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13・個の存在を認めると云う事

 寝坊助の姫様から連絡が入ったのは飲み物を買い終わって散歩の帰り道の事だった。

 知らない番号からの着信に出てみると何やらけたたましく英語を話しているが、生憎俺はネイティブに英会話出来る程堪能では無い。

 スマートフォンの音声翻訳を介していないと意思疎通もままならないのを痛感する。

 とりあえず俺は"Soon(すぐ) home.(戻る)"とだけ言って通話を切った。

 切る寸前まで電話口の向こうでは何やら言っていた様だが言葉が通じていないのでは話していないのと同じだ。


「ジョージのヤツ起きたみたいだけど、何やら機嫌が悪いみたいだったぞ。」

 スマートフォンを持ったままその両手をまるでアメリカ通販番組の出演者の如くやれやれと云った感じのジェスチャーを見せながら藍に言う。


「お姉ちゃんなんて言ってたの?」

 購入した飲み物が入ったレジ袋を持って俺に歩幅に合わせて歩く藍が聞いて来る。


「何言ってるか分からなかったから、向こうの言葉でスグ戻るとだけ言って切ったよ。戻ったら機嫌取りしながら朝食の準備だな。」

 俺は溜息混じりにそう応える。


「きっとお姉ちゃん起きたら誰も居なくて不安だったんじゃないかな?藍はあまり寝なくても大丈夫だけど、それでも起きたらパパが居なくなってたら哀しくなるし、きっとパパの事を探しに行くと思う。」

 藍は伏し目がちにそんな事を言う。

 彼女のその言葉に俺は少しだけ恐さを感じる。

 きっとエルフと云う存在は自身が主と認めた人物に対して全霊を持って依存しているのだと俺は思っている。

 出会ってスグの頃、俺は藍を保護して貰う為に警察に連絡して預かって貰った事がある。

 その時に彼女が口にした言葉は"幸せを共有するのが目的"と言ったが、同時に俺以外の人物に対してはその幸せを共有する必要性が無い事を態度で示していた過去がある。

 藍と名付け一緒に生活をするようになってからは俺以外の人達とも交流を持つ機会も増えた事もあり、それが間接的に俺への幸福感を与えられる事を知った彼女は狭い範囲ではあるが人付き合いも持つ様になったが、それでも藍の行動の根本は俺が中心に据えられているのは間違いないだろう。

 例の事件になってしまったエルフさんだって、きっと自身が主人と認めた人物に逢いたいが為だけにあの様な行動を起こしたのだろう。

 まだ人と云う社会が理解出来ず、己の衝動のままに行動したが故に悲惨なものとなってしまったが、藍の行動だってあのエルフさんときっと根本は変わらないのだろう。

 それ故に俺は藍と云うエルフに恐怖に似たものを抱いてしまう。

 だが否定から物事を見ようとしても良い結果を掴み取れる訳が無い。

 俺自身は否定され続けて育てられたせいか、何事も否定から物事を捉えてしまう感があるが、それが嫌で俺の元から逃げ出すように姿を消し、家族と云う存在を突然失ったあの感覚を藍でまた味わいたい訳じゃない。

 きっと藍はそんな考えに至らないとは思うが、俺自身の中には常にそんな懸念が付き纏う。


「その不安を解消させてやる為にも早く帰って朝食の準備しないとな。」

 荷持を抱えて隣を歩く藍に穏やかに告げて少しだけ歩みを早める。

 身長と容姿からすればまだ十代も前半と云った感じのエルフだが、そんな歩みの変化に文句のひとつも言わず俺と同じ様に藍は荷物を抱えたまま必死に俺の後を着いて来るのだった。



