一章ノ11 『美女連続失踪事件』
「女性、それも美人だけが行方不明ですか?」
今日はというより今日も、私とローランは二人で冒険者ギルドに来ていた。
今頃講義を受けているキョウヤには悪いけど、魔法が使えないんじゃ戦力にならない。
私は冒険者じゃないけど、実力は知れ渡ってるから問題ナッシング。王女だしね。
「ええ。そうなんですよ。しかも女性冒険者が未だ一人も帰らないんです」
受付を担当してくれているのが、ローランと唯一会話が成立する──してるかどうか怪しい──というステラさん。
かなりベテランらしいのだが、ローラン専用の受付係みたいな空気をひしひしと感じる。
「Aランクの男性冒険者が受けてくれたのですが、その日のうちに帰ってきたんです」
「え? それって解決したんじゃ」
「違いますよ。依頼がクリアしたのかと聞くと、『依頼? 今日はなにも受けてませんけど』と言ったんです。その人は普段から真面目で、そんな嘘をつくとは到底思えません」
「……それは……確かに妙ですね」
「ええ。ですから、依頼ランクをSに上げまして、王女様とローランさ……くんに頼みたく」
最初は緊張していたけど、もうすっかり私と話せるようになってきた。そんなステラさんが両手を合わせて頼んできている。
「私はもちろん受けますよ〜」
「無論俺もだ」
「ありがとうございます!」
席から立ち上がったステラさんは、私ではなく先にローランの手を取って感謝してきた。
そのあと私の手も取ってきたけど、ローランの手を握ってた時間と比べて極端に少ない。
それに、さっきから隠れるようにローランをチラチラと何度も見ている。
なにか言いたいことでもあるのかな?
「早速今から行ってきますね〜」
「王女様、もう一度だけ確認しても大丈夫ですか?」
「ん?」
なぜか私だけ呼び止められた。
「そ、その……ローラン様とはなにもないんですよね? 婚約者とかではありませんよね?」
「だから違いますって〜」
「で、ですよねっ! 良かったぁ」
「じゃ、もう行ってきていいですか?」
「は、はい。それではどうかお気をつけて」
ステラさんから解放され、私はローランのあとを追ってギルドを出る。
今から高難度の依頼なのに、なんかどっと疲れた。
疑い深すぎるよ。そんなに私のスキャンダルがほしいかな。
顔がほんのり赤かったけど、風邪とか引いてないよね。マスクもしてなかったし。
ローランのことも様ってつけてた気がする。多分気のせいだとは思うけど。
様子のおかしかったステラさんを心配に思いつつ、日帰りのSランク依頼に出立した。
◇◆◇◆◇
薄暗い森の中、ピュルルルとかギャアギャアとか魔物の鳴き声が聞こえる。
魔力を抑えてローランを先頭にガサガサと草むらを抜けると──お化け屋敷があった。
お化けが出るかは知らないけど、見た目が完全にそれ。アエテルタニスの場合はアンデッドだけど、チート能力を持ってしても怖いもんは怖い!
「よし、帰ろう!」
「待て」
種を返そうとした私の腕が掴まれた。
お化けじゃなくてローランだったのが、不幸中の幸い中の不幸かもしれない。
「どうした」
「……なんでもないです」
ローランに勝った私が『お化け怖いから逃げたいなー』って言えるわけないじゃん!
こんなことなら、前世でホラー系なんか見なければ良かった。そうすれば、お化けもアンデッド系の魔物と思えたのに。
「行くぞ」
「え……あ、はい」
今更引き返すこともできず、恐怖の館へ突入せざるを得ないのだった。
もう無心で、ローランの後ろにピッタリとついていくと、不気味な音を立てドアが開かれた。
勝手に開いたら即後方へ全力ダッシュだったけど、ローランの手動だからひとまず安心。
「入るぞ」
「ううううん。ぜぜぜ全然大丈夫だし」
体が小刻みに震えるのを〈身体強化〉で無理やり抑え込むが、声の震えはどうしようもない。
中に入ると、電球もガラスもなかった。
即ち、真っ暗でなにも見えないってこと。
「今度こそ無理ぃ!!」
光を差し込ませるため、ドアを開けたままローランと奥に進んでいた。けど、もう限界だから私は逃げ帰ることにします。
──バタンっていう素敵な音が聞こえた♪
おかしいな。さっきまで入り口から明かりが差し込んでいたのに。なぜか暗闇になったよ。
でもいっか。もう外の世界に出るんだからね。
「依頼失敗すみませんでした〜」
謝る練習をしながら私はドアを押した。
なぜだろうか。ドアがびくともしない。鍵はついてなかったはずなのにおかしいね。
あっ、もしかしてローランのいたずらかな?
