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12・眠り姫を置いての散歩道で

「おはよう。」

 昨晩なかなか寝付く事の出来なかった俺は寝坊をしてしまっていた。

 いや、正確には中途半端に目覚め覚醒していたが、布団から抜け出す事が出来ずに藍に朝食の指示を出して用意を半ば任せてしまった感じだった。

 藍自身料理は得意とは言えないが、それでも簡単な用意であれば半年程の俺の手伝いをこなして多少は出来るようになっていた。

 幸いにして今朝用意する物は簡単な物で藍であっても問題なく準備できる程度のものだった。


「パパおはよぅ。」

 台所に顔を出した俺に藍は嬉しそうに挨拶をする。

 エルフと云う種は人と比べて睡眠時間も少なく、必要とする食事も極端に少ない。

 朝に人並みの食事をすればその日はもう他の時間帯に食事を取らなくても良いくらいである。

 それでも藍は俺と一緒に食事をし、テーブルを共にする。

 毎食テーブルを共にしている藍は多分他の人達の元に現れたエルフさん達より大食いと呼ばれる類のものだろう。

 そんなエルフからしたら暴食が続いている日々だと云うのに藍の体型はほぼ出会った頃から変わっていない。

 世の女性の方々からすれば羨ましい身体の作りなのだろうが、藍はどう思っているのか俺は聞いた事が無い。

 何にしても俺に付き合って我が家で藍は一緒に食事をしている訳だ。


 そんな藍が朝食として用意してくれたのは昨日精肉店で購入したメンチカツを使用したホットサンド。

 ──と、言いたいところだが用意したのはそのソースの下拵えだけである。

 寝惚けながらも藍には作り方を伝えたが、上手く作れただろうか?

 トマト、オリーブ、ピクルスをフードチョッパーに入れて微塵切りにして貰った。

 フードチョッパーの容器の中には荒く刻まれたトマトのソースが自身の出番を待っている。

 ぱっと見、細かくし過ぎてジュースの様になっていない事から良い塩梅で微塵切りにされた事が分かる。


「手伝いありがとうな。」

 寝坊してしまった俺に変わって下拵えしてくれた藍の頭を撫でながら礼を言う。

 藍は嬉しそうに表情を崩しながら笑顔で作業を引き継いだ俺の様子を伺っていた。

 俺はフードチョッパーのブレードをシンクに置き、容器に残ったそれにお好み焼きに使われるソースと西洋からしを加え、スプーンでかき混ぜて馴染ませる。

 トマトの赤が少しだけ変化する程度に混ぜ合わせ、使用する直前までに温まらない様に冷蔵庫にその容器を入れる。


「それじゃ、ジョージも起こすか。」

 そう言って、ジョージに貸し与えた部屋のドアをノックして彼女の様子を伺う。


Morning,(おはよう) breakfast(朝食) ready.(できてるぞ)

 ドアの前でそう告げるが反応は無い、まだ寝ているのだろうか?

 今日は電車でも移動も多く、あまりゆっくりしていると移動先で外泊する事になってしまう。

 藍を留守番させ置いて行かなくてはいけない状態で外泊と云うのは何故か少々後ろめたい気分になってしまうのでそれは避けたかった。

 藍自身は睡眠時間はそれ程必要としない為、俺がどんなに不規則な生活をしてもそれに付き合ってくれるが、世の女性の多くは朝の寝起きは辛いものなのだろうか。

 今では記憶の彼方になりつつある元家族であった嫁さんや娘はどうだったのかと思い出しながら女性が休んでいる部屋に入る訳にもいかず俺は再度ドアをノックするがやはり反応は無い。

