5・自称エルフさんとの再開
ジャンルを空想科学(SF)からヒーマンドラマ(文芸)に変更しました。
これって文芸なのかと変更した本人が困惑中……
俺の元にやって来たと思われる自称エルフさんは隣で御満悦で、見る者を和ませる様な笑顔を振り撒いていた。
自称エルフさんと共に通された部屋は刑事ドラマでよく見る取調室の様な場所で、そこに案内をしてくれた少々くたびれたグレーのスーツで身を包んだ男と共に机を挟んで対していた。
「いやぁ会議室がどこも使用中だったもので、こんな場所で申し訳無い。改めまして、この事件を担当する事になった高山大助です。」
机を対した男はおどけた様な口調でそう切り出す。
「事件ですか……」
グレーのスーツを着た男、高山の言葉に不味い事に巻き込まれてしまったのだと俺は感じてしまった。
「あぁ、そんな恐い顔しないでください。事件と云うとどうも犯罪と思われがちですが、実際はそうでは無いんですよ。世間を騒がせている事柄を解決する案件と考えて貰えれば幸いです。」
俺の思った事が顔に出てしまったのか、髪を掻きながら高山は慌てて説明を加える。
「それで私に何を聞きたいのです?私だってこの子とは会って数時間程度の面識しか無く、交わした言葉だってそれ程じゃないですよ。」
面倒事を抱え込まない様に自身に起こった事を俺は端的に高山に伝えた。
「それなんですがね、連絡を受け管轄の警察署で身元について色々と聞いたのですが、連れて来られた時はそれなりに言葉も発していたのですが、数時間もすると表情が無くなり、何も言わなくなってしまったのですよ。しかも昨晩からは保護された少女と全く同じ外見の子がアレルギー性ショック死と思われる症状で何件も発生している。はじめは身元を確認する為に接触があった方々に話を聞く為の連絡だったのですが、死人まで出ててしまって急遽対策班を組んで対応にあたる事になったのですよ。」
高山の方もこれまでの経緯を端的に説明してくれた。
「状況は分かりましたが、連絡を頂いた時は対策班が組まれる前の事ですよね?何故その時点であの少女に接触した人達に連絡して来たのか、先程の説明ではそれが成されていませんが、そこはどうなのでしょう?」
俺は高山の言った事から疑問を感じた事を素直に向けてみる。
「一般的に未成年と思われる者を保護した場合、心的肉体的に問題が無いか簡易的な確認をする場合があります。今回の場合ですと表情に変化が見られなくなり、コミュニケーションを取るのも難しいと判断した為に簡易的な心療検査をした訳です。その結果、早急に接触した人物に連絡しないと保護した者達が重大な心的欠陥を招く恐れがあるとの判断に基づき連絡させて貰った訳です。」
俺に連絡して来た経緯を説明してくれるが、どうも納得できる内容では無い。
「重大な心的欠陥とはどのような?」
俺は更なる詳細を求めた。
「検査に応った医師によれば"心の死"と呼ばれるものには五段階のプロセスがあるそうなんです。現在の彼女達で言えば三段階目まで進んでおり、通常であれば一般的な社会生活をおくれない状態に陥っているとの事です。」
心の死については俺自身も説明を受けた事がある。
離婚騒動の最中、俺はある日を境に突然何もする気が置きなくなり、どうすれば現状を脱せるのかと云う思考の檻に囚われた時期があった。
これが一段階目の"社会からの撤退"と呼ばれる状態。
突然仕事を放り出したものだから派遣先の事務所や派遣会社から何度も電話があったが、それに対応する事も無く、ただひたすら自身の思考の檻の中でその回答を求め続けた状態だった。
その思考の檻から抜け出せないままの状態が長く続くと食事をする事や身なりに関心が極度に薄くなり、外界からの呼び掛けに対しても反応が薄くなる。
これが二段階目のアパシー、無関心状態と呼ばれるものだ。
俺はこの状態の初期の時点でアパートまで来た派遣会社の社長に連れられ病院に運び込まれた事になる。
自称エルフさんの場合はこれよりも更に状態は深刻化している状態で外界からの問い掛けに対して全くの無反応、食事等も全く関心が無くなり食べると云う行為が無くなる。
この状態になるとその場に留まり続けるか、まるでゾンビの様な状態で無意味に徘徊すると云う状態になるケースが多いのだとか。
ここまで来ると早急なケアを施さないと回復後も普通に生活する事すら困難な状態になり、社会的には死人と同様になってしまう。
確かにそんな状態であれば何も手掛かりが無い為に藁をも掴む思いでエルフさん達の当選者である者達に接触を試みようとする判断を取ったのも理解できるものだった。
