一章ノ10 『お勉強のお時間』
地球より、勇者としてキョウヤが召喚されてから二日が経った。
ミスラとローランは冒険者ギルドで依頼を受けるらしいが、キョウヤは王宮で授業を受ける。
授業をする部屋が、日本史で見た昔の教室そっくりな造りだった。床全体が茶色で、ほんのり木材の香りが漂う。
ぽつんと置いてある机と椅子に座ると、正面には黒板があり、右側が廊下で左側が窓。
教卓と黒板の間には、濃い緑髪を肩まで伸ばし、左眼にモノクルをつけた男性が立つ。
「では、私からですね」
「イリスタン先生! よろしくお願いします!」
最初は世界史担当のイリスタン。次に魔法担当のコンスタンティン。そこからは実技となり、武術担当のモルレッド。最後に剣術担当のガヴェインだ。
「本日は、全体的な、大まかな内容を説明したいと思います」
「はい!」
「まず始めに、この世界の終わりから」
世界史なのに、世界の終わりから。どういうことかと思ったが、それも異世界っぽい、とキョウヤのテンションは上がる。
「遥か昔──世界は一度滅びた」
まぶたを閉じて、イリスタンが話し始めた。
「わずかに残った人族は、永い年月をかけ、少しずつ数を増やしていった。
だが、突如現れた『魔族』によって、世界は支配される。人族は、いつ滅ぼされるかわからない恐怖の中を生きることになった。
そこで、魔族からの解放の意味を込め、人族は『解放軍』という組織を作る。
解放軍は百年以上に渡って戦力を上げていき、およそ二十年前に魔王パズズを討伐した」
まだ話の途中だろうが、キョウヤは不思議に思った点を口に出す。
「魔王はもういないんすか?」
魔王は二十年前に倒された。ならなぜ自分が召喚されたのか。キョウヤは不思議だった。
その疑問が出るのは予想していたのか、首を横に振ったイリスタンから回答が返ってくる。
「いえ、まだいますよ」
「え? でも倒されたんじゃ」
「あと五人」
イリスタンは左手をパーにして広げる。
「数えきれない犠牲を払い、やっとの思いで討伐したのはたった一人。『第六天魔王』はあと五人います」
「あと……五人も……」
「ええ。しかも数年前、アーサー王が強大な魔力を探知したらしいのです。パズズに代わる新たな魔王級が誕生したかもしれません」
「まじ……っすか」
「ですから勇者様の助力が必要なのです」
「そういうこと、か」
ハードモードな世界だと思う。だが、どうせ失った命だからとキョウヤは気合を入れ直す。
「と、過去の話は終わりにしましょう。深堀すると長くなってしまいますので、続きはまた後日。これからは現在についてお話します」
「わかりました!」
世界史というか社会かな、と思いつつキョウヤは元気よく手を挙げた。
「まず、二十年前は点々と村があるだけでしたが、現在は三つの王国に人族は暮らしています」
チョークを持ち、黒板に三つの小さな丸と大きな丸を一つ書いた。
小さな丸の中にはそれぞれ、キャメロット、シュヴァリナ、エトワールと、大きな丸にはアルカトラズと入れる。
「キャメロットはこの国です。国を出てまっすぐ進んだ場所にあるのがシュヴァリナ。そこからさらに遠くにあるのがエトワールとなります」
「全部で三カ国ならアルカトラズっていうのはなんなんすか?」
「アルカトラズとは大陸の三割を占める龍族の国です。付近に建国されたエトワールと協力関係にあり、キャメロットの円卓騎士団と同様に竜騎士団というものがあります」
「竜騎士ってことは人が龍に乗って戦うってことっすか?」
「直接見たことがないのでなんとも言えませんが、そうだと聞き及んでおりますよ」
龍に乗って戦ってみたい。アニメ好きなら誰しもが考えるであろう願望を、キョウヤは密かに楽しみする。
「次に、金銭の価値について。全部で五種類あり、小さい順に、軽銀貨・銅貨・銀貨・金貨・白金貨となっています」
イリスタンが黒板に書き込む。最初にマルを五つ書き、軽・銅・銀・金・白とそれぞれ中に入れた。
実際はアエテルタニスの文字だが、キョウヤからは日本の漢字に見えている。
「軽銀貨十銭で銅貨、銅貨十銭で銀貨。このように、それぞれ十倍で一つ上の価値となります」
「ほうほう」
日本だと、一円・十円・百円・千円・一万円になるか、とキョウヤは納得した。
実際には、軽銀貨が十円で白金貨は十万円ほどの価値だが。
「金銭の話に続いて世界情勢を。経済に関しては、言わずもながら世界ナンバーワン商会『ディヴェス』を中心に回っています」
「でぃーえす? それなんのゲームですか?」
「『ディヴェス』ですよ。ディーエスって異世界のなにかですか?」
言葉だけでは聞き取りにくかったが、イリスタンが黒板に書いてくれた。