 俺自身も今朝は藍に朝食の下準備を任せてしまい少々寝坊してしまったくらいだから、半日以上も飛行機で移動して来たジョージにとっては疲れは相当なのかもしれない。

 そう思って時間に余裕ある行動は諦め、ギリギリの時間まで休ませてやる事にする。

 しかし、そうなると中途半端に時間が空いてしまう。


「少し遊歩道沿いに散歩にでも行くか?」

 朝食に出す飲み物が冷蔵庫に無かった事から藍に一緒に行くかを聞く。

 散歩ついでに遊歩道沿いにあるコンビニもしくはスーパーに飲み物を買いに行く算段だ。


「うん行く、でもお姉ちゃんはどうするの?」

 藍は起きて来ないジョージを心配してかそう聞き返して来る。


「それならば……」

 俺は適当な紙にサラサラと"Call me."の一文を書き込み、その下に俺の携帯番号を書いて台所のテーブルに置いた。

 これなら留守中に彼女が起きても連絡はして来るだろ。

 長時間家を空ける訳では無し、電話が掛かって来ても流暢な英文を理解するには至らないがスグに戻る事くらいは何とか英語で伝える事は出来る。

 なので多分問題無い。


「なんて書いてあるの?」

 テーブルに置かれた見慣れない文字列を見ながら藍は俺に聞いて来る。


「電話してくれって書いた。スグ戻るし、これで大丈夫だと思う。」

 俺はそう告げて財布をジーパンのポケットに押し込み玄関に向かう。

 藍もテーブルに置かれたメモ書きにしばらく不思議そうな顔をしていたが、俺が玄関に向かったのに気付くと慌ててその後を追って来た。


 コンビニは用水路沿いの遊歩道に出てスグの場所にあり、徒歩で一分も掛からない場所にある。

 そこで買い物を済ませては散歩にもならないので、しばらく歩いた場所にあるスーパーまで足を伸ばす事にする。

 この用水路であるが、駅近くから湧いた綺麗な水源の遊歩道を気軽に楽しめる感じだが、何に使用する為に引いてあるのか俺は未だに知らない。

 少し前まではその水の流れに身を任せる鯉の姿も確認出来ていたが、行政が駆除したらしく今はその姿を確認する事が出来ない。

 小川にも似たその用水路に似合わず大きな鯉が多数居た時はよくもこれだけ育つものだとも思っていたが、それらが居なくなると水底に多数の水草が無秩序に育ち、綺麗だった水は少し臭うようになった。

 多分黒いだけの大きな鯉が多数浅い水路に居るのが美観を損ねると云う事で駆除したのだろうが、無秩序に水草が育ち臭いまで放つようになってしまってはせっかく落ち着いて散歩出来ていた遊歩道もその雰囲気が台無しである。

 結果論でしか無いが、この用水路に居た鯉を駆除した事は失敗だったんだろうと思いながら俺は藍と共にその水辺の遊歩道をのんびりと歩くのだった。


「ねぇパパ、今日はどこまで行って来るの?」

 用水路の水面を楽しそうに眺めながら歩く藍は俺に聞いてきた。


「湘南経由で鎌倉まで案内して来ようかと思ってる。アニメやドラマの舞台として結構使われる事が多い場所だから、聖地巡礼ってやつだな。」

 海辺を走る路面電車やそこから望める海とかを藍にも見せてやりたかったが、ジョージがエルフと云う存在に対して不快感を抱いてしまっているのでは一緒に連れて行く事は出来ない。

 帰国するまでにその不快感を払拭出来れば良いと俺個人は思っていたりするが、一度刷り込まれてしまった感情を書き換えると云うのは難しい事であるのは俺自身も理解はしているつもりだ。


