9・幾多の神が住まう場所
古民家園を後にした俺達はプラネタリウム施設がある建物に向かった。
ジョージは施設の周りにあまりにも何も無い事に驚きの声をあげていた。
アメリカ最古のプラネタリウムが存在する施設はその歴史を誇るように宇宙に関する展示、催し物が盛り沢山なのだそうだ。
それに比べると世界一の星空を堪能出来るこの施設に展示されているものは地元の自然を扱った展示物が少々あるだけに過ぎなかった。
もちろん建物の外には地元で長年活躍した蒸気機関車の野外展示等も存在している。
それを見てジョージは『銀河鉄道が飾られている!』と大層興奮した様子だったが、天文関連の展示物として見た場合だとその関連性を見付ける方が難しいだろう。
そんな展示物に関しては地味で寂しいとしか言えない施設で世界一の星空が堪能出来ると言われてもジョージにとっては納得出来なかったのだろう。
ドームに入る際に渡された双眼鏡のに首を傾げ、何故暗くなる施設でこんな物を渡されるのか疑問の声を挙げ、上映がはじまるまで彼女の地元に存在するアメリカ最古のプラネタリウム施設がどれだけ素晴らしいのか、スマートフォンの音声翻訳機能を駆使して語り続けていたくらいだ。
しかしプラネタリウムの上映が終わってみれば、上映中の職員の説明も日本語で理解できなかったにも関わらず如何にこの施設で体験した星空が素晴らしかったか音声翻訳が間に合わない程にジョージは熱く語っていた。
藍はプラネタリウムの解説を行っていた職員に明るくなったドーム施設の中で熱く語り続けるジョージの腕を引っ張って案内をする。
毎週数度はこの施設に通う藍は職員の人達にもそれなりに知られた存在である。
そんな彼女が連れて来た海外からの来客に施設の職員は丁寧に対応していた。
普段時節ネタや子供達に馴染みのあるアニメ等のネタを挟み、親しみを感じる星達の解説を行う施設の職員ではあるが、それと同時に天文研究員でもある。
ジョージを言葉を交わすにしても機械翻訳の力を借りずにネイティブに意思疎通を図るのは流石と感じてしまう。
結局ジョージと藍が施設で解説を担当していた職員さんと一時間以上言葉を交わし、施設を閉めるギリギリの時間帯まで思う存分楽しんでいたと云う状態だった。
施設の外に出るとまだ夕方と言える時間帯ではあるが山を切り拓いて作られた自然公園である為に薄暗い状態になっていた。
外灯はそれなりの数が道なりに用意はされているが、晩秋のこの時間帯を歩くには少々不安を感じるざる得ない。
「それでリクエストのあったカツカレーだが……」
そんな薄暗い雑木林の中の道すがら俺はジョージからリクエストを受けた事柄について話す事にする。
エルフが辛い物を口に運ぶ事は毒物を採取するのと変わらない事を再度話し、それ故に専門店等に連れて行く事は出来ない事を説明する。
またカレー自体は日本の国民食と言って良いくらい多種多様な物が販売されている事から、帰宅した後に作るにしても容易である事を告げる。
だが今回はジョージ一人分の夕飯を作る事は不経済であり、手間も掛かるので手抜きをさせてもらう事の了承を得る事にした。
ジョージは俺の申し出に不思議そうな表情を見せるが、その提案を受け入れてくれる。
雑木林の中を巡る道からバス停のあるロータリーへ抜けた俺達は帰宅前に夕飯の買い物をする為に自宅に向かう路線とは別のバスを待つ事にした。
カレーそのものはレトルトで済まそうと思っている。
何故なら藍はカレーを食べる事が出来ない為に一人分だけを作るのはあまりにも不経済だからだ。
ジョージが希望したものはカツカレーだ。
いくらカレーをレトルトで済ますとは言っても少しでも美味い物を提供したい。
そうなるとカツを入手するにしてもスーパーの惣菜で済ませるには少々力不足だ。
普通は揚げたての歯応えを楽しむカツであるが、丼モノ等に使用する揚げ物はそのソースと絡み合った時の味の競演も楽しみのひとつだ。
共演でなく競演、料理と云うお互いの素材が競い合い更なる美味さの高味を演じ、それを楽しむと云う贅沢。
日本の料理にはそう云う競演を織り成す料理の何と多い事か。
美味しい物と美味しい物を掛け合わせると更なる美味しい物になるとは誰の言った言葉だったろう。
稀に味覚を殲滅するような食料兵器が誕生する事になるが、美味い物の競演は限られた人生と云う時間の彩りを鮮やかなものにしてくれる事が多いのは間違いない。
それ故にカツ一枚であっても俺は妥協をしたくない。
何を大袈裟なと思うかもしれないが、食事と云うのはそれだけ大事な存在だと俺は思っている。
