一章ノ13 『お母さんはかっこよくて優しい。姉は変態で変質者』
「──てわけで完全復活しました〜!!」
心配と迷惑を掛けたお父さんとお母さんに、お宅の娘立ち直りました宣言をする。
「おおー!!」
「良かったな。だが、まさかアーサーより強いミスラが、アンデットなんかを怖がるとはな」
「だ、だって……もし、振り返って後ろに白服を着た髪の長い女の人がいたらって思うと……」
ベッドに横たわるお母さんは、私が幽霊恐怖症とは知らなかったらしい。
腰の辺りまで伸びた薄紫色の髪と、女の人にもモテそうなかっこいい顔。右腕と左脚がないけれど、その胸とお腹はふっくらと膨らんでいる。
「本当に自分の子供だろうかと不安にも思ったが、ミスラにも弱点があったのだな」
かつて、解放軍中隊長だったらしいお母さんの名前は、グェネヴィアと言う。身体には、私の弟か妹になるもう一つの生命が宿っている。
「そりゃ私だって、苦手なことぐらいあるし」
「全属性が使え、料理もでき、国民たちから慕われるほど性格もいい。完璧じゃないか」
「剣技は全然駄目だけどね。アンデットには絶対勝てないし。だから今まで戦うのを避けてきたのに」
これまでもアンデットに遭遇したことはあるけど、なんだかんだ理由をつけて逃げていた。
今回はローランのせいでそれができなかったんだよ。全力出せば逃げられたし、無理矢理にでも逃げときゃよかった。危うく貞操の危機だったし。
「そうだ、あいつが一番心配していたぞ」
「でしょうねー」
「俺たちもあいつの気持ちがわからんでもない」
「せっかくだ。行ってやったらどうだ?」
「えぇ……」
ご飯の時間とかあえてずらして、極力会わないように気を付けてたんだけど。
「あの部屋に行けと?」
「……」「……」
「いやなんか言ってよ!」
「……頑張れ」
「ファイト」
「てきとーか!」
わざわざあの巣窟に私が行く義理もないけど、今回ばかりは仕方ないか。
助けてくれたことはありがたいけど、ローランには後で灸を据えてやらねばならぬ。
「はぁ……気は進まないけど、お父さんとお母さんに免じて行ってみるよ。気は進まないけど」
「あいつ絶対喜ぶぞ」
「知ってる」
思わずため息をついちゃったけど、覚悟を決めて向かう。
──会いたくないランキングナンバーワンがいる部屋に。
一日の半分以上はあの部屋に籠もってるから、多分いると思う。いや、間違いなくいる。
やっぱり引き返そうか、今日はやめておこう、と考えつつ、歩いていたらドアの前に来てしまった。
「はぁ……」
諦めてドアをノックしようとしたんだけど、
「今のため息はミスラ!?」
部屋の中から声がしたと同時に、ドアは勝手に開かれた。
「降臨なさったァァァ!! 私のかっわうぃい愛しのミスラちゃん!! ようやくお姉ちゃんと一晩を共にすることを決め」
バタンとドアを閉じる。
「さて、ローランとキョウヤはどこかなー」
一生封印しておこうと思い、入り口を凍結させてから部屋を離れていく。
部屋の中には、私にそっくりな等身大の人形や抱き枕などが無数に置かれていた。
──五日ぐらい顔を合わせてなかったけど、なんにも変わってなかったね。
後方から爆発した音がした。
走りながら振り向いてみると、予想通りドアが破壊されており、煙の中には人影が。
逃げようと〈光速移動〉を使おうとしたけど、すでに正面から魔力を感知していた。仕方なく脚を止める。
「もぉ〜。なんで逃げるの? 本物を、生身をペロペロしたいのに〜。ミスラを全身に感じながら寝たいのにぃぃぃ!!」
しばらく会わなきゃ治るかもな〜、とか呑気に考えてた五日前の自分の耳元で叫びたい。
「前にも増して重症化してるけどぉぉぉ!!」
毎日の手入れを欠かしていないんだろう。さらさらした茶色混じりの赤髪を腰まで伸ばす。黄緑の瞳に加え、私と違って豊富な胸がある──胸が羨ましいとかでは断じてない。肩が凝るらしいし、戦闘において邪魔になるだけだし──。
だが、完全に性犯罪者のそれで私を凝視し、ハァハァと鼻息が荒く涎を垂らしていた。