「どんな場所なんだろ?藍も行ってみたかったなぁ……」

 藍は残念そうにそんな言葉を漏らす。

 俺も出来る事なら藍と一緒に行きたかったと云う気持ちはある。

 だが仕事としてガイドを行う以上、ゲストに不快な思いをさせる訳にはいかない。


「ジョージが帰国したら、今度は藍と二人で一緒に行こうな。」

 藍には申し訳ないと思いつつもそんな事を言って誤魔化すしか無かった。


「でも何でお姉ちゃんは藍と一緒じゃ駄目なの?」

 今まで何処を歩くのにも一緒だった藍が当たり前の様に今日留守番する事になった疑問をぶつけて来る。

 今まで藍と付き合って来て感情の表現は未だに上手くは無いエルフと云う存在だが、出会った頃に比べれば見て分かる程度には感情を表す様になった。

 そんな彼女に昨晩ジョージと話した事を藍に告げて良いのか俺は正直戸惑ってしまった。

 藍は未だに正面から悪意に晒されると云う事を経験した事が無い。

 それ故にその様な事を告げられた時、藍がどう反応するか俺は判断できずにいた。


「パパどうしたの?」

 俺が応えられずにいると藍は違和感を感じたのか問い掛けて来た。

 彼女は自身に芽生えた感情に対してそれを隠したりと云う事はしない。

 それは言い換えれば無邪気な子供のようではあるが、同時に無垢な故の残酷さも持っている事を意味している。

 無垢な気持ちのままジョージに接する事を続ければ藍も彼女もお互いに傷付く事になり、良い結果にはならないだろう。

 俺は意を決して昨晩の出来事を藍に話す事にした。


「なぁ藍、パパと一緒に生活する様になってから藍の周りには素敵は一杯あるか?」

 俺は答えが解っている質問を藍に向ける。

 答え有りきで質問するのはずるいと以前の家族から指摘された事があったが、これが俺と云う存在なのだから仕方がない。


「うん、藍はパパの言う素敵に囲まれてるよ。どうしてそんな事聞くの?」

 藍は質問の意図が分からず俺に聞き返す。


「この世界には素敵が一杯あるけど、それと同じくらいに辛い事も一杯あるんだ。藍にはその事も知って貰いたくてね……」

 そこで俺は一旦言葉を切り藍の様子を伺う。

 だが彼女は俺が何を言いたいのかを理解できずに首を僅かに傾けるばかりだった。


「藍と知り合ってスグの頃、他のエルフさんが人々に追い掛け回されてその人達を害した事があったろ。」

「うん……」

 エルフと云う存在がこの世界に突然現れ、どう対して良いかまだ人々は判断が着かず結果として人もエルフもお互い悲しい結末になってしまった。

 あの出来事からまだ一年も経ってはいない。

 その事件があったからこそエルフと云う存在は日本では特定動物として扱われる様になった。

 海外に関しては未だにエルフと云う存在が確認されていない為、国外では彼女等に関する法律は存在しない。

 それはエルフと云う存在は全く保護される事が無いと言ってるのも同義である。


「パパはそうは思って無いけど藍は猛獣と一緒の存在なんだ、それは人の様にどれだけ振る舞っても人として扱って貰う事は出来ない。これは哀しい事だけど、藍と云う存在を認める為に猛獣として扱っていると云う面もある。そして人によっては猛獣と云う事実だけで藍の事を見て判断する人も居るって事なんだよ。」

 俺の隣を歩きながら話を聞いていた藍の頭に手を起き、彼女の目の位置までしゃがんで視線を同じ高さにして俺は言う。

 いざ言葉にするとどう伝えて良いか分からず、ただ思い付くままに言葉を紡ぐ。


「藍が我が家に来た時、エルフと云う存在の人では存在しない濃い灰色の肌に不気味さを感じた。言葉を話していても人では無いと思いエルフと云う存在を拒絶した。今は藍のパパだけど、出会った頃の俺はエルフと云う存在が只々面倒に感じた。」

 今では藍の存在に精神的な支えにもなっており、比較的安定していると言える。

 藍が俺の生活の中心にあり、その生活を失いたく無いが為にあがいていたりもする。

 だが、出会った当時は違った。

 訳の分からない生命体が突然俺の目の前に現れ、何とか繋がりがあった仕事を奪ったと言っても過言では無い状態だった。

 仕事が無くなってしまった事が結果として他人との(しがらみ)から開放され、精神的に安定する事になったのは皮肉な話である。


「きっと他の人もエルフと云う存在に出会えば、あの頃の俺と同じで拒絶や不気味さを感じるものだと思うんだ。昨日の晩、ジョージもそれに似た事をパパに話してくれた。今日藍と一緒に出掛けられ無いのはその為なんだよ。」

 ジョージは我が家にエルフと云う存在が居る事を知って尚俺の所に連絡して来た、それは物珍しさもあったのだろう。

 だが実際にエルフと云う生命体と会ってその身に感じたのは人成らざるものに対しての恐怖に似たものから来る嫌悪感だった。

 俺自身も過去似たような感情を抱いていただけにソレを否定する資格は無い。


「藍はお姉ちゃんに嫌われちゃったのかな?」

 俺の言葉を聞いた藍は表情を曇らせて問う。


「昔の聖女様の言葉なんだけどな……」

 藍と視線を合わせた姿勢のままゆっくりと話す。


「好きの反対は無関心なんだそうだ。夕飯の時、ジョージと一緒に熊さんカレーを分け合って食べただろ?本当に嫌いで触れ合いたくも無いヤツとそんな事をするかな?だからジョージは藍の事を嫌っている訳じゃないよ、ただ今までの人生で触れ合った事が無かったエルフって存在に少し戸惑ってるだけだと思うんだ。だから藍は彼女と触れ合う時間を大切にしてゆっくりとお前自身の事を知って貰えば良いと思うぞ。」

 俺は諭す様に藍に語りかける、それを彼女は黙って耳を傾け寂しそうに頷くのだった。


「だから湿気た面するな、せっかくの美人さんが台無しだぞ。そうだ、藍の好きな林檎ジュースも買って帰ろうな。帰る頃にはお寝坊サンの眠り姫も起きてるだろうし、とびっきりの笑顔を見せてやるんだぞ。」

 そう言って俺は用水路の遊歩道を歩き出す。

 言うだけ言って歩き出した俺の後ろを藍はまるで子犬の様に無邪気に追い掛けて来るのだった。

お読み下さり有難うございます。

作者モチベーション維持の為にも感想、御指摘等お待ちしております。

また不定期連載中の他物語も宜しくお願い致します。

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