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11・理屈無き感情

『日本に来てから夢の様な事ばかりでお金の事をすっかり忘れていたよ。』

 夕飯も終わり、気不味さを感じつつもガイド料の事を切り出した俺に対してジョージはあっけらかんと応えた。


『ただ五〇〇ドルともなると手持ちでは持っていないんだ。明日の朝銀行に付き合って貰って良いかい?』

 俺はジョージに割り当てたゲストルームでお金の話をしていたが、ジョージは手持ちが無い事を自身の荷物の中から財布を取り出して中に入っていたお札を俺に見せる。


「旅行に来て出費も多いはずなのに二〇ドル札ばかりなのは何故だ?」

 俺はジョージが見せてくれたお金に疑問が湧いて思わず聞いてしまう。


『使えないお金を持っていても意味ない。』

 そんな俺の問いに対してジョージは不思議そうに応える。

 使えない?それこそ意味が分からない。


「五〇ドル札や一〇〇ドル札も存在してるよな?使えないってどう云う意味だ?」

 俺自身も海外の紙幣等には詳しくは無いが、俺が言葉に出した高額紙幣と呼ばれるものは確か存在しているはずだ。

 それが使えないとなると経済としてして破綻していないか?

 俺はそんな疑問もあってジョージに聞く。


『言ったままの意味だ。五〇ドルや一〇〇ドルの紙幣は存在するけど、買い物等では受け取って貰えない。理由は単純で偽札があまりにも多いからだ。』

 アメリカの物流の実情に関してその後もジョージは教えてくれた。

 それを聞いて俺は何とも不便な社会の中で生活しているんだと云う呆れにも似た感情が湧いてしまった。

 日本で言えば五千円札や一万円の偽札があまりにも多く出回り過ぎて、お金としての信用が全く無くなってしまい使用される最も高額な紙幣は二〇ドル札となってしまったそうだ。

 日本で例えるなら発行したは良いが利便性の無さから全く使われる事無く、金庫の奥で眠り続けている二千円札がアメリカでは主流通貨として使用されているといった感じだろうか。

 他にも話を聞いただけで理不尽と云うか、思考放棄と云うか、何とも表現し辛い気持ちになったのが一ドル硬貨の扱い。

 日本で言えば百円硬貨な訳だが、アメリカでは使われる事は皆無で、代わりに一ドル札が使用される。

 彼女の言い分からすればドルはお札、それより少額なのは硬貨と云う感覚なのだと説明されたが、利便性を考えれば一ドルは硬貨の方が良いだろう。

 これは日本の歴史から見ても百円札が消えた事からも証明されている。

 俺はその部分を説明してみたがジョージは『もう慣れてしまったから』との事だった。

 一ドル硬貨と紙幣を発行し続ける国もそうだが、利便性等を無視して慣れだけで生活するアメリカ人って何とも俺の中のアメリカ人のイメージが途端に陳腐な人種と云ったイメージになったしまったのは否めない。