△▼△▼△▼△



『牛乳がこんな小さな紙パックで二ドル近くもするのが納得出来ないがトミーの作る料理はどれも美味いな。』

 ジョージは購入して来た五〇〇ミリ紙パック牛乳の値段に納得いかないようだが言葉とは裏腹に豪快に煽り、出したホットサンドもそれと同じ様に口に運ぶ。

 どれもと言うが出した料理は昨晩のレトルトカレーと今朝のメンチカツを使ったホットサンドだけなのだが、彼女の中では俺は料理上手に認定されたらしい。

 音声翻訳された言葉からはそう受け取れてしまう。

 出した物は昨日精肉店で購入したメンチカツに今朝方藍が下拵えをしてくれたトマトソースをたっぷりと掛け、それを六枚切り食パンに挟んでホットサンドプレートで温めただけのものだ。

 もちろんメンチカツは事前にレンジで温め直し、ソースは冷蔵庫で充分に冷やした物を使って温と冷を同時に楽しめる様に一手間掛けてある。

 何故六枚切り食パンを使ったのか、それは朝食を楽しむのが三人だからだ。

 海外から訪日する友人が二人だった場合、一斤を丁度使い切る為に八枚切り食パンを使っていた事だろう。


 俺と藍もジョージと一緒にホットサンドを食べているが、荒く刻まれたトマトの果肉感とそれを際立たせる為の細かく刻まれたピクルスとオリーブが昨日帰宅途中で歩きながら食べたソースに浸されたそれとは大きく異なり、洒落たカフェで出される様な上品な味に仕上がっている。

 メンチカツそのものが美味いのだ、ひと手間掛ければその美味さは更なる高みに昇華されるのも道理である。

 夢中になってそれを口に運ぶジョージを見て作ったかいがあったと俺自身も嬉しくなる。


「メンチカツサンドのソースは藍が手伝って作ったんだよ。」

 これでもかとホットサンドを口に詰め込んでいるジョージに対して藍はにこやかに言う。

 その言葉に彼女が咀嚼する口の動きが止まったのを俺は見てしまったが、それを言葉にする事はしない。

 藍もその彼女の変化に気付かない訳は無いだろう、藍が発した言葉はワンテンポ遅れて今ではすっかり彼女の物となってしまったタブレットから音声翻訳された英語が流れた。

 勢い良く食べていたジョージだったが、翻訳された言葉を聞き誰が見ても分かる程に食べる勢いが無くなる。

 こうあからさまではこれから先、上手く行く訳も無いので俺は嫌な思いを抱えながらでも喋る事にした。


「さっき藍と飲み物を買いに行った際に昨晩ジョージと話した事を藍にも伝えた。ジョージはホットサンドを美味いと言ってくれたが、それは俺だけが作った訳じゃない、我が家の味だ。藍は俺の家族だ。美味いものは誰が作ったなんか関係ない、機械が作ろうが人が作ろうが美味いものは美味い。それをどう感じるかはその受け取り手次第だ。」

 音声翻訳は長い言葉には対応しない。

 俺はそれを気にしながら区切りの良い部分で言葉を切り、ちゃんと翻訳されている事を確認しながら自らの言葉をジョージに伝えて行く。


「俺だってエルフと云う存在をはじめから受け入れられた訳じゃない。ジョージと同じ様にはじめて会った当初は気持ち悪さだったり恐怖心だって持った。ジョージ、ここに泊まる為の条件は覚えているか?」

 俺は日本に来る前にネットでやり取りした我が家に泊まる際に確認し合った事を改めて言葉にした。


『友人として最大の優待をする。友人故、職業の接客は期待するな。と云う条件だったな。』

 ジョージのスマホから翻訳された言葉が流れる。

 来日前も機械翻訳でやり取りしていたが、言いたい事はちゃんと伝わっているようで安心した。


「俺はジョージと本物の友人になりたいと思って我が家に迎えた。ステレオタイプな物言いで悪いが、家族を良く言われなかった人をどう思うだろうか?見た目はどうであれ、今では藍は俺の家族なんだ。」