「連絡して来た経緯は理解しました。ですがこれを見る限りそんな深刻な状態でも無い様に感じるのですが……」
俺の隣で御満悦な表情をしている自称エルフさんを親指で指し示す。
確かに俺の顔を確認するまでは表情の変化する事の無い人形のようなものだったが、俺を確認するなり重大な心的欠陥を持っているとは思えない反応を示している。
その言葉に対して高山も気不味そうな何とも言えない表情をもって返すしか無いと言った感じだ。
「ですがあの少女達が一緒に居た部屋に入った時、大喜多さんはどう感じました?恐怖に似た感情を持ったりしませんでしたか?」
真剣と言った表情になり高山は俺に問うて来る。
「恐怖は感じませんでしたが不気味ではありましたね……」
恐怖なのかと問われればそれとは違うが、確かにあれは異様な状態で不気味さを感じさせるものだった。
その中でひとりだけ俺に対して反応を見せ、まるで子犬がじゃれつく様な笑顔で飛び込んで来た自称エルフさんの存在でその不気味さを払拭できたのは幸いだったのだろう。
人によってはそれが更なる不気味さを際立たせる事になるのかもしれないが、俺自身はそうか感じなかった。
「何かしらがあったのならそれは死を目撃した時の感情なのでしょう。」
高山はそんな俺に湧いた気持ちに言葉を添える。
"死を目撃した"か、確かにあの状態は生きながら死んでいる状態と言えなくも無いだろう。
ならそれを見てただ不気味さを感じただけで恐怖を感じなかった俺の心はどこか普通とズレてしまっているのだろうか。
俺はそんな自身の心に疑問を抱く事となった。
「それで保護した立場としてはこの子達の事はどこまで分かったのです?」
俺はそんな自身の心を誤魔化す為に唐突に目の前の男に話題を振る。
「それなんですが、ほぼ何も分かっていないに等しいんですよ。分かった事は彼女達は二人から三人で行動し、七回に分けて新幹線を使用して名古屋からやって来た事。これは鉄道会社の協力もあり映像の確認が取れています。その際に各個人が二万円の所持金を所有しており、それを利用してタクシーを使ってモニター当選者と称される対象に接触を試みている事。分かっている事と言えばそれくらいなもんです。」
高山は眉根に皺を寄せ、吐き捨てるような感じでそう漏らした。
その事を聞き俺は掲示板で話題になっている以上に何も把握していない事を知った。
「では参考になるか分かりませんが、これを見てください。」
俺はそう言って自身の肩掛け鞄からタブレットを取り出し、自称エルフ関連の話題を扱っているスレッドを高山に見せた。
高山はそのスレッドを真剣な面持ちで読みはじめ、しばらく無言のままの時間が流れる。
隣で座っている自称エルフさんは時たま俺の顔を確認しては何が嬉しいのかにこにこと笑顔を絶やさずに黙っていた。
「ここに書かれている事が事実なら、もう少しで大惨事になる所だったのか……」
タブレットを俺に返しつつ高山は溜息混じりにそう呟くように言う。
「何かありましたか?」
彼が何をもってそんな事を呟いたのか分からず俺は聞く。
「エルフですか?その子達に昨晩食事として出したのがカレーだったんですよ。ただ彼女達はもうその時には周りに対して全く反応を示さなかったのでそれを食べる事は無かったのですがね……今にして思えば不幸中の幸いでしょう。」
確かにそれは幸いだったのかもしれない。
もし出された食事を食べていたら間違いなく保護されたうちの何人かは確実に死に至っていただろう。
しかしその事を聞いて俺はひとつの疑問が生じる。
「なぁ、お前もしかして保護されてから食事とかしていないのか?」
俺は隣で何が嬉しいのか笑顔で俺の事をときたま確認する自称エルフさんに聞いてみた。
「私……僕?は人類と違って食事と呼ばれる栄養摂取を頻繁に行わなくても活動に問題は生じ無い。」
笑顔のままだが、自称エルフさんは無機質な感じでそう返答する。
「栄養摂取しなくても大丈夫なのはどれくらい?」
酷い話だと思うが俺自身も彼女の事を知る為に聞いてみる。
「空腹と云う状態を認識するのは前回の栄養補給を行ってから二日から三日程経過後に感じる事を経験している。空腹状態を感じるまま放置するとどうなるのかはまだ経験が無い為に回答不能。」
見た目も可愛らしく中性的な声だと云うのに、それから発せられる言葉はなんとも機械的なもので、そのギャップに薄ら寒いものを感じる。
だが数日間は食事らしい食事をしなくて良いと云うのは掲示板にも無かった情報だ。