「ローラン、これ閉めたでしょ〜」
「いや?」
「ですよねええぇぇぇえぇ!!」
ローランがそんなキャラじゃないことは知ってたよ。でも最後の希望だったの。即答されたよ。
これで確定してしまった。ここ、
「お化け屋敷じゃんかああぁぁあぁ!!」
今すぐ出るしかない、と右手に膨大な炎の魔力を凝縮させる。
「開かないドアよ! 災害級を食らえ!」
ドアへと〈超爆裂波動〉を放った。
所詮はただのドアにすぎないんだ。たかがドアが、災害を受けて無事で済むわけがない。
「これでようやく外に──出れるとか思いたかった時期がありましたぁー」
屋敷を粉々にするには有り余るぐらいの威力なんだけど、一発で町を半壊できる威力なんだけど。
「なんで無傷なんだよおおぉぉおぉ!!」
あり得ない。いくらなんでもおかしすぎる。だって災害級だよ。それを無傷ってわけわからん。
「これは想像以上に厄介な依頼だな」
すぐ隣から声がした。この声はローランだ。
「ロ、ローラン?」
ほんとに真っ暗でなにも見えない。
「ああ」
「良かった。……でも、なんで災害級で傷一つないんだろ」
「面倒なことになってきたな」
「初めてローランと意見があったね」
さすがに真っ暗は怖すぎるから、光属性で明るくしよう。屋敷の天井へ〈光明〉を使って電気みたいに明るくした。
「これならなんとか奥に進めるか……も……」
横にいるローランに目を配らせる。そこには──カタカタと顎の骨を鳴らして笑う骸骨がいた。
そこで、私の意識は途絶えた。
◇◆◇◆◇
まぶたを開けると、見覚えしかない嫌な天井があった。明るくなってよく見える。全てを思い出してしまった。
ていうか、ここってお化け屋敷の中のはずなのに後頭部だけなぜか柔らかいんですけど。
「起きたか」
普通逆じゃん、ってツッコミは心の中だけにしておこう。
どうやら、私がローランに膝枕されてたらしい。
「高位のスケルトンが幻覚と幻聴を使えた。倒しておいたが、俺の姿に見えていたのだろう?」
「う、うん。……ありがと」
感情なさそうなのにそういう気遣いはできるんだ。やっぱりいまいち掴みどころがないな。
「先に進むぞ」
「……しかないよね」
早くここから出るためにも、目の前にある不気味な階段を登り、二階に上がるしかない。
ローランはサクサクと先に行ってしまう。
意を決して、私も階段に脚を乗せたのだが、
『──クスクスクス』
全身から鳥肌が立ち、階段の途中なのに一歩も動けなくなる。
なんか声が聞こえた気が。気のせい──
『キャキャキャキャキャ』
「じゃないぃぃぃ!! ローランだずげでェェェ!!」
屋敷全体に反響して響き渡るほどの大声で泣き叫ぶと、奥にいたローランが戻ってきてくれた。
「どうした?」
「な……なんが声がぁ」
ぐすっと鼻をすすりながら伝えようとすると、
『こっちだよー』
「ほらぁぁ!! 聞こえたでしょぉ!?」
「いや?」
「は?」
「幻聴だろう」
「いや……いやいやいや、冗談とかいいから」
「怖がりすぎだ」
聞こえたのは確かだけど、ローランが嘘を言ってるとは思えない。
アンデッド系の魔物で声が聞こえないという事例はなかったはず。
「えっ……これ、マジのやつ?」
ガチな幽霊なんかコノセカイにいるの? でも、私に霊感なんかないと思うんだけど。
『そっちじゃないよー』
「キャアアァァァァァ!!」
脳内は恐怖一色に染まり、なにも考えられなくなって悲鳴を上げた。
「おい」
普段よりも近くから声がする。いつの間にかローランに抱きついてしまっていた。
「ごごごごめんなさいぃぃ!!」
慌ててローランから離れる。が、テンパってたから忘れていた。──ここが階段の上ということに。
「あっ」
踏み外して落ちそうになるが、ローランが腰を支えてくれたから助かった。
「あ、ありがとう」
さっきは頭が真っ白になったけど、冷静に魔法を使えば階段なんかから落ちなかったな。
「それより早く行くぞ」
すぐ私から離れたローランは階段を登っていく。
「そっちじゃないよ」