 そこまで言って俺はジョージの反応を伺う事にした。


「藍はね、お姉ちゃんが藍の事を嫌いになっている訳じゃないのが分かったから大丈夫だよ。」

 隣で聞いていた藍はと云うと、俺がジョージの事を責めているのかと思ったのかそんな事を言う。

 藍は俺以外に対して興味は薄い、それ故に俺に嫌われさえしなければ彼女の世界は壊れる事はない。

 だが俺自身は藍の事を理に叶わない事で嫌われると云うのは俺と云う存在の一部を嫌いという事だ、それは俺の世界を否定しているのと同じ意味だ。

 人と人の付き合い故に誰しもが仲良くなんて思える程俺自身も若くは無い。

 だが、妥協点を見付けて近付く事は可能なはずだ。

 その妥協点を模索しようともしない相手であるなら友人関係は結べるはずも無い。

 それ故に俺は自己嫌悪になりそうな気持ちを抱えながらでもジョージに聞いたのだ。

 多分この事を藍に説明するのには相当苦労する事だろう、だから今はその事は脇に置いて落ち着いたら改めて藍には話をしようと思う、だがまずは目の前に居るジョージだ。


「どれだけ前だったか忘れたが、日本のニュースサイトで白人至上主義者が過激な演説を行ったそうだ。内容を簡単に説明すればアメリカと云う国は白人種だけのものだと云う内容だったらしい。日本ではこの出来事に結構な感心が寄せられた。ジョージはこの内容を聞いておかしいとは思わないか?」

 正直俺自身もジョージと云う人物については詳しく知らない。

 俺自身は彼女の訪日旅行を友人としての繋がりを持つ為の最初のアプローチとしか思っておらず、帰国後も出来る事なら繋がりを維持したいと云う打算的な考えもあった。

 だが、本気で友人として付き合って行くつもりなら反りの合わない部分も発生して行くだろう。

 それが思いの外早く表面化し、言葉にしなければならない状況になっただけとも言える。

 なので過去にアメリカで実際にあった出来事を例に出してジョージと云う人柄を判断する事にした。


『それは本当にあった出来事なのかい?俄には信じられない話だけど、歴史的に見てもアメリカと云う土地は白人だけのモノじゃない。』

 どうやら彼女は自国の歴史と云うものを正しく理解しているようだ。

 元々アメリカと云う国はイギリスからの移民による入植によってその歴史を歩み初めている。

 先住民が居たにも関わらずその生命を奪って実効支配を行ったのがアメリカと云う国のはじまりだ。

 自分達の理解できる言語を用いていない、たったそれだけの理由で先住民族を野蛮人と見下し、武力と云う圧倒的暴力を用いて多くの生命を奪い、彼らを奴隷として扱ったのだった。

