一章ノ14 『いってきま〜す!!』
和装に似ている全身真っ黒な服装で、二本の神器を腰に帯刀させているのがローラン。
上は明るい緑色で、下は紺色のキョウヤ。勇者っぽいから赤いマントも作ったんだけど、邪魔にしかならないと却下された。もったいないから、マントは腰に巻いてもらってる。
袖とスカートがヒラヒラしてて、フリルみたいなのが私。全体的に黄色と白の配色で、スカートの中にはちゃんと短パンを穿く。金色の帯には〈ワズラ〉を帯刀する。
「さて、今日キャメロットを出ようと思うんだけど、キョウヤとローランにはちょっと来てもらいたい場所がある。いいかな?」
「まだ超級を無詠唱で使えてないんだが」
「それは私が教えるから〜。実践経験を積んだほうが、手早く使えるようになるよ〜」
キョウヤと一緒に朝食後、ローランも連れてお父さんがいる広い部屋に向かう。
「てか、急に出てくって大丈夫なのか?」
「昨日のうちにお父さんとお母さんには許可取ったからオッケー。ヴァル姉に言えば百パー反対だから無視」
「あぁ……あの人な」
「キョウヤも会ってしまったか」
「あれと比べるとモルレッドさんが可愛く思える」
「ほんとそれだよー」
相変わらずローランが一言も喋らないまま、大きな扉の前に到着した。そこには水色髪のイケメンが立っていた。
「ガラハッド、二人を連れてきたよ〜」
「ついにこの日か。あのミスラちゃんが、キャメロットを出ていくんだね」
「うん。今までいろいろありがとう」
「感謝されることじゃないよ。ランスロットたちも呼んでくるから、先に用事を済ませておいて」
「判った」
みんなを呼びに、ガラハッドは歩いていく。
──ほんとにお世話になったな。
心の中でも感謝しつつ、私は大きな扉を押し開ける。魔力探知で来たことが判っていたのか、お父さんはすでに立ち上がっていた。
「よく来たな」
「早速だけど、二人に案内してあげてね」
「ああ。二人共、俺についてきてくれ」
「解りました」
「……」
今からどこに行こうとしているのか。それがある場所は王宮殿の真下。地下にあるのだ。
真ん中にあるテーブルを通りすぎ、お父さん専用の椅子を退ける。カーペットをずらし、私が土属性を使うと、ゴゴゴと床が揺れ始めた。
「うおっ、なんだ!?」
キョウヤが驚きの声を上げたのを余所に、床がガコンガコンと入れ替わる。数秒間集中して動かした後、私は魔法を止めた。
「──へ?」
素っ頓狂な声を出すキョウヤの視線の先には、人ひとりが通れるサイズの穴があった。そこから、地下へ続く階段が見える。
さっきまでは、お父さんの椅子が置いてあった場所だが、その下には隠し階段があったのだ。
「い……今、なにしたんですか」
なぜか敬語でキョウヤが聞いてきた。
「私が土属性で、王宮殿全体の床の配置を換えたんだよ〜。他の誰も入れないように、どこをどうやって換えるかは私とお父さんしか知らないけどね〜」
「な……なんかすげぇ」
「さっ、お父さんの後に続いて〜」
先に階段を降りていったお父さんに、キョウヤとローランが続く。最後に階段に足を掛けた私が、地下への入り口に蓋をする。
最初は真っ暗闇でなにも見えず、お父さんが照らしてくれていた。けど、電球などないはずの地下の奥から、一筋の光が差し込んだ。
そこからはお父さんも魔法を解除し、近づくほど強まる光を道標として歩いていく。
幾つもの曲がり角を曲がり、十回目を曲がった途端、私たちを眩い閃光が襲う。咄嗟に目をぎゅっと瞑る。
暗闇から明るい場所に出たことで、しばらくは開けられなかった。でも、そろそろ慣れてきたからそーっと目を開く。
そこは──濁ったこの世界の外よりも明るく、どうしても日本を思い出してしまう。
病室に差し込む日光みたいに、目も開けていられないほどの光で私を照らしてくれる。
「綺麗だなぁ」
──思っていたことが思わず口から飛び出す。
岩に突き刺さり、柄しか見えていない。それでも、金色に煌めく美しい宝石が目立つ。世界の輝きにすら勝る一振りの剣があった。
「なんだあれ……すげぇ」
感嘆の声を漏らすキョウヤに対して、ローランは驚いた素振りすら見せない。でも、無機質な瞳にも輝きが届いたのか、いつもより優しい眼差しをしている気がした。
お父さんを含め、私たち四人の前に現れたのは、
「『聖剣』」
驚くべきことに、ローランが言葉を発した。
「ローランが先陣を切るとは思わなかったよ」
「俺もミスラに同意だわ。てか、やっぱりあれが聖剣なのか」
「うん。キョウヤとローランには、これから聖剣が抜けるかどうかを試してほしい」
キャメロットを出る前に済まさなきゃいけないことは、聖剣が抜けるか試すことだったのだ。
もし聖剣が使えれば、第六天魔王と戦う際、これ以上ない強力な武器になってくれるはず。
「選ばれた奴にしか抜けないんだったな」
「私は駄目だったけど、大体こういうのって勇者が選ばれて冒険が始まるじゃん?」
「確かにな。ならまずは俺が行ってくるわ」
「頑張れー」
半分期待で半分無理だろうな、と考えてしまう。だって、転生者である私でも抜けなかったから。転移者でも同じなんじゃないかと思う。
「よし。抜くぞ」
聖剣の柄を両手で掴み、足腰を落としてキョウヤが引っ張る。
「……ビクともしないな」
「やっぱり駄目だったかぁ」
これで抜けたらラッキーぐらいな気持ちだったけど、予想通り無理だったようだ。残念。