しまった。つい幽霊の言葉を使っちゃった。
「ん?」
「あ……いや……その……多分地下があって、そこに元凶がいると、思います。はい」
なんで敬語になってるの私。相手は幽霊じゃなくてローランなのに。ほんと怖がりすぎだよ。
「なぜそれがわかる」
「とっ、とにかくそういうことだから!」
チラッと見えたかもしれない白い靄が、階段の裏を指差してたんだよね。
あくまで『かも』だから、確実に見えたわけじゃないし、例えそこに隠し通路があったとしても、それは偶然に決まってる。
とにかくたくさん保険をかけて言い訳しながら移動したところ、
「はい。当然のようにカーペットが敷いてありましたと。不自然すぎるんだよね」
「ああ」
ローランがカーペットをどけると、偶然、たまたま、奇跡的に地下へ続く階段があった。
「ははは……やっぱりあるんですね……」
「行くぞ」
「あ、はい」
ここまで来ればもう戻れない。さっさと根本を解決しないと。
今更だけど、美女が行方不明になってるなら私が行って大丈夫かな。客観的に見て今の私は美少女だし。
一抹の不安を胸に抱いても、結局出れないんだから行くしかないでしょ。
◇◆◇◆◇
薄暗い廊下みたいな場所を、光で照らしながら少しずつ進む。
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い」
最初はローランから離れてたけどやっぱり無理だった。今は真後ろにくっついて歩いている。
さすがに一人で歩くとかは無理。
『キャッキャッキャッ』
『フフフフフフフ』
たまになんか声が聞こえるし、たまに白い服着た脚のない女の人とか動く白い靄とか見えるし。
ローランは見えてもなければ聞こえてもない様子。なんで私だけこんな怖い思いしなきゃいけないの?
「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い」
恐怖に飲まれた私は『怖い』以外の言語が喋れなくなった。もう歩くのですら精一杯だし、ローランの服を掴んでようやく立ってる状態だから。
怖い怖いと唱え続けていると、突如ローランが立ち止まり背中に頭をぶつけてしまう。
『ここだよー』
地下に来てからは笑い声しか聞こえなかったのに、幽霊が意味のある言葉を話す。
ローランの背中からそーっと顔を出してみると、豪華な飾りでひときわ目立つドアがあった。
「こ、ここらしい……ですよ」
「そうか」
ローランがドアを押すが、入り口と同じようにびくともしない。
「あ……開かないの?」
「心配するな。どうやら入り口よりは軽い」
私を廊下の端に移動させると、ローランはドアから離れて後ろに下がる。
膨大な光の魔力を集めた右手をドアにかざす。
光属性の災害級〈破滅光線〉が直撃したドアは、さすがに耐えられなくなり消滅した。
直後──今まで感じたこともない邪悪な歪んだ魔力が、部屋から溢れて屋敷を覆い尽くす。
「全くぅ、極上の餌なのにアンデッドなんかお怖がるなんてぇ」
壊れたドアの向こうから気味の悪い声。と同時に、頭がクラクラする強烈な匂いが嗅覚を狂わせる。
「おかげで待ちくたびれたお」
背中からは漆黒の翼が生え、豹に似た顔面を持った人型のなにか。黒い靄で体が覆われている。少なくとも人間じゃない。
「それもまたいいけどねぇ。ちゃあむぽいんとってやつだお」
目の前にいる異質な存在を形容できる言葉を、私は一つだけ知っていた。
「食べちゃう前に自己紹介おしておこおかなぁ。おでは第三階位シトリーってゆうお。よろしくねぇ」
──こいつは『悪魔』だ。
ミスラ「次回は悪魔と対決!」
シトリー「ちみもぉ食べちゃうお」
ミスラ「助けてー! ローラえもーん!」
ローラン「生憎四次元袋はない」
シトリー「ちみわ僕のものだお!」
ローラン「え……」
ミスラ「あっ、そちらの方でしたか」
シトリー「違うお! 男わ消えるお!!」
ミスラ「次回、『悪魔なんかよりお化けが怖いよ〜』」
シトリー「おでのが恐ろしいお!!」