飽食のこの日本では命を繋ぐ為の行為と云うより、娯楽としての意味合いが強く太古のローマ帝国と同様の歪で狂った贅沢と隣合わせのようにも感じる。
俺自身だって今まで食べる事に苦労した事等無い。
技術者として日本全国を飛び回り金を稼いでいた時は食道楽を地で行くような生活もしていた。
人並み以上に美味い料理と云うものを食べ歩いていた時期もある。
だからこそ料理競演の出演者達を蔑ろにはしたくなかった。
帰りの路線バスの中で俺の頭の中は海外からのゲストを如何にして楽しませようかと画策を練るのだった。
△▼△▼△▼△
川崎市と云うのは往々にして昭和と呼ばれていた時代の面影を残す場所が多数存在している。
良い言い方をすれば人と人の繋がりが今でも色濃く残っており、人の温もりに包まれて生活する事が出来る。
逆に悪い言い方で表現すれば時代錯誤な考え方に固執するだけで無く、それはモラルの面にまで影響して薄汚れた路地等が未だに存在を許されている。
流石ポイ捨てに関する条例が施行された年に生まれた人物がとう昔に成人する程の時間が経過しただけあって昭和の時代にあった無秩序さは無いが、それでも映像作品の中でしか存在出来ない様な風景を目にする事があるのは驚きの一言に尽きる。
そんな時代に取り残されたノスタルジーを感じさせる路地と云うのは俺の住んでいるアーケードの商店街にも存在していた。
アーケードに面した商店は小奇麗にされているが、そこから一本外れるとそこも商店街の一部であると云うのを感じられない場所に様変わりする。
その店は個人経営の商店のはずだが、まるで来客を拒む様に路地の影に隠れるように営業していた。
「おっちゃん、メンチカツみっつとロースカツの美味しいところ貰える?」
ショーケースの奥で精肉の切り分け作業をしている店員に冗談交じりに声を掛ける。
「ほいよ、アンちゃん久し振りじゃないか。美人のお姉ちゃん連れて今日はどうしたんだい?」」
五〇を軽く過ぎているであろう店の親父が俺の顔を見て言葉を返す。
普段肉を購入するなら個人商店の精肉店は利用しない。
それは俺の住んでいる土地柄もあるのだろうが、下町といった感じで食料品を扱っているスーパーは比較的安価で食材を提供しているからである。
それ故に藍と二人で生活を営むだけなら質より量と言った感じで個人商店を利用する事は少ない。
とは言っても個人商店の魅了や強味と云うものも存在する。
それは客の我儘な注文に対してもある程度対応してくれるところだったりする。
この肉屋の店長である親父さんは自身が美味い肉を食いたいが為に精肉店を営むようになったんだと聞いた事がある。
そんな逸話がある人物なだけにこの精肉店で提供される肉を用いた惣菜類はどれも言葉を重ねるのが馬鹿らしくなるくらいに美味いものばかりだ。
「おっちゃんの拘りを彼女に食べさせてやりたくて連れて来た感じさ。」
からかい半分の言葉に俺は少し気を正して言葉を返す。
そんな俺の様子を見て親父さんは破顔させて惣菜を調理する作業に移る。
この店では客の注文を聞いてから惣菜を調理する場合が多い。
もちろん作り置きしてあるものもあるが、親父さん曰く揚げ物は作りたてが一番美味いとの事で注文を聞いてから揚げる。
それ故、注文した惣菜が手渡されるまで少しばかり時間が掛かる。
そんな状態でも商売として成り立つのはそれだけこの精肉店で提供される惣菜類が美味いからと云う事だろう。
「おじちゃん、藍もメンチカツ食べるぅ。」
衣を纏った挽肉をフライヤーに投入していく親父さんの背中に藍は無邪気に声を掛ける。
その声に反応して親父さんは俺に視線で語り掛ける。
「んじゃ、メンチみっつ追加で。」
俺は苦笑しながら藍の要望を受けて追加注文を出すのだった。
ジョージは肉屋の軒先前でやり取りする俺達の様子を困惑したように眺めてみた。
路地とも屋内ともつかない薄暗い店ではその雰囲気に慣れでもしていないと困惑するのも当然か。
戸惑いと云う感情に乏しい藍と一緒の生活をしていちゃのもあるだろうが、長くこの土地で生活をしていて俺自身が町の雰囲気に麻痺してしまっていたらしい。
そう云う意味では慣れない土地で半ば振り回されている状態のジョージが戸惑うのも無理は無い話だった。
『夕飯の買い物に突き合わせて悪いな。怪しげな雰囲気の店だけど、味は抜群だ。帰りに歩きながら食べるのは最高だぜ。』
スマートフォンに向かい、ジョージにここに訪れた目的を告げる。
買い食いするのは本来の予定では無かったが仕方がない。