 そんな圧倒的暴力で先住民族の約八割の命を奪ったと言われる血で汚れた歴史を二〇〇年程積み重ねた後、大陸はアメリカ合衆国を名乗る事となる。

 大陸がアメリカを名乗るようになってから更に一五〇年程経ってから南北戦争と云う自由を勝ち取ると云う名目の奴隷解放戦争が起きた。

 この南北戦争を舞台にした名作小説も多い。

 日本でも有名なものだと"風と共に去りぬ"や"若草物語"辺りだろうか。

 これ程までに血塗られた歴史があるにも関わらず、それをちゃんと理解しているアメリカ人は意外に少なかったりする。

 この話題に出した出来事も自国民が歴史を知らないからこそのものだと言っても良い。


「実際にあった事だ。藍、悪いがタブレットを借りるぞ。」

 そう言って藍の返事も待たずにタブレットを操作し、"白人至上主義""ハグ""黒人"の三単語で検索をする。

 するとその検索結果にはかなり古いニュースサイトの記事とソレを引用したいくつかのサイトが検索に引っ掛かった。

 日本で最初にその記事を書いたサイトにアクセスし、それをジョージに見せる。

 きっと内容は日本語で書かれている為に大半は理解出来ないであろう。

 だがその記事の中には当時、渦中の人が投稿したであろうSNSへの書き込みのキャプチャ画像も数点貼られていた。

 ジョージが日本語を理解出来ないながらも興味深く画面を覗き込んでいる脇で俺はアメリカ本国で取り上げた記事を自分のスマートフォンで探していた。

 ソース元の記事を見付け、それをジョージに見せようとすると彼女自身も日本の紹介記事にあったリンクからそのソース元の記事をまじまじと読んでいた。


『これは同じアメリカ人としてとても恥ずかしい出来事だと思う。しかし何故、この話を私にした?』

 話題に挙げた内容がどう自分自身に繋がるのか理解出来なかった様子のジョージはそんな言葉で俺に聞いて来た。


「程度の差こそあれ、根本は一緒だと思ったからさ。俺だって同じ様な気持ちを抱いた事があるから偉そうな事は言えない。言葉を介して理解しあえる存在をはじめから遠ざけて扱うのは良い関係を築けるとは思えない。友人として付き合う気があるなら藍の事も偏見無く見て欲しい。それが出来そうも無いなら友人として付き合える縁では無かったと云う事だな。藍はジョージの為に朝食を作る手伝いをしてくれた。人とは異なる種だが、美味しいと感じる物も人とあまり変わらず、言葉を交わして意思疎通だって出来る。人以外の種とそうやって縁を持てるって、控え目に言っても人生の経験としては最高じゃね?」

 良い歳したオッサンが今では行方も分からない娘と同じくらいの年齢の女性に対等であろうと語り掛けるのは小っ恥ずかしいが、俺の事をパパと慕う人成らざるエルフと云う存在の保護者として数少ない譲れない部分だった。

 俺のその言葉を聞き、ジョージはしばらく黙って考え込んだ。


『興味本位でエルフと云う存在に会ってみたかったのは事実だ。友人として歓迎すると云う変わった人物にも興味を惹かれた。だが己の中に踏み込んで来る存在が友人と言うのなら、私はそれには賛同出来ない。』

 翻訳された音声は平坦なものだったが。ジョージの言い方からしたらきっと力強くそう言ったのだろう。


「分かった、友人でも無い人を我が家に泊まらせる訳にも行かない。格安の宿を紹介するから、そっちに移動してくれ。昨晩話したお金の件と今日の観光案内は無しだ、駅までは送るから日本を存分に楽しんでくれ。」

 前回の観光案内はお金だけが目的で友人でも無い人物を宿泊させた結果が連絡が取れなくなった。

 今回はそんな失敗はしないと完全に友人として扱うと決めて接した結果がこれだ。

 世の中とは思い通りに行かないものである。

 金銭的にはすでに焦げ付いていると言っても良い状態だが、藍も含めた俺と云う存在を認めて貰えないなら仕方の無い事だ。


『待ってくれ、約束が違うじゃないか。』

 俺の言葉を聞いて慌てた様にジョージが言う。


「何も約束を破ってはいないさ。俺はジョージが日本に来る前に"友人として最大限の歓迎をする"と言った。それと一緒に"商売としての接待はしない"とも言っていたはずだ。友人では無いとジョージが言うのだから、俺との関係はここまでだ。」

 冷たい奴だと思われるだろうが赤の他人を我が家に留めて置く事は出来ない。

 俺は友人として付き合うなら藍の事も個として見てやって欲しいと提案したに過ぎない。

 それを己に踏み込んで来ると取られるなら妥協点を見付ける事は適わないだろう。

 俺が当初考えていた海外の友人作り計画は彼女自身が示した言葉で次の友人との縁を考えるに事になった。


「食べ物を処分するのは心苦しい、美味かったと感じたなら朝食はしっかり食べて行って欲しい。出掛ける準備が出来たら声を掛けてくれ。」

 俺はジョージにそう告げ、自分の分のホットサンドが乗った皿を自室に運び台所兼ダイニングを立ち去るのだった。

 藍もそれに習って俺の後を追う。

 台所に置かれたテーブルにはジョージが一人残る事になったのだった。

お読み下さり有難うございます。

作者モチベーション維持の為にも感想、御指摘等お待ちしております。

また不定期連載中の他物語も宜しくお願い致します。

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