「さぁ、お姉ちゃんと一つになろ? 大丈夫。心配しなくても、お姉ちゃんに身を委ねればいいわ。そうすれば気持ちよくなれるから、ね?」
これと比べちゃうと、モルレッドが可愛く思えてくるから怖い。冷静に考えればあっちも相当な変態だからね。
ジリジリと距離を詰めてくるこいつは、恥ずかしながら私の姉であるヴァルナだ。私はヴァル姉と呼んでる。
もう十七歳なんだから、そろそろ婚約者ぐらい見つけてほしい。あからさまな超絶シスコンのせいで、素材はいいのに全っ然モテないけど。
「今度の誕生日で十八歳になるんでしょ? 成人してから三年も経つのに、せめて婚約者候補でも見つければ?」
「ミスラが婚約者よ? こんな可愛い生き物がいるのに、他のなにかと結婚なんかするわけないでしょ?」
さも当然のように言い放ち、なにを言ってるの、と言わんばかりに首を傾げた。
「同性だし、姉妹なんだから無理でしょ?」
「愛があれば大丈夫よ!」
「私にヴァル姉への恋愛感情は欠片もございません。男の人でもいい人がいるじゃん。ガヴェインさんとかさ」
「あのネガ野郎のこと? お呼びじゃないわ」
「でも騎士団では一番人気だよ? 実力も騎士団ナンバースリー以内だと思うし」
「ミスラ以上の生き物は存在しないわ」
知ってたけど、説得は無理ですよねー。
「大人しくお姉ちゃんに身を委ねればいいのよ」
──またしても貞操の危機。
これはまずいな。速度だけなら私よりヴァル姉が速い。光属性のお父さんと、雷属性のお母さんから最初に生まれた長女だからね。
移動魔法に関してだけは、転生者の私以上に使いこなす天才。残念なことに変態だけど。
「でも、ヴァル姉じゃ私を捕まえられないよ」
仮に捕まったとしても、身体機能は私が圧倒的に格上。どう足掻いてもヴァル姉が私を捕らえることはできない。
「そんなこと知ってるわ。だからアプローチをしているの。ミスラからお姉ちゃんを求めてくれればいいのよ」
「そんなことには絶対なりませ〜ん」
「全く……素直じゃないんだから」
「私は純粋で素直なんですけど?」
「ほんの少しでいいのに……」
そう言いながら、ヴァル姉の視線が下がっていく。私の下半身で止まり、なにを思ったのかポッと頬を赤らめた。
「ちょっとあそこをペロペロさせてくれれば──」
「させるかああぁぁあぁ!!」
いつも通りの変態的な妄想が始まった。その隙を狙い、私は〈水流〉でヴァル姉を押し流す。
「あぴゃああぁぁあぁ!!」
長い廊下の先にある階段から落とし、私は反対方向へ〈光速移動〉まで使って全力ダッシュ。
曲がり角や階段で解除しては発動を繰り返す。
階段から落ちた程度じゃ、ヴァル姉は気を失わない。でも、全力を出してなんとか撒けた。
中庭に到着すると、キョウヤがコンスさんから魔法の実技を受けていた。
それをローランが遠くから眺めている。
「こ、ここに……いたんだ」
全力で走ったばかりで息を切らしつつ、私は暇そうなローランに話しかけた。
「ああ」
「久しぶりなのに、リアクション薄いねー」
「……」
「誰のせいで引き篭もりになってたかわかる?」
「さぁな」
「お前だよ!!」
とぼけるローランに〈爆炎弾〉を撃つ。が、いつの間にか抜かれていた〈レーヴァテイン〉に消される。
「うっわ、抜刀速すぎでしょ。なにそれ? お父さんたちとは違う剣術だよね」
「名称はない」
「えぇー。なんかかっこいい名前つけようよ」
「勝手につければいい」
「じゃ、勝手に考えよーっと」
どうせなら『流派』の名前とかも考えよう。──と言ってもそうそう出てくるものでもない。そう簡単には思いつかないか。
「『複合魔法』の訓練をしているな」
「え?」
「キョウヤだ」
「あぁ、そっちね」
続きはベッドの中で考えようかな。外だとやっぱり集中できない。なにも思いつかなかった。
「最近見てなかったけど、キョウヤの現状はどんな感じ?」
「基本的な体術は会得した。剣術はまだまだだが、魔法も全属性上級まで無詠唱が可能になった」
おお。やっぱりあんまり喋んないからかな。説明が簡潔でわっかりやすい。