 そりゃそんな不便な貨幣制度で生活しているんじゃクレジットカード社会になるのも納得だわと一人悟った感じになってしまう俺だった。


「まぁアメリカ国内の経済事情は今はどうでも良いや。明日だけどジョージは何かやりたい事や行きたい所はある?」

 答えの出そうもない会話を切り上げ、明日の日本観光の予定を聞く。

 俺自身もいくつかガイドを出来そうなプランを考えてはいるが、基本は本人がやりたい事の観光サポート程度で済ますつもりだ。

 あくまで提供するのは宿泊場所がメインでガイドはそのおまけに過ぎない。

 いちいち付き合っていたら我が家の経済事情も圧迫するし、お互いにとって良い事は少ない。

 滞在期間は一週間程だと云うが、その全てに俺や藍が着いて巡っても充分に楽しめないだろう。

 少なくとも俺は嫌だ。


 俺の何気ない問いにジョージは恵比寿神が描かれた金色のビール缶を傾けながら悩む。

 夕飯の時から飲んでいるが、相当気に入ったようでその後も良いペースで飲み続けているが酔っている様には見えない。

 来日する前に交わしていた内容だと秋葉原にアニメグッズを購入したい事や、聖地巡礼と呼ばれるアニメ出てきたロケーション場所に観光に行きたい事は語っていた。

 俺自身もその要望に応えられる様に事前の下調べは済ませてある。

 それだと云うのに何故ジョージは悩む様な仕草をしているのだろう。


「何か困った事でもあるのか?」

 そんな彼女に声を掛ける。


『今日連れていった貰ったプラネタリウム、あれは凄かった。地元の施設より貧相なのに世界一の星空とか日本侮れない。』

 彼女は興奮半分、申し訳無さ半分といった感じでそんな事を言う。


「確かにあんな場所に世界一があるなんて普通は信じられないよな。」

 俺から見てもあのプラネタリウムが設営されている場所はとても世界一の星空を提供するプラネタリウムがあるなんて思えるような場所じゃない。

 それ故ジョージが言ってる事も納得出来る。

 だが彼女が言葉にしたかった事はきっとそんな事では無いのだろう。

 俺は彼女が本当に伝えたいと思っている事を黙って待つ事にする。


『理解して富夫の所に来たつもりだったが、あの灰色肌の人に似た物に自分は嫌悪感を抱いている。自身を誤魔化して相対する事は出来るが、一緒に行動したいとは思わない。』

 意を決して喋り出し、ジョージのスマホから翻訳された音声はそう告げていた。

 その気持ちは藍がまだ名前も与えられなかった頃の俺と同じだ。

 人類とは明らかに異なる白灰色の肌、整い過ぎていると言っても良い容姿。

 それは単に見慣れないからと云うより得体を知れないものに対する畏怖にも似た感情を呼び起こす。

 今ではそれなりの付き合いもあり感情の起伏もそれなりに感じる事は出来るようにはなったが、見る人が変わればそれすらもまるで作られたものに感じ無くもない。

 その小さな違和感が集まれば嫌悪感にも似た感情になるのは俺自身が過去に抱いていたそれと同様のものであるのは想像に難くない。


「ならばガイドをするのでも藍を連れて行くのはやめておこう……」

 俺はジョージの気持ちが理解出来てしまったが故にそれだけを返すのがやっとだった。

 だが同時に本来なら人種差別と云う、言葉にする事さえ憚られそうな事を告げてくれた事に素直に感謝するべきなのかもしれない。

 意思を示してくれた事で無用な諍いにならないで済む事もある。

 藍の存在を嫌悪されるのは良い気分では無いが、かつての俺自身だって似た気持ちを抱いていた事実があるからこそ、それを強くも否定は出来ない。

 幸いなのはこの場に藍が居ないと云う事だろう、だからこそ話せたと云うのもあるのだろうが。


『自分が差別主義者だと思って無かっただけに考えさせられるよ。』

 ジョージは眉根を寄せそう言葉にするのがやっとの様だった。

 それはかつての自分を見ているようで彼女のその言葉と表情に俺は苦笑しか出なかった。


「それはきっと時間が解決してくれるさ。それよりも明日はどうするんだ?」

 俺は自身をも誤魔化すかの様に明日の予定へと話を戻す。


『予想外の所に世界一があって驚いたと云う話をしたが、調べて来た情報だけでは日本を楽しめないとも感じた。良ければ富夫のお勧めを案内してくれないか?』

 ジョージが言っている事は俺の用意してある観光プランで案内してくれと云う事である。

 我が家から案内可能な観光場所は少なくも無いが、特別多い訳でも無い。

 それに彼女がどの様なものを求めているのかにもよるが、そこらはまるで聞いていない。

 今日プラネタリウムに連れ出したのは長旅で疲れているだろうから、それを癒やす為に日本的な雰囲気を楽しまないかと言って連れ出しだのがたまたま功を奏しただけだった。


「ジョージはどんな事を楽しみにして来日したんだ?」

 明日も案内するとなると彼女を意見を聞いてからでないと大きく外してしまいそうな気がしてならなかった。

 なので俺は素直に彼女の希望を聞く事にする。


『アニメで日本に興味を持ったのはネットを介して言葉を交わした通りだ。なのでその舞台となった場所を巡ってみたい。富夫はそう云う場所も知っているのだろう?』

 彼女は目を輝かせながらそんな事を言ってくる。

 確かにアニメの舞台になった場所を知っているし、電車を利用すれば一時間程で行く事も出来るが、正直何か特別なものがある訳でも無い。

 それが面白いのかと問われれば俺自身は疑問しか感じないが、本人がそれを望むなら案内するのも吝かではない。


「案内するのは構わんが、たいして面白味のある場所でも無い事は先に言っておくぞ。」

 アニメにしろドラマにしろロケーションとして使われる場所はその場面だけ切り取ってあるから絵になるのであり、それが生活の中に溶け込んだものだと途端に色褪せると云うか面白味が無くなる。

 これは編集だったりの妙だが、それを知らずに期待を膨らませて行ってしまうとそのガッカリ感はとてつもなく大きい。

 なので先にその旨を俺はジョージに伝えるのだった。

 彼女はその言葉に挙を突かれた様な顔をするが、俺はそれを見なかった事にして彼女に貸し出した部屋を後にする。

 普段の生活の場にしている部屋に戻るとそこでは藍がいつものようにタブレットでお気に入りのアニメ動画を見ている姿があった。

 部屋に戻った俺を藍は顔を少しだけ上げて確認するが、すぐにまたタブレットへと視線を戻す。

 すでに何回も繰り返し見ている内容だと云うのにどれだけ気に入ってるんだかと、俺は藍の行動に少々呆れてしまう。

 だが、それと同時にそれだけ我が家に馴染んで自然体で居られる藍に対して安心してしまう自分も居る。


「なぁ藍、明日なんだが一人でお留守番出来るか?」

 そんな自分の時間を過ごしている藍に俺は声を掛ける。


「ん、大丈夫だよ。パパ、明日どこかお出かけ?」

 視線はタブレットの画面に固定されたままで藍は応える。


「ジョージの観光案内だな。帰りは多分、夕飯の時間帯になると思う。」

 先程ジョージと打ち合わせをした内容を軽く藍に伝える。

 もちろんそこに藍を嫌う発言があった事には触れたりはしない。


「分かった、藍良い子でお留守番してるね。」

 他のエルフさん達がどうかは分からないが藍は聞き分けが良過ぎる。

 まるで俺と云う存在から嫌われたくが無い為に様子を伺っている様にすら感じる。

 それは感情の表現が乏しかった頃から変わらず、それ故に都合の良い人形のようにも感じられ、俺にとってそれが気持ち悪くさえ感じた。

 今では多少慣れたとはいっても、先程ジョージとの会話のせいもあってか自身の中に押し込めていた感情が久し振りに鎌首を持ち上げる。


「明日は早くから動くだろうから俺は先に寝るぞ。」

 藍は人形なんかじゃ無いと自分に言い聞かせ、毛布を被り無理矢理目を閉じる。

 それまで藍が眺めていたタブレットの音はなりを潜める、多分イヤホンを使ったのだろう。

 藍は俺にとって大切な家族だ、そう自分に言い聞かせながら眠りに入ろうとするが、その晩はなかなか眠りに着く事が出来なかった。

お読み下さり有難うございます。

作者モチベーション維持の為にも感想、御指摘等お待ちしております。

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