「あぁー、ディヴェスか」
「はい。貨幣制度も『ディヴェス』が発端でして、鍵や柔らかいベッドなどもそうです」
「ほぇー、凄いっすね」
「ええ。『ディヴェス』なくして人族はここまでの発展はできなかったでしょう」
「その『ディヴェス』って商会のおかげで、ふかふかのベッドで寝れるのか。感謝しないとだな」
科学がまだない時代。地球でも、昔は地面と大差ないベッドしかなかったらしい。
そんな硬いベッドを使って寝ても、一睡もできない確固たる自信がキョウヤにはある。
「今回学んだことの復習を兼ね、ここからは詳細な説明と並列し、質問形式で振り返りましょう」
その後も、有意義な情報をたくさん教えてもらい、イリスタンの講義は終了となった。
イリスタンが教室から出ていくと、入れ替わる形でコンスタンティンが入室してきた。
「次は俺ですね」
「よっしゃあ! 遂に念願の魔法が」
「今日は知識だけですよ。実践は明日にするので、今日中には使えません」
「それでも、俺が魔法を使える日は近いぜよ」
武者震いが止まらず変な口調になるキョウヤだが、
「魔法を使うだけでなにが嬉しいんですか」
魔法が使えるのは当たり前なので、コンスは不思議そうに呟いた。
「そりゃ異世界人は普通かもしんないけど、俺の世界じゃ魔法を使える人なんかいませんから」
「魔法がない世界ですか。想像もつきませんが、そういうものですかね」
「そういうものです!」
「……では、早速始めますか?」
「コンス先生! お願いしゃす!」
席から立ち上がり、元気よく九十度に頭を下げる。その後、キョウヤは席についた。
「とりあえず、魔法には属性というものがあります」
説明をしながらコンスは黒板に全属性を書いていく。
「炎・水・風・土・氷・雷・光・闇。この全八属性で構成されています。そこに、無属性を加えて『魔法』と呼ぶのです」
黒板には二つの大きなマルが書いてある。
基本属性のマルに炎・水・風・土と、特殊属性のマルに氷・雷・光・闇と記入した。
「あれ? 無属性だけは別なんすね」
無属性だけどちらのマルにも入れず、仲間外れなぼっちくんのようにポツンとしている。
「無属性は属性魔法ではないですから」
「属性ってついてるのに?」
「属性が無いから無属性なんですよ」
「……確かに」
「無属性は補助的な役割なので、基本的に強力な魔法はありません」
二つのマルの隣にコンスがスラスラとチョークを進めた。一番上には『魔導階級』とある。
「魔法には階級があり、それを魔導階級と呼びます。全部で五段階位に分かれているので、低い順から説明します」
黒板に書いたものを細長い棒で指しながら、コンスは階級の説明を始めた。
「攻撃系魔法は、低級・中級・上級・超級・災害級の五つです。防御や移動、変化などの特殊系魔法に階級はありません」
「ん? 攻撃とか防御はわかるんすけど、移動魔法とか変化魔法ってなんですか?」
「例えば、光属性なら光速、雷属性なら雷速で動けます」
口頭では伝わりにくいので、光属性の下に『光速』、雷属性の下に『雷速』と書き足す。
「ファ!? えっ、じゃあ光属性なら一秒で地球七周できんのか!?」
「チキュウ? もしかして異世界の用語ですか? それなら俺にはわかりませんよ」
「あぁ、そっか」
ここは異世界、地球ではない。キョウヤは改めて実感した。
「チキュウというと、大きな球体のことですか?」
「あ、そうっすね」
「なら一周は無理ですね」
「え?」
「光は真っ直ぐにしか進めません。それに、速すぎるんです。視界の範囲内で止まらないと、どこかにぶつかった衝撃で、体は木っ端微塵になりますよ」
「た、確かに……魔法でもそこはリアルなのか」
異世界でもファンタジーではない。現実なのだと思い知らされる。
だが、現実味を帯びてきたことで、逆にキョウヤの気持ちが魔法へと近づく。
「変化魔法の説明をしますね」
「はい!」
「説明は簡単なんですが、炎属性なら自分の体を炎に変え、光属性なら光に変える魔法です」
「……なぁるほど……?」
わかったようなわからないような、キョウヤはいまいち納得できない。なんとなくは理解したが。
「これは実践で見せたほうが早いですから、明日詳しく教えますよ」
「あざます!」
「いきなり魔法を使うと、最悪死ぬ恐れがあるので、今日は講義だけということですけどね」
「ははは……」
光属性の移動魔法とか覚えてたら絶対使ってお陀仏でしたわ、と思い、勝手に使うのはやめようとキョウヤは心に強く誓う。
「次に詠唱と無詠唱があります。キョウヤくんには最初から無詠唱でやってもらいますね」
「無詠唱ってそんな簡単にできるんすか?」