「なるほど。やっぱり全属性使えるんだ」
「もう一つ、空間魔法が使える」
「えっ、なにそれ?」
「収納魔法のようなものだ」
「そういうの私だけ持ってないの?」
ローランは変な魔法使えるし、キョウヤも特殊な魔法持っていると。私は全属性だけなんですけど。全属性だけでも充分チートだけどね。
「なんで私だけ……」
「それに、キョウヤは神器を持っていたな」
「まだ特典があると? 私の〈ワズラ〉は普通にお父さんからの誕生日プレゼントだよ?」
誕生日プレゼントめちゃくちゃ嬉しかった。やばい、思い出すとまた泣きそうになる。
しかも、この〈ワズラ〉ってお父さんのお兄さんの形見らしい。今は私の宝物だ。
「無音の銃に無限の弾」
「え?」
「キョウヤの神器〈ブンドゥギア〉の能力だ」
「それって、能力が二つあるってこと?」
神器の能力はそれぞれ一つのみだったはず。二つあるなんて絶対にありえない。
「いや、無音は単純は機能にすぎない。あれは『無弾銃』だろう」
「むだんじゅう?」
「魔力を弾にして撃つ実弾なしの拳銃。一人に対しての殺傷能力だけなら超級と同等。だが、魔力消費は低級未満」
「なにそれ。ずるくない?」
神器の能力は心の中での詠唱も不要。てことは、コンマ数秒だけど、無詠唱より素早く撃てる超級魔法ってわけだ。
「クソチートじゃん!」
「だが魔法と違い手加減ができず規模も小さい」
「それ弱点にならなくない? 模擬戦で使えないぐらいで実践で使う分には関係ないじゃん」
「接近戦では役に立たないがな」
「銃使えば近づく必要ないし」
ローランの〈レーヴァテイン〉と同等ぐらいのチート能力だよ。反魔法も大概だけど無弾も負けず劣らずだと思う。
「俺は銃より剣がいい」
「それ私へのフォロー?」
「そのつもりはない」
「だと思ったよ」
なんかローランがわかってきた。
「キョウヤもそろそろ実践経験かな〜」
複合魔法を頑張ってやろうとしてるけど、一人で使うのは相当きつい。かくいう私でも無理。基本二人以上で使うものだからね。
お父さん曰く、魔王と龍王は一人で使ってたらしいけど。逆に考えれば、そんな化け物みたいな強さを持ってないとできないってこと。
「ローランはどう思う?」
「同意だ。キャメロットを出るのが得策だろう」
「……あえて口には出さなかったんだけどね」
「勇者召喚の報告を他国にしたほうがいい」
アエテルタニスに通信機器はない。だから、誰かが出向くしかないんだけど、ローランとキョウヤと私で行こうとしてた。
キョウヤの実践経験にもなるし、他国にも強い人がたくさんいる。魔王を倒すには戦力を集めないと。
「私も同じこと考えてた。心でも読んでる?」
「なにが得策かわからないお前じゃない」
「長年パーティー組んでた相棒かな?」
「話の続きは全員でだ」
ローランの視線の先には、地面に仰向けで寝そべり、こちらに手を振るキョウヤがいた。
「うん、そうだね」
キョウヤを地道に鍛えてる暇はない。ほんとはずっとキャメロットにいたいけど、それじゃ駄目だから。
毎日が楽しいし、温かい家族から離れたくなんかない。でも、日に日に募る不安感を、これ以上は無視できないよ。
「明日、キャメロットを出よう」
あとは私の覚悟だけだった。一人じゃ覚悟なんか決まらなかったかもしれない。そんな私の心を見透かしたように、ローランが背中を押してくれた。
「もう覚悟は決まったよ」
笑顔のまま言うことができた。私には心強い仲間がいるから。この三人ならきっと楽しい。
「これからの冒険も楽しみ」
ミスラ「次回はついにキャメロットをあとに」
モルレッド「行かないで〜!」
ヴァルナ「お姉ちゃんならここにいるわよ!」
ミスラ「魔王を倒すためだから仕方ないね〜」
モルレッド「ならなんでそんなに嬉しそうなの?」
ヴァルナ「まるで私たちと離れられて喜んでるように見えるじゃない」
ミスラ「……そうなんだけどなぁ」
モルレッド・ヴァルナ「えっ……」
ミスラ「次回、『行ってきま〜す!』」
モルレッド・ヴァルナ「カムバァーック!!」