新たな情報としては良いのだが、それならばカレーや麻婆豆腐を食べて苦しんだエルフさん達が不憫に感じられた。
「数日食事をしなくても良いにも関わらず訪ねた先で食事を出され、それを食べた者もいるみたいだけど、それは何でか分かる?」
空腹を感じていないにも関わらず、掲示板に書かれた通りであるなら自称エルフさん達は何故出された食事を嬉々として食べたのだろう?そんな新たな疑問が湧き、俺は思わず聞いてしまう。
「私……僕?達の目的はモニターと幸福と呼ばれる感覚を共有する事。食事と云う行為はその幸福感覚の共有の最も身近な行為故に行ったものと推測。」
自称エルフさんは俺の疑問に対して返答してくれた。
幸福感を共有する為に俺の元にやって来たとか、それじゃまるで俺が不幸のどん底にいる人みたいじゃないかと少々自己嫌悪を感じてしまったが、それはまぁ良い。
答えてくれた事に俺は思わず自称エルフさんの頭の上に手を置く。
自称エルフさんは俺の手を置かれたのが余程嬉しかったのか目を軽く閉じ、幸せそうな笑みを漏らした。
喋り方はアレだが、確かに幸福感を共有する為にと云う目的もその仕草を見て納得出来てしまうものがあった。
「と、云う事らしいですよ。」
「なら、ここで出した食事を食べなかったのは現状で必要なく、幸福感を共有する対象では無かったかと云う事かね?」
高山は自称エルフさんに対して尋ねるが、それに対して我関せずといった感じで俺にだけ笑顔を向けている。
「聞かれたら答えてあげような、高山さんも困っちゃうだろうし……」
俺はまるで幼子を諭す様に自称エルフさんを促す。
何気に面倒だな、これもし一緒に生活するにしても面倒事ばかりになりそうだぞ。
「肯定。」
自称エルフさんは俺への返事とも高山の問いに対する回答とも取れる事をただ一言で済ませた。
それを見て高山は困ったような表情になる。
その後も色々と自称エルフさんについて聞いてみるが、彼女らを作ったとされる者やその拠点となっている場所に関しての情報を得る事は出来なかった。
そしてモニターとして接触した人物と接点が完全に無くなったと判断した場合、彼女らは俺がここに来て会った時と同じ様な状態になるらしい。
人であればその状態に至るまで少なくとも一ヶ月以上の時間が掛かるが、自称エルフさん達の場合だと数日で心の死に至るのではないだろうか。
そう考えると彼女らは特定の人間に対して異常な程依存していると言っても良いだろう。
身寄りも無く、特定個人に依存しなければ自らの命すら捨ててしまう様な彼女らの対応をどうするかの判断を煽る為、高山は俺達をロビーの様な場所に案内し、そこで待つようにと告げて足早にその場を去って行った。
話をしているうちに結構な時間も経っていたようで、俺の他にも自称エルフさんを連れた人達が数組見える。
一組は若い女性と自称エルフさんの組。
もう一組はまだ小学生くらいの男の子とその母親らしき女性が付き添っている組、こちらは自称エルフさんの様子からすると男の子との組なのだろう。
男の子は自称エルフさんに再び会えて喜んでいるようだが、その母親らしき女性はどうも困り顔といった感じだ。
若い女性の方も男の子の母親と同様に困惑しているような表情を浮かべている。
俺は同じ様な境遇だからといって声をこちらから掛けられる程図太くは無い。
いや昔は自ら趣味のイベントを企画し開催等をしていた時期もり、図々しくらいにこちらから声を掛けてた時期もあったりするが、離婚のあれこれの時期から自ら人と関わるのが恐くなってしまい、それからはどちらかと云うと人と接する事を避けるようにしていた。
案内されたロビーは展望台のようになっており、窓側の席は建物が海に面している事もあり壮大な景色が目を楽しませる。
辺りを見回すと簡単な売店も用意されており、そこで軽食等も売っているようだった。
時間を確認すれば昼も過ぎており、小腹もすいた様に感じる。
「お前は何か欲しいものあるか?」
売店前まで行き俺に寄り添うような感じで隣に居る自称エルフさんに聞いてみる。
先程の応答では食事はそれ程必要ないとの事だったが俺だけ食事と云うのも何だか気不味かった。
「ん~、名前?が欲しいかも。」
しかしその俺が聞いた事に返って来たものは予想もしてないものだった。
お読み下さり有難うございます。
作者モチベーション維持の為にも感想、御指摘等お待ちしております。
また不定期連載中の物語も宜しくお願い致します。
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