死ぬかもしれないと聞き、キョウヤは不安を口に出した。もし失敗して死んだら洒落にならない。
「大丈夫です。魔法への固定観念がないなら、詠唱を使わなくとも問題ありません」
「そうなんすね。良かった」
安心してホッと息を吐く。
「それと、魔法を使うには魔力がいります。ですが、魔力は誰しもが持っているのでそこは大丈夫ですね」
「やっぱり俺にも魔力があるんすね」
「魔力量だけで言えば、俺より遥かに多いですよ」
「マジっすか! やったぜ!」
思わず勢いよく席から立ち上がってしまい、椅子が後ろにガタンと倒れる。
その音で冷静になったキョウヤは、そそくさと椅子を戻して席に戻った。
「魔力が多くとも扱い方が大切になってきます」
「扱い方?」
「魔力を扱って魔法を使うには、『回復力』と『支配力』という二つの技術が必須です」
「それはどうすればいいんすか?」
「そうですね……」
先程書いた属性魔法の説明を黒板消しで消し、コンスは新たに『回復力』と『支配力』を加える。
「『回復力』はぐるぐると循環してるイメージで、体内から魔力が出る度、漂うマナを受け入れる技術です。魔法を何度も使って身体に感覚を覚えさせます。極めれば、例え魔力を全て失っても数刻もすれば全快します」
雑な棒人間を黒板に描き、リサイクルマークのような三つの矢印で囲う。
矢印の途中にある空白には『マナ』と書き、効果音なのか『ぐるぐる』と付けた。
「次に『支配力』ですが、無詠唱を扱う際に必須の技術です。最も、固定観念がなければ無詠唱自体は簡単ですが、さらに魔力消費を抑えようとするにはどの魔法がどの程度消費するかを把握しなければなりません。これは実践経験を積むのが最も効率的ですね」
一度も魔法を使ったことのないキョウヤは、『支配力』の説明にいまいちピンとこない。
明日は実際に魔法を使えるため、やりながら教えてもらおうと我慢する。
「魔力を扱うにはもう一つの条件がいります」
「条件?」
「『精霊』に選ばれるのです」
「おお、精霊っすか」
「精霊も階位で分かれており、下位と上位がいます。そして、最高位というものもあります」
黒板に書いた精霊のマルに、下位・上位・最高位とコンスが書き入れた。
「精霊は魔力探知で感知できません。下位は無数に漂っており、自我のなく目に見えない。上位は自我がありますが、目で捉えるのは不可能です。ですが、最高位は視覚で認識できるほどの存在らしいです」
さらにコンスは図のようなものを作る手を止めず、説明を続けるため口も同時に動かす。
「精霊は魔法によって発生する残滓を餌とし、魔力の根源となるマナを吐き出してくれます」
二酸化炭素を吸って酸素を吐き出す植物みたいなものかと考え、それは大事だとキョウヤは納得する。
「これが全精霊の名です」
話しながらもコンスは図を完成させていた。
左側には上から、炎属性・水属性・土属性・風属性・氷属性・雷属性・光属性・闇属性と並ぶ。
下位精霊の名前は、サラマンダー・ウンディーネ・ノーム・シルフ・フラウ・ヴォルト・ウィスプ・シェイド。
上位精霊が、イフリート・クラーケン・ベヒモス・ジン・フロスト・トール・レム・エレボス。
「こんなに……覚えきれるかな」
「名前は覚えなくとも大丈夫ですよ。ただ書いてみただけですから」
「そうなんすか? 名前覚えなきゃ選ばれないとかは」
「ないですね」
「なら良かった」
「最高位の名は知らないんですが、アーサー王のお姉様は炎属性だったそうで、精霊の名をフェニックスと聞きました」
──フェニックス。
日本では不死鳥として有名であり、キョウヤがプレイしていたゲームにも度々登場する。
「最高位、なんか凄そうっすね」
「ですが、俺は最高位など存在しないと考えています」
「え? なんでっすか?」
「見たことがないからです。アーサー王のお姉様が最高位精霊に選ばれたらしいですが、直接見たわけではありません。それに、最高位の力を借りてなぜ亡くなってしまったのか。……魔王以上の存在がいたと王は言いますが、いまいち信憑性がないんですよね」
コンスの持論をしっかり聴きながらも、最高位精霊に会ってみたい、とキョウヤは未知なる存在に想いを馳せた。
ミスラ「次回はローランとクエストだー!」
ローラン「Sランク依頼があるらしいな」
ミスラ「緊急らしいし、なんだと思う?」
ローラン「ギルマスの尿意が近い」
ミスラ「ローランが冗談なんておかしい。さてはお前、ローランじゃないな!」
ローラン(?)「ククク……バレてしまったか」
ミスラ「次回、『美女連続失踪事件』」
ミスラ「美女ってことは……私も気をつけなきゃね!」




