髪の毛と服がぐちゃぐちゃになっている。
なので、水属性と風属性を組み合わせ、わずか十秒ほどで洗濯&乾かし完了。
「ぶはっ! お、溺れさせる気か!」
「ごめんねー。でもほんとに急いでるから」
「へ?」
まだ寝ぼけているアリスちゃんを抱え、荷物をまとめて部屋を後にした。
一階で待っていたローランたちと合流し、屋根の上を渡って王様の元へ向かったのだが、
「──許可できません」
「なんでぇぇ!?」
門番の人に阻まれた。
「現在慌ただしくなっていまして、王様との謁見は厳しいです。ライブも中止となっており、ここから先は立ち入り禁止になっております」
「そこをなんとか! 私はキャメロット第二王女ミスラです! お父さんは人族の英雄アーサーなんですって!」
「確認が取れませんので、わたくしではなんとも」
「そんなぁ」
私が地面に掌と膝をつけていると、ローランが前に出て門番さんに手をかざす。
「なっ……き、貴様!」
「やむを得まい」
ローランの〈暗転〉によって、門番さんの意識が暗転した。
「ちょ、そんなことして大丈夫なの?」
「心配ない。ミスラは本物の王女だからな」
「ま、まぁ……最悪どうにかなるかな。ここの王様もお父さんと仲良いらしいしね」
「さぁ、行くぞ」
動揺する私たちを余所に、ローランは門を無理やりこじ開けて中に入っていく。
シュヴァリナに城や王宮殿はなく、ドームのような形になっている。なので、上から侵入することはできない。堂々と正面から入るしかないのだ。
「めちゃくちゃな奴だな」
ぼそっと漏らしたキョウヤの意見に、さすがの私も同意してしまう。
ほんとにローランは決断と行動が早いよ。私たちがついていけない。
「でも、追いつける場所にいてくれるんだよね」
ドームの中に入ると、ローランはペースを落としてゆっくり歩いていた。
まるで、後から追っても追いつけるように。
◇◆◇◆◇
ドームを探索していると、中はまるで、ライブ会場のようになっていた。緊急事態だからか、客の一人もいないガラガラ状態ではあるけど。
「あれぇ? 王様とかどこにいるんだろ?」
「魔力探知で判る」
「あっ、そっか〜」
探知をしてみると、ステージの奥から魔力を感知した。
「確かに複数の魔力は感じるけど、どうなってるのこれ? なにもないじゃん」
「あそこだ」
「ん?」
アリスちゃんがどこかを指差す。その先には──特になにもなかった。ステージの上だけど、怪しい点は特にない。
「あそこがどうかしたの?」
「いいから近づいてみろ」
「う、うん」
あまりの圧に押され、私たちはステージの上まで移動した。
「……近づいたけど?」
「もう少し右だ。あと二歩右に寄ってみろ」
「判った」
他にできることもないし、とりあえずアリスちゃんの言うことに従う。
「よし、足元へ〈炎球〉を撃て」
「え? なんで?」
「いいから」
「……まぁいいけど」
指先に炎の球を灯し、足元のステージにぶつける。すると、私の身体から重力が消えた。
「──へ?」
なぜか、足がついていた部分がなくなっていたのだ。浮遊感に襲われながら、私は真下に落下する。
「うぎゃあぁぁあぁ!!」
悲鳴を上げたのも束の間、すぐそこに地面があり、受け身を取れずに尻もちをつく。
「痛っ!」
大した高さではなかったけど、予想外の衝撃は痛みを増す。ひりひりと痛むお尻に〈回復〉をかける。
「あ、危なかった……ちびりそうだったよ」
ぎりぎりで乙女のプライドは守られた。
「ちっ」
「おいアリスちゃん。いや、アリス。もしかしなくても狙ってやったね?」
「あともう少しで……」
「もう少しで私の心に一生残る傷ができてたんですけどぉ?」
ローランに懐きすぎでしょ。もしかして私が邪魔とか思ってるのかな。
さすがの私も人前で漏らしたら、一生引きニートコースまっしぐらだよ。
「おい大丈夫か?」
「ぜ、全然大丈夫」
私が無事だと判り、キョウヤとローランが続いて降りてきた。
「この仕掛けどうなってるの?」
「ステージの一部分が氷でできていてな、炎属性で溶かせば下に落ちる仕組みになっている」
なぜか妙に詳しいアリスが答えた。
「へぇー。やっぱりわざわざ上に乗ってから溶かす意味はなかったよねぇ?」
「そうだな」
断言してきやがったよこの餓鬼。
「お仕置きが必要だよねぇ?」
「キャー! 助けて、ローラン!」
魔法を撃とうとしたら、アリスはローランの後ろに隠れた。
「ローラン、ちょっとそこ退いてくれる?」
「それより早く行くぞ」
「あ、はい」
ローランは歩いていき、私とキョウヤも後に続く。
薄暗い通路を真っ直ぐ進んでいくと、行き止まりにはドアがあった。
「……開けるしかないよね」
「ああ」
「あっ、ちょっと」
先程の教訓を活かし、今度は慎重になろうと思ったのに、ローランがあっさり開けてしまった。
??「次回は俺らの出番だぜ!」
??「ようやくだな」
ミスラ「いや誰!?」
??「ふふふっ」
??「ふふふふふっ」
ミスラ「なんか企んでる! 絶対敵だ!」
??・??「ちっがーうッ!!」
ミスラ「次回、『魔王の操りし剣』」
??・??「魔王じゃないからな!!」
ミスラ「……怪しい」