でも、ローランには結構期待してる。謎が多いキャラって、案外あっさりと抜いちゃいそうだし。
「君に決めた! 行け、ローラン!」
「ああ」
今度はローランが聖剣を片手で掴み、引き抜こうとしている様子だが、ピクリとも動かない。
「……無理だな」
「両手でやってみてよー」
「同じだろう」
腰を落として両手で引っ張っても、ローランの言う通り、結果は変わらなかった。
「マジっすか」
いけると思ったんだけどな。
しょんぼりする私に、お父さんが話しかけてきた。
「予想が外れたな。俺も昔は使えてたんだが……奴に敗けてからは、手を取ることすら叶わなくなった」
「…………封印されたんじゃなかったっけ?」
「だが、家族を殺したあいつは……いずれ必ず蘇る。……その時は……俺が奴を倒す」
怒りに震える拳を強く握りしめ、お父さんは私から顔を背けた。
瞳に溜まっていた涙のことには、あえて触れないでおこう。私に弱いところを見せたくないのは、この十五年間でよく解っているから。
「まっ、できないことは仕方ないよ。じゃ、そろそろキャメロットを出よう。今日中に『シュヴァリナ』に到着したいからねー」
現在、ブリタニアの人族領には三カ国ある。
アーサーを国王とするキャメロット王国。レークスを国王とするシュヴァリナ王国。ケーニッヒを国王とするエトワール王国。
キャメロットを出て最も近いのがシュヴァリナ。そこで数日間滞在した後、エトワールに向かう予定になっている。
お父さんから聞いた限り、シュヴァリナまでは千キロほど。飛ぶほうが楽だけど、キョウヤの飛行が安定していないから無理。走っても半日で着くから、死ぬほど疲れる以外は問題ない。
聖剣がある地下空間から出ると、私たちは王宮殿の外に出た。
外ではすでに、ガラハッドがみんなを集めており、約二名が大号泣している。
「私のミスラがああぁぁあぁ!!」「私のミスラちゃんがああぁあぁ!!」
言わずもながら、ヴァル姉とモルレッドだ。
「は? ミスラは私のですけど?」
「お姉様。ミスラちゃんは私がいただきます」
「残念でしたぁ。ミスラの初めては私が美味しくいただくのは確定事項ですぅ」
「姉妹でしょう? じゃあ無理ですねぇ〜」
「モルレッドも同性じゃな〜い」
「特大ブーメラン投げてるの気付いてますぅ?」
バチバチと笑顔で言い争う変態二人は置いといて、私はお父さんたちと向かい合う。
キョウヤの教師をしてくれた三人と、ランスロット、ガラハッド、お父さんにお母さん。
右腕と左脚がないお母さんだけど、左腕で杖をつき、お父さんに支えられて立っている。
「お母さん大丈夫?」
「心配するな。多少歩くだけなら、お腹の子にもさして影響はない。それに、私にはアーサーがいるからな」
「ああ。俺がいつでも支えてやる」
「頼りにしているぞ」
お父さんとお母さんはお互いに見つめ合う。
──ほんとラブラブなんだよね。それを見せられるこっちの身にもなってほしいよ。
「ミスラが帰ってくる頃には、二人ぐらい子供が生まれているかもな」
「ははは……」
お父さんの部屋の前を通ると、たまにお母さんの声が聞こえてきたんだよね。さすがに妊娠してからはなくなったけど。
──私と部屋が離れてる配慮はありがたい。
「私ももう四十になる。もう二人はさすがに冗談だが、お腹の子はそろそろ生まれるかもな」
「ミスラも名前を考えておいてくれ」
「う、うん。考えとくよ」
二人の間にあるラブラブオーラから離れるため、私は円卓騎士団のみんなの元に場所を移す。
「みんなもこれまでありがとう」
今の私があるのもみんなのおかげ。感謝してもしきれないぐらい。
「あ、あの、ミ、ミスラさん」
「ん?」
ガヴェインさんが近づいてきた。
「ヴァ、ヴァルナ、さんは、や、やっぱり、無理、で、です、よね」
「そ、そうですね……。見ての通りです」
残念なことに、ガヴェインさんはヴァル姉が好き。せっかくいい人なのにもったいない。
ヴァル姉には、それとなくガヴェインさんを勧めてるけど、清々しいほどのシスコンだからね。
「ほんと、すみませんね」
「い、いえ、ぼ、僕が、ヴァルナ、さんに、ふ、ふさわしく、な、ないん、です」
ほんとにそう思う。あんな変態なんかに、ガヴェインさんはふさわしくないよ。
「も、もっと、つ、強く、なって、ふ、ふさわしい、男に、な、なれる、ように、頑張り、ます」
「が、頑張ってください」
──ヴァル姉はいい加減シスコン治して、さっさとガヴェインさんと結婚しろや。
心の中で悪態をつきつつ、私はローランとキョウヤの側に歩いていく。
二人の隣で立ち止まって振り返り、笑顔でみんなに手を振った。
「いってきま〜す!!」
背を向けて私が地面を蹴り、ローランとキョウヤも後についてくる。
こうして私は、十五年間過ごしたキャメロット王国を、優しい家族の元を離れた。
心強い二人の仲間と共に、まずはシュヴァリナ王国へレッツゴー!
ステラ「次回は私の話ですね」
ローラン「誰だ?」
ステラ「えぇ!? 私ですよ! わ・た・し!」
ローラン「なるほど、わたしわたし詐欺か」
ステラ「詐欺!? なにも騙してませんよ!?」
ローラン「これから騙すというわけか」
ステラ「だから違いますって――!」
ローラン「次回、『ベテラン職員の憂鬱』」
ステラ「ハッ……夢でしたか」