彼女にそう声を掛けると店の奥で作業をしている親父さんの姿を興味深そうに眺めるのだった。
「ちょっと別で買い物済ませてくるわ。」
スマートフォンからの翻訳音声を確認して店の奥で作業をしている親父さんに別件の買い物を済ませて来る旨を伝える。
親父さんは俺のその言葉に手を上げるだけで返事をし、こちらを確認する事さえしなかった。
藍にも同様に買い物を済ませて来る事を告げると、メンチカツが揚がるのをこの場で待ってると言われてしまい、同行を断られてしまった。
ジョージも藍と同様である。
俺は一人で夕飯と明日の朝食の買い出しを済ませる事にする。
手早く買い物を済ませ、肉屋に戻って来ると藍とジョージは揚がったメンチカツを美味そうに食べていた。
手にしているのはソースに漬け込んで真っ黒と言っても良い状態の物を頬張り、内包した熱を口の中から逃しながらも咀嚼する事を止めない二人。
俺の分は……と確認するが、白い紙袋のにまとめて入れられているらしく、その紙袋は藍がしっかり抱えている。
俺は二人が美味そうに食べる姿を見守るしか出来ないらしい。
二人が熱々のメンチカツを頬張りながらも俺が戻って来た事に気付くと、それを口に運ぶ事を中断しないまま俺に元にやって来る。
「パパ、美味しいよ。」
藍はそう言って抱えていた紙袋を俺に手渡す。
支払いもしないまま別の場所に買い物に行ってしまった訳だが、支払いは藍がしたのだろうか?
手渡された紙袋の暖かさを確認し、肉屋の前に戻ると藍から手渡された物の代金はまだ支払っていないとの事だった。
俺は親父さんに代金を支払いを済ませ、未だメンチカツを堪能している二人に帰宅する旨を促す。
手間暇掛けない俺流のおもてなし、気に入って貰えれば良いと思いながらジョージが夕飯としてリクエストをした材料達を抱えて帰路に着くのだった。
『ビール買って行って良いか?』
帰路の途中、酒屋の前を通ると昨晩はアルコールについて触れなかったジョージが俺に尋ねて来た。
大学三回生と言えば留年等していなければ二十一歳か……。
アメリカの法律であっても飲酒は可能な年齢かと言葉にしないまでも俺は納得し、酒屋の中に入る。
ビールが冷やされている場所にジョージを案内すると、何故か彼女はそのショーケースを前にして驚いている様子だった。
『どうかしたのか?』
彼女のその戸惑っている様な雰囲気を察して問い掛ける。
『種類が多いな。』
どうやらジョージは棚に並んでいるビール缶の種類の多さに驚いているようだった。
『これだけ種類が多いと何を選んで良いか迷ってしまう。富夫のお勧めはどれだ?』
ビールが陳列されたケースを前に俺のお勧めをジョージは聞いて来る。
「So...」
俺は恵比寿様が描かれた金色の缶をショーケースから取り出しジョージに手渡す。
『これは日本の商いと幸運の様である恵比寿が好んで飲むとされるビールだ。神の酒が飲めるなんて良い土産話になるんじゃないか?』
俺は冗談めかして手にしたビールの説明をする。
そして畳み掛けるように店内からある漬物の袋を手にしてそれの説明も付け加える。
『カレーと言えば一緒に福神漬も食べるのが定番だが、この福神漬ってのは福の神が作った食べ物で、そのビールを好んで飲む神様が振る舞ったとされる食べ物だ。』
大嘘である、福神漬にそんな逸話なんて存在しない。
恵比寿神が描かれたビールに字面として似ている物をこじ付けたに過ぎない。
だがその話を聞いたジョージは大層興奮し、スマートフォンを操作してその話が事実なのかどうかをやたら酒屋の店内で確認していた。
まさかそんなどうしようもないでっち上げの逸話にこうも食い付いて来るとは正直思ってもいなかった。
少し冷静になってみれば日本古来から存在する神様が外来酒であるビールってのも変な話だし、更にカレーに添えられる福神漬が神が振る舞ったとされるのもおかしな話である。
しかし中途半端に日本と云う国知っていると八百万の神が住まう日本と云う文化はある意味フリークでは有名な逸話なんだそうだ。
それ故に俺が話した様なヨタ話でも日本フリークな皆様からしてみれば民間伝承としてまるで事実の様に感じられると云うのを帰宅する道すがらスマートフォンを通じてやたら咎められてしまったのだった。
お読み下さり有難うございます。
作者モチベーション維持の為にも感想、御指摘等お待ちしております。
また不定期連載中の他物語も宜しくお願い